【不貞慰謝料】証拠がないまま請求するとどうなるのか
「証拠はそろっていると言われました。ただ、こちらにも言い分があります。何から述べればよいのでしょうか」。慰謝料を請求された方から、こうしたご相談をいただくことがあります。反対に、請求する側の方からは「相手方の弁護士から反論の書面が届いたが、どこに答えればよいのか分からない」というご相談が寄せられます。
インターネット上には、不貞慰謝料の反論パターンとして、性的な関係の否定、既婚者だと知らなかった、婚姻関係が破綻していた、消滅時効といった項目を並べた説明が数多くあります。個々の説明が誤っているわけではありません。ただ、一覧を眺めても、自分の場合にどれを選び、どの順で述べればよいのかまでは見えてきません。反論どうしは独立して並んでいるのではなく、示す責任がどちらに乗るのか、通ったときに何が終わるのか、先に述べた説明が後の主張とかみ合うのか、という関係で結ばれているからです。
この記事では、個々の反論の中身ではなく、反論の並べ方そのものを扱います。婚姻関係の破綻、既婚者であることの認識、消滅時効といった論点の詳細や、相手方の証拠の読み方、金額の増減にかかわる事情については、それぞれ別の記事にゆずり、ここでは全体の地図を描くことに絞ります。
反論の一覧を見ても、順序は決まらない
反論を並べた一覧は、選択肢の存在を知るには役立ちます。しかし、選択肢が並んでいることと、そのどれを、どの順で述べるかが決まることは別の話です。
同じ「反論」でも、届く先が違う
たとえば「そのような関係はなかった」という言い分と、「金額が高すぎる」という言い分は、どちらも反論と呼ばれます。しかし前者は請求の土台そのものに向けられており、後者は土台があることを前提にして、その先の金額に向けられています。両者は同じ土俵の上にある別の意見ではなく、そもそも狙っている場所が違います。
一覧型の説明では、この違いが見えにくくなります。並び順が対等に見えるため、上から順に思いつくものを述べればよいように読めてしまうからです。
順序を決めているのは三つのこと
実務で反論の順序を考えるとき、手がかりになるのは次の三つです。
- その主張について、示す責任がどちらの側に乗るのか。
- その主張が通ったとき、何が終わり、何が残るのか。
- 一度述べた説明を、後から動かせるのか。
この三つは、どの反論が強いかという物差しではありません。反論どうしがどう並ぶかを決める、構造の側の物差しです。以下では、この三つを順に見ていきます。
反論には「否認」と「抗弁」という二つの型がある
民事の裁判では、当事者の言い分が二つの型に分けて整理されます。この区別は、法律の専門用語として説明されることが多いのですが、順序を考えるうえでは実際的な意味を持っています。
相手が示すべきことを争うのが否認
請求する側は、慰謝料を求める前提として、いくつかの事柄を自ら示す必要があります。婚姻関係があったこと、配偶者と請求の相手方との間に性的な関係があったこと、相手方が婚姻関係の存在を知っていたか、知り得る事情があったこと、そして損害が生じたことです。
これらについて「そのような事実はない」と述べるのが否認です。否認をしても、示す責任が自分の側に移ってくるわけではありません。示せなかったときに不利になるのは、あくまで請求する側です。
別の事実を持ち出すのが抗弁
これに対して、相手方が述べている事実と両立する別の事実を持ち出し、それによって請求が通らなくなると主張するのが抗弁です。「関係があったことは争わないが、当時すでに婚姻関係は破綻していた」「請求できる期間が過ぎている」といった言い分がこれにあたります。
抗弁は、持ち出した側がその事実を示すことを求められます。ここが否認との決定的な違いです。抗弁を選ぶということは、自分の側に示す作業を引き受けるということでもあります。
抗弁に対する反論は、請求する側が示す
さらに、抗弁に対して「その抗弁が成り立たなくなる別の事実」を述べることもできます。これは再抗弁と呼ばれ、今度は請求する側が示すことを求められます。示す責任は、こうして交互に入れ替わっていきます。
| 言い分の例 | 反論の型 | 示すことを求められる側 |
|---|---|---|
| そのような関係はなかった | 否認 | 請求する側 |
| 既婚者だと知らず、知り得る事情もなかった | 否認 | 請求する側 |
| 当時すでに婚姻関係は破綻していた | 抗弁 | 請求を受けた側 |
| 請求できる期間が過ぎている | 抗弁 | 請求を受けた側 |
| すでに示談が成立し、清算条項がある | 抗弁 | 請求を受けた側 |
| 示談の後にも関係が続いていた | 再抗弁 | 請求する側 |
| 請求されている額は高すぎる | 金額をめぐる争い | 双方 |
なお、型のうえでは否認にあたる言い分でも、実際には自分の側から事情を示さなければ受け入れられにくいものがあります。「既婚者だと知らなかった」がその代表です。理屈のうえでは請求する側が知っていたことを示す立場ですが、そう信じた具体的な事情を自分から述べなければ、話し合いでも裁判でも通りにくいのが実情です。型の区別は出発点であって、それだけで準備の要否が決まるわけではありません。
