慰謝料が認められない典型4パターン|請求しても通らない場合
慰謝料を請求したところ、相手から「支払うお金がない」と返ってきた。あるいは書面を出す前の段階で、相手に見るべき収入も財産もなさそうだと分かった。こうした場面で最初に浮かぶのは、請求を続ける意味があるのかという問いだと思います。
この記事は、慰謝料を請求する側の立場から、相手の資力が乏しいと分かった段階で何ができるのかを整理したものです。相手の財産をどう調べるか、差押えの手続がどのように進むか、分割払いの条件をどう組み立てるか、請求した金額が妥当かといった論点は、それぞれ別の記事で扱っています。ここでは重ならないように、資力が乏しいと分かった後に残されている選択肢そのものに絞ります。
先に一点だけ申し上げます。資力が乏しいという事情は、回収を難しくする事情であると同時に、いくつかの制度を使うための入口の条件でもあります。相手の手元にあるものを探すという発想だけで考えると、この部分が視野から外れてしまいます。
この記事で整理すること
- 支払能力がないことと、請求できないことは別の話であること。
- できることは、相手の財産のどこを見ているかによって分かれること。
- 判決を待たずに財産の移動を止めておく方法があること。
- すでに他人の名義になった財産や、相手が他人に対して持っている権利にも手が届く場合があること。
- いずれの方法でも、時間と費用が先に出ていくこと。
相手の資産をどう調べるか、差押命令が届いた後に何が起きるか、分割払いの条件をどう設計するかについては、それぞれ別の記事に譲ります。
支払能力がないことと、請求できないことは別
不法行為による損害賠償請求権は、故意または過失によって他人の権利や利益を侵害した者に生じます(民法709条)。相手にどれだけ支払う力があるかは、この請求権が生じるかどうかを左右する条件ではありません。相手が無職であっても、収入が少なくても、請求すること自体はできます。
もっとも、請求できることと、実際に手元にお金が入ることは別の工程です。判決や合意は「支払え」という内容を確定させるにとどまり、そこからどう現実の財産に届かせるかは、その先の話になります。資力が乏しい相手との交渉では、この二つを分けて考えておかないと、判決さえ取れば片づくという見通しになりやすく、後から手詰まりを感じることになります。
できることは、相手の財産のどこを見ているかで分かれる
| 見ている先 | 典型的な状況 | 主に検討する手立て |
|---|---|---|
| いま相手の手元にある財産 | 細くても収入や預金がある | 判決や合意を得たうえでの差押え、分割での受け取り |
| これから失われそうな財産 | 手元にはあるが、処分されるおそれがある | 仮差押え(判決を待たずに申し立てられる) |
| すでに手元から出ていった財産 | 贈与や名義変更で第三者に移っている | 詐害行為取消し(裁判によってのみ行える) |
| 相手が他人に対して持っている権利 | 貸したお金、未払いの報酬、預けた敷金など | 債権者代位(相手に代わって行使する) |
四つを同時に進められるわけではない
上の四つは、選択肢が四通りあるという意味であって、順に試していける段取りではありません。仮差押えは相手が財産を持っているうちにしか意味がなく、詐害行為取消しは財産がすでに出ていった後の話です。どこを見るかを決めることが、そのまま方針を決めることになります。
相手以外の人が関わってくる
下の三つはいずれも、相手ひとりで完結しません。仮差押えでは勤務先や金融機関に書面が届き、詐害行為取消しでは財産を受け取った人が裁判の相手方になり、債権者代位では相手にお金を支払う立場の人が矢面に立ちます。誰にどこまで話が及ぶのかは、方針を決める前に確かめておきたいところです。
判決を待つ間に財産が動くおそれがあるとき
訴訟を起こしてから判決が確定するまでには、相応の時間がかかります。その間に相手が預金を使い切ったり不動産を売却したりすると、判決を得た時点で押さえる対象が残っていないということが起こります。これを避けるための手続が仮差押えです。
仮差押命令は、金銭の支払を目的とする債権について、強制執行をすることができなくなるおそれがあるとき、または強制執行をするのに著しい困難を生ずるおそれがあるときに発することができるとされています(民事保全法20条1項)。請求権が条件付きや期限付きであっても申し立てられます(同条2項)。
判決や公正証書がなくても申し立てられる
強制執行には債務名義が要りますが、仮差押えは違います。保全すべき権利と保全の必要性について疎明、つまり一応確からしいと裁判所に思わせる程度の説明ができれば足りるとされています(同法13条1項・2項)。証拠がそろい切る前でも動ける点が、この手続の性質です。裁判所は口頭弁論を開かずに判断できるため、相手に知られないまま発令に至ることもあります。
先にお金を用意するのは請求する側
