【不貞慰謝料】求償権放棄条項|入れるべきか、応じるべきか

若井亮

若井亮

テーマ:男女トラブル

「不倫相手に慰謝料を請求するのですが、示談書には求償権を放棄する条項を入れたほうがよいと聞きました。入れるべきなのでしょうか」。「相手方から届いた示談書の案に、求償権を放棄すると書かれていました。このまま署名してよいものか迷っています」。求償権放棄の条項については、請求する側からも、請求を受けた側からも、こうしたご相談が寄せられます。

 インターネット上には、配偶者と離婚しないのであれば求償権放棄の条項を入れておきましょう、放棄と引き換えに金額を下げてもらいましょう、といった説明が並んでいます。どれもそれ自体が誤っているわけではありません。ただ、こうした説明は「求償権放棄条項」という決まった形の条項がひとつだけ存在することを前提にしています。実際には、同じ見出しがついていても、誰と誰の間で結ぶのか、どのような言葉で書くのかによって、その条項が届く範囲は変わります。

 この記事では、書面に載せる条項としての求償権放棄に絞って取り上げます。求償権がどのような場合に生じるのか、負担の割合はどう決まるのか、いつまで行使できるのかといった権利そのものの説明や、交渉の場で求償の話をどのように持ち出すかについては別の記事で扱っていますので、ここでは立ち入りません。扱うのは、条項の書き方によって何が変わるのか、入れるかどうか、応じるかどうかを何を手がかりに考えるのか、という点です。

この条項は、誰の、誰に対する、どの権利の話なのか

 求償権放棄の条項を読むときにまず確かめたいのは、登場人物が三人いて、お金の流れと権利の向きが一致していないという点です。

慰謝料の話と求償の話は、相手が入れ替わる

 慰謝料の請求は、不貞をされた配偶者と不貞相手との間の問題です。これに対して求償は、不貞をした配偶者と不貞相手との間の問題です。示談の席に着いているのは前者の二人であることが多いのに、放棄の対象となっている権利は後者の二人の間にあります。求償権放棄の条項が示談書の中でやや落ち着きの悪い位置にあるのは、このためです。

交渉している相手と、権利を向ける先は同じとは限らない

 この食い違いをどう埋めるかが、条項の書き方の問題そのものになります。なお、交渉の段階でこの話をどう持ち出すか、放棄と減額をどう引き換えるかという点は交渉の進め方の記事に譲り、ここでは書面に落とす場面だけを扱います。

同じ「放棄」でも、書き方はひとつではない

 求償権放棄と呼ばれる条項には、いくつかの型があります。どの型で書かれているかによって、約束の中身が変わります。

書き方の型何を約束していると読めるか読み方が分かれやすいところ
求償権を放棄すると書く型権利そのものを手放す意思を示したもの放棄の意思を向ける相手が誰なのかが書面から読み取りにくいことがある
求償権を行使しないと約束する型請求という行動をしないという義務を負ったもの権利自体は残るため、それでも請求されたときの扱いを別に決めておく必要がある
求償権が存在しないことを相互に確認する型その点をこれ以上争わないことを確かめたもの確認の当事者に不貞をした配偶者が入っているかどうかで意味が変わる
違反したときの取扱いを併せて定める型約束が守られなかった場合の後始末まで決めたもの定め方によっては金額が大きすぎると争われることがある


権利をなくす書き方と、行使しないと約束する書き方

 民法は、債務の免除について、債権者が債務者に対して免除の意思を表示したときにその債権が消滅すると定めています(民法519条)。求償権を消滅させるという発想でいくと、意思を向ける先は求償の相手方、つまり不貞をした配偶者ということになります。ところが二者間の示談書では、その相手が書面の当事者に入っていません。二者間で「放棄する」とだけ書いても権利そのものが消えるとは限らない、と説明されるのはこのためです。

 これに対して、行使しないと約束する型は、権利の存否には触れず、請求という行動をしない義務を負う形です。約束の相手は示談の相手方ですから、書面の当事者だけで完結します。もっとも、権利が残っている以上、約束に反して請求がされる余地は残ります。

違反したときの扱いを書いておくかどうか

 そこで、約束に反して求償の請求がされた場合の取扱いを併せて定める形が実務では用いられています。ただし、こうした定めを置けば請求が起きなくなるというものではなく、実際に請求がされたときに、受け取った側が改めて動く必要がある点は変わりません。

三者で結ぶと何が変わるのか

 求償権放棄をめぐる説明の多くが三者間の示談をすすめているのは、いま述べた食い違いを正面から解消できるからです。

不貞をした配偶者が当事者に加わるということ

 不貞をした配偶者も当事者として署名すれば、放棄や免除の意思を向ける相手が書面の中にいることになります。三者間にする意味は、条項を強くすることではなく、宛先をそろえることにあります。あわせて、その配偶者と請求する側との間の清算についても同じ書面で確認できるため、後から名目を変えた請求が出てくる余地を減らせます。

