【不貞慰謝料】立場を利用された・強く迫られた場合の主張

若井亮

若井亮

テーマ:男女トラブル

職場の上司と関係を持ち、後になって上司の配偶者から慰謝料を請求される。そのときに多くの方が最初に口にするのが、「自分から望んだ関係ではない」「上司だから断れなかった」という言葉です。

 この言葉は、事実として切実なものであることが少なくありません。ただ、法律の手続の中では、この一言がそのまま結論に結びつくとは限りません。同じ一言が、支払義務があるかどうか、金額をどう考えるか、上司との間で負担をどう分けるか、自分から上司や勤務先に向ける請求があるか、刑事の問題として扱われるかという、性質の違う場所に同時に向かっていくからです。

 この記事では、「立場を利用された」「強く迫られた」という言い分が、どの場面で何を問われ、何を裏づけとして示すことになるのかを整理します。上司と部下という組み合わせを例にしていますが、取引先との関係、指導する側と指導を受ける側など、力関係の差がある場面に共通する話です。男女どちらの立場でも同じように当てはまります。

「断れなかった」という言葉は、一つの主張ではない

 同じ「断れなかった」でも、その言葉が向かう先によって、問われることも、通ったときに変わることも異なります。まず、この言葉が実際にはいくつの場面にまたがっているのかを見ておきます。

言い分が向かう先そこで問われること通ったときに変わること
支払義務があるかどうか自分の意思による行為といえるか請求そのものが認められない余地が出る
支払う金額関係の始まりと続き方で、どちらがどう動いたか金額が下がる方向に働くことがある
上司との間の負担の分け方二人の間で責任をどう分けるか支払った分の一部を上司に求めうる
上司や勤務先への請求職場での言動として問題があったか自分が請求する側に立つ場面が生じる
刑事の問題として扱われるか同意しない意思を示すことが難しい状態だったか捜査機関が関わる別の手続になる


 この五つは、それぞれ相手も、手続も、必要な材料も違います。どこに向けて言うのかを決めないまま「断れなかった」とだけ述べると、どの場面にも届かないまま、性的関係があったことだけが相手方に伝わってしまうということが起こります。

立場の差があったことだけでは、結論は決まらない


差があること自体は、珍しい状況ではない

 職場で関係が生じる場合、そこに何らかの上下関係があること自体は、むしろよくあることです。上司と部下、正社員と有期契約の社員、指導する立場と教わる立場。そのため、「上司だった」「評価される立場だった」という事実を述べるだけでは、相手方から「それは多くの社内の関係に当てはまることで、この件に固有の事情ではない」と返されやすくなります。

見られているのは、差そのものではなく差の働き方

 実際に検討されるのは、力関係の差があったかどうかではなく、その差が具体的にどう働いたのかです。誘いを断ったときに担当や評価に変化があったのか、勤務時間外の呼び出しが業務の指示と区別できない形で行われていたのか、関係を終わらせようとしたときに何が起きたのか。こうした具体的な経過があって初めて、差が働いたという説明が形になります。

支払義務そのものを争えるのは、どのような場面か


「自由な意思にもとづいて」という言葉は、誰について述べられたものか

 不貞行為の意味について、最高裁判所は昭和48年11月15日の判決で、配偶者のある者が自由な意思にもとづいて配偶者以外の者と性的関係を結ぶことをいい、相手方の自由な意思にもとづくものであるかどうかは問わない、という趣旨を述べています。

 ここで注意したいのは、「自由な意思にもとづいて」という部分は、配偶者がいる側について述べられた言葉であり、相手方については、その意思を問わないとされている点です。この判断は離婚原因の場面についてのものですが、独身の立場で上司と関係を持った方が、この言葉をそのまま自分に当てはめて「自分の自由な意思ではなかったから責任がない」と述べても、そのままの形では受け止められにくいということになります。

既婚かどうかで、当たる条文が変わる

 自分に配偶者がいる場合は、上司との関係が自分の配偶者に対する関係でも問題になります。この場面では、自分の意思にもとづく性的関係だったのかという問いが、離婚原因の判断に直接関わってきます。

 これに対し、自分に配偶者がなく、上司の配偶者から請求を受けている場合は、問われるのは、他人の婚姻共同生活の平穏を侵害する行為について故意または過失があったかどうかです。相手が既婚であることを知っていた以上、この点を否定するのは容易ではありません。とくに職場での関係は、既婚かどうかを確かめられる状況にあったと見られやすい場面でもあります。

責任が否定される余地はあるが、限られている

 暴行や脅迫を受けていた、断れば職を失うと具体的に告げられていたなど、自分の意思で選んだ行為とは評価しがたいといえるだけの事情があれば、責任そのものが認められない余地はあります。ただし、そこまでの事情を裏づけとともに示せる場面は多くありません。実務では、支払義務の有無ではなく、次に述べる金額の場面で働くことのほうが多いと考えられます。

