同性との不倫は慰謝料の対象になる?近年の考え方
示談書や合意書を渡されて、その中に「本件について第三者に口外しない」という一行を見つけたとき、多くの方がまず感じるのは「これは、どこまでを指しているのだろう」という戸惑いではないでしょうか。家族に話すのは違反になるのか。弁護士に相談するのはどうなのか。そして、この約束はいつまで続くのか。
口外禁止条項は、示談書に置かれる条項のなかでも文言が短く、それでいて署名した後の生活に長く関わり続けるものです。実際に問題になるのは「口外禁止と書いてあるかどうか」ではなく、その一行に誰に・何を・いつまでという三つの範囲がどこまで書き込まれているか、という点です。
この記事では、不貞慰謝料の示談を念頭に置きながら、慰謝料を請求する側・請求を受けた側のどちらの立場からも、口外禁止条項をこの三つの範囲で読み解く方法を整理します。
この記事で扱うことと、扱わないこと
口外禁止条項は、示談書全体のなかの一つの条項にすぎません。周辺のテーマは他の記事に譲り、ここでは条項の「範囲の読み方」に絞ります。
- 条項の具体的な文例や書き方そのものは扱いません。
- 違反があったときの違約金の請求や、違反の立証については扱いません。
- 接触禁止条項、清算条項、求償権に関する条項は扱いません。
- 示談書全体をどう組み立てるかという話は扱いません。
- 個別の事案でどの範囲が適切かは事情によって変わるため、一般的な考え方の整理にとどめます。
口外禁止条項は、そもそも何を約束するものか
まず、この条項の位置づけを確認しておきます。
当事者どうしの約束であること
示談は、民法上の和解契約にあたると考えられています(民法695条)。当事者が話し合いで決めた内容を書面にしたものが示談書であり、口外禁止条項もその一部です。契約の内容は法令の制限のなかで当事者が自由に決められますから(民法521条2項)、どこまでを秘密にするかも、原則として当事者の取り決めに委ねられます。
裏を返せば、この条項の効力が及ぶのは、署名した当事者だけです。すでに事情を知っている第三者を、この条項で黙らせることはできません。ここは、条項に期待しすぎないための出発点になります。
「口外」は口で話すことに限られない
条項の名前から、口頭で話すことだけが対象だと受け取られることがありますが、実務では、メッセージアプリでの送信、SNSへの投稿、掲示板への匿名の書き込みなども対象に含めて考えるのが一般的です。書面によっては、これらを例示として並べて書いてあることもあります。
三つの範囲に分けて読む
条項を読むときは、「話してはいけない」という結論だけを見るのではなく、次の三つに分けて確認すると、書面から何が読み取れて何が読み取れないかがはっきりします。
| 範囲 | 書面によくある書き方 | 決まっていないと起きること |
|---|---|---|
| 誰に | 「第三者に」 | 家族や専門家への相談が含まれるのか判断できない |
| 何を | 「本件について」 | 事実そのものなのか、示談の内容なのかを読み分けられない |
| いつまで | 記載がないことが多い | 終わりの見えない約束として残る |
誰に話してはいけないのか
最初の軸は、話してはいけない相手の範囲です。
「第三者」は当事者以外の全員を指す
条項に「第三者」とだけ書かれている場合、それは署名した当事者以外のすべての人を指すと読むのが素直な理解です。友人や知人はもちろん、勤務先の同僚、親族も含まれます。示談の相手方の配偶者であっても、その方が署名していなければ、形の上では第三者にあたります。
この点は、慰謝料を請求する側にとって見落としやすいところです。配偶者との間で事情を共有しているつもりでも、書面の当事者が誰なのかによって、条項の読み方が変わることがあります。
家族や同居している人をどう扱うか
生活を共にしている家族に何も説明しないまま示談の内容を守り続けるのは、現実には難しい場面があります。分割払いを続ける場合や、家計に影響が出る場合はなおさらです。そのため、書面のなかで「同居の親族を除く」といった限定を置いたり、逆に家族に話すこと自体を明確に禁じたりする例があります。
どちらの扱いになっているかで、署名後の生活の窮屈さは大きく変わります。書面に何も書かれていないときこそ、確認しておく意味があります。
弁護士など、守秘義務のある相手への相談
弁護士や税理士のように法律上の守秘義務を負う相手への相談まで禁じられるのか、という不安はよく聞かれます。書面に例外が明記されていれば迷いは残りませんが、明記されていないことも少なくありません。
この点について、下級審の裁判例では、例外を認める条項が明文で置かれていなくても、自分の正当な権利を行使するために必要が生じた場合や、法令上の義務に基づいて開示する必要がある場合には、必要と認められる範囲の相手に開示することは許されると解されるという考え方が示されています。もっとも、これは条項の解釈をめぐる判断であり、どの範囲までが「必要」と評価されるかは事案によって異なります。相談する前に、条項の書きぶりを確認しておくほうが安心です。
捜査機関や裁判所とのやり取りまでは縛れない
