結婚をちらつかせて金銭・関係を得る|結婚詐欺と貞操権侵害の境界
不貞慰謝料のご相談では、相手方が高校生や大学生であったり、高齢で判断能力に不安があったりと、当事者の立場が通常とは異なる場面があります。こうした場合に「そもそも請求できるのか」と考える方は少なくありませんが、実際に違いが出るのは、請求できるかどうかよりも、その前後にある手続や合意の安定性であることが多いといえます。
立場が変わっても、責任の枠組み自体は変わらない
不貞慰謝料は、故意または過失によって他人の権利を侵害した場合の損害賠償として請求するものです(民法709条・710条)。年齢や職業、判断能力といった事情が、この枠組みそのものを入れ替えるわけではありません。
もっとも、請求の話は「責任が生じるか」だけで完結しません。次のように段階を分けて見ると、立場の違いがどこに現れるのかが整理しやすくなります。
| 問われること | 中身 | 立場による違いの出方 |
|---|---|---|
| 責任が生じるか | 相手が既婚者だと知っていたか、知り得たか | 大きくは変わらない |
| 誰と話を進めるか | 本人だけで手続を進められるか | 変わりやすい |
| 合意した内容が残るか | 後から取り消されたり無効とされたりしないか | 変わりやすい |
| 決まった額が現実に動くか | 支払える収入や資産があるか | 変わりやすい |
違いが出るのは、主に下の3行です。以下では、未成年者・学生・高齢の当事者の順に、どの段階でどのような注意が必要になるのかを見ていきます。
未成年者が相手方の場合|責任は年齢だけで決まらない
まず、未成年者であることが責任の有無にどう関わるのかを確かめておきます。ここで問題になるのは「未成年かどうか」ではなく、その人が自分の行為の意味を判断できたかどうかです。
責任能力という考え方
民法は、自分の行為の責任を判断する能力(責任能力)を備えていない未成年者は賠償責任を負わないと定めています(民法712条)。もっとも、この能力の目安は一般に11歳から12歳前後と説明されることが多く、不貞が問題になる年齢層でこの点が争点になることは多くありません。「未成年だから請求できない」という理解は、条文の趣旨とはずれています。
親に当然に支払義務が生じるわけではない
本人に責任能力が認められる場合、賠償義務を負うのは本人です。監督義務者の責任を定めた規定(民法714条)は、責任無能力者が責任を負わない場合を前提とするもので、「未成年なら親が払う」という内容の規定ではありません。親が自ら支払う場合にどのような法律上の形をとることになるのかは、別の記事で扱っています。
未成年者と交わした示談は、後から取り消されることがある
未成年者が法律行為をするには法定代理人の同意が必要で、同意を得ずにした行為は取り消すことができます(民法5条1項・2項)。示談も法律行為ですから、この規定の対象になります。支払いを約束する内容を含む以上、「単に権利を得、又は義務を免れる法律行為」(同条1項ただし書)にあたるとは通常考えにくいところです。
誰が、いつまで取り消せるのか
取り消せるのは、本人と法定代理人などに限られます(民法120条1項)。取消権は、追認をすることができる時から5年、行為の時から20年で消滅します(民法126条)。本人が成年に達した後、取消権があることを知ったうえで追認すれば、それ以後は取り消せません(民法122条・124条)。逆にいえば、同意のないまま作成した示談書は、長い期間にわたって不安定なまま残ることになります。
なお、本人が成年であると偽って相手を信じ込ませた場合には、取消しができないとされています(民法21条)。ただし、これは年齢を確かめなかった側を当然に救う規定ではありません。
確認すべきは、署名欄の形ではなく同意の有無
「示談書に親の署名押印をもらえばよい」と説明されることがありますが、法律が求めているのは法定代理人の同意です。親権者が2人いる場合の扱いや、書面のどこにどう同意を表すのかといった点は、後から争いになりやすい部分です。
取り消されても、請求できる権利そのものは残る
ここは見落とされやすい点です。取り消された行為は初めから無効であったものとみなされますが(民法121条)、無効になるのは示談という合意であって、不法行為に基づく損害賠償請求権そのものではありません。請求権は法律行為ではなく、生じた事実にもとづいて発生するものだからです。
つまり示談が取り消されると、失われるのは「金額をいくらにするか」「いつまでにどう支払うか」「これ以上請求しない」といった取決めのほうです。終わったはずの状態が解け、双方が改めて向き合うことになります。取消しの可能性は、請求する側にとってだけでなく、支払う側にとっても不利益に働き得ます。
裁判や調停になると、手続を進める相手が変わる
未成年者と成年被後見人は、法定代理人によらなければ訴訟行為をすることができません(民事訴訟法31条本文)。当事者は本人であっても、実際に手続を行うのは親権者や後見人であり、裁判所からの書類も法定代理人に対して送られます。
法定代理人がいない場合や、法定代理人が代理権を行使できない場合には、裁判所に特別代理人の選任を申し立てる方法があります(同法35条)。いずれにしても、誰を相手に進めるのかを先に確認しないまま手続を始めると、後からその効力が問題になります。なお、答弁書の提出期限などの期間そのものが、立場によって延びるわけではありません。
学生の場合|年齢の問題と収入の問題を分ける
