「独身だと思っていた」場合は慰謝料を払わなくてよい?故意・過失の判断

若井亮

若井亮

テーマ:男女トラブル

 真剣に交際していた相手が、実は既婚者だった――。そのうえ、相手の配偶者から「慰謝料を請求する」と通知が届いた。こうしたとき、多くの方が「自分も騙されていた被害者なのに、なぜ払わなければならないのか」と感じます。

 結論から言えば、「独身だと思っていた」という事情は、慰謝料の支払い義務を左右する重要な要素です。ただし、それだけで自動的に支払いを免れるわけではありません。カギを握るのは、法律上の「故意」と「過失」という考え方です。ここを正しく理解しておくことが、不当に重い負担を避けるための出発点になります。

 このコラムでは、「既婚者だと知らなかった」というケースで、支払い義務があるかどうかがどのように判断されるのかを整理します。なお、請求を受けた直後に確認すべき全体像については、別のコラム「不貞慰謝料を請求されたときにまず確認すべき6つのポイント」で解説しています。本コラムは、そのうち「故意・過失」の判断に絞って掘り下げるものです。

「独身だと思っていた」だけでは支払い義務は消えない

 不倫(不貞行為)を理由とする慰謝料請求は、法律上「不法行為に基づく損害賠償請求」にあたり、民法709条・710条を根拠とします。そして不法行為が成立するためには、請求される側に「故意」または「過失」があることが必要です。

 この点について最高裁は、夫婦の一方と肉体関係を持った第三者は、故意または過失がある限り、相手を誘惑したかどうかや、関係が自然な愛情から生じたかどうかにかかわらず、もう一方の配偶者の権利を侵害する違法な行為として、精神的苦痛を慰謝する義務を負うと判断しています(最判昭和54年3月30日)。

 裏を返せば、「独身だと信じており(故意がなく)、そう信じたことに不注意もなかった(過失もなかった)」と認められる場合には、不法行為が成立せず、支払い義務は生じないことになります。つまり「独身だと思っていた」という主張は、故意・過失がなかったことを示す文脈で初めて意味を持つのであって、その言葉だけで結論が決まるわけではありません。

カギは「故意」と「過失」の区別

 ここでいう「故意」と「過失」は、次のように整理できます。

  • 故意:相手が既婚者であると「知っていた」場合
  • 過失:既婚者であると「知らなかった」が、少し注意すれば「知ることができたはずだった」場合

 「独身だと思っていた」と主張する方の多くは、故意(知っていたこと)は否定されるケースが少なくありません。そのため実際の争いでは、**「知らなかったことに落ち度(過失)があったかどうか」**が最大の争点になります。

 裁判所は、当事者の言い分だけでなく、交際の経緯や相手の生活状況といった客観的な事情から、「一般的な感覚として、既婚者ではないかと疑うべき状況だったといえるか」を検討します。以下では、過失が認められやすい事情と、否定されやすい事情を見ていきます。

「過失あり」と判断されやすいケース

 次のような事情があると、「もう少し注意すれば気づけたはず」として過失が認められ、支払い義務を負う可能性が高まります。

  • 相手が自宅にまったく入れてくれなかったなど、生活の実態を確認できる場面を避けていた
  • 共通の知人や友人がいて、確認しようと思えばできたのに、独身かどうかを尋ねなかった
  • 「離婚協議中だ」「別居している」といった説明を、何の裏付けもなく信じてしまった
  • 相手の年齢や社会的な立場からすれば、家庭があると考えるのが自然な状況だった
  • 平日の日中や特定の時間帯にしか会えないなど、不自然な点を見過ごしていた

 実際の裁判例の中にも、相手から「バツイチだ」と嘘をつかれて独身だと信じていたという主張について、故意は否定しつつも、「交際の状況からすれば、本当に独身か、もう少し慎重に確認すべきだった」として過失を認め、支払いを命じたと考えられるものがあります。相手の言葉を安易に受け入れたこと自体が、責任を問われる材料になり得るという点は押さえておく必要があります。

