【不貞慰謝料】時効を主張する方法|援用のやり方と書き方

若井亮

若井亮

テーマ:男女トラブル

慰謝料を請求する書面が、出来事から何年も経ってから届くことがあります。期間が過ぎていれば支払う必要はない、と聞いたことのある方もいらっしゃるかもしれません。ただ、消滅時効は期間が過ぎただけで自動的に働く仕組みではありません。請求を受けた側が「時効である」と主張して、はじめて効果が生じます。この主張を援用(えんよう)といいます。

 この記事では、援用という行為そのものに絞って整理します。誰が、どの方法で、何を伝えるのか。書面に何を書き、逆に何を書き添えないほうがよいのか。送った後に何が起きるのか。実際に手を動かす場面で迷いやすいところを順に見ていきます。

 なお、慰謝料の請求権が何年で消滅するのか、いつから数え始めるのかという期間そのものの話は、それだけで別の論点になります。本稿は期間の経過が問題になる場面を前提に進め、数え方については別の記事に譲ります。

援用とは何をすることなのか

 民法は、時効について当事者が援用しなければ、裁判所はこれによって裁判をすることができないと定めています(民法145条)。裁判所は、期間が過ぎていることに気づいていても、当事者が持ち出さない限りその点を判断できません。援用は、その判断の材料を自分の側から差し出す行為だといえます。

 手続としては、届出先も申請窓口もありません。決められた様式や用紙もありません。相手方に対して「消滅時効を援用する」という意思表示を届けるだけで、法律上はそれで足ります。裁判外でも、裁判の中でも行うことができます。

認められた場合に消えるもの

 時効の効力は、その起算日にさかのぼるとされています(民法144条)。そのため、援用が認められれば、慰謝料の本体部分だけでなく、そこに付いていたはずの遅延損害金も残らないという整理になります。

援用しないままでいるとどうなるか

 期間が過ぎているというだけでは、請求権は消えません。相手方が請求を続けることも、法律上禁じられているわけではありません。書面が届いた、電話がかかってきたという状態は、援用をしない限り続きうるということになります。

 訴えを起こされた場合も同じです。期間が経過していても、その点を主張しなければ裁判所は判断の対象にできません。応じないまま放置していると、期間の経過に触れられないまま結論が出てしまうおそれがあります。訴状が届いた場合の応答期限については、別の記事で詳しく扱っています。

援用できるのは誰か

 民法145条は、援用できる者を「当事者」とし、消滅時効についてはこれに保証人、物上保証人、第三取得者その他権利の消滅について正当な利益を有する者を含むとしています。慰謝料の場面では、原則として請求を受けている本人ということになります。

 家族が代わりに電話で伝えた、勤務先の上司が間に入って話した、といった形は、本人の意思表示として扱われるとは限りません。本人の名前で伝えるほうが、後から争いになりにくいといえます。

一方の援用は、もう一方には及ばない

 援用の効果は、援用した人との関係で生じるものと考えられています。配偶者と交際相手の双方が請求を受けている事案で、一方が援用したとしても、もう一方の責任がそれで消えるわけではありません。二人の残り時間がそろっているとも限らず、それぞれが自分の側の状況を確かめる必要があります。

どの方法で伝えるか

 法律上は方法を問いません。もっとも、後から「聞いていない」と言われたときに何を示せるかは、方法によって大きく変わります。

伝え方記録の残り方向いている場面
口頭・電話録音がなければ何も残らないやり取りの中で意向を伝える場面
メール・SNS本文と日時は残るが、届いたかどうかは残りにくいすでに文面でやり取りが続いている場合
普通郵便届いたことを示す記録が残らない記録の必要性が低い場合
内容証明郵便文面と差し出した日が郵便局に残る。配達証明を付ければ届いた日も残る請求書面が届いており、明確に区切りたい場合
答弁書・準備書面裁判所に記録として残るすでに訴えを起こされている場合


