【不貞慰謝料・請求された側】自分で交渉するか、弁護士に任せるか
慰謝料の話し合いが続いているさなかに、「とりあえず一部だけでも払ってほしい」と求められることがあります。全額をすぐには用意できないとき、あるいはやり取りの勢いに押されたとき、いくらかだけ渡してその場を収めようと考える方は少なくありません。
しかし、一部の支払いは「金額の一部を先に渡しただけ」では終わりません。支払ったという事実は、その後の話し合いや裁判の場で、いくつかの意味を持って読まれます。しかも、その支払いによって固まるものと、固まらないまま残るものの組み合わせは、支払った側が期待するとおりになるとは限りません。
この記事では、不貞行為を理由とする慰謝料を念頭に、一部の支払いによって何が確定し、何が確定しないのかを整理します。請求を受けている側だけでなく、受け取る側から見たときの注意点も取り上げます。なお、分割払いの条件の組み立て方や公正証書、遅延損害金の計算、示談書の清算条項の書き方といった個別の論点は、それぞれ別の記事で扱います。
「とりあえず一部だけ」という支払いが生じる場面
一部の支払いは、たとえば次のような場面で生じます。
- 請求された金額を用意できず、手元にある分だけを先に渡す。
- 「誠意を示してほしい」と言われ、金額を決めないまま振り込む。
- 話し合いがまとまる前に、1回目の支払いだけ先に済ませる。
- 家族や職場に知られたくないという事情から、その場を収めるために支払う。
- 責任の有無を争いたい気持ちを残したまま、治療費や交通費といった名目で渡す。
いずれの場面でも、支払う側は「全額を認めたわけではない」と考えていることが多いものです。ところが、その支払いが後日どう扱われるかは、支払った本人の内心ではなく、外から見てどのような行為だったかを手がかりに判断されます。ここに、一部の支払いをめぐる相談で行き違いが生じやすい原因があります。
確定することと、確定しないこと
一部の支払いによって固まるものと、固まらずに残るものを並べると、次のように整理できます。
| 一部の支払いで固まりやすいもの | 固まらずに残るもの |
|---|---|
| 請求できる残り時間が数え直されること | 支払うべき総額 |
| 支払義務があることを前提に行動したという評価 | 責任の有無や範囲についての最終的な判断 |
| 渡したお金を取り戻しにくくなること | これで終わりにするという合意 |
| 支払った日付と金額が記録に残ること | その支払いが何に対するものかという位置づけ |
左の列は、支払った側にとって不利に働きやすいものが並びます。右の列は、支払った側が「これで一区切りついたはずだ」と期待していた部分です。一部の支払いは、この二つを同時には解決しません。
確定するもの1|請求できる残り時間が数え直される
慰謝料の請求権には期間の制限があり、一定の期間が過ぎると請求が通らなくなることがあります。ところが、支払う義務があることを前提とした行動を相手方に示すと、それまで進んでいた期間はいったん白紙に戻り、その時点から新たに数え直されます。これを承認による時効の更新といいます(民法152条1項)。
一部の支払いは、この承認にあたるものとして扱われるのが一般的です。支払う義務があると認識していなければ支払わないはずだ、という理解によるものです。金額の大小は問われにくく、少額であっても同じ評価を受けることがあります。
承認は「約束」ではなく「認識を伝える行為」
承認は、権利を放棄したり新たに義務を負ったりする行為ではなく、相手方に権利があることを認識している旨を伝える行為だと理解されています。民法152条2項も、承認をするにあたって相手方の権利を処分する権限までは必要でないと定めています。そのため、「支払う約束をしたつもりはない」という説明だけでは、支払いの意味を打ち消しにくいのです。
支払い以外にも同じ評価を受ける行動がある
支払期限を延ばしてほしいと申し入れること、減額を持ちかけること、分割の相談をすることなども、支払義務があることを前提にした行動として同じ扱いを受けることがあります。残り時間をどう使うか、どのような手当てがあるかについては、時効を扱った記事をご覧ください。
期間が過ぎた後に支払った場合
期間が過ぎたというだけで請求権が自動的に消えるわけではなく、請求を受けた側がその効果を主張して初めて、支払義務がなくなります。そして、期間が過ぎた後に一部を支払うと、その後になって時効を主張することは信義に反するとして認められにくくなる、と考えられています。
