【不貞慰謝料・請求された側】払えない金額を提示されたとき

若井亮

若井亮

テーマ:男女トラブル

慰謝料を請求され、示された金額を見て、どう考えても用意できないと感じている方がいらっしゃいます。一括での支払いを求められていたり、回答の期限が区切られていたりすると、答えを出せないまま日が過ぎてしまうこともあります。

 このようなとき、まず知っておきたいのは、「払えない」という事情が、場面によって扱われ方が大きく変わるということです。支払う義務があるかどうかを決める場面ではほとんど働かない一方で、支払いの方法と時期を決める場面では中心的な材料になります。同じ言葉でも、どこで、どのように伝えるかによって、その後の進み方は変わってきます。

 この記事では、払えない金額を提示されたときに、何から確かめ、どのように応じていけばよいのかを、順を追って整理します。

この記事で整理すること

 払えない金額を示されたときの対応は、次の順序で考えると混乱しにくくなります。

  • 「払えない」という事情が、いま働く場面なのかを見分ける。
  • 自分が直面しているのが時間の問題なのか、規模の問題なのかを切り分ける。
  • 支払える形を、相手方が判断できる材料とともに示す。
  • 示した内容がその後どのように残るのかを踏まえて、言葉を選ぶ。


 なお、請求された金額が妥当といえるのか、減額の材料になる事情には何があるのか、分割払いの条件をどう定めるのか、支払いが滞ったときに何が起きるのかについては、それぞれ別の記事で扱っています。本記事は、支払える見込みが立たない金額を示された場面での考え方に絞ってご説明します。

「払えない」が意味を持つ場面と、持たない場面

 慰謝料をめぐるやり取りは、性質の異なるいくつかの判断が積み重なって進みます。「払えない」という事情は、そのすべての場面で同じように扱われるわけではありません。

決まること「払えない」事情の扱われ方判断の材料になるもの
支払う義務があるか判断の材料にならない行為の有無、故意や過失、時効など
金額をいくらとみるか中心的な材料にはなりにくい夫婦関係の状況、行為の期間や態様など
どのように支払うか中心的な材料になる収入と支出の状況、支払いの見通し
支払いが実現しないとき手続の中で一定の範囲で考慮される差押えの対象となる財産の種類と範囲


支払う義務があるかどうかは、資力では決まらない

 慰謝料は、不法行為によって生じた精神的な損害を金銭で埋め合わせるためのものです(民法709条、710条)。義務が生じるかどうかは、行為の内容や当事者の関係が法律上の要件を満たすかどうかによって判断されます。収入が少ないこと、貯蓄がないことは、この判断とは切り離されています。

 したがって、「払えないので支払わない」という返答は、法律上の主張としては噛み合いません。支払う義務そのものを争うのであれば、事実関係や要件に沿った別の主張を組み立てる必要があります。

金額を決める場面でも、中心的な材料にはなりにくい

 金額は、生じた損害の大きさをどう評価するかによって定まります。支払う側にどれだけの資力があるかということは、損害の大きさとは直接には結びつきません。話し合いの中で相手方が資力を考慮することはあっても、それは相手方が任意に受け入れた結果であって、当然に考慮しなければならない仕組みになっているわけではありません。

支払いの方法と時期を決める場面では、中心の材料になる

 一方で、いつ、どのような形で支払うのかを決める場面では、支払う側の状況が正面から問題になります。相手方にとっても、実際に受け取れるかどうかは条件の決め方に左右されるからです。ここが、「払えない」という事情が最も働く場所です。

 言い換えると、この事情は、金額を動かすための材料というより、支払いの形を組み立てるための材料だということになります。

時間の問題なのか、規模の問題なのか

 「払えない」と感じている状態は、大きく二つに分かれます。一つは、いま手元に用意できないという時間の問題です。もう一つは、収入や生活の状況から見て、総額そのものに届く見込みが立たないという規模の問題です。

 この二つは、示すべき内容が異なります。時間の問題であれば、いつまでに、どのような形で用意できるのかが中心になります。規模の問題であれば、毎月どの程度なら続けられるのか、どこまでの期間なら見通せるのかが中心になります。どちらとも決めないまま「払えない」とだけ伝えると、相手方はどちらの話をされているのかを判断できません。

 なお、そもそも支払う義務がないと考えている場合や、金額が高すぎると考えている場合は、ここでいう「払えない」とは別の主張です。混ぜて伝えると、どの点を争っているのかが相手方に伝わりにくくなります。