示談の対象となった出来事が犯罪に当たりうる場合、被害の申告や捜査への協力を全面的に封じるような条項は、公の秩序に反するものとして効力が問題になりえます(民法90条)。また、裁判で証人として証言を求められた場合に、口外禁止条項があることを理由に証言を拒めるとは限りません。
条項がどれほど広く書かれていても、公的な手続とのやり取りまでは当然には及ばないという前提は、双方が理解しておいたほうがよい部分です。
何を話してはいけないのか
二つ目の軸は、秘密にする情報の範囲です。ここは、書面の文言がそのまま結論を左右します。
三つの層に分けて考える
不貞をめぐる示談で秘密の対象になりうる情報は、大きく三つの層に分かれます。層ごとに、外に出たときの影響の質が違います。
| 層 | 内容の例 | 外に出たときに起きやすいこと |
|---|---|---|
| あった事実そのもの | 不貞行為があったとされること | 当事者の生活や社会的な信用に直接響く |
| 解決したという事実 | 示談が成立したこと | 事実そのものがあったことの推測につながる |
| 解決の中身 | 金額、支払方法、交渉の経緯 | 条件の当否をめぐる新たな言い争いを呼びやすい |
書面によっては、金額だけを秘密の対象とし、示談をしたこと自体は話してよいという組み立てもあります。三つすべてを対象にするのか、一部にとどめるのかは、当事者が何を守りたいかによって変わります。
「本件」が何を指すかを確かめる
多くの条項は「本件について」という言い方をします。この「本件」が示談書の冒頭でどのように定義されているかによって、対象は広くも狭くもなります。冒頭で出来事の範囲が丁寧に特定されていれば、口外禁止の範囲も自然に定まります。逆に、冒頭の記載があいまいなまま「本件の一切」と書かれていると、どこまでが対象なのかを後から争う余地が残ります。
事案の外側にある情報
相手方の氏名、住所、勤務先といった情報は、出来事そのものとは別の性質を持ちます。書面の文言によっては、これらが対象に含まれているのか判然としないことがあります。とくに、交渉の過程で相手方の生活に関する情報を知ってしまった場合には、その扱いを条項の中で整理しておくかどうかが問題になります。
いつまで話してはいけないのか
三つ目の軸が、時間の範囲です。ここは書面に記載が置かれないことが多く、それでいて後から効いてくる部分です。
始まりは、署名した時点
契約としての効力が生じるのは、当事者が署名した時点です。したがって、示談が成立する前に誰かに話していたことは、この条項の違反にはあたらないと考えるのが基本になります。不安を抱えたまま一人で過ごすことは難しく、成立前に身近な人へ相談していた方は少なくありません。
ただし、条項の違反にならないことと、何の責任も生じないことは別です。事実の有無にかかわらず、相手の社会的な評価を下げるような広め方をしていれば、名誉に関わる責任が別途問題になることはあります。また、成立前に話していたのだと後から説明しても、話した時期を裏づけることは容易ではありません。
終わりが書かれていない条項が多い
実際の示談書を見ると、期間についての定めが置かれていないものが目立ちます。この場合、文言の上では、終わりの時期が定まっていない約束として残ります。何年経てば話してよいのか、という問いに書面が答えてくれないわけです。
もっとも、期間や範囲をまったく限定しない書き方については、慎重に考えるべきだという指摘もあります。相手の行動を長期にわたって縛る内容や、負担が大きすぎる内容は、後になってその効力が争われる余地を残します。合意の時点で「本合意の日から何年間」といった限定や、「家族を除く第三者に対しては」といった限定を置いておくことは、双方にとって見通しをよくする方向に働きます。
関係の変化では自動的に終わらない
離婚が成立した、転職した、相当な年月が過ぎた。そうした事情の変化があっても、口外禁止条項が自動的に消えるわけではありません。接触禁止条項については、婚姻関係が終われば意味を失うのではないかという議論がありますが、口外禁止条項は、当事者の関係がどうなったかとは別に、情報を広げないという約束として残るのが通常の読み方です。
違反を問える期間にも限りがある
仮に違反があったとしても、それによる損害賠償を求める権利が期間の制限を受けます。権利を行使できることを知った時から5年間、権利を行使できる時から10年間が経過すると、時効によって消滅しうるとされています(民法166条1項)。条項自体に終わりが書かれていなくても、個々の違反を問える期間は無限ではないということです。
範囲が広ければ安心とは限らない
秘密にしたい側からすると、範囲は広いほどよいように思えます。しかし、広く書くことには別の負担が伴います。
必要な相談や手続までためらってしまう
例外が何も書かれていない条項を渡されると、弁護士への相談、税務上の手続、家計の説明といった、生活に必要な場面でも「これは違反ではないか」と迷うことになります。迷いが積み重なると、本来必要な手当てが遅れます。禁止する範囲を決めるのと同じくらい、例外として認める場面を具体的に書き出しておくことに意味があります。
