内容証明が弁護士名で届いた|慌てて払う前にやるべきこと
慰謝料を支払い、これで終わったはずだと思っていたところに、また相手から連絡が来る。金額の話が蒸し返される、別の名目で追加を求められる、そもそも「受け取っていない」と言われる。こうしたご相談は、不貞をめぐる金銭の問題では珍しくありません。
多くの記事は、この場面への備えを「示談書に清算条項を入れましょう」という一点で説明しています。それ自体は正しいのですが、実際にご相談を受けていると、書面の文言よりも手前や後ろで抜けが生じていることが少なくありません。支払ったこと自体を後から示せない、書面がどこにあるか分からない、といった形です。
この記事では、書面に何を書くかではなく、支払いという行為そのものをどう記録に残し、どれくらい手元に置いておくかという角度から、再び請求を受けたときに落ち着いて対応できる状態の作り方を整理します。請求する側にとっても、支払いを受けた後に無用な争いを抱え込まないための話になります。
この記事で扱うこと・扱わないこと
扱うのは、支払いの前後で自分の手元に何を残すか、という実務の部分です。具体的には、支払い方ごとに残る記録の違い、領収書の位置づけ、書類を保管する期間、支払い後に連絡が来たときの見分け方を扱います。
次の点は、それぞれ別の記事で扱っている内容のため、ここでは深く立ち入りません。清算条項の文言をどう書くか、条項の効力がどこまで及ぶか、分割払いを公正証書にするかどうか、実際に再請求が届いた後の交渉や手続の進め方、といった論点です。金額そのものの妥当性についても触れません。
また、支払いを免れる方法をご案内するものではありません。責任がある場面で責任を果たしたうえで、その事実を後から示せるようにしておく、というのが本記事の趣旨です。
「再び請求されない」は二つの意味に分かれます
まず前提を一つ整理させてください。「再び請求されない備え」という言葉は、実際には性質の違う二つのことを指しています。
- 一つ目は、相手が連絡してこない状態をつくること。
- 二つ目は、連絡が来たとしても、そこで話を終わらせられる状態をつくること。
このうち一つ目は、こちら側で作り出せるものではありません。請求という行為自体は誰でもできますし、書面があっても連絡が来ることはあります。相手の行動を止める仕組みは、法律の側にも用意されていません。
一方で、二つ目は準備できます。何について、誰との間で、いくらを、いつ支払ったのか。この四つを後から示せる状態にしておけば、連絡が来ても「その件はこの書面と記録のとおりに終わっています」と示すところで話が止まりやすくなります。備えという言葉が意味しているのは、こちらのほうです。
逆に言えば、備えが足りない場面というのは、相手の主張が正しいかどうか以前に、こちらが自分の側の事実を示せない状態を指します。この記事で扱うのは、その状態を避けるための手当てです。
備えが働く時点は三つに分かれます
支払いをめぐる備えは、支払う前・支払うとき・支払った後の三つの時点に分かれます。それぞれ、そのときにしかできないことがあり、後から取り返しにくい部分があります。
| 時点 | その時点でしかできないこと | 抜けたときに起きやすいこと |
|---|---|---|
| 支払う前 | 何が終わったことになるのかを書面で固定する | 後から「その件とは別だ」と言われる余地が残る |
| 支払うとき | 支払った事実を記録の形で残す | 受け取っていない、一部だけだ、という食い違いが生じる |
| 支払った後 | 書面と記録を必要な期間だけ保管する | 時間が経ってから連絡が来たときに手元に何も残っていない |
このうち、後から埋め合わせがしにくいのが真ん中の「支払うとき」です。書面は支払いの後でも作れないわけではありませんが、支払いを受けた側にとっては応じる必要が乏しくなるため、協力が得られにくくなります。記録は、その場でしか作れません。
支払う前に決めておくこと
ここは書面の話になるため簡潔にとどめますが、支払いの記録が意味を持つのは、その支払いが何に対するものかが決まっている場合です。金額だけが決まっていて中身が定まっていないと、記録があっても「別の件の支払いだ」と言われる余地が残ります。
誰と誰の間の話なのか
不貞をめぐる問題では、配偶者の方、不貞の相手方、それぞれの代理人と、関わる人が複数になります。話をしている相手と、書面に名前が入る相手が一致しているかは、支払う前に確かめておきたいところです。名前が入っていない人との間では、その書面による整理は働きません。
何についての話なのか