二者のままで、配偶者に直接の関係を持たせる書き方

 夫婦の事情から三者間にしにくい場合もあります。民法には、契約によって当事者の一方が第三者に対してある給付をすることを約したときは、その第三者が債務者に対して直接に請求する権利を持つという規定があり、第三者の権利はその第三者が利益を受ける意思を表示したときに発生するとされています(民法537条1項、3項)。いったん発生した後は、当事者の側で勝手に変更したり消滅させたりはできません(民法538条1項)。この形を意識して書けば、二者間の書面でも不貞をした配偶者を関与させる余地はあります。ただし、そのように読めるかどうかは書きぶり次第で、当然にこの整理が通るとは言いきれません。

三者にすることで生じる負担

 三者間にすると、交渉のテーブルに座る人が増えます。夫婦の間で話がまとまっていなければ書面は完成しませんし、不貞相手に対して夫婦の現在の状況が伝わることにもなります。手続として重くなる分、まとまるまでに時間がかかることも珍しくありません。

清算条項があれば足りるのか

 示談書の末尾には、当事者の間に他に債権債務がないことを確認する清算条項が置かれるのが通例です。ただし、そこで清算されているのは、あくまでその書面の当事者どうしの関係です。二者間の示談書の清算条項から、当事者ではない不貞をした配偶者に対する求償権まで当然に消えるとは読みにくく、求償について定めたいのであれば、清算条項とは別に独立の条項として書くことになります。清算条項そのものの読み方は別の記事で詳しく扱っています。

入れるかどうかで意味が変わりやすい場面

 この条項を入れるべきかという問いへの答えは、当事者の事情ではなく、これから夫婦がどうなるのかによって動きます。

場面条項が持つ意味見落とされやすい点
配偶者と離婚しない受け取った慰謝料が同じ家計から出ていく事態を避ける意味が大きい放棄させても、配偶者が自分の判断で渡してしまえば結果は同じになる
これから離婚する、すでに離婚した家計が分かれるため、求償されても受け取った側の手元のお金は減らない条項を求める理由が変わるので、金額との交換の説明も組み立て直す必要がある
配偶者にも請求している双方から受け取る形になり、求償が働く場面自体が狭まる請求する順序や時期によって結論が動くことがある
分割払いで支払う支払が終わる前に放棄だけが先に効く形になっていないかが問題になる支払が途中で止まった場合の扱いが決められていないことが多い
相手方に支払う資力が乏しい求償されても回収が難しく、条項を置く実益が小さくなることがある金額を下げる理由としては別の説明が必要になる
双方に配偶者がいる請求が交差するため、放棄の向きが一方通行になっていないかを見る必要がある一方だけが放棄する形のまま署名に至っていることがある


離婚するかどうかで、条項の位置づけは変わる

 求償権放棄がすすめられる場面として真っ先に挙げられるのは、離婚しない場合です。受け取った慰謝料が配偶者を通じて出ていけば、家計としては行って来いになるからです。ところが離婚が決まっている場合や、すでに離婚している場合には、この理屈がそのままは当てはまりません。それでも条項を求めること自体は考えられますが、相手方に説明する理由は「家計から出ていくのを防ぐため」ではなくなります。理由が変われば、引き換えに提示できる条件の説明も変わります。

入れることには別の負担も伴う

 請求する側から見ると、求償権放棄の条項は入れておいて損のないものに見えます。ただ、実際には次のような面もあります。

金額の話と切り離せない

 相手方は、放棄を求められれば、その分を金額に反映してほしいと述べるのが通常です。条項と金額は連動して動きます。どこまで引き換えに応じるかという交渉上の判断は、交渉の進め方を扱う記事に譲ります。

放棄させても、配偶者が自分から渡してしまえば同じこと

 見落とされやすいのが、条項が縛るのは不貞相手からの請求であって、配偶者が任意に支払うことまでは止められないという点です。求償の請求がされなくても、不貞をした配偶者が気まずさから自分の判断でお金を渡してしまえば、家計から出ていくお金は結局生じます。減額と引き換えに放棄を得たうえで、さらにこうした支払が起きれば、家計としては二重に負担することになります。この点は、夫婦の間でどう扱うかを決めておくほかありません。

条項がなくても求償されないこともある

 求償の請求は、それ自体が相手方にとって手間と費用のかかる行動です。任意に応じてもらえなければ、あらためて手続を取ることになります。条項がないからといって請求が来るとは限らず、逆に条項があるからといって連絡が一切来なくなるわけでもありません。条項は、起きたときの扱いを決めておくものだと考えたほうが実際に近いといえます。

応じるかどうかを考えるときに読む四つの点

 請求を受けた側は、提示された案文のうち金額と支払期限に目が行きがちですが、求償に関する条項は次の点を確かめてから判断することになります。

誰に対する、どの支払についての条項か

 放棄の相手方が誰として書かれているか、対象がこの示談で支払う金額に関するものに限られているかを見ます。相手方の記載がなく、対象も特定されていない書きぶりだと、後から範囲について見解が分かれることがあります。

名目を変えた請求まで含む書き方になっていないか

 求償権という言葉だけを用いる書き方もあれば、これに関連する一切の請求を行わないと広く書く型もあります。後者は、求償に限らず、事案に関連して自分の側から述べられることまで含んで読まれる余地があります。何を手放す条項なのかは、名前ではなく範囲の記載で決まります