広い条項ほど、あとで争いになりやすい
範囲があいまいなまま広く書かれた条項は、何が違反にあたるのかについて当事者の理解が食い違いやすくなります。せっかく解決したはずの件が、条項の解釈をめぐって蒸し返される形になりかねません。落ち着いた状態を作るための条項が、新しい火種になってしまうのは避けたいところです。
立場ごとに、どこを見ておくか
同じ条項でも、見るべき箇所は立場によって変わります。
慰謝料を請求する側
相手から口外禁止を求められたとき、そのまま応じるかどうかは、金額や他の条件と切り離しては決められません。また、自分も同じ義務を負う内容になっているか(片方だけが負う書き方になっていないか)は、あらかじめ確認しておきたい点です。加えて、配偶者との関係で何を共有する必要があるかを先に整理しておくと、署名後に困る場面が減ります。
慰謝料を請求された側
秘密が守られることを期待して条項を求めた場合でも、条項は相手の口を物理的にふさぐ仕組みではありません。すでに事情を知っている人がいる場合、その人には条項の効力が及びません。条項に何を期待するのかを現実的に見積もったうえで、対象と期間を具体的に決めておくほうが、結果として役に立ちます。
署名の前に確かめておきたいこと
三つの範囲に沿って、書面を読み直してみてください。
- 「第三者」に家族や同居の親族が含まれる書き方になっているか。
- 弁護士など守秘義務のある相手への相談が、例外として書かれているか。
- 秘密の対象は、事実そのものか、示談の内容か、その両方か。
- 「本件」が示談書の冒頭でどこまで特定されているか。
- 期間の定めが置かれているか。置かれていない場合、それでよいか。
- 自分と相手の双方が同じ義務を負う書き方になっているか。
弁護士に相談する意味
口外禁止条項は、短い一文であるがゆえに、読み手によって理解が分かれやすい条項です。示談の交渉では金額に関心が集まりがちですが、署名した後の生活に長く影響するのは、むしろこうした条項の書きぶりであることがあります。
弁護士に相談すると、提示された条項がどこまでの範囲を意味しているのか、修正を求めるとすればどの部分か、他の条項との整合はとれているかを、書面全体を見たうえで検討することができます。すでに署名した後であっても、条項をどう読むべきかを確認しておくことには意味があります。
よくあるご質問
示談の前に友人へ話していました。違反になりますか
契約としての効力は署名の時点から生じますので、それ以前に話していたことが条項の違反になるとは考えにくいところです。ただし、話した時期を後から裏づけることは簡単ではありません。心配な場合は、成立前にすでに話した相手がいることを前提に、その扱いを書面のなかで整理しておく方法もあります。
弁護士に相談することは口外にあたりますか
例外として明記されていれば問題は生じません。明記がない場合でも、正当な権利の行使に必要な範囲での開示は許されると解する裁判例の考え方があります。とはいえ、書面の文言によって判断が変わりうるため、条項を確認したうえで相談するのが安全です。
期間の定めがない条項は、いつまでも続くのですか
文言の上では終わりが書かれていない状態になります。もっとも、時間の経過によって情報の秘密としての意味が薄れていくことはありますし、範囲を限定しない条項の効力が争われる余地も残ります。気になる場合は、署名の前に期間の限定を提案してみることが考えられます。
まとめ
- 口外禁止条項で重要なのは、条項があるかどうかではなく、誰に・何を・いつまでという三つの範囲がどこまで書かれているかです。
- 「第三者」は署名した当事者以外の全員を指すのが素直な読み方で、家族や親族も含まれえます。
- 弁護士など守秘義務のある相手への相談は、例外として明記しておくと迷いが残りません。
- 明文の例外がなくても、正当な権利の行使に必要な範囲での開示は許されると解する裁判例の考え方があります。
- 捜査機関や裁判所とのやり取りまでを封じる内容は、その効力が問題になりえます。
- 秘密の対象は、あった事実そのもの、示談したという事実、解決の中身の三つの層に分けて考えると整理しやすくなります。
- 条項の効力は署名の時点から生じ、それ以前に話していたことは違反にあたらないのが基本です。
- 期間の定めが置かれていない条項が多く、終わりの時期が書面から読み取れないまま残ることがあります。
- 範囲を広くすれば安心とは限らず、必要な相談までためらう原因になったり、後の争いを招いたりすることがあります。
- 署名の前に、三つの範囲と、双方が同じ義務を負う書き方かどうかを確認しておくことをおすすめします。
ご相談を検討されている方へ
示談書を渡され、口外禁止条項の意味をはかりかねたまま署名を求められている。あるいは、すでに署名した書面の読み方に不安がある。そうした段階でのご相談も承っています。
書面をお持ちいただければ、条項がどの範囲を意味しているのか、修正を求めるとすればどこか、他の条項との関係で無理が出ていないかを、一つずつ確認しながらご説明します。お一人で判断される前に、一度ご相談ください。


