【不貞慰謝料】二重取りにならない仕組みと、確認の方法

若井亮

若井亮

テーマ:男女トラブル

「慰謝料の二重取りはできない」という説明は、不貞行為をめぐる話し合いの場でよく登場します。ただし、同じ言葉が指している不安は、立場によってかなり違います。請求する側は「配偶者と不貞相手の両方に請求してよいのか」と考え、請求を受けた側は「配偶者がすでに払っているのに、自分にも請求が来るのはなぜか」と受け止めます。

 法律上の考え方としては、同じ不貞について、支払われた金額を超えて重ねて受け取ることはできないと整理されています。もっとも、この整理は、お金が動いた瞬間に自動的に当事者の手元で目に見える形になるわけではありません。誰がいくら支払ったのかが分からないままであれば、重なっているのかどうかを確かめようがないからです。二重取りを防ぐという課題の中身は、突き詰めると、後から確かめられる形を先に作っておくことに行き着きます。

 この記事では、二重取りにならないとされる仕組みを確認したうえで、話し合いや支払いの前後で何をどう確かめておくかを、請求する側と請求を受けた側の双方の視点から整理します。慰謝料の相場や金額が上下する事情、求償権の要件や負担割合、消滅時効の数え方、清算条項が及ぶ範囲そのものについては、それぞれ別の記事で扱います。

「二重取り」という言葉が指している場面

 「二重取り」と呼ばれる場面は一つではありません。話している人がどの場面を思い浮かべているかがずれていると、議論が噛み合わないまま進んでしまいます。まずは、よく使われ方の異なる四つの場面を並べておきます。

言われ方重なっていると受け止められるもの気にすることが多い立場
配偶者と不貞相手の双方から受け取る同じ不貞についての慰謝料請求する側と請求を受けた側の双方
離婚の際に配偶者から受け取ったお金と、不貞相手への請求同じ精神的苦痛に対する賠償請求を受けた側
慰謝料と、財産分与や生活費など名目の異なるお金お金の名目と趣旨双方
一度合意した相手に、もう一度請求する一度目の合意で決めた範囲請求を受けた側


この記事が中心に置く場面

 以下では、一つ目の「配偶者と不貞相手の双方から受け取る」場面を中心に説明します。二つ目は離婚に伴う慰謝料との関係、三つ目は渡されたお金の名目の読み方、四つ目は一度成立した合意の効力の問題であり、いずれも別の切り口からの検討が必要になるためです。

二重取りにならないとされる仕組み

 不貞行為は、配偶者と不貞相手が一緒に行った一つの行為として扱われ、二人はそれぞれ、生じた損害の全部について賠償する責任を負うと考えられています(民法719条1項)。二人が半分ずつの義務を負うのではなく、それぞれが全部について義務を負い、どちらか一方に全額を請求することもできる、という形です。

 その裏返しとして、一方が支払えば、支払われた金額の分だけ、もう一方の義務も消えていくと整理されています。だからこそ、双方に請求できるとしても、受け取れる合計額が二倍になるわけではない、と説明されるのです。この考え方の詳しい成り立ちについては、共同不法行為を扱った記事をご覧ください。

請求できることと、受け取れることは別

 仕組みの上で制限されているのは、受け取れる合計額です。双方に請求書を出すこと自体が禁じられているわけではありません。請求を受けた側が「配偶者にも請求しているのだから二重取りだ」と述べても、それだけでは反論として噛み合わないことがあるのは、この違いによります。

仕組みが働くのは、支払いの対応関係が分かる場合

 支払われた分だけ義務が消えるという整理は、どの支払いが、どの損害に対応するものなのかが分かって初めて具体的な金額に落とせます。名目のはっきりしない振込や、離婚に伴う複数の取り決めがひとまとまりになった支払いでは、対応関係の読み取り自体が争点になります。仕組みがあるという一般論と、目の前の金額が控除されるかどうかは、別の話だということになります。

仕組みがあるのに「防ぐ」必要があるのはなぜか

 二重取りにならない仕組みがあるのなら、放っておいても結果は同じになりそうに思えます。それでも実際には食い違いが起きます。理由はおおむね次の三つに整理できます。

総額を管理している人がいない

 裁判であれば、裁判所が一つの手続の中で金額を判断します。しかし、話し合いで解決する場合、全体の金額を管理する立場の人はどこにもいません。それぞれの当事者が、自分が関わっている交渉の金額しか把握していない状態で進むことになります。

話し合いは当事者ごとに別々に進む

 請求する側から見ると、配偶者との話し合いと、不貞相手との話し合いは、時期も進み方も別々です。一方が先に終わり、他方が数か月遅れて動き出すことも珍しくありません。先に成立した合意の内容は、他方の交渉の場には自動的には伝わりません。

渡したお金を戻すには、渡すときより手間がかかる

 いったん支払われたお金について、後から「重なっていたので返してほしい」と求める場合、求める側が、重なっていることと金額を説明する立場に立ちます。支払う前に一言確かめておけば足りたことが、支払った後には別の請求として立て直さなければならなくなります。防ぐ手当てが支払いの前に集中するのは、この非対称のためです。