いつからいつまでの、どのような事実についての支払いなのか。ここが漠然としていると、後から出てきた事実が「含まれていたのか、いなかったのか」で争いになります。
支払ったら何が終わるのか
支払いによって何が終わるのかは、書面に書かれていて初めて確認できます。この部分の文言の作り方については、示談書や合意書の条項を扱った別の記事をご覧ください。
支払うときに記録として残るもの・残らないもの
支払い方によって、後から取り出せる記録は変わります。それぞれに残るものと残らないものがあり、どちらか一方で足りるという性質のものではありません。
| 支払い方 | 記録として残ること | 記録には残らないこと |
|---|---|---|
| 現金の手渡し | 書面に書かれた金額と日付、受領した旨の記載 | 渡した事実を裏づける当事者以外の記録 |
| 銀行振込(本人名義) | 日付、金額、振込人の名義、入金先の口座 | 何の名目で支払われたのか |
| 家族など別の名義での振込 | 日付、金額、入金先の口座 | 誰の支払いとして行われたのか |
| 分割での支払い | それぞれの回の入金の記録 | 支払いが全部終わったということ自体 |
表からわかるとおり、振込の記録はお金が動いた事実を示しますが、その支払いが何に対するものかまでは語りません。逆に、書面は名目を示しますが、実際にお金が動いたことまでは示しません。両方がそろって初めて、「この件について、この金額を、この日に支払った」と言えるようになります。
現金で渡す場合
現金の手渡しは、その場で受け渡しが完結するという利点があります。ただし、当事者以外に記録が残らないため、書面の役割が大きくなります。受領した旨を書面に残さないまま現金だけを渡す形は、後から食い違いが生じたときに支えるものが乏しくなります。
振込にする場合
振込は記録が残る点で扱いやすい一方、振込先の口座が誰のものかという問題が残ります。相手方本人ではなく代理人の口座に振り込む場合もありますので、指定された口座がどういう位置づけのものかは、支払う前に書面またはやり取りの記録の形で確認しておくと安心です。
自分以外の名義で振り込む場合
手元の資金の事情から、ご家族の口座から振り込む例があります。この場合、振込の記録に残るのはその名義人の名前です。誰の負担で支払われたのかが記録から読み取れなくなりますので、書面の側で支払者を明らかにしておくか、後述する受取証書を受け取っておくことをご検討ください。
領収書は「後からお願いするもの」ではありません
領収書について、法律には次のような定めがあります。
支払いと引き換えに求められる
民法486条1項は、弁済をする者は、弁済と引換えに、弁済を受領する者に対して受取証書の交付を請求することができる、と定めています。受取証書というのが、一般に領収書と呼ばれているものです。
ここで注目していただきたいのは「引換えに」という言葉です。これは、支払いを済ませてから後日お願いする性質のものではなく、支払いと同じ場面で求められる、という位置づけを示しています。実務でも、現金を渡す場面では現金と領収書を同時に交換する形が一般的です。
支払った後になって領収書を求めると、相手方としては応じる必要が乏しくなり、やり取りが再開すること自体が負担にもなります。求めるのであれば、支払いの段取りを決める段階で伝えておくのが穏当です。
紙でなくてもかまわない
同条2項は、受取証書の交付に代えて、その内容を記録した電磁的記録の提供を請求することができる、と定めています。デジタル社会の形成に関する法整備に伴って令和3年9月に加えられた規定です。ただし、受領する側に不相当な負担を課すことになる場合は、この限りではないとされています。
当事者どうしで直接やり取りをする場面では、紙の書面が難しければ、内容を記載したデータを受け取る形も選択肢になります。
示談書の一文で兼ねる方法
書面を取り交わすその場で現金を渡す場合には、書面の中に「本日、金○円を現金で支払い、これを受領した」といった一文を入れることで、領収書に代える扱いをすることがあります。書面には双方が署名しますので、受け渡しがあった事実もあわせて残せることになります。
振込の控えだけで足りるか
振込であれば記録が残りますので、別途領収書を作らない例もあります。もっとも、振込の控えは入金の事実を示すもので、受け取った側が「受け取った」と認めた書面ではありません。相手方が領収書の作成に応じるのであれば、受け取っておいて差し支えありません。振込の控えをもって領収書に代えるという扱いにする場合は、その点を相手方と確認しておくと後の行き違いを防げます。
示談書は返してもらう書面ではありません
支払いが終わったのだから書面を返してもらうべきではないか、というご質問をいただくことがあります。