通ったときに何が終わり、何が残るのか
二つめの物差しは、その主張が受け入れられたときの到達点です。反論はどれも「認められない」という同じ結論に向かうように見えますが、実際に終わる範囲は同じではありません。
| 争っている層 | その主張が通ったときに終わること | 通っても残ること |
|---|---|---|
| 関係の存在そのもの | 請求の土台が立たなくなる | 別の材料が示されれば争いは続く |
| 責任が生じるかどうか | 自分に支払義務が生じない | 配偶者に対する請求は別に残る |
| 権利を行使できるかどうか | その請求は通らなくなる | 関係があったという評価自体は動かない |
| 金額の大きさ | 残る額が下がる | 支払義務そのものは残る |
| 負担の分け方 | 自分の負担部分が変わる | 夫婦が受けた損害の総額は動かない |
この表からわかるのは、上に行くほど終わる範囲が広く、下に行くほど支払いの現実が残るということです。上の層で通れば下の層を論じる必要はなくなりますが、上の層ほど示す作業も重くなります。
金額の主張は、責任があることを前提にした主張になる
「額が高すぎる」という言い分は、支払義務があること自体は前提にしています。そのため、責任の有無を争いながら金額だけを先に持ち出すと、責任を認めたように受け取られることがあります。話し合いの場では特にそうです。
もっとも、責任を争っている間は金額に触れてはならない、ということではありません。訴訟では、争いながら仮に責任があるとしたらという形で金額の主張を並べる方法が用意されています。順序の問題は、どちらかを捨てることではなく、どういう形で並べるかの問題です。
並べると噛み合わなくなる組み合わせがある
三つめの物差しは、先に述べた説明が後の主張とかみ合うかどうかです。ここが、一覧型の説明では最も見落とされやすいところです。
訴訟には、仮定の形で並べる方法がある
裁判では、ある主張を争いながら、仮にそれが認められた場合に備えて別の主張を重ねて述べることが認められています。「関係はなかった。仮に関係があったとしても、当時婚姻関係は破綻していた」という並べ方は、書面のうえでは成り立ちます。
このため、法律上は両立しない内容であっても、仮定を挟むことで同時に述べられる場合があります。順序の問題は、どれか一つしか選べないという話ではありません。
話し合いの場では、同じ並べ方が別の意味に読まれる
一方、交渉の場面では事情が異なります。書面の形式が決まっていないため、述べた言い分は仮定つきの主張としてではなく、その人の説明そのものとして受け取られます。
最初に「会ってもいない」と述べ、その後で「破綻していたから責任はない」と述べると、相手方には説明が変わったと映ります。個々の主張が法律上成り立つかどうかとは別に、説明が動いたという印象が、その後のやり取り全体の受け止め方に影響します。
先に述べた説明が、後の主張の前提を壊すことがある
順序が問題になるのは、印象の面だけではありません。先に述べたことが、後で使いたい主張の前提を消してしまうことがあります。
- 「もう清算は済んでいるはずだ」と述べると、関係があったことを前提にした説明になる。
- 「これ以上は払えないので分割にしてほしい」と述べると、支払義務があることを前提にした説明になる。
- 一部でも支払うと、請求できる期間の経過を主張しにくくなることがある。
- 「一度だけだった」と述べると、その一度については認めたことになる。
いずれも、その場では自然な受け答えです。しかし、後から時効や責任そのものを争おうとしたときに、自分の言葉が前提として立ちはだかることがあります。順序を考えるとは、どの言葉を先に出さないでおくかを考えることでもあります。
述べる時期にも、手続上の区切りがある
訴訟に至った場合、主張を述べる時期については法律上の考え方が定められています。話し合いの段階には直接あてはまりませんが、先を見通すうえで知っておく意味があります。
適切な時期に出すことが求められる
民事訴訟では、主張や証拠は訴訟の進み方に応じて適切な時期に提出しなければならないとされています(民事訴訟法156条)。最初にすべてを出しきる必要はありませんが、いつまでも後回しにしてよいわけでもない、という建て付けです。
遅れた主張が取り上げられないことがある
そして、当事者が故意または重大な過失によって時機に後れて提出した主張について、それを審理すると訴訟の終結が遅れることになると認められるときは、裁判所がその主張を取り上げない決定をすることができるとされています(同法157条1項)。
実際にこの規定が使われる場面は限られていますが、争点を整理し終えた後になって新しい主張を持ち出すと、審理の進め方をめぐって議論になることがあります。反論の材料が複数ある場合、どこまでを早い段階で示しておくかは、この点も含めて考えることになります。
自分から述べなければ判断されない主張がある
もう一つ、時期と並んで大切なのが、述べなければ考慮されない主張があることです。消滅時効は、当事者が援用しなければ、裁判所がこれによって裁判をすることができないとされています(民法145条)。