「過失なし」と判断されやすいケース

 一方で、次のような事情がそろっている場合には、「独身だと信じたことにやむを得ない事情があった」として過失が否定され、支払い義務を負わない可能性が出てきます。

  • 本人確認の仕組みがある婚活アプリやマッチングサービスで知り合い、相手が「独身」として登録・説明していた
  • 結婚指輪を外す、一人暮らしの部屋で会う、職場でも独身で通しているなど、相手が周到に独身を装っていた
  • 結婚を前提に、両親への顔合わせや式場の下見まで進めていた
  • デートの時間帯や連絡の取り方を含め、家庭があることをうかがわせる事情が一切なかった

 これらはあくまで一例であり、実際には複数の事情を総合して判断されます。同じ「アプリで知り合った」でも、途中で家庭を疑わせる兆候があったのに交際を続けた場合には、評価が変わり得る点には注意が必要です。

「故意はないが過失はある」場合の考え方

 判断は「全額支払う」か「一切支払わない」かの二択とは限りません。故意までは認められないものの、過失は否定できない、という中間的な結論に至ることもあります。

 この場合、支払い義務そのものは残るとしても、「わざと関係を持ったわけではない」という事情は、慰謝料の金額を検討するうえで有利に働き得ます。あえて既婚者と関係を持った場合と、不注意で気づけなかった場合とでは、後者のほうが評価が軽くなる傾向があるためです。したがって、たとえ支払いを完全には免れられない状況でも、「知らなかった」という事情を丁寧に示す意味は小さくありません。

立証は誰が、何を示すのか

 理屈のうえでは、故意・過失は請求する側が主張・立証すべき事柄です。もっとも実務では、既婚者との肉体関係の事実が示された段階で、請求を受けた側が「既婚者とは知らず、知り得る状況でもなかった」という事情を積極的に示していく必要が生じるのが実情です。

その際に手がかりとなるのは、たとえば次のような材料です。

  • マッチングサービス上で独身として登録・説明されていた記録
  • 「独身だ」「いずれ結婚しよう」といった相手とのやり取り
  • 交際の経緯や、会っていた時間帯・場所などの状況

 加えて、既婚者だと分かった時点で速やかに関係を解消したかも、しばしば評価の対象になります。事実を知りながら関係を続けた場合、その後の期間については責任を問われやすくなるためです。逆に、判明後すぐに関係を断ったという事実は、「騙されていた」という説明の信頼性を支える方向に働きます。

騙されていた側が「請求する側」に回ることもある

 見落とされがちですが、独身だと偽られて交際させられていた場合、あなた自身が偽っていた相手(既婚者本人)に対して損害賠償を求められる可能性があります。真剣に交際していたのに独身だと欺かれ、精神的な苦痛を受けたという構成です。婚約と評価できる段階まで進んでいた場合には、一方的な関係解消の責任が問題になることもあります。

 つまり、「独身だと思っていた」ケースでは、あなたは配偶者から請求を受け得る立場であると同時に、欺いた相手に対しては請求し得る立場でもあり得ます。どちらの側面が前面に出るかは事情によって異なりますが、一方的に負担だけを背負う話ではない、という視点は持っておく価値があります。

 なお、既婚者であることを隠しての交際が、金銭目的の欺きなど悪質な事情を伴う場合には、いわゆる結婚詐欺として別の責任が問題になることもあります。

まとめ:自己判断で結論を出す前に

 「独身だと思っていた」という事情は、慰謝料の支払い義務を大きく左右します。ただし、それだけで支払いを免れるわけではなく、故意・過失、とりわけ「知らなかったことに落ち度があったか」という点が結論を分けます。判断は、交際の経緯や相手の生活状況といった具体的な事情の積み重ねによって左右され、同じ「知らなかった」でも結論が変わり得ます。

 請求書が届いたからといって、言われるままに支払いに応じる必要はありません。一方で、感情的に全面否定してしまうと、かえって不利になることもあります。ご自身のケースで故意・過失がどう評価されそうか、どのような材料が有効かは、事情を具体的に整理したうえで検討する必要があります。判断に迷ったときは、早い段階で弁護士にご相談ください。

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若井亮
専門家

若井亮(弁護士)

弁護士法人若井綜合法律事務所

風俗トラブルや男女トラブル、それに伴う刑事事件まで一貫して対応。累計相談件数は男女トラブル約23,000件、風俗トラブル約8,000件。全国からの相談を24時間受け付け、迅速な対応を心がけています。

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