一方で、仮差押命令を出すにあたっては、原則として担保を立てることが求められます(同法14条1項)。これは、後の裁判で請求が認められなかった場合に相手が被る損害に備えるためのものです。金額は事案ごとに裁判所が決めますが、対象となる財産の価値を基準に算定されるのが通例で、供託などの形であらかじめ用意する必要があります。
つまり、資力が乏しい相手を相手取る場面ほど、請求する側が先に出費を負う構造になります。担保は後に返ってくる性質のものですが、手元の資金を一定期間寝かせることにはなります。回収できる見込みの額と、用意する担保の額を並べて考える必要があるのは、この点です。
なお、仮差押えはあくまで仮の措置で、それ自体で支払いを受けられるわけではありません。相手は一定の金額を供託することで執行を止めることができ(同法22条1項)、他方で、命令が送達された日から2週間を過ぎると執行ができなくなります(同法43条2項)。動くのであれば時間の管理が伴います。
財産がすでに他人の名義になっている場合
請求を受けた後に、相手が不動産を親族名義に変えていた、めぼしい預金を家族に贈与していたという事情が見つかることがあります。この場合に検討されるのが詐害行為取消しです。
民法は、債権者を害することを知ってした行為の取消しを、裁判所に請求することができると定めています(民法424条1項)。ただし、財産を受け取った側がその時点で債権者を害することを知らなかったときは対象になりません。財産権を目的としない行為、たとえば婚姻や養子縁組といった身分に関する行為は対象外です(同条2項)。
交渉の場で述べるだけでは動かない
条文が「裁判所に請求することができる」としているとおり、この取消しは訴訟によって行うものとされています。通知書に取り消すと書いたり、話し合いの席で伝えたりしただけでは効果は生じません。相手方に伝わることで、かえって財産が動くこともあります。
訴える相手は財産を受け取った人になる
訴訟の被告になるのは、相手本人ではなく、財産を受け取った人(受益者)や、そこからさらに譲り受けた人です(同法424条の7第1項)。相手の親や新しい配偶者を被告とする形になることもあります。訴えを起こした側は、遅滞なく相手本人に訴訟告知をしなければならないとされ(同条2項)、認容判決の効力は相手本人にも及びます(同法425条)。
取消しを求められる範囲は自分の債権額が上限で(同法424条の8第1項)、金銭や動産の返還を求める場合には、自分に直接支払うよう請求できます(同法424条の9第1項)。
いつの処分かで届く範囲が変わる
見落とされやすいのが時期の問題です。取消しを請求できるのは、自分の債権がその行為より前の原因に基づいて生じたものである場合に限られます(同法424条3項)。不貞を理由とする慰謝料であれば、その債権は不法行為の時に生じていると考えられますから、請求を受けた後に慌てて財産を移したという事情は射程に入り得る一方、それよりずっと前に済んでいた処分には届きません。
期間の制限もあります。相手が債権者を害することを知って行為をしたことを知った時から2年を経過すると訴えを提起できず、行為の時から10年を経過したときも同様です(同法426条)。財産の移動に気づいた時点から数えると、時間はそれほど残っていないことがあります。
相手が他人に対して持っている権利がある場合
相手の手元に現金がなくても、相手が誰かに対してお金を請求できる立場にあることがあります。人に貸したお金、退職した勤務先からの未払分、取引先からの未収の報酬、退去した部屋の敷金などです。こうした権利を相手に代わって行使するのが債権者代位です。
民法は、自己の債権を保全するため必要があるときは、債務者に属する権利を行使することができると定めています(民法423条1項)。ここでいう必要性は、一般に相手の資力が不足していることを指すと解されています。資力が乏しいことが、この制度を使う前提になっているわけです。
代わりに行使できない権利もある
条文は、相手の一身に専属する権利と、差押えを禁じられた権利を除いています(同項ただし書)。慰謝料請求権は、金額が確定する前の段階では一身に専属する権利と扱われるのが一般的な理解です。年金を受ける権利や、生活保護の保護金品を受ける権利も差押えが禁じられており(生活保護法58条など)、代わりに行使する対象にはなりません。相手が権利を持っていれば何でも届く、というものではありません。
行使できる範囲と、残る不確かさ
行使できるのは自分の債権額の限度までで(民法423条の2)、金銭の支払を求める場合は自分に直接支払うよう請求できます(同法423条の3)。もっとも、代位して行使した後も相手自身が取立てその他の処分をすることは妨げられず、支払う立場の人が相手本人に払ってしまうこともあります(同法423条の5)。訴えを提起したときは、相手本人への訴訟告知が必要です(同法423条の6)。
また、支払う立場の人は、相手本人に対して主張できる言い分をそのままこちらにも主張できます(同法423条の4)。相手と第三者の間にもともと争いがあれば、その争いを引き受けることになります。
三つの制度に共通していること