民法487条は、債権に関する証書がある場合に、全部の弁済をしたときはその証書の返還を請求することができる、と定めています。ここでいう債権に関する証書とは、借用証書のように債権の成立を示すために債務者が差し入れる書面を指すものと理解されています。当事者双方が署名し、それぞれが同じものを持ち合う示談書や合意書は、通常これとは性質が異なります。
つまり、示談書は返してもらうための書面ではなく、手元に置き続けるための書面です。相手方の手元にも同じものが残ります。控えを渡してしまって自分の分がない、という状態にならないよう、取り交わしの時点で自分の手元に残る一通を確保しておいてください。
支払った後、いつまで手元に置くのか
支払いが終わると、書面や振込の控えをいつまで持っていればよいのかという問題が出てきます。この点について目安を示している記事はあまり見当たりませんが、考え方の手がかりは「相手方がいつまで請求できるのか」という側にあります。
請求できる期間から逆算する
不法行為に基づく損害賠償の請求権は、民法724条により、被害者などが損害及び加害者を知った時から3年間、または不法行為の時から20年間、行使しないときは時効によって消滅するとされています。裁判上の和解や調停など、確定判決と同一の効力を有するもので確定した権利については、民法169条1項により時効期間が10年とされます。
なお、裁判外の話し合いによる合意で定まった支払いについて、時効期間をどう考えるかは見解が分かれています。断定しにくい部分ですので、短く見積もらず、年単位で余裕をもって保管しておくという考え方が現実的です。
何を残しておくか
- 示談書や合意書の原本、または署名済みのものの写し。
- 領収書、受取証書、またはそれに代わるデータ。
- 振込の控え、通帳の該当ページ、入金明細の画面。
- 支払いに至るまでのやり取りのうち、条件を確認した部分。
- 分割の場合は、各回の入金がわかる記録と、支払いが完了した時点がわかるもの。
保管の方法については、ご家庭の事情から自宅に置きづらいというご相談もあります。原本の置き場所とデータの控えを分ける、勤務先や第三者に見られない形で保存するといった工夫は可能ですので、必要であればご相談時にお伝えください。
支払った後に連絡が来たときの三つの型
実際に連絡が来た場合、その中身は同じではありません。どの型かによって、確かめるべきことが変わります。
| 連絡の型 | 中身の例 | まず確かめること |
|---|---|---|
| 同じ件について同じ相手から | 金額が足りない、別の損害が出た | 書面が対象としている範囲と支払いの記録 |
| 合意より後の出来事について | 合意の後の接触や関係の継続を理由とする | いつの出来事を指しているのか |
| 立場の違う人からの連絡 | 配偶者、代理人、費用を分担した側など | 誰の立場で何を求めているのか |
いずれの場合も、その場で金額の話に入る前に、手元の書面と記録を確認するところから始めていただければと思います。連絡が来たこと自体が、こちらに支払いの義務があることを意味するわけではありません。
他方で、届いた連絡がすべて根拠のないものだとも限りません。分割の残りが未払いになっている、合意より後の出来事が問題になっている、といった場合は、前の支払いとは別の話として扱われることになります。実際に連絡が届いた後の進め方については、再請求への対応を扱った記事をご覧ください。
受け取る側から見た備え
ここまでは支払う側の視点で書いてきましたが、受け取る側にも同じ問題があります。
領収書を出すことは不利にならない
領収書を出すと何かを認めたことになるのではないか、と心配される方がいらっしゃいます。受取証書は、金銭を受け取ったという事実を示す書面であって、それ以上の内容を認めるものではありません。前述のとおり、支払う側には交付を求める権利がありますので、求められた場合には応じる立場になります。
着金を確かめてから渡す
振込の場合、入金の反映には時間差が生じることがあります。着金を確認してから領収書を渡す段取りにしておくと、行き違いを避けられます。
一部だけ受け取った場合
分割払いなどで一部を受け取った場合、そのことがわかる書き方にしておくことが大切です。金額だけを書いた領収書は、後から「全部の支払いを受けた」という意味に読まれる余地を残します。何回目の支払いか、残額がいくらかがわかる形にしておくと、双方にとって安全です。
記録を残すのは請求した側にも必要
支払いが滞ったときに動けるかどうかは、いつ、いくら入金があったかを示せるかにかかってきます。受け取る側も、入金の記録は手元にまとめておいてください。