立場によって「防ぎたいこと」は違う

 二重取りを防ぐと言っても、三者それぞれが避けたい事態は同じではありません。自分がどの立場にいるのかを確かめると、打つべき手が見えやすくなります。

立場避けたいこと中心になる手立て
慰謝料を請求する側受け取った後に返還を求められること、成立した合意を覆されること受け取った額と対象を書面に残しておく
請求を受けた不貞相手すでに支払われた分まで重ねて負担すること支払う前に、ほかに支払われた額の有無を確かめる
不貞をした配偶者自分の支払いと相手方の支払いが重なること双方の話し合いの進み具合を把握しておく


同じ手当てが、二つの立場の役に立つことがある

 立場が違えば利害も対立しますが、書面に金額と対象を明記しておくという手当てだけは、双方にとって意味を持ちます。受け取る側にとっては後から覆されにくい記録になり、支払う側にとっては重ねて求められたときの反論の材料になるからです。交渉の場でも、この点は歩み寄りやすい部分といえます。

確認の方法(1)——尋ねた内容を書面に残す

 二重取りの確認というと、相手方の支払状況を調べる方法を思い浮かべがちです。ただ、交渉の段階で相手方の合意内容を外から調べる手立ては限られます。実務で先に効いてくるのは、調べることよりも、尋ねて、答えてもらった内容を書面の形にしておくことです。

尋ねても答えが返ってくるとは限らない

 「配偶者からいくら受け取りましたか」と尋ねても、回答する義務が相手方にあるわけではありません。夫婦の間で交わした書面は夫婦の手元にあり、不貞相手が写しを持っていることはまずありません。回答が得られない場合にどのような手続が考えられるかは、すでに支払われている場面を扱った記事で説明しています。

「ほかに受け取っていない」という記載を置く

 実際の交渉でよく用いられるのは、示談書や合意書の中に、本件について現在までに受領した金銭があるかどうか、あるとすればその額はいくらかを記載してもらう方法です。「本件に関し、ほかに金銭を受領していないことを確認する」といった一文を置く形もあります。相手方の内心を調べることはできなくても、述べてもらった内容を記録に残すことはできます。

記載と事実が食い違っていた場合

 記載しておくことには、単に読み合わせができるという以上の意味があります。示談は法律上の和解にあたり、当事者が争って決めた事柄については、後から違う証拠が出ても内容が動かないのが原則です(民法696条)。他方で、争いの対象そのものではなく、合意の前提として当事者が争わなかった事柄に思い違いがあった場合には、別の扱いになりうると考えられています。

 この点は、思い違いに関する規定が、その事情が合意の前提とされていることが示されていた場合に限って取消しを認めている点とつながります(民法95条1項2号、同条2項)。すでに受け取った額を書面に書いておくことは、その額を前提に金額を決めたという事実を、書面の上で示しておくことにあたります。もっとも、この主張が通るかどうかは事案ごとの判断になりますので、書いておけば当然に取り消せるという性質のものではありません。

確認の方法(2)——自分の側で確かめられること

 相手方に尋ねる方法と並んで、自分の側で確かめられることもあります。立場によって、確かめやすいものが異なります。

請求する側は、夫婦の間で確かめられる立場にある

 請求する側は、配偶者との間の取り決めについては当事者ですから、金額も時期も自分で把握できます。離婚をしない場合には、配偶者が支払ったお金が家計の中を移動しただけという状態になることもあり、その点も含めて整理しておくと、後の説明がしやすくなります。

請求を受けた側は、手元の材料が限られる

 これに対して、請求を受けた不貞相手の側には、確かめる材料がほとんどありません。相手方の説明のほかに手がかりがないことも多く、支払いの前にどこまで確かめるかが分かれ目になります。手元に材料がない状態でどう主張を組み立てるかは、別記事で詳しく扱っています。

金額よりも、何についてのお金かを先に確かめる

 金額だけを尋ねると、話が食い違いやすくなります。渡されたお金が慰謝料として渡されたものか、離婚に伴う別の取り決めによるものか、生活のための送金かによって、重なっているかどうかの判断は変わります。先に確かめるべきなのは、金額よりも、そのお金が何についてのものだったのかという点です。

書面に何を書いておくと、後から確かめられるのか

 ここまでの内容を、書面の記載事項という形で並べ替えると、次のようになります。条項の文言そのものや、清算条項の効力が及ぶ範囲については、示談書の条項を扱った記事をご覧ください。

書いておく事柄後から確かめられること抜けたときに起きやすいこと
どの出来事についてのお金か重なっているかどうかを比べる前提がそろう別の件についてのお金だったと言われる
ほかに受領した金銭の有無と金額支払われた総額の起点が分かる双方が別々の前提のまま話を進める
ほかから受け取った場合の扱い後から判明した入金をどう処理するかが決まる扱いを一から交渉し直すことになる
受領した事実と受領日支払いがあったこと自体を示せる支払いの有無から争いになる


