【不貞慰謝料・請求された側】退職・転居・接触禁止まで求められた場合

若井亮

若井亮

テーマ:男女トラブル

「慰謝料の金額よりも先に、会社を辞めろと言われています」というご相談があります。反対に、請求する側からは「お金のことよりも、同じ職場から離れてほしいだけなのです」というお話をうかがうこともあります。不貞のご相談では、金銭以外の要求が交渉の中心になることが少なくありません。

 こうした場面について、「退職する法的な義務はない」という説明が広く行われています。その説明自体は誤りではありません。ただ、義務がないことを確認しただけでは、目の前の話し合いは動きません。断ったあとに何が起きるのか、断る以外に選べる形があるのか、応じると決めたなら何を確かめておくべきなのか。実際に迷うのはそこから先です。

 この記事では、退職・転居・接触の禁止という三つの要求を並べ、それぞれ性質がどう違うのか、どのように受け止めて答えていけばよいのかを整理します。示談書の条項の書き方や違約金の設計、要求の言い方が刑事上の問題になる境界については、それぞれ別の記事で扱っていますので、本記事では踏み込みません。

この記事で扱うこと・扱わないこと

 最初に、範囲をはっきりさせておきます。

  • 扱うこと=退職・転居・接触の禁止という三つの要求の性質の違いと、答え方の組み立て。
  • 扱わないこと=接触禁止条項や口外禁止条項の文言の作り方、違約金の定め方。
  • 扱わないこと=相手方の勤務先へ連絡することの可否と、会社が処分できるかどうか。
  • 扱わないこと=要求の言い方が脅迫や恐喝に当たるかどうかの線引き。
  • 扱わないこと=慰謝料の金額そのものの相場と、減額の事情。


 いずれも別の記事で扱っています。本記事は、金銭以外の行動を求められたときに、その求めをどう読み、どう答えるかという一点に絞ります。

三つの要求は、同じ性質のものではない

 退職・転居・接触の禁止は、「相手の行動を縛る要求」としてひとまとめに語られがちです。しかし、実行するために何が必要か、いつ終わるのかという点で、三つはかなり違います。

求められる内容実行するために必要なもの終わりの決め方
退職会社への意思表示と、就業規則などで定められた手続。退職後の収入の見通し退職した時点で完了する。ただし再就職先を制限されるかどうかは別の問題
転居住まいの契約の解約と新しい契約、費用と時期の調整。同居する家族の生活転居した時点で完了する。ただしどこまで離れるか、いつまで戻らないかは別の問題
接触の禁止自分が連絡や接近をしないこと。第三者の関与は要らない期間を定めなければ、いつ終わるのかが決まらない


実行に他人が関わるかどうか

 接触の禁止は、自分が行動しないことによって守れます。これに対して退職と転居は、会社や貸主といった、話し合いの場にいない相手との関係を動かすことになります。相手方がどれほど強く求めても、その相手方が会社や貸主に何かを求められるわけではありません。

完了する要求と、続いていく要求

 退職と転居は、実行すればひとまず終わります。接触の禁止は、実行した瞬間に終わるものではなく、その後ずっと守り続けることが求められます。期間を決めずに約束すると、何年先まで縛られているのかがわからないまま残ります。

取り返しのつきやすさ

 接触を控えることは、あとから範囲を話し合い直す余地があります。退職や転居は、いったん実行すると元に戻せません。三つを同じ重さで扱わないほうがよいのは、この点からもいえます。

「応じる義務はあるのか」という問いへの答え方

 不貞によって生じる責任は、基本的にはお金による賠償です。裁判所に判断してもらう形をとった場合、判決で命じられるのは金銭の支払いであって、退職や転居ではありません。この点は、交渉のゴールをどう設計するかを扱った記事で詳しく述べています。

 もっとも、「判決では命じられない」ということと、「話し合いで約束できない」ということは別です。当事者が納得して合意すれば、金銭以外の内容を取り決めること自体は可能です。だからこそ、義務の有無だけで話が終わらないのです。

退職は、会社との契約を自分の側から終わらせる行為

 退職は、勤め先との労働契約を終わらせることです。期間の定めのない雇用であれば、労働者はいつでも解約を申し入れることができ、申入れの日から2週間を経過することで雇用は終了します(民法627条1項)。会社の就業規則で、申出の時期についてより早い目安が置かれていることもあります。

 ここで大切なのは、この手続を進められるのは自分だけであり、相手方は当事者ではないという点です。相手方がどれほど退職を求めても、相手方と会社との間には何の関係もありません。