もっとも、そうなるとは限らないという裁判例もあります。制度を知らない相手に対し、その場をしのぐための少額の支払いをさせたといった経緯が問題とされ、後からの時効の主張を認めた例もみられます。いずれにしても、支払う前に期間の経過を確かめておくほうが、後の選択肢は広くなります。
確定するもの2|渡したお金は取り戻しにくくなる
支払った後で「やはり自分に責任はなかった」と考え直しても、渡したお金の返還を求めるのは簡単ではありません。
義務がないのに支払われたお金は、本来であれば返還を求めることができます。ただし、支払った時点で義務がないことを知っていた場合には、返還を請求することができないと定められています(民法705条)。責任を争う姿勢を示しながら、その一方で支払ってしまうと、この規定との関係が問題になりえます。
争いを残したまま支払わざるをえない場合
支払わなければ訴訟を起こされるなど、支払いを避けにくい客観的な事情があるときは、この規定は適用されないとした判例があります。支払いを避けられない事情があるのであれば、何を留保したうえでの支払いなのかを、書面やメッセージの形で残しておくことに意味があります。
反対に、何も述べずに振り込んだ場合は、後から「争うつもりだった」と説明しても、外から見えていた行動と食い違うことになります。
確定しないもの|総額も、終わりも決まらない
一部を支払っても、支払うべき総額が決まるわけではありません。慰謝料は、あらかじめ金額が定まっている貸金などとは異なり、事情を踏まえて金額が決まる性質のものです。合意ができていない段階では、残りがいくらなのかは決まっていません。
「これで終わりにしたつもりだった」が通りにくい理由
支払う側が「この金額で解決」と考えていても、受け取る側が同じ理解でなければ、合意は成立していません。終わりにするためには、支払いとは別に、これ以上請求しないという内容を取り決めておく必要があります。その取り決めの中身については、清算条項を扱った記事で詳しく説明しています。
支払った分は最終的に差し引かれる
支払ったお金が無駄になるわけではなく、最終的に金額が決まったときには、すでに支払った分は差し引かれます。ただし、支払いの遅れによる損害金が生じている場合には、支払ったお金がそちらに先に充てられ、元の金額が思ったほど減らないことがあります。この点は遅延損害金を扱った記事で取り上げています。
何のお金として渡したのかで読まれ方が変わる
同じ金額を渡すのでも、どのような名目で渡したのかによって、受け取られ方は変わります。
| 渡し方 | 受け取られやすい意味 | あわせて決めておきたいこと |
|---|---|---|
| 慰謝料の一部として渡す | 支払義務があることを前提にした支払い | 総額の扱いと残額の期限 |
| 内金・当面の一部として渡す | 残りがあることを前提にした支払い | いつまでにいくら支払うのか |
| 見舞金・お詫びとして渡す | 責任を認めたとまでは限らないが、経緯によっては同じに読まれる | 何に対する支払いかを書き残すか |
| 貸したお金の返済など別の清算として渡す | 慰謝料とは別のやり取り | どの分に充てるのかを示すか |
| 名目を告げずに振り込む | 受け取る側の理解に委ねられる | 振込の記録に何が残るか |
名目をはっきりさせないまま渡すと、後になって「何のお金だったのか」が争点になります。支払う側と受け取る側のどちらにとっても、この点があいまいなままでよいことはありません。
やり取りが複数あるときは、充てる先を示す
同じ相手との間に複数の支払いが並んでいるとき、どれに充てるのかを示さずに支払うと、そのいずれについても存在を認めたものと受け取られることがあります。貸金についての事案ですが、最高裁は令和2年12月15日の判決で、充てるべき債務を指定せずに全額に足りない額を支払ったときは、特段の事情がない限り、それぞれの債務を承認したものにあたると判断しています。慰謝料以外の金銭のやり取りが並行しているときは、この点に留意しておくとよいでしょう。
支払った記録は残り続ける
振込であれば、日付・金額・名義が記録として残ります。現金で渡した場合も、受領書や領収書をやり取りすれば同じです。この記録は、後から否定しにくいものになります。