清算条項があっても、他方との関係まで決まるわけではない

 清算条項は、その書面を交わした当事者の間で、これ以上の請求をしないことを確認するものです。署名していない第三者との関係まで、その一文で決まるわけではありません。不貞相手との間で清算条項を入れても、配偶者との関係は別に整理する必要がありますし、その逆も同じです。三者が一通の書面に署名する形をとる場合の設計は、三者間の示談を扱った記事で説明しています。

順番と時期によって結論が変わることがある

 同じ金額でも、どちらと先に話をまとめるかによって、その後に残る枠が変わってきます。先に一方と低い金額で合意すると、支払われた分は消えますが、残る枠が想定より小さくなることもあります。逆に、支払いを受ける前の段階でもう一方と合意してしまうと、その内容を前提に交渉を進めることになります。

 誰にどの順序で請求するかという判断そのものは、請求先の選び方を扱った記事で詳しく整理しています。ここでは、順番の選択が、後から確かめられる材料の量にも影響するという点だけを押さえておけば十分です。

防ぎきれなかった場合にどうなるか

 確認が間に合わず、結果として重なった形になってしまうこともあります。その場合の見通しも押さえておきます。

払いすぎた分の返還を求める立場になる

 重ねて支払った側は、その分の返還を求めることを検討することになります。法律上の原因なく受けた利益の返還を求める考え方がありますが、返還の範囲は利益が残っている限度とされており(民法703条)、生活費などに費消された後では、求めた額がそのまま戻るとは限りません。支払う前の確認に手間をかける意味は、ここにもあります。

「受け取りすぎだ」と言われた側にできること

 受け取った側から見ると、後になって返還を求められる場面です。ここで手元にものを言うのが、受け取った時点の書面です。何についていくら受け取ったのかが書面に残っていれば、対象が違うのか、金額が重なっているのかという議論を、記憶ではなく記録で進められます。逆に、名目のない振込だけが残っている場合には、説明に手間がかかります。

よくあるご質問


配偶者が受け取った慰謝料は、不貞相手への請求額から当然に差し引かれますか

 支払われた分だけ義務が消えるという整理はありますが、実際にいくら差し引かれるかは、支払いの対象と金額が確かめられて初めて定まります。金額や名目がはっきりしない場合には、その点自体が争いになることがあります。

「ほかに受け取っていない」と書いてもらったのに、後で受け取っていたと分かりました

 書面の記載と事実が食い違っていた場合、その事情が合意の前提とされていたといえるかどうかが検討の出発点になります。合意の取消しを求めるほか、その記載を前提に改めて話し合う進め方も考えられます。いずれにしても、記載が残っていることが議論の土台になります。

三者で一通の書面を作れば、二重取りは避けられますか

 当事者がそろっていれば、総額と各自の負担、支払われた額を一つの書面に書き込めるため、確認の面では見通しがよくなります。他方で、三者の予定を合わせる必要があり、話がまとまるまでの時間が延びることもあります。三者間の形式を選ぶかどうかは、別記事の整理もあわせてご検討ください。

まとめ

 二重取りにならない仕組みと、その確認の方法について整理してきました。要点は次のとおりです。

  1. 「二重取り」と呼ばれる場面は一つではなく、どの場面の話をしているのかを先に確かめる。
  2. 支払われた分だけ義務が消えるという仕組みはあるが、支払いの対象と金額が分からなければ具体的な金額には落とせない。
  3. 話し合いによる解決では総額を管理する立場の人がおらず、当事者ごとに別々に進むため、食い違いが生じやすい。
  4. 渡したお金を後から戻すのは、渡す前に確かめるより手間がかかる。
  5. 確認の中心は、外から調べることよりも、尋ねた内容を書面に残しておくことにある。
  6. すでに受け取った額を書面に書いておくと、その額を前提に金額を決めたことを記録として示せる。
  7. 清算条項は署名した当事者の間の取り決めであり、他方との関係まで決めるものではない。


慰謝料の二重取りについてご不安のある方へ

 二重取りをめぐる食い違いは、金額の多寡そのものよりも、確かめる材料が残っていないことから生じている場面が少なくありません。書面を交わす前や支払いの前であれば打てる手がありますが、時間が経つほど選べる方法は狭まっていきます。

 弁護士法人若井綜合法律事務所では、慰謝料を請求する立場の方、請求を受けた立場の方のいずれについても、これまでの経緯を伺ったうえで、確かめておくべき点と書面に残しておくべき点を整理してご説明しています。ご自身の状況で何を確認しておくべきかお迷いの際は、お早めにご相談ください。

リンクをコピーしました

Mybestpro Members

若井亮
専門家

若井亮(弁護士)

弁護士法人若井綜合法律事務所

風俗トラブルや男女トラブル、それに伴う刑事事件まで一貫して対応。累計相談件数は男女トラブル約23,000件、風俗トラブル約8,000件。全国からの相談を24時間受け付け、迅速な対応を心がけています。

関連するコラム

プロのおすすめするコラム

コラムテーマ

コラム一覧に戻る

プロのインタビューを読む

風俗・男女トラブルの不当要求から依頼者を守る弁護士

若井亮プロへの仕事の相談・依頼

仕事の相談・依頼