婚約中・内縁関係でも不貞慰謝料を請求できるか
慰謝料の支払いを求めている相手が自己破産の手続に入ったと知らされたとき、あるいは自分自身が支払いに行き詰まって自己破産を考え始めたとき、多くの方がまず気にされるのが「自己破産をすれば慰謝料はなくなってしまうのか」という点です。
この問いには、「原則として免責される。ただし例外がある」という説明がよく用いられます。誤りではありませんが、これだけでは、通知を受け取った側が次に何を確かめればよいのかまでは見えてきません。免責という制度は、誰との関係で、いつの時点で、どこが判断するのかがそれぞれ別々に決まっているためです。
この記事では、不貞行為を理由とする慰謝料を念頭に置きながら、自己破産と免責の関係を手続の順序に沿って整理します。相手の財産の調べ方、差押えの進み方、分割払いの条件の組み立て方、遅延損害金の計算、請求額そのものの妥当性については、それぞれ別の記事で扱っていますので、本記事では立ち入りません。
この記事で整理すること
本記事で扱うのは、次の4点です。
- 「免責」という言葉が、何をどこまで消しているのか。
- 自己破産の手続のどの段階で、請求が届かなくなるのか。
- その慰謝料が免責されないものに当たるかどうかを、誰がいつ判断するのか。
- 破産をした人以外との関係で、請求がどのように残るのか。
いずれも、請求する側と請求を受けた側の双方に関わる論点です。
「免除」と「免責」は同じではない
日常の会話では「自己破産すれば帳消しになる」という言い方をしますが、法律の条文はそのような書き方をしていません。
消えるのは債務そのものではなく「責任」
破産法253条1項は、免責許可の決定が確定したときは、破産者は破産手続による配当を除き、破産債権についてその責任を免れると定めています。「債務が消滅する」ではなく「責任を免れる」という言い回しになっている点が重要です。
この効果の理解には議論がありますが、一般には、債務そのものはなお残り、債権者が強制的に取り立てることのできない債務になると説明されます。後で触れる「免責の後に改めて支払うと約束した場合」の扱いは、この理解と結びついた論点です。
対象になるのは「手続開始の前の原因」に基づくもの
免責の対象となるのは破産債権です。破産債権とは、破産者に対して破産手続開始前の原因に基づいて生じた財産上の請求権で、財団債権に当たらないものをいいます(法2条5項)。
不貞行為が破産手続開始の決定より前に行われていれば、その時点で慰謝料の請求権自体は発生していると考えられますので、請求や示談がまだであっても破産債権として扱われることになります。逆に、手続開始の決定より後に生じた出来事に基づく請求権は、その手続の免責の対象にはなりません。「いつの出来事か」が最初の分かれ目になります。
請求が届かなくなるまでには段階がある
自己破産は一つの決定で完結する出来事ではありません。段階ごとに、止まるものと止まらないものが入れ替わります。
| 段階 | その時点で起きること | 請求する側から見た位置 |
|---|---|---|
| 代理人からの受任通知が届く | 窓口が代理人に移る | 手続はまだ始まっておらず、裁判所も関与していない |
| 破産手続開始の決定 | 破産債権は手続によらなければ行使できなくなる(法100条1項)。新たな強制執行はできず、既にされているものは破産財団に対して効力を失う(法42条1項2項) | 個別に取り立てる手段が使えなくなる。財産開示手続も申立てができず、効力を失う(法42条6項) |
| 免責についての意見申述期間 | 裁判所が期間を定めて公告し、知れている破産債権者に通知する(法251条1項2項)。期間は公告が効力を生じた日から1月以上(同条3項) | 免責の当否について書面で意見を述べられる期間 |
| 免責許可の決定 | 免責不許可事由がなければ決定がされる(法252条1項)。事由があっても、裁判所が一切の事情を考慮して相当と認めれば許可できる(同条2項) | 決定の段階ではまだ確定していない |
| 免責許可の決定の確定 | 破産債権について責任を免れる(法253条1項) | 同時廃止の事案で中止されていた強制執行は効力を失う(法249条2項) |
開始の前と後で、差押えの扱いが変わる