伝えるべきなのは事情ではなく、払える形

 相手方の立場からすると、「払えない」という言葉だけでは、次に何を提案してよいのかが分かりません。同じ内容でも、伝え方によって返ってくる反応は変わります。

伝え方相手方が判断できること次に起きやすいこと
払えないとだけ伝えるほとんどない話が止まり、手続に進む判断がされやすい
払えない理由を添えて伝える事情の背景事情の裏づけを示すよう求められる
払える形を具体的に示す条件を受け入れるかどうか条件についてのやり取りが始まる


「払えない」とだけ伝えると、話が止まる

 返答をしていること自体は、応答しないままにしているのとは違います。ただし、そこに相手方が判断できる材料が含まれていないと、話し合いによる解決は難しいと受け止められ、裁判所の手続を選ぶ判断に傾きやすくなります。結果として、条件を自分で組み立てられる余地はかえって狭くなっていきます。

支払う意思と、支払える範囲は分けて伝える

 支払う意思があるかどうかと、いま支払える範囲がどこまでかは、別の事柄です。これを一つの文にまとめてしまうと、意思がないと受け取られたり、逆に総額そのものを受け入れたと受け取られたりします。意思については意思として、範囲については具体的な形として、分けて伝えるほうが誤解が生じにくくなります

資料の提示を求められたときにどうするか

 支払いが難しいと伝えると、相手方から、収入や生活の状況が分かる資料を示すよう求められることがあります。給与明細、預金口座の記録、課税に関する証明などが挙げられることが多いところです。

提出する義務があるわけではない

 話し合いの段階では、相手方に、こちらの資力を調べる法律上の手段はありません。資料を出すかどうかは、あくまで任意の判断です。もっとも、出さないままでは、相手方は条件を検討する材料を持たないことになり、支払いの形についての話は進みにくくなります。義務がないということと、出さないほうがよいということは同じではありません。

出した資料は、その後の場面にも残る

 いったん渡した資料は、後に手続へ進んだ場合にも、相手方の手元に残ります。そこに記載された内容は、支払いの形を検討する材料になるだけでなく、どの程度の資力があるのかを推し量る材料としても読まれます。渡す前に、範囲を整えておくことが大切です。

 資料の提示を検討する場合は、次の点を先に決めておくと迷いが少なくなります。

  1. 何を判断してもらうために出すのかを、はっきりさせる。
  2. 出す範囲を、その判断に必要なものに限る。
  3. 家族の情報や取引の中身など、判断と関係のない記載は伏せる。
  4. 提示と引き換えに、どこまで検討してもらうのかを確認しておく。


自分から示した数字は、その後の基準として残る

 「これくらいなら支払えます」と自分から述べた金額は、その後のやり取りの出発点になります。いったん示した数字を後から下げるには、状況が変わったことの説明が求められますし、下げること自体が難しくなることもあります。

 早く話をまとめたいという気持ちから、実際には続けられない金額を示してしまう場面は少なくありません。示す数字は、一時的に頑張れる額ではなく、生活を続けながら維持できる額で考えておく必要があります。

 なお、支払いを始めること自体にも、義務があることを前提とした行動として受け取られるという意味があります。条件が固まらないうちに一部を渡すかどうかは、慎重に判断したいところです。

払える見込みのないまま合意することの重さ

 支払いが難しい状況で最も避けたいのは、金額を示された緊張から、続けられない条件で合意してしまうことです。合意は、そのとおりに履行されることを前提として組み立てられます。

  • 途中で支払いが止まっても、合意の内容が自動的に軽くなるわけではない。
  • 条件を決め直すには、あらためて相手方の同意が必要になる。
  • 一度合意した後は、金額が妥当かどうかを問い直す機会が失われる。


 支払いが滞ったときに何が起きるのか、どのような条項が置かれることが多いのかについては、別の記事で扱っています。ここでは、合意の前に、その条件で本当に払い切れるのかを確かめておくことが何よりも重要である、という点を押さえておいてください。

即答を避けることと、放置することは違う

 その場で答えを出せないときに、「検討したうえで改めて回答します」と伝えておくことは、応答しないままにしておくのとは異なります。相手方が示した回答期限は、多くの場合、相手方の希望として書かれたものです。もっとも、裁判所から届いた書類には応答の期限が定められていることがあり、この場合は扱いが異なりますので、書類の出どころを先に確かめてください。

それでも総額に届かないときに残る道

 支払える形を示しても、総額との差が埋まらないことはあります。この場合に検討されるのは、支払いの時期をずらす、期間を長めにとる、総額そのものについて協議する、第三者の援助を受ける、といった方向です。負債全体を整理する手続が検討されることもありますが、慰謝料については他の債務と同じようには扱われない場合がありますので、見通しを確かめたうえで選ぶ必要があります。