金額の場面では働きやすい


関係を主導したのはどちらか

 慰謝料の金額は、婚姻期間、関係の期間や頻度、その後の経過など、複数の事情を総合して判断されます。その中には、関係の開始と継続を主導したのはどちらか、という視点も含まれます。誘いをかけ続けたのが上司の側であること、断りにくい状況を作ったのが上司の側であることは、こちらの責任の重さを小さく見る方向に働きうる事情です。

 なお、金額を下げる方向に働く事情の全体像や、その示し方については、別の記事で扱っています。

同じ事実が、相手方の主張の材料にもなる

 注意しておきたいのは、立場を利用したという同じ事実が、請求する側からは上司の責任を重く見る材料として使われるという点です。上司が業務上の立場を使って関係を維持していたという事情は、上司に対する請求を強める方向にも働きます。

 二人が負う責任は、それぞれ別に評価される一方で、配偶者が受け取れる総額が二重になるわけではありません。そのため、こちらの責任が小さく評価されることは、多くの場合、上司の側の負担が相対的に大きくなることと表裏の関係になります。この点は、上司との関係を今後どうするかという判断にも関わってきます。

迎合的に見えるやり取りが残っている場合

 このテーマで最も多い相談が、「嫌だったのに、こちらから連絡した記録や、楽しそうに見えるやり取りが残っている」というものです。相手方からは、その記録を根拠に、断れなかったという説明と矛盾するという指摘がされます。

 この点について、厚生労働省が労災の場面で用いている「心理的負荷による精神障害の認定基準」(令和5年9月1日付け基発0901第2号)には、セクシュアルハラスメントの事案についての留意事項が置かれています。趣旨をまとめると、次のような内容です。

  • 勤務を続けたい、被害を軽くしたいといった心理から、やむを得ず行為者に迎合するような連絡をしたり誘いを受け入れたりすることがあり、その事実だけで被害を受けたことを単純に否定する理由にはならないとされている。
  • 被害を受けてからすぐに相談しないことがあり、その事実だけで負荷が弱いと単純に判断する理由にはならないとされている。
  • 医療機関でもすぐには話せないことがあり、初診の際に述べていないことだけで負荷が弱いと単純に判断する理由にはならないとされている。
  • 行為者が上司で被害者が部下である場合など、雇用関係の上で優越的な立場にある事実は、負荷を強める要素となりうるとされている。


 これは労災の場面で心理的負荷の強さを評価するときの留意事項であり、慰謝料請求の場面の判断基準を定めたものではありません。それでも、迎合的に見えるやり取りが残っていることだけを取り出して結論を出すのは適当でない、という整理が公的な文書に示されていること自体は、説明を組み立てるときの手がかりになります。

 もっとも、これは裏返せば、記録の一部だけを見て判断されないためには、その前後の経過を含めて示す必要があるということでもあります。都合のよい部分だけを残して他を消すと、かえって説明が不自然に見えることがあります。

裏づけは、二人の関係の内側ではなく外側にある

 「断れなかった」という説明は、二人のやり取りだけを見ていても裏づけにくいものです。手がかりになりやすいのは、関係そのものではなく、その周辺にある職場の記録です。

示したいこと材料になりやすいもの気をつけたいこと
業務上の指揮命令や評価の関係職務分掌、評価や人事に関する権限、組織図関係の中身までは示せない
断りにくい状況があったこと時間外の呼び出しや同行の指示、断った後の担当や評価の変化変化の理由は別にあると説明されうる
嫌だと伝えていたこと同じ時期の第三者への相談、相談窓口の記録、日記や通院の記録後から作られた記録は評価が下がる
関係の始まり方最初のやり取りが、どちらから、どのような形で始まったか一部だけを残すと不自然に見える


 このうち勤務先の記録は、退職したり異動したりすると手元から離れます。手続が進んでから探し始めると間に合わないことがあるため、早い段階で手元にあるものを確認しておくことが役立ちます。

述べること自体に伴うこと


「断れなかった」は、性的関係があったことを前提にした言い分

 見落とされやすい点ですが、「断れなかった」と述べることは、断るべき場面があったこと、つまり性的関係があったことを前提にした説明です。相手方が関係の存在をまだ十分に立証できていない段階でこの説明を出すと、争点になっていたはずの部分を自分から埋めてしまうことになりかねません。

 どの順番で何を述べるかは、相手方が何をどこまで示しているかによって変わります。反論をどう組み立てるかについては、別の記事で扱っています。

勤務先に申し出ると、別の手続が動き出す

 男女雇用機会均等法11条1項は、事業主に対し、職場での性的な言動に関する相談に応じ、適切に対応するために必要な体制を整えることなどを義務づけています。また、同条2項は、相談したことなどを理由に解雇その他の不利益な取扱いをすることを禁じています。

 したがって、相談したこと自体を理由に不利益な扱いを受けるべきものではありません。一方で、申し出をすると、会社の側で事実確認の手続が始まり、当事者の意向だけでは止められなくなることがあります。関係の経緯が社内で共有され、上司の側にも会社から連絡が行きます。慰謝料の交渉とは別の時間軸で進むため、どの順番で動くかをあらかじめ考えておくことが望まれます。