申立ての段階では、裁判所が必要と認めるときに強制執行の中止を命じることができるにとどまります(法24条1項)。開始の決定があると、破産財団に属する財産への強制執行は新たにすることができず、既にされているものも効力を失います(法42条1項2項)。破産管財人が選任されない同時廃止の事案では、免責許可の申立てに伴って中止され(法249条1項)、免責許可の決定の確定時に効力を失う扱いになります(同条2項)。給与の差押えなどを進めていた場合、どの段階で開始の決定があったかによって、手元に入るはずだった金銭の行方が変わることになります。
非免責債権かどうかは、破産の手続の中では決まらない
ここが、この問題でもっとも誤解されやすい部分です。「免責許可の決定が出た」という知らせを受けて、慰謝料についても結論が出たと受け止めてしまう方が少なくありません。
免責不許可事由と非免責債権は別の話
免責不許可事由(法252条1項)は、財産を隠した、著しい浪費があったなど、破産者の行動に着目した事情で、その人の免責を許すかどうかという問題です。これに対して非免責債権(法253条1項各号)は、個々の債権の性質に着目した定めで、免責許可の決定が出ても、その債権については責任が残るという仕組みです。
この二つは別々の条文に置かれた別々の判断であり、免責不許可事由がないから非免責債権にも当たらない、という関係にはありません。
意見を述べる場に立つ人からは、あらかじめ外されている
免責についての意見申述を定めた法251条1項は、意見を述べることができる者として破産管財人と破産債権者を挙げていますが、その括弧書で253条1項各号に掲げる請求権を有する者を除くとしています。
つまり、自分の債権は非免責債権に当たると考えている人は、そもそも免責の当否について意見を述べる立場には置かれていません。制度の作りとして、非免責債権かどうかはこの場面で決める事柄ではないと整理されていることになります。意見申述の場で述べられるのは、あくまで免責不許可事由に当たる具体的な事実です。
判断されるのは、後の民事訴訟の場
実務上も、ある債権が非免責債権に当たるかどうかを破産裁判所が手続の中で判断することはないと説明されています。判断されるのは、免責が確定した後に、その債権について改めて支払いを求める通常の民事訴訟が起こされた場面です。
その訴訟では、請求を受けた側が免責を受けたことを主張し、請求する側がその債権は非免責債権に当たると主張する、という順序で審理が進むことになります。破産の手続が終わっても、慰謝料についての話は終わっていないことがあるという点は、双方が押さえておくべきところです。
免責されないものとして条文に並んでいるもの
法253条1項は7つの類型を挙げています。不貞の慰謝料との関係で問題になりやすいものを取り出すと、次のとおりです。
| 条文の位置 | 内容 | 不貞の慰謝料との関係 |
|---|---|---|
| 1項2号 | 破産者が悪意で加えた不法行為に基づく損害賠償請求権 | 「悪意」の意味をどう読むかが争点になりやすい |
| 1項3号 | 故意又は重大な過失により加えた、人の生命又は身体を害する不法行為に基づく損害賠償請求権 | 精神的な苦痛にとどまる場合は当てはまりにくい |
| 1項4号 | 夫婦間の協力扶助、婚姻費用の分担、子の監護、扶養の各義務に係る請求権 | 慰謝料はここには含まれない |
| 1項6号 | 破産者が知りながら債権者名簿に記載しなかった請求権 | 開始の決定があったことを知っていた者の請求権は除かれる |
「悪意」は、単なる故意より狭く読まれている
2号の「悪意」について、裁判例や実務では、単に故意があるというだけでは足りず、相手を害しようとする積極的な意欲を指すと解されています。3号がわざわざ「故意又は重大な過失」と書き分けていることが、その読み方の手がかりとされています。
不貞の慰謝料について、この意味での害意が認められるかが争われた地裁の判断例では、不貞行為の態様が軽いものとはいえないとしながらも、配偶者を害する積極的な意欲までは認められないとして、非免責債権には当たらないと判断されたものがあります。裁判所の判断は個別の事情によりますので一律には言えませんが、不貞があったという事実だけで2号に当たると評価されるわけではないという点は押さえておく必要があります。
同じ出来事でも、別の号が問題になることがある
一連の経過に暴力が含まれ、身体を害する結果が生じていた場合には、3号の枠組みで検討されることがあります。また破産をした側から見ると、慰謝料を請求している相手を債権者名簿に載せていなかった場合は6号の問題が別に生じます。記載漏れが過失によるものであっても免責されないと判断した裁判例があり、請求を受けていると認識していれば、示談前でも記載の対象になると考えて進めるのが安全です。