2022年4月1日から、成年年齢は18歳です。したがって、大学生や専門学校生の多くは成年であり、単独で有効に示談をすることができます。「学生だから親の同意が必要」という説明は正確ではなく、問われているのは学生かどうかではなく年齢です。
収入がないことも、責任が生じるかどうかとは別の問題です。ただし、決まった額が現実に支払われるかという最後の段階には強く影響します。分割払いに応じるかどうかや、親が任意に関与する場合の整理については、それぞれ別の記事にゆずります。
なお、法定代理人から営業を許された未成年者は、その営業に関しては成年者と同一の行為能力を有するとされていますが(民法6条1項)、不貞をめぐる示談がその範囲に入る場面は通常想定しにくいところです。
高齢の当事者|「取り消せる」ではなく「無効」になることがある
高齢であること自体は、法律上の立場を変えるものではありません。問題になるのは年齢ではなく、判断能力がどの程度であったか、そして後見等の制度が使われているかどうかです。
意思能力を欠いていた場合
意思表示をした時に意思能力がなかった場合、その法律行為は無効です(民法3条の2)。未成年者の場合の「取り消すことができる」とは異なり、取消しの意思表示を待つまでもなく効力が生じないという整理になります。後見等の審判を受けていない方についても問題になり得る点が特徴です。
後見・保佐・補助で窓口が変わる
| 類型 | 本人の状態についての審判 | 示談をするときの扱い |
|---|---|---|
| 後見 | 事理弁識能力を欠く常況(民法7条) | 本人の法律行為は取り消し得る(民法9条)。成年後見人が代理する(民法859条1項) |
| 保佐 | 事理弁識能力が著しく不十分(民法11条) | 和解は保佐人の同意を要する行為とされ(民法13条1項5号)、同意がなければ取り消し得る(同条4項) |
| 補助 | 事理弁識能力が不十分(民法15条) | 審判で定められた行為についてのみ補助人の同意が必要(民法17条) |
示談は法律上の和解にあたるため、保佐の場合には条文上、明確に同意の対象に含まれています。訴訟上の和解や訴えの取下げについては、さらに特別の授権が求められます(民事訴訟法32条2項)。後見等が開始しているかどうかは、登記事項証明書によって確認する仕組みになっています。
支払いの現実
年金を受け取る権利は、受給権のままでは原則として差押えの対象になりません(国民年金法24条、厚生年金保険法41条1項)。口座に振り込まれた後は預金として扱われるため取扱いが変わりますが、いずれにしても判決を得ることと現実に受け取ることは別の話です。回収の手段そのものについては、別の記事で扱っています。
相手が未成年の場合、慰謝料とは別の問題が生じることがある
相手方が18歳未満であった場合、不貞をした配偶者の側に刑事上の問題が生じることがあります。2023年の刑法改正により、性交同意年齢は16歳に引き上げられ、13歳以上16歳未満の相手については5年以上年長の者による行為が処罰の対象とされました。このほか、各都道府県の青少年保護育成条例、児童福祉法、児童買春・児童ポルノ禁止法が関係する場面もあります。刑罰の種類についても、2025年6月から拘禁刑に改められています。
また、判断の未熟な立場を利用した関係であったと評価される場合には、未成年者の側から不貞をした配偶者に対して請求がなされることも考えられます。慰謝料の請求と刑事上の問題は、別のレールで進みますので、一方の見通しだけで他方を判断しないほうがよいでしょう。
金額そのものへの影響は限られる
年齢が若い、学生である、高齢であるといった属性が、そのまま増額や減額の項目として働くわけではありません。他方で、経験や立場の差を利用したかどうかといった事情は、行為の態様に対する評価に含まれることがあります。金額の組み立て方そのものについては、相場や増減の事情を扱った記事をあわせてご覧ください。
請求を受けた側・その家族から見た整理
- 未成年であること、収入がないこと、高齢であることは、責任を負わないという意味ではありません。
- 家族が代わりに答えても、本人を法律上拘束するとは限りません。
- その場で署名を求められても、内容と名義を確認する時間をとって差し支えありません。
- 支払える範囲を伝えることと、責任を認めることは別の事柄です。
- 判断能力に不安のある方が署名した書面については、作成した時点の状況が後から問題になることがあります。
進める前に確認しておきたいこと
- 相手方の年齢を、推測ではなく資料で確認する。
- 未成年であれば、法定代理人が誰にあたるのかを確かめる。
- 判断能力に不安がある場合は、後見等が開始しているかを確認する。
- 合意する場合は、同意する権限を持つ人の関与を書面のうえでも明らかにする。
- 取り消されたときに何が残り、何が失われるのかを、あらかじめ整理しておく。
- 支払いの原資と方法を、合意の内容とあわせて検討する。
まとめ
立場が特殊な場合に変わるのは、多くの場面で「請求できるかどうか」ではなく、誰と話を進めるのか、合意がそのまま残るのか、決まった額が現実に動くのか、という3つの点です。この3つを分けて考えると、どこに手当てが必要なのかが見えやすくなります。
弁護士法人若井綜合法律事務所では、不貞慰謝料に関するご相談を、請求する立場・請求を受けた立場のいずれからもお受けしています。当事者の年齢や判断能力に不安がある場合は、進め方そのものを早い段階で整理しておくことをおすすめします。池袋・新橋の各オフィスにてご相談を承っております。