支払いの前後で確認しておきたいこと
- 書面に名前が入っている相手と、実際に話をしている相手が一致しているか。
- 何についての支払いなのかが、書面から読み取れる形になっているか。
- 支払い方(現金か振込か、名義は誰か)を、書面またはやり取りの記録に残しているか。
- 領収書または受取証書を求めるのであれば、支払いの段取りを決める段階で伝えているか。
- 書面の自分の控えが手元にあるか。
- 振込の控えや入金明細を、後から取り出せる形で保存しているか。
- 分割の場合、支払いが完了したことがわかる記録を残しているか。
よくあるご質問
支払いが終わった後でも書面は作れますか
作ること自体はできます。ただし、書面は双方が署名して初めて意味を持ちますので、相手方の協力が必要です。支払いを受けた側からすると、その時点で目的は達しているため、応じてもらいにくくなる傾向はあります。可能であれば、支払いの前に書面を整えておくほうが行き違いが起きにくくなります。
領収書がないまま支払ってしまいました
振込であれば、記録から日付と金額、振込人の名義がたどれます。まずはその記録を保存しておいてください。現金で渡した場合は、支払いの前後のやり取りのうち、金額や受け渡しに触れている部分が手がかりになります。今から相手方に受取証書を求めることもできますが、応じてもらえるかどうかは状況によります。
領収書に収入印紙は必要ですか
印紙税の取扱いは、その金銭がどのような性質のものかによって変わります。損害賠償金として支払われるものは営業に関しない受取書として扱われる場合があり、実務上、取扱いに幅があります。金額が大きい場合は、書面を作る前に確認されることをおすすめします。
何年か経ってから連絡が来ました。応じなければいけませんか
時間が経っているという一事で結論が決まるわけではありません。何についての請求か、前の合意の範囲に入るのか、時効との関係はどうか、といった点を順に確認していくことになります。手元の書面と支払いの記録がそろっていれば、この確認は進めやすくなります。
弁護士に相談する意味
この記事でご紹介したことの多くは、専門的な知識がなくても実行できるものです。ただ、実際の場面では、相手方との関係が悪化している、期限を切られている、家族に知られたくない、といった事情が重なり、落ち着いて段取りを整えることが難しくなりがちです。
代理人が入ると、支払いの段取りと書面の取り交わしを一つの流れとして組み立てられます。どの順番で何を渡し、何を受け取るのか、記録をどう残すのかを事前に決めておけるため、当日になって条件が動くことも起きにくくなります。すでに支払いを終えていて、後から連絡が来て困っているという段階でも、手元の書面と記録を確認したうえで、どこまでが済んだ話なのかを整理することができます。
弁護士法人若井綜合法律事務所では、不貞をめぐる慰謝料の問題について、請求する立場の方からも、請求を受けた立場の方からもご相談をお受けしています。支払いをこれから行う段階の方も、すでに支払いを済ませた後の段階の方も、状況を伺ったうえで、いま何を残しておくべきかをご一緒に整理いたします。池袋と新橋に事務所がありますので、お仕事帰りにもお立ち寄りいただけます。
まとめ
- 「再び請求されない備え」は、連絡が来ない状態を作ることではなく、連絡が来ても話を終えられる状態を作ることを指す。
- 備えが働く時点は、支払う前・支払うとき・支払った後の三つに分かれ、後から埋め合わせがしにくいのは「支払うとき」である。
- 支払い方によって残る記録は異なり、振込の記録はお金が動いた事実を、書面は名目を示す。両方がそろって初めて支払いの中身を示せる。
- 民法486条1項は、受取証書の交付を弁済と引換えに請求できると定めており、領収書は支払いの後に頼むものではなく、支払いと同じ場面で求めるものと位置づけられている。
- 同条2項により、紙の書面に代えて内容を記録したデータの提供を求めることもできる。
- 書面を取り交わすその場で現金を渡す場合は、受領した旨の一文を書面に入れて領収書に代える方法がある。
- 示談書や合意書は返してもらう書面ではなく、自分の控えを手元に残しておくためのものである。
- 保管の期間は、相手方が請求できる期間から逆算して考える。断定しにくい部分があるため、短く見積もらないほうがよい。
- 支払った後に連絡が来た場合は、同じ件か、合意より後の出来事か、立場の違う人からかを見分けたうえで、手元の書面と記録を確認するところから始める。
- 受け取る側も、領収書を出すこと自体は不利にならず、着金の確認と、一部受領であることがわかる書き方に気を配っておきたい。