支払が終わる前に、放棄だけが先に効く形になっていないか

 分割払いの場合、支払は将来にわたって続くのに、条項の効力は署名の時点から働くという形になりがちです。支払を続けている間に事情が変わったとき、手元にどの主張が残っているのかは確かめておきたいところです。支払が完了した時点で効力が生じる形にするなど、時点をそろえる書き方も考えられます。

片方だけの約束になっていないか

 双方に配偶者がいる場合には、こちらだけが放棄し、相手方の側からの請求は残るという形になっていないかを見ます。書面上は対等に見えても、放棄の向きが一方通行のことがあります。

署名した後に問題になりやすい場面

 条項を置いたこと自体で終わりになるとは限りません。次のような場面で改めて問題になります。

約束に反して求償の請求がされたとき

 二者間で結んでいた場合、請求を受けるのは書面の当事者ではない配偶者です。手元にある示談書をどう使えるのかは、条項の型によって変わります。行使しないという約束の形であれば、約束の相手方である請求する側から述べていくことになります。違反したときの取扱いを定めていれば、それに沿って対応することになります。

相手方夫婦の状況が変わったとき

 署名の後に離婚が成立すれば、家計は分かれます。当事者の一方が亡くなった場合には、相続の問題として整理されることになります。示談の時点で想定していた前提が動くことは珍しくないため、条項の効力がいつまで続くと読めるのかも確かめておきたい点です。

求償ではない名目で請求が来たとき

 求償という言葉を使わずに、貸したお金の返還や立て替えた費用の精算といった形で連絡が来ることもあります。求償権とだけ書かれた条項では、こうした請求まで含んで読むのは難しい場合があります。名目が異なる請求が想定されるのであれば、その点を書面で整理しておくことになります。

よくあるご質問


口約束でも求償権放棄の効力はありますか。

 法律は書面でなければ効力が生じないとまでは定めていません。ただし、後から内容について見解が分かれたときに、口頭のやり取りだけでは何を約束したのかを示しにくくなります。示談は当事者が互いに譲り合って争いをやめる合意であり(民法695条)、その中身を確かめられる形にしておくことに意味があります。書面にしていない場合、放棄の範囲や相手方について食い違いが生じやすいといえます。

清算条項があるのに、求償の条項を別に置く必要がありますか。

 清算条項が扱っているのは、その書面の当事者どうしの関係です。二者間の示談書では、不貞をした配偶者は当事者ではありませんので、その者に対する求償権まで清算条項だけで整理されていると読むのは難しい面があります。求償について何かを決めたいのであれば、独立の条項として書いておくことになります。

いったん署名した求償権放棄の条項を、後から撤回できますか。

 合意の内容を一方の意向だけで戻すことは原則としてできません。署名に至る経過に問題があった場合に限られた主張ができる余地はありますが、想定したほど広くはありません。署名の前に条項の範囲を確かめておくことが、結局は近道になります。

まとめ


  1. 求償権放棄条項は決まった形がひとつあるわけではなく、当事者の組み合わせと書きぶりで働く範囲が変わる。
  2. 慰謝料の相手方と求償の相手方は入れ替わっており、二者間の書面ではその食い違いが残る。
  3. 債務の免除は債務者に対する意思表示によるとされており(民法519条)、権利をなくす書き方は宛先の問題を伴う。
  4. 三者間にする意味は条項を強くすることではなく、宛先をそろえることにある。
  5. 二者間のまま第三者に直接の関係を持たせる書き方もあるが、読み方は書きぶり次第となる(民法537条1項、3項、538条1項)。
  6. 清算条項が扱うのは当事者どうしの関係であり、求償については独立の条項として書くことになる。
  7. 入れるかどうかは、離婚するのかどうか、支払方法はどうか、双方に配偶者がいるかで意味が変わる。
  8. 応じるかどうかは、相手方、対象、範囲、効力の生じる時点の四点を読んでから判断する。


不貞慰謝料の示談をご検討中の方へ

 弁護士法人若井綜合法律事務所では、男女間のトラブルに関するご相談を池袋と新橋の事務所でお受けしています。求償権放棄の条項をどのような形で置くか、また、届いた案文の条項にどう応じるかは、事案の事情と、これから夫婦の関係がどうなるのかによって判断が分かれます。書面ができあがってから範囲を争うことになると、解決までの時間はかえって長くなります。

 慰謝料を請求される立場の方からは、示された案文に署名してよいのか、請求する立場の方からは、どこまで条項に盛り込めるのかというご相談をお受けしています。示談書の案文が手元にある段階でも、これから作る段階でも、条項の意味を一つずつ確かめながら進めることができます。お困りの際はご相談ください。

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若井亮
専門家

若井亮(弁護士)

弁護士法人若井綜合法律事務所

風俗トラブルや男女トラブル、それに伴う刑事事件まで一貫して対応。累計相談件数は男女トラブル約23,000件、風俗トラブル約8,000件。全国からの相談を24時間受け付け、迅速な対応を心がけています。

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