ただし、記録が残ることは支払った側にとって不利にだけ働くわけではありません。同じ分をもう一度請求されたときに、すでに支払ったことを示せるのも、この記録です。相手方が受領の事実を認めない可能性まで考えれば、記録の残る方法を選ぶほうが安全な場面は多いといえます。
手渡しで済ませたときに残るもの
領収書を受け取らないまま現金を渡すと、支払った事実は相手方の記憶にだけ残り、こちらには何も残りません。金額や趣旨について食い違いが生じたときに、説明が難しくなります。
請求の相手が二人いる場合
不貞行為を理由とする慰謝料では、配偶者と交際相手の双方が責任を負うことがあります。この場合、一方が支払った分は、共通の損害の一部が実際に埋められたことを意味しますので、もう一方との関係でも金額から差し引かれます。
一方で、支払いによって生じる時効の更新は、その支払いをした人との関係で生じるにとどまり、もう一方には当然には及びません。お金が減る効果と、時間が数え直される効果は、及ぶ範囲が同じではないという点は見落とされやすいところです。
支払った側からもう一方に対する求償については、別の記事で取り上げています。
受け取る側から見たとき
一部を受け取ったからといって、残りを請求する権利がなくなるわけではありません。ただし、受け取り方によっては、後の説明が難しくなることがあります。
- 受け取った金額が何に対するものかを、書面やメッセージで確認しておく。
- 「解決金として受領した」といった書き方をすると、それで終わったと理解されることがある。
- 分割の1回目として受け取るのであれば、残額と期限を先に取り決めておく。
- 受け取りを断ると、支払う意思があったという事実だけが残る場合がある。
受け取ること自体が請求を弱めるわけではありませんが、名目をあいまいにしないという課題は、受け取る側にも同じようにあてはまります。
支払う前に決めておきたいこと
- 請求されている期間が、まだ残っているのかを確認する。
- 何に対する支払いなのかを、自分の言葉で書き残す。
- 残額があるのか、これで終わりにするのかを、支払いと同時に取り決める。
- 記録の残る方法で支払う。
- 責任の有無や金額に納得できていないのであれば、支払う前に相談する。
よくあるご質問
少額であれば承認にはならないのですか
金額の大小によって扱いが変わるとは限りません。支払義務があることを前提とした行動かどうかが見られるため、少額であっても同じ評価を受けることがあります。「1回だけ」「端数だけ」といった支払いも同様です。
「認めたわけではない」と伝えたうえで支払えば問題ありませんか
伝えた内容が記録として残っていれば、後の説明の材料にはなります。ただし、その一言ですべての意味が打ち消されるわけではありません。支払う必要が本当にあるのかを先に検討しておくほうが、後の負担は小さくなります。
相手が受け取りを拒んだ場合はどうなりますか
支払いたいという意思を示した事実は残りますが、実際に渡していない以上、支払いとしての効果は生じません。相手方が受け取らない場合の対応は事情によって変わりますので、早めに確認しておくことをおすすめします。
まとめ
- 一部の支払いは、金額の一部を先に渡しただけの行為とは受け取られないことがある。
- 支払義務があることを前提とした行動として、請求できる残り時間が数え直されることがある(民法152条1項)。
- 期間が過ぎた後の支払いは、その後に時効を主張しにくくする方向に働きやすい。
- 渡したお金の返還を求めるのは容易ではなく、義務がないと知って支払った場合には制限がある(民法705条)。
- 一方で、支払うべき総額も、これで終わりにするという合意も、支払いだけでは決まらない。
- 何のお金として渡したのかがあいまいなままだと、後から争点になる。
- 支払いによって金額が減る効果と、時効が数え直される効果は、及ぶ範囲が同じではない。
- 受け取る側にも、名目と残額の扱いを確認しておく必要がある。
ご相談について
一部の支払いは、その場では小さな判断に見えても、後の交渉の前提を変えてしまうことがあります。支払いを求められている段階でご相談いただければ、支払うかどうかだけでなく、支払うとしてどのような形にしておくかまで含めて検討することができます。
当事務所では、慰謝料を請求する側・請求を受けた側のいずれについてもご相談をお受けしています。すでに一部を支払ってしまった場合でも、その後の進め方を整理することは可能ですので、お一人で判断される前にお問い合わせください。