免責は、破産をした人との関係でしか働かない
法253条2項は、免責許可の決定は、破産債権者が破産者の保証人その他破産者と共に債務を負担する者に対して有する権利に影響を及ぼさないと定めています。
請求できる相手が残っている場合がある
不貞を理由とする慰謝料は、配偶者と不貞相手の双方がそれぞれ責任を負う形になり、二人の債務は互いに独立した関係に立つものとして扱われます。この構造からすると、一方が免責を受けたとしても、もう一方に対する請求はそのまま残ると考えられます。
請求する側から見れば、相手の一方が自己破産をしたことは、請求先の選び方を考え直す場面になります。請求を受けた側から見れば、自分が破産をしたことによって、もう一方の負担がかえって重くなる可能性があるということでもあります。
支払った側からの求償がどうなるかは、慎重な検討がいる
一方が全額を支払った後に他方へ求償できるかは、その求償の権利が破産手続開始前の原因に基づくものとして扱われるかという問題になり、議論があります。求償の仕組みそのものは別の記事で扱っていますので、ここでは破産が絡むと求償の見通しが立てにくくなるという点だけを確認しておきます。
通知が届いたときに確かめること
裁判所から破産手続開始の通知が届いた場合、あるいは代理人から受任の通知が届いた場合、まず確かめておきたいのは次の点です。
- 自分の名前と債権が、債権者名簿に記載されているかどうか。
- 管財事件か同時廃止か。破産管財人が選任されているか。
- 免責についての意見申述期間がいつまでか。
- 債権届出の期間が定められているか。
名簿に載っているかどうかを確かめる意味
名簿に記載されていない債権は、原則としてその債権者との関係で免責の効力が及びません(法253条1項6号)。ただし、その破産者について開始の決定があったことを知っていた者の請求権は、この例外から外されています。通知が届いて手続を知った以上、記載漏れだけを理由に免責を免れるという整理にはならない場合がある、ということです。
届出をしておくと残るもの
破産債権の届出をして債権調査を経ると、その結果が破産債権者表に記載されます。破産手続の終結の決定があったときは、この記載は確定判決と同一の効力を有するものとされています(法221条1項)。免責許可の決定が確定した旨も、この破産債権者表に記載されます(法253条3項)。
もっとも、配当が行われる事案は限られており、届出をしたからといって金銭が戻るとは限りません。届出は配当を受けるためだけでなく、後の場面に記録を残すための手続でもある、という位置づけで考えておくとよいでしょう。
すでに受け取っていた分が問題になる場合
破産の前に慰謝料の一部を受け取っていた場合、その支払いが行われた時期によっては、破産管財人から否認の対象として取戻しを求められることがあります。支払不能になった後の弁済などがこれに当たり得ます(法162条1項)。示談の直後に相手が破産をしたようなケースでは、受け取って終わりとは限らないという点に留意が必要です。
免責の後に、改めて支払うと約束したら
免責の効力を「責任を免れる」と読む立場からすると、破産者が自らの意思で任意に支払うこと自体は妨げられないと説明されます。これに対し、免責の確定後に改めて支払う旨の約束をさせた場合に、その約束が法的な効力を持つかどうかについては見解が分かれており、免責の趣旨から効力を認めない扱いをする考え方もあります。
請求する側にとっては、免責の後に取り付けた約束を当てにした解決は不確かさを残すことになります。請求を受けた側にとっても、後に争いを生む可能性のある約束です。いずれの立場でも、書面を交わす前に確認しておきたい点です。
請求する側が自己破産する場合
慰謝料を請求している側が自己破産をすることもあります。この場合、その慰謝料請求権が破産財団に組み入れられて手元に残らないのではないか、という不安が生じます。
破産手続開始の時に破産者が有していた財産のうち、差し押さえることができない財産は、原則として破産財団に属しないものとされています(法34条3項2号)。そして最高裁は、名誉を侵害されたことを理由とする慰謝料請求権について、具体的な金額が当事者間において客観的に確定しない間は行使上の一身専属性を有し、債権者が差押えや債権者代位の対象とすることはできないとしました。他方で、一定額を支払う旨の合意や、その支払いを命ずる債務名義が成立するなどして金額が客観的に確定したときは、その性質を失うとしています(最判昭和58年10月6日)。