住む場所と就く仕事は、本来自分で決めるもの

 憲法22条1項は、居住・移転および職業選択の自由を定めています。これは本来、国と個人の関係を定めた規定ですが、どこに住みどの仕事に就くかを他人が決めるものではないという考え方は、当事者間の合意の効力を考えるうえでも背景になります。期間も範囲も定めずに生活の場所や職業を長く縛る約束は、内容によっては公序良俗に反するものとして効力が問題になり得ます(民法90条)。

要求の背景を読み分ける

 同じ「会社を辞めてほしい」という言葉でも、その裏にある不安は一つではありません。背景が違えば、置き換えられる条件も違ってきます。

要求の背景求めている状態置き換えの手がかり
同じ職場にいる勤務時間中も含めて顔を合わせない状態部署や担当、業務上必要な範囲の限定
生活圏が重なっている日常の行動範囲で出くわさない状態立ち寄らない場所や時間帯の限定
関係が再び始まることへの不安連絡が取れない状態が続くこと連絡手段の限定と、期間を区切った約束


 相手方が本当に求めているのが「二度と関わらないこと」であれば、退職や転居はその手段の一つにすぎません。目的と手段を切り分けて聞き返すことが、話し合いを前に進める出発点になります。

断る以外にも選べる形がある

 要求をそのまま受けるか、全面的に断るかの二択で考えると、交渉は行き詰まりやすくなります。

範囲を絞る

 同じ職場であれば、業務上必要な連絡までやめることはできません。私的なやり取りに限って行わない、社内での個別のやり取りは残さない、といった形で範囲を区切るほうが、守れる約束になります。範囲の決め方については、接触禁止条項を扱った記事で詳しく述べています。

期間を切る

 終わりのない約束は、守る側にとって重いだけでなく、後から争いのもとにもなります。期間を定めたうえで、その間は守り切るという形のほうが、双方にとって見通しが立ちます。

代わりの方法を出す

 連絡先の削除、共通の知人を介した連絡を行わないこと、社内の異動を自分から申し出ることなど、退職や転居に至らない選択肢もあります。何も示さずに断るのと、代わりの形を示して断るのとでは、相手方の受け止めがまったく違います。

応じると決めた場合に確認しておくこと

 事情によっては、自分から辞める、あるいは引っ越すという判断が合理的な場合もあります。その場合には、次の点を先に詰めておく必要があります。

  1. いつまでに何をするのか。日付と行為を具体的に決める。
  2. 実行したことをどう示すのか。示す方法と、示す範囲を決める。
  3. 費用を誰が負担するのか。引越しの費用や、収入が下がる分の扱いを決める。
  4. 実行できなかったときにどうなるのか。何が起きるのかを先に決めておく。


実行したことをどう示すか

 退職したことを示す書類としては、退職証明書があります。労働者が退職に際して、使用期間、業務の種類、その事業における地位、賃金、退職の事由について証明書を請求したときは、使用者は遅滞なくこれを交付しなければならないとされています(労働基準法22条1項)。もっとも、この証明書には、労働者が請求しない事項を記入してはならないとも定められています(同条3項)。求められるままにすべての項目を出す必要はなく、どの項目を証明してもらうかは自分で選べます。転居であれば、住民票の写しなど、必要な範囲にとどめた形を検討することになります。

費用と、その後の支払い

 退職も転居も費用がかかります。退職すれば収入も途切れます。慰謝料を分割で支払う約束をしているなら、退職はその支払いを続けられるかどうかに直結します。実行の時期と支払いの時期は、あわせて検討しておく必要があります。

約束を守らなかったときに何が起きるのか

 合意したのに実行しなかった場合、相手方は履行を強制できるのでしょうか。

 債務者が任意に履行しないとき、債権者は法令の定めに従って履行の強制を裁判所に請求することができますが、債務の性質がこれを許さないときはこの限りでないとされています(民法414条1項)。作為や不作為を目的とする債務については、履行しない場合に一定額の金銭の支払いを命じる方法が定められていますが(民事執行法172条1項)、こうした手続を使うには、判決や和解調書のような債務名義が前提になります。当事者どうしで作成した示談書があるというだけでは、そのまま強制執行に進めるわけではありません。

 実際に問題になるのは、約束を守らなかったことによって何を請求されるかです。違約金の定めがあればその請求、なければ債務不履行による損害賠償という形になり、後者では損害の中身を示す必要が出てきます。違約金の考え方は、接触禁止条項を扱った記事で述べています。

求め方が度を越えている場合

 「辞めなければ会社に知らせる」「引っ越さなければ実家に行く」といった形で求められることがあります。害を加えることを告げて義務のない行為をさせれば、強要罪が問題になり得ます(刑法223条)。また、強い圧力の下で署名した書面については、強迫を理由とする取消しを主張できる場合があります(民法96条1項)。

 どこからが行き過ぎなのかという線引きは、請求の内容や場面によって変わるため、慰謝料請求が恐喝や強要に変わる境界を扱った記事で詳しく述べています。ここでは、やり取りの記録を残しておくことと、その場で署名しないことの二点を挙げておきます。