 実務では、内容証明郵便に配達証明を付ける形が選ばれることが多くあります。何を書いたかと、いつ届いたかの両方が残るためです。

相手方に代理人がついている場合

 届いた書面が弁護士の名前で作成されている場合、返答はその代理人宛てに送るのが通常です。相手方本人の住所が書面に記載されていないことも多く、本人宛てに送ろうとして手が止まってしまう場面もあります。書面に記載された代理人の事務所宛てに送れば、意思表示としては届いたことになります。

 なお、代理人がついている場合でも、相手方本人からの連絡が止まるとは限りません。連絡があったときにその場で応じてしまうと、後で意味を持つ発言が出てしまうことがありますので、窓口をどこに置くかは先に決めておくほうが安全です。

裁判になっている場合

 裁判外ですでに援用を伝えていても、訴訟の中では改めて書面で主張することになります。期間の経過を裁判所に判断してもらうには、請求を受けた側からその主張を出す必要があるためです。この点の詳しい仕組みは、期間の数え方を扱った記事で整理しています。

書面に何を書くか

 援用の書面は、長く書く必要はありません。むしろ、必要な事項を短く記載したもののほうが、後から問題になりにくいといえます。おおむね次の要素があれば足ります。

  1. 作成した年月日。
  2. 宛先(請求してきた相手方または代理人)と、差出人である自分の氏名・住所。
  3. どの請求についてのものかの特定。届いた書面の日付や、請求されている内容を引用する形で示します。
  4. 消滅時効を援用する旨。「本書面をもって消滅時効を援用します」といった一文で足ります。
  5. 今後の連絡先や、連絡方法についての希望。


 相手方の書面に反論したくなる箇所があっても、この段階では書き込まないという選択があります。援用に必要なのは期間の経過を前提とした意思表示であって、事実関係の説明ではないからです。

書き添えないほうがよい表現

 援用の書面で問題が生じやすいのは、書き足した一文のほうです。とくに、支払う義務があること自体は認めていると読める記載には注意が必要です。権利の承認があったときは、時効はその時から新たに進行を始めるとされているためです(民法152条1項)。

書き添えたくなる一文読まれ方代わりに考えられる書き方
今はお金がなく払えません支払義務を前提に猶予を求めたと読まれるおそれ支払いに関する記載自体を置かない
分割であれば考えます同じく、義務を前提とした申し出と読まれるおそれ条件の話は援用とは別の場面として扱う
あのときのことは申し訳なく思っています事実と責任を認めた記載として引用されるおそれ謝罪の意向は別に検討する
関係は令和◯年◯月に終わっています期間の主張のつもりでも、関係の存在を記載したことになる終期を示す必要があるかを先に検討する
もう二度と連絡しません接触があったことの裏づけとして扱われうる接触に関する取決めは別の書面で扱う


期間が過ぎた後の「払います」は戻せない

 時効の利益は、あらかじめ放棄することができないとされています(民法146条)。裏を返せば、期間が経過した後であれば、放棄することはできるということになります。

 さらに、期間が経過したことを知らないまま支払いを認めてしまった場合についても、その後に援用することは信義則上許されないと考えられています。「時効だと知らなかった」という説明で元に戻せるわけではありません。請求を受けてすぐに返事をせず、まず状況を確かめるほうが安全だといわれるのは、この点によるところが大きいといえます。

援用という主張自体が持つ意味

 見落とされやすいのが、消滅時効の主張は、請求権があったとしても期間の経過で消えている、という組み立てになっているという点です。関係そのものを争う主張とは、立っている土台が異なります。

 そのため、期間の計算が相手方と食い違っていた場合、援用は通らず、書面に書いた事実関係の記載だけが残るという事態が起こりえます。関係の有無や中身について言い分がある事案では、何をどの順序で主張するかを先に決めたうえで書面を出すほうが安全です。主張の組み立て方については、反論の全体像を扱った記事で整理しています。

送った後に確かめること

 意思表示は、その通知が相手方に到達した時から効力を生じるとされています(民法97条1項)。差し出した日ではなく、届いた日が基準になります。控えと配達証明は、そのまま保管しておきます。