この考え方は、貞操を侵害されたことを理由とする慰謝料請求権についても、同じ枠組みで判断された行政上の裁決例があります。示談や判決で金額が固まる前か後かで扱いが変わりうるという点は、請求と自己破産の時期が近い場合には確認しておきたいところです。
請求を受けた側から見ると
慰謝料の支払いに行き詰まって自己破産を検討する場合、次の点を併せて考える必要があります。
- 自己破産は、慰謝料だけを選んで整理する手続ではありません。すべての債権者が対象になり、一定の財産は処分の対象になります。
- 免責不許可事由があると判断される可能性があります。ただし、その場合でも裁判所が一切の事情を考慮して免責を許可できる仕組みが置かれています(法252条2項)。
- 非免責債権に当たるかどうかは、手続の中では決まりません。免責が確定した後に、改めて訴訟の場で争われることがあります。
- 債権者名簿への記載を怠ると、その債権者との関係で免責の効力が及ばないことがあります(法253条1項6号)。
- 保証人を立てている債務がある場合、その保証人の責任は残ります(法253条2項)。
「破産をすれば終わる」という見通しだけで手続を選ぶと、想定していなかった負担が後から出てくることがあります。慰謝料の減額や支払条件の組み直しといった別の道と比べたうえで判断することが望ましいでしょう。
よくある質問
相手が自己破産したら、請求そのものが無意味になるのですか
そう結論づけられるわけではありません。破産をした本人との関係で強制的な取立てが難しくなるのは事実ですが、共に責任を負う相手が別にいる場合の請求は残りますし、非免責債権に当たると考えるなら免責の確定後に争う道もあります。何が残り、何が残らないのかを分けて考えることが出発点です。
届いた通知を放っておくと、どうなりますか
通知に記載された期間を過ぎると、免責について意見を述べる機会や債権届出の機会が失われることがあります。また、手続を知っていたという事実は、後に名簿への記載漏れを主張する場面で不利に働くことがあります。すぐに結論を出す必要はありませんが、期間だけは先に確認しておくことをおすすめします。
免責が確定したかどうかは、どこで分かりますか
破産手続の主な決定は官報に公告されます。また、破産債権の届出をしていれば、免責許可の決定が確定した旨が破産債権者表に記載されます(法253条3項)。相手方に代理人がついている場合は、代理人に手続の進行状況を確認するという方法もあります。
まとめ
本記事の要点を整理します。
- 破産法253条1項は「債務が消滅する」ではなく「その責任を免れる」と定めており、債務そのものは残るという理解が一般的です。対象となるのは破産手続開始前の原因に基づいて生じた請求権です。
- 破産手続開始の決定があると、新たな強制執行はできず、既にされているものも効力を失います(法42条1項2項)。
- 免責不許可事由(法252条1項)と非免責債権(法253条1項)は、別々の判断です。
- 免責についての意見申述の場から、非免責債権を有する者はあらかじめ除かれています(法251条1項)。
- その慰謝料が非免責債権に当たるかどうかは、免責の確定後の民事訴訟で判断されます。
- 2号の「悪意」は、単なる故意ではなく積極的な害意を指すと解されており、不貞があったという事実だけで当てはまるわけではありません。
- 免責は破産をした人との関係でしか働かず、共に債務を負担する者への請求には影響しません(法253条2項)。
- 債権者名簿への記載漏れがあると、その債権者との関係で免責の効力が及ばないことがあります(法253条1項6号)。
- 免責の後に交わす支払いの約束は、その効力について見解が分かれており、当てにした解決には不確かさが残ります。
ご相談について
自己破産が絡む慰謝料の問題は、破産手続の進行と慰謝料の請求という二つの流れが同時に動くため、どの段階で何を判断すべきかが見えにくくなりがちです。通知の時点で期間が定められていることも多く、確認の順序を誤ると選べる手立てが減っていくという性質があります。
弁護士法人若井綜合法律事務所では、慰謝料を請求する立場の方からも、請求を受けている立場の方からも、この分野のご相談をお受けしています。手続のどの段階にあるのか、いま何を確かめておくべきかの整理から、お手伝いいたします。お一人で判断される前に、一度ご相談いただければと思います。