上司と口裏を合わせることの危うさ

 上司から「自分がまとめるから何も言わないでほしい」と求められることがあります。しかし、二人の間でどう決めても、それは請求してきた配偶者を拘束しません。事実と異なる説明を合わせておくと、後で食い違いが出たときに、説明全体の信用が下がります。

別のレールにある二つの問題


上司との間の負担の分け方

 配偶者に支払った後、その一部を上司に求めることが考えられる場面があります。誰がどの程度主導したかは、この分担の割合を考えるときにも関わってきます。手続や進め方は別の記事で扱っています。

自分の側から向ける請求と、刑事の問題

 職場での言動として問題があった場合には、自分の側から上司に対して損害賠償を求めることが考えられます。事案によっては勤務先の対応が問われることもあります。

 また、同意しない意思を示すことが難しい状態だったといえる事情がある場合、刑事の問題として扱われることもあります。経済的または社会的な関係の上での影響力に関わる類型については、当事務所の別の記事で詳しく取り上げています。いずれも慰謝料の交渉とは別の手続であり、始めるかどうかは、時期や見通しを含めて検討する事柄です。

請求する側から見た「断れなかった」

 配偶者の不貞について慰謝料を請求する立場から見ると、この言い分は、支払いを避けるための言い訳に見えることがあります。ただ、次の点は分けて受け止めておくと、その後の見通しが立てやすくなります。

  • 立場の差があったという説明だけでは、こちらの請求が否定されるわけではない。
  • 主導したのがどちらかという事情は、二人の間で責任の重さの見方が変わる問題であり、受け取れる総額そのものを決めるものではない。
  • 相手が勤務先に申し出た場合、配偶者の勤務先で手続が始まり、こちらが望まない形で事情が広がることがある。
  • 言い分の当否は、二人のやり取りだけでなく、職場の記録と突き合わせて検討することになる。


よくあるご質問


上司から「自分が全部払うから何も言わなくていい」と言われています

 二人の間でそのように取り決めても、請求してきた配偶者に対しては効力を持ちません。上司が実際に支払わなかった場合、請求はこちらに向いたままです。求められている書面に署名する前に、その書面が誰と誰の間のものなのかを確認しておくことをおすすめします。

関係が1年以上続いていました。それでも「断れなかった」と言えますか

 関係が長く続いていたことは、一般には説明を難しくする方向に働きます。もっとも、期間の長さだけで結論が決まるわけではなく、その間に断ろうとした経過があるか、断った後に何が起きたか、といった具体的な事情が検討されます。長く続いたこと自体を、影響力の下にあったことの表れとして説明する余地もありますが、そう見てもらうには相応の裏づけが必要です。

会社の窓口に相談すると、不倫のことも会社に知られてしまいますか

 相談の内容は、事実確認の過程で一定の範囲に共有されます。事業主には相談者のプライバシーを保護するための措置が求められていますが、上司の側に何も伝わらないまま手続が進むことは想定しにくいところです。慰謝料の交渉を先に進めるのか、社内の手続を先に動かすのかは、それぞれの影響を踏まえて選ぶことになります。

まとめ


  1. 「断れなかった」という言葉は、支払義務、金額、上司との分担、自分からの請求、刑事の問題という別々の場面に向かう。どこに向けて述べるのかを決めておく。
  2. 立場の差があったこと自体ではなく、その差が具体的にどう働いたのかが検討される。
  3. 支払義務そのものが否定される場面は限られており、多くは金額の場面で働く。
  4. 迎合的に見えるやり取りが残っていることだけで結論が決まるわけではないが、前後の経過を含めて示す必要がある。
  5. 裏づけになりやすいのは、二人のやり取りではなく、職場の指揮命令や評価に関する記録である。
  6. 「断れなかった」と述べることは、性的関係があったことを前提にした説明でもある。
  7. 勤務先への申し出は別の手続を動かすため、進める順番をあらかじめ考えておく。


ご相談について

 立場の差が絡む男女トラブルは、慰謝料の交渉、職場での手続、上司との関係という複数の問題が同時に動きます。どれから手をつけるかによって、その後に取りうる選択肢が変わることもあります。

 弁護士法人若井綜合法律事務所では、池袋と新橋に事務所を置き、慰謝料を請求する側、請求を受けた側のいずれのご相談もお受けしています。書面が届いた段階でも、社内で話が出始めた段階でも、状況を整理したうえで進め方をご一緒に検討します。お一人で抱えず、早い段階でご相談ください。

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若井亮
専門家

若井亮(弁護士)

弁護士法人若井綜合法律事務所

風俗トラブルや男女トラブル、それに伴う刑事事件まで一貫して対応。累計相談件数は男女トラブル約23,000件、風俗トラブル約8,000件。全国からの相談を24時間受け付け、迅速な対応を心がけています。

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