相手方が受け取らなかった場合

 相手方が正当な理由なく通知の到達を妨げたときは、通常到達すべきであった時に到達したものとみなすという規定があります(民法97条2項)。受け取りを拒まれた、不在のまま保管期間が過ぎて返ってきた、といった場合が問題になります。

 この点については、内容証明郵便が留置期間の経過により差出人に還付された事案で、受取人が了知可能な状態に置かれていたとして、遅くとも留置期間が満了した時点で到達したと認めた最高裁の判断があります(最高裁平成10年6月11日判決)。もっとも、常に到達したことになるわけではありませんので、返ってきた封筒は開封せずに保管しておくことをおすすめします。

「時効ではない」と言われた場合

 相手方から、完成猶予や更新の事由があるという反論が返ってくることがあります。過去のやり取りの中に一部の支払いや支払いを認める発言があったと指摘されることもあります。この段階に入ると、期間の起点と、途中で何があったかの両方を確かめる作業になります。

援用したことで話が終わるとは限らない

 援用は、こちらの言い分を相手方に伝える行為です。相手方がそれに納得するかどうかは別の問題で、期間の起点についての考え方が違えば、そのまま訴えが起こされることもあります。援用したから請求は止まる、と決めてかからず、次に何が来ても対応できる状態にしておくほうが落ち着いて進められます。

援用する前に確かめておきたいこと


  1. 請求されているのが、どの出来事についての、どの権利なのか。
  2. 期間の起点をいつと考えるのか。相手方が主張している起点とずれていないか。
  3. これまでのやり取りの中に、支払いに関する発言や書面がないか。
  4. 配偶者と交際相手の双方が請求を受けている事案かどうか。
  5. 関係の有無や中身について、別に主張したいことがあるかどうか。


よくあるご質問


メールで送っても援用したことになりますか

 法律上、方法は限定されていませんので、内容が相手方に届いていれば意思表示としては成立しえます。ただ、届いたかどうかを後から示しにくいという弱さがあります。争いになる可能性がある場面では、記録の残る方法をおすすめします。

弁護士に依頼しないとできませんか

 ご自身で行うことも可能です。もっとも、期間の起点や、途中に更新の事由がなかったかの見極めは、事案によって判断が分かれます。期間が足りていなかった場合には、書面の内容だけが残ることになりますので、送る前に一度確認しておく意味はあります。

一度援用した後で撤回できますか

 いったん行った意思表示を自由に取り消せるとは考えられていません。実務で問題になりやすいのは、むしろその逆で、援用する前に支払いを認めてしまい、後から援用できなくなる場面のほうです。

まとめ


  1. 消滅時効は期間の経過だけでは働かず、援用という主張が必要になる(民法145条)。
  2. 援用に決まった様式や窓口はなく、相手方に意思表示が届けば足りる。
  3. 記録が残る方法として、内容証明郵便に配達証明を付ける形が選ばれることが多い。
  4. 書面は短くてよく、支払いや事実関係について書き足した一文が後で問題になりやすい。
  5. 期間の経過後に支払いを認めてしまうと、その後の援用は認められにくくなる。
  6. 援用は「請求権があったとしても」という前提に立つ主張であるため、関係について争う点がある場合は順序を先に決めておく。


ご相談について

 弁護士法人若井綜合法律事務所では、慰謝料の請求を受けた方からのご相談も承っています。期間の起点をどこに置くか、これまでのやり取りが更新の事由にあたらないか、書面にどこまで記載するかは、事案の中身によって判断が変わります。届いた書面をお手元にご用意のうえ、お早めにご相談ください。池袋・新橋の各事務所でご対応しています。

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若井亮
専門家

若井亮(弁護士)

弁護士法人若井綜合法律事務所

風俗トラブルや男女トラブル、それに伴う刑事事件まで一貫して対応。累計相談件数は男女トラブル約23,000件、風俗トラブル約8,000件。全国からの相談を24時間受け付け、迅速な対応を心がけています。

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