請求する側から見ると、どう映るか

 退職や転居を求めたい気持ちには、理由があります。ただ、要求として押し出したときに何が起きるかも、あらかじめ考えておく必要があります。

交渉が止まりやすくなる

 相手方が応じられない要求に固執すると、話し合い自体が続かなくなります。裁判所の手続に移っても、退職や転居が命じられるわけではありません。結果として、得られたはずの合意を逃すことがあります。

支払いの原資と両立しにくい

 退職を求めることは、相手方の収入を細らせることでもあります。慰謝料の支払いを求めながら退職も求めるのは、二つの目的が互いを打ち消し合う場面になり得ます。どちらを優先するのかを先に決めておくほうが、現実的な結論に近づきます。

優先順位の中での位置づけ

 求めたい項目が複数あるとき、実現しにくい項目を先頭に置くと、他の条件まで動かなくなります。何を最優先にするかの決め方は、交渉のゴールの設計を扱った記事で述べています。

よくあるご質問


退職を断ったら、慰謝料の金額は上がりますか

 断ったこと自体が金額を左右するわけではありません。ただ、話し合いでは条件と金額が交換の関係に立つため、相手方が要求を取り下げる代わりに金額の上積みを求めてくることはあります。断る場合には、代わりに示せる条件をあわせて考えておくと、交渉が組み立てやすくなります。

同じ職場ですが、接触を一切しないと約束してよいですか

 業務上必要な連絡まで含めて禁止すると、守れない約束になります。私的なやり取りに限る、業務上必要な範囲を除く、といった形で範囲を区切ることを検討してください。

いったん「辞めます」と口頭で伝えてしまいました

 どのような場面で、どのような言い方をしたのかによって扱いが変わります。会社に退職の意思表示をしていない段階であれば、相手方に対する発言と、会社との関係は分けて考えることになります。早めに事実関係を整理してご相談ください。

まとめ


  1. 退職・転居・接触の禁止は、実行に他人が関わるか、いつ終わるか、元に戻せるかという点でそれぞれ性質が異なる。
  2. 不貞の責任は基本的に金銭による賠償であり、退職や転居が判決で命じられるものではない。
  3. 退職は勤め先との契約を自分で終わらせる行為であり、期間の定めのない雇用では解約の申入れから2週間で終了する(民法627条1項)。
  4. どこに住みどの仕事に就くかを他人が決めるものではなく、期間も範囲も定めない長期の拘束は効力が問題になり得る(憲法22条1項、民法90条)。
  5. 断るか受けるかの二択ではなく、範囲を絞る、期間を切る、代わりの方法を出すという選び方がある。
  6. 応じるなら、期限・実行の示し方・費用・実行できなかった場合の扱いを先に決めておく。退職証明書は請求した事項だけが記載される(労働基準法22条1項・3項)。
  7. 約束を守らなかった場合の強制には債務名義が要り、債務の性質によっては履行の強制になじまない(民法414条1項、民事執行法172条1項)。


不貞をめぐるご相談をお考えの方へ

 弁護士法人若井綜合法律事務所では、男女間のトラブルに関するご相談を池袋と新橋の事務所でお受けしています。金銭以外の要求が交渉の中心になっている場面では、応じる義務があるかどうかを確認するだけでは足りず、その要求が何を目的としているのかを読み取ったうえで、実行できる形に置き換えていく作業が必要になります。

 請求を受けた方からは「どこまで応じるべきか判断できない」、請求される方からは「同じ職場から離れてほしいという希望をどう伝えればよいか」というご相談を多くいただきます。どちらの立場であっても、書面に署名する前の段階でご相談いただくことで、選べる形が広がります。お一人で抱え込まず、まずはお気軽にお問い合わせください。

リンクをコピーしました

Mybestpro Members

若井亮
専門家

若井亮(弁護士)

弁護士法人若井綜合法律事務所

風俗トラブルや男女トラブル、それに伴う刑事事件まで一貫して対応。累計相談件数は男女トラブル約23,000件、風俗トラブル約8,000件。全国からの相談を24時間受け付け、迅速な対応を心がけています。

関連するコラム

プロのおすすめするコラム

コラムテーマ

コラム一覧に戻る

プロのインタビューを読む

風俗・男女トラブルの不当要求から依頼者を守る弁護士

  1. マイベストプロ TOP
  2. マイベストプロ東京
  3. 東京の法律関連
  4. 東京の男女・夫婦問題
  5. 若井亮
  6. コラム一覧
  7. 【不貞慰謝料・請求された側】退職・転居・接触禁止まで求められた場合

若井亮プロへの仕事の相談・依頼

仕事の相談・依頼