期間が過ぎているという事情がそれ自体で効くのではなく、それを自分の側から主張して初めて判断の対象になります。放置していれば自動的に消えるわけではない、という点は押さえておく必要があります。
話し合いの段階での順序は、訴訟とは別に考える
多くの事案は訴訟に至らず、書面のやり取りと交渉で終わります。この段階の順序には、訴訟とは異なる考え方が働きます。
最初の1通で全部を並べる必要はない
通知書を受け取った直後は、事実関係の確認も終わっていないことがほとんどです。この時点で思いつく反論をすべて書き並べると、後から事実が判明したときに説明を修正することになります。
最初の応答では、支払いに応じるかどうかを保留したうえで、期限や連絡方法について答えるにとどめる方法もあります。何を述べるかと同じくらい、何をまだ述べないかを決めることが、この段階の作業になります。
述べた言い分は、相手方の準備を促す
反論を具体的に示せば、相手方はそれに対応する材料をそろえようとします。破綻を主張すれば同居や交流の記録が、期間の経過を主張すればいつ知ったのかを示す資料が用意されます。
これは避けられない反応であって、反論をしないほうがよいという意味ではありません。ただ、どの段階でどこまで手の内を示すかは、選択の余地がある部分です。
黙っていることは反論ではない
返事をしないことは、態度を保留していることであって、反論を述べたことにはなりません。争点が整理されないまま時間が過ぎ、訴訟が起こされたときに一から組み立て直すことになれば、かえって選べる順序が狭まります。
請求する側から見た同じ地図
ここまでは請求を受けた側の視点で述べてきましたが、同じ地図は請求する側にとっても使えます。相手方がどの型の反論を出してきたかによって、こちらが用意すべきものが変わるからです。
- 否認が返ってきた場合、示す作業はこちらに残る。反論の言葉に反応するより、示すべき事柄がそろっているかを点検する。
- 抗弁が返ってきた場合、示す作業は相手方に移る。その事実が本当に示されているのかを確認し、成り立たなくなる事情がないかを検討する。
- 複数の反論が同時に述べられている場合、どれが主で、どれが仮定の形で並べられているのかを読み分ける。
- 反論の内容が途中で変わった場合、その経緯自体が、後の判断のなかで受け止め方に影響することがある。
相手方の反論に対して、その場ですべてに反応する必要はありません。どの層に向けられた主張なのかを見分けたうえで、応じる順序を決めることになります。
よくあるご質問
反論はすべて最初にまとめて出すべきですか。
場面によって答えが変わります。訴訟では適切な時期に提出することが求められる一方、話し合いの段階では、事実関係の確認が済むまで具体的な反論を控える判断もあり得ます。共通して言えるのは、後から動かしにくい言葉を先に出さないようにする、という点です。
「関係はなかった」と「破綻していた」を両方述べてもよいのですか。
訴訟の書面では、一方を争いながら、仮にそうだとしてもという形でもう一方を述べる方法が用意されています。ただし、話し合いの場で順に持ち出すと、説明が変わったと受け取られやすくなります。同じ内容でも、述べる場面と形式によって受け止められ方が変わります。
請求できる期間が過ぎていれば、何もしなくてよいのですか。
そうとは言えません。期間の経過は、自分の側から主張して初めて判断の対象になります。また、それまでに支払いの意思を示していたり、一部を支払っていたりすると、主張しにくくなることがあります。何もしないまま訴訟が起こされ、応答もしなかった場合には、期間の経過が考慮されないまま結論が出ることもあります。
まとめ
- 反論の一覧は選択肢を知る役には立つが、どれをどの順で述べるかまでは示していない。
- 順序を決めるのは、示す責任がどちらに乗るか、通ったときに何が終わるか、後から動かせるか、の三つである。
- 反論には、相手が示すべき事柄を争う否認と、別の事実を持ち出す抗弁があり、抗弁は持ち出した側が示すことを求められる。
- 主張が通ったときの到達点は層ごとに違い、上の層ほど終わる範囲が広く、示す作業も重くなる。
- 訴訟では仮定の形で並べる方法があるが、話し合いの場では同じ並べ方が説明の変更と受け取られやすい。
- 訴訟では、主張は進行に応じ適切な時期に提出することが求められ、時機に後れた主張は取り上げられないことがある(民事訴訟法156条、同法157条1項)。
- 消滅時効は、援用しなければ裁判所がこれによって裁判をすることができない(民法145条)。放置と主張は別である。
不貞慰謝料のご相談をお考えの方へ
弁護士法人若井綜合法律事務所では、男女間のトラブルに関するご相談を池袋と新橋の事務所でお受けしています。反論の中身をどう組み立てるかは、手元の事実関係と、いまが交渉のどの段階にあるかによって変わります。一覧のなかから選ぶ作業ではなく、事案ごとに地図を描き直す作業になります。
請求を受けた方には、まだ述べないでおくべきことと、早めに整理しておくべきことの切り分けを。請求をお考えの方には、返ってきた反論がどの層に向けられたもので、次に何を用意すべきかの見立てを。それぞれの立場に応じて、進め方をご一緒に検討いたします。お一人で判断しかねる段階でも、どうぞお気軽にご相談ください。