資力が乏しいことが入口の条件になっている
仮差押えは強制執行ができなくなるおそれを、詐害行為取消しと債権者代位は相手の資力の不足を、それぞれ前提としています。相手に十分な資力があれば、通常の手続で足りるからです。「資力がないから何もできない」と考えられがちな場面で、むしろ資力がないことが要件として働く制度がある、という関係になります。
いずれも第三者を巻き込む
財産を受け取った親族、相手にお金を支払う立場の勤務先や取引先など、事情を知らない人が手続に登場します。関係が広がることを望まない場合には、その点も踏まえて選ぶことになります。
時間と費用が先に出ていく
仮差押えでは担保が要り、詐害行為取消しは訴訟になり、債権者代位も争いになれば訴訟に発展します。回収の見込み額に対して手続の負担が上回る場面は珍しくありません。使える制度があることと、その事案で使うべきかは別の判断です。
それでも届かないときに残る選択
制度を尽くしても手元にお金が入らないことはあります。その場合に残る道を、あらかじめ並べておくと判断しやすくなります。
- 金額を下げて、支払える範囲での一括に切り替える。
- 金銭以外の条件、たとえば接触を控える約束などに重心を移す。
- いま追わずに時期を待つ。ただし、権利が時間で消えないよう管理が要る。
- 請求そのものを畳んで、区切りをつける。
三つめを選ぶ場合、消滅時効の管理が避けて通れません。時効の起算点や止め方については別の記事で扱っていますが、待つという選択には期限がついて回る、という点だけは押さえておいてください。相手が自己破産した場合の扱いも、別の整理が必要になる場面です。
請求を受けた側から見ると
支払いが難しいと伝える立場からも、いくつか押さえておきたい点があります。
まず、支払えないと伝えること自体は、相手方の手続の選び方を変えます。任意の話し合いが難しいと判断されれば、仮差押えや訴訟に進む理由になり得ます。伝え方によって、その先の展開が変わることがあります。
次に、資産を親族名義に移す、名目を作って贈与するといった対応は、後から取り消しを求められる余地を残します。取消しの訴えでは、財産を受け取った親族自身が被告になります。目先の負担を避けたつもりが、家族を紛争の当事者にしてしまうことがある、という点は知っておいてよいと思います。
支払いが難しい事情そのものは、隠すべきものではありません。どの範囲で、どのように伝えるかによって受け止められ方が変わりますので、その組み立て方は別の記事で扱っています。
よくあるご質問
相手が生活保護を受けている場合、回収の見込みはありますか
保護金品やこれを受ける権利は差し押さえられないとされています(生活保護法58条)。したがって、保護費そのものから回収することは想定されていません。ほかに財産があるかどうかで見立ては変わりますが、資力の回復を待つのであれば、権利を消滅させないための管理を並行して考えることになります。
相手が財産を隠している気がします
隠されている可能性があるという印象だけでは手続は進みません。名義の移転や口座の動きなど、指し示せる事実があるかどうかが分かれ目になります。財産の調べ方については別の記事で扱っていますが、調べられる範囲は段階によって変わり、話し合いの段階で分かることは限られます。
弁護士に依頼すれば、これらの手続をすぐに使えますか
使えるかどうかは、事案の中身と手元の資料によります。仮差押えでは担保の用意が要り、詐害行為取消しでは移転の事実と時期を示す資料が要ります。相談の段階では、まず使える制度があるかを見極め、費用と見込みを並べたうえで方針を決める流れになるのが一般的です。
まとめ
- 相手に支払う力がないことは、慰謝料を請求できないことを意味しない。
- 請求できることと、実際に回収できることは別の工程として考える。
- できることは、相手の財産のどこを見ているかによって分かれる。
- 判決を待つ間に財産が失われそうなときは、仮差押えという手続がある。
- 仮差押えは債務名義がなくても申し立てられるが、担保を先に用意する必要がある。
- 財産がすでに他人の名義になっている場合、詐害行為取消しを検討する余地がある。
- 詐害行為取消しは訴訟によって行い、被告は財産を受け取った人になる。
- 相手が他人に対して持つ権利は、代わりに行使できることがある。
- これらの制度は、資力が乏しいことがむしろ前提になっている。
- 使える制度があることと、その事案で使うべきかは別の判断になる。
ご相談について
資力が乏しい相手からの回収は、方針を決める順序で結果が変わりやすい分野です。財産が動く前であれば打てる手があり、動いた後では選べる手続が変わります。時間の制約がある手続も含まれますので、迷われている段階でご相談いただくほうが、選択肢を残したまま検討できます。
弁護士法人若井綜合法律事務所では、慰謝料の請求と回収に関するご相談を承っています。どこまで回収の見込みがあるのか、費用に見合うのかという点も含めて、率直にお伝えしたうえで方針をご一緒に検討します。