資力が制度として正面から扱われるのは、いちばん後の段階

 支払う側の資力が制度として明確に考慮されるのは、実は話し合いの場ではなく、支払いが実現されない段階です。強制執行の手続では、生活を維持するために差押えの対象から外される財産や、給与のうち差し押さえられる範囲が定められています(民事執行法152条1項ほか)。

 つまり、資力を受け止める仕組みは、時間の流れのいちばん後ろに置かれているということです。その手前の段階で資力を考慮してもらうには、相手方に納得してもらうほかありません。ここでも、判断できる材料を示せるかどうかが分かれ目になります。

訴訟になった場合、「払えない」はどこで働くか

 話し合いがまとまらず訴訟になった場合、判決は、支払う側の資力を見て金額を決める仕組みにはなっていません。生活が苦しいという事情を述べても、それによって認められる金額が定まるわけではありません。

 もっとも、訴訟になれば支払いの形を相談する場がなくなるかというと、そうではありません。裁判所は、訴訟がどの段階にあるかを問わず和解を試みることができるとされており(民事訴訟法89条1項)、実際にも、審理の途中や終盤で和解の話し合いが持たれることは珍しくありません。支払いの時期や方法を含めた条件は、この場で調整されることがあります。

 したがって、訴訟になったから条件の話ができなくなる、と考える必要はありません。ただし、この場に臨むためには、こちらの状況を説明できる材料をそろえておくことが前提になります。

「払えない」と言われた側から見ると

 請求する側の立場からすると、「払えない」という返答をどう受け止めるかは難しい判断になります。次の点を分けて見ておくと、対応を決めやすくなります。

  • 支払う意思がないのか、支払う方法が決まらないのかを見分ける。
  • 返答に具体性がない場合は、何を示してほしいのかを明確にして求める。
  • 条件を緩めるのであれば、その代わりに何を得るのかを先に決めておく。


 相手方の資力を話し合いの段階で確かめる手段はありませんので、示された説明を材料として判断していくことになります。この点については、支払能力の見極めを扱った記事も併せてご覧ください。

よくあるご質問


「払えない」と伝えると、支払う義務を認めたことになりますか

 伝え方によっては、義務があることを前提にした発言として受け取られることがあります。義務の有無や金額を争うお考えがあるのであれば、その点を先に述べ、支払いの話とは分けて伝えるほうが誤解が生じにくくなります。

収入がないので、支払わなくてよいことにはなりませんか

 収入がないことによって、支払う義務そのものがなくなるわけではありません。ただし、支払いの時期や方法を決める場面では、状況が考慮されることがあります。義務の有無と、支払いの形は、分けて考えていく必要があります。

家族に立て替えてもらう場合、何に注意すればよいですか

 家族に支払いの義務があるわけではなく、あくまで任意の援助になります。援助を受ける場合でも、贈与なのか立替えなのか、後に返す約束があるのかを当事者の間で整理しておくことをおすすめします。親や家族が代わりに支払う場合の法律上の扱いについては、別の記事でも取り上げています。

まとめ


  1. 「払えない」という事情は、支払う義務の有無を左右しない。
  2. 金額を決める場面でも、中心的な材料にはなりにくい。
  3. 一方で、支払いの方法と時期を決める場面では中心の材料になる。
  4. 自分が直面しているのが時間の問題か規模の問題かを、先に切り分ける。
  5. 伝えるべきなのは事情そのものではなく、相手方が判断できる払える形である。
  6. 自分から示した数字と、渡した資料は、その後の場面にも残る。
  7. 続けられない条件で合意することは、支払いを先延ばしにするより重い結果を招くことがある。


 払えない金額を示されたとき、その場で結論を出す必要はありません。まず、何を争い、何を認めるのかを整理し、そのうえで示せる形を組み立てていくことが、結果として選択肢を残すことにつながります。

 当事務所では、慰謝料を請求された方からのご相談も数多くお受けしています。示された金額にどう応じるべきか迷われている段階でも構いませんので、お一人で抱え込まずにご相談ください。

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若井亮
専門家

若井亮(弁護士)

弁護士法人若井綜合法律事務所

風俗トラブルや男女トラブル、それに伴う刑事事件まで一貫して対応。累計相談件数は男女トラブル約23,000件、風俗トラブル約8,000件。全国からの相談を24時間受け付け、迅速な対応を心がけています。

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