【不貞慰謝料・請求する側】交渉のゴールをどう設計するか|金額だけではない要求項目

若井亮

若井亮

テーマ:男女トラブル

「不倫相手にいくら請求できますか」というご相談と、「いくらまで下げられますか」というご相談は、当事務所にほぼ同じくらいの数だけ寄せられます。どちらも金額の話から始まりますが、お話を伺っていくうちに、本当に望んでいたのは金額そのものではなかったという場面が少なくありません。二度と配偶者に近づかないでほしい、職場や親族に知られたくない、この件を今日で終わりにしたい。そうした望みは、金額の欄には書ききれないものです。

 示談の条件を解説する記事は数多くあり、接触禁止条項、口外禁止条項、清算条項といった項目が並べられています。その説明自体は誤っていません。ただ、そこで示されているのは示談書に書ける項目の一覧であって、自分の場合にどの項目を、どの順番で求めるべきかという問いには答えていません。項目を全部並べれば良い結果になるわけではなく、求める項目が増えれば相手の身構え方も変わります。

 この記事では、条項の文例や書き方ではなく、その手前にある「交渉のゴールをどう決めるか」を扱います。金額以外にどのような要求項目があり、それぞれがどういう仕組みで実現されるのか、どれを優先し、どれを交換の材料にできるのかを、請求する側と請求を受けた側の双方から整理します。条項ごとの文言の作り方や公正証書の手続については、別の記事に譲ります。

この記事で扱うこと・扱わないこと

 示談をめぐる話題は範囲が広いため、先に線を引いておきます。

  • 扱うこと。交渉に入る前にゴールを決める手順と、金額以外の要求項目の性質。
  • 扱うこと。項目ごとの実現のされ方の違いと、優先順位のつけ方。
  • 扱わないこと。示談書の条項の文例、書式、テンプレート。
  • 扱わないこと。公正証書の作成手続や、支払いが滞った場合の強制執行。
  • 扱わないこと。慰謝料の金額そのものの水準。


 文言の作り込みは、求めるものが決まってからの作業です。順序が逆になると、書面はできあがっても中身が自分の望みとずれたままになります。

示談の「条件」には金額以外のものが含まれる

なぜ金額以外の条件を置けるのか

 示談は、法律上は和解契約にあたります(民法695条)。当事者が互いに譲り合って争いをやめることを約束する契約であり、その中身は、法令の制限内であれば当事者が自由に決めることができます(民法521条2項)。慰謝料の金額に法律上の定めがないのと同じように、金額以外に何を約束するかにも決まった型はありません。逆にいえば、こちらから持ち出さなかった項目は、相手が自発的に提案してこない限り合意の中に入りません。

判決で得られるものと、合意でなければ置けないもの

 不法行為に基づく損害賠償は、金銭でその額を定めるのが原則とされています(民法722条1項・417条)。訴訟で不貞行為が認められた場合でも、判決の主文に書かれるのは基本的に金銭の支払いです。加えて、裁判所は当事者が申し立てていない事項について判決をすることができません(民事訴訟法246条)。相手の行動そのものを禁じてほしいのであれば、慰謝料の請求とは別の請求として組み立てる必要があり、そうした請求が不貞の場面で認められた例は多くありません。

 相手の行動を将来にわたって縛る条件は、訴訟の判決からはほとんど出てきません。話し合いで合意するからこそ置ける性質のものです。示談を「裁判より安く早い方法」とだけ捉えていると、この違いが見えなくなります。

求めたい内容訴訟の判決で得られるか示談の合意なら
金銭の支払い請求が認められれば命じられる金額・時期・方法を当事者で決められる
配偶者と相手が今後接触しないこと損害賠償としては金銭が原則で、別の請求として構成する必要がある相手が応じれば置ける
外部に口外しないこと同じく金銭賠償の枠の外にある相手が応じれば置ける
謝罪の言葉や謝罪文不貞を理由とする賠償請求では命じられない条件として求められる
この件で今後は請求しないという確認申し立てられた範囲でしか判断されない清算条項として置ける


相手が誰かで置ける条件が変わる

 不貞相手に対して求められるのは、不法行為の当事者として引き受けられる範囲の約束です。これに対して配偶者との間では、夫婦としての取り決めが重なります。同じ「二度としない」という約束でも、不貞相手に求める場合と配偶者に求める場合とでは、意味も、破られたときに残る手立ても異なります。誰に何を求めるのかを混ぜないことが、最初の整理になります。

先に決めるのは項目ではなく「終わった状態」

三つの問いから逆算する

 条件の一覧を眺めるところから始めると、目についた項目を並べただけの要求になりがちです。先に決めるべきなのは、合意が成立した後に自分の生活がどうなっていてほしいか、という状態のほうです。次の三つに答えを出しておくと、必要な項目は自然に絞られます。

  1. 夫婦の関係をどうしたいのか。修復を目指すのか、離婚に向かうのか、まだ決めきれないのか。
  2. 自分と相手の生活が今後どこで交わるのか。職場、取引先、子どもの学校、住まいの近さなど、接点があるかどうか。
  3. 誰に知られたくないのか。勤務先、親族、共通の知人など、範囲によって必要な約束が変わる。


 修復を目指すのであれば、関係の遮断に関する条件の重みが増します。離婚に向かうのであれば、金銭の確実な受け取りと、この件を蒸し返さない確認のほうが中心になります。同じ「不貞の示談」でも、目指す状態が違えば必要な項目は入れ替わります。

いま決めなくてよいことと、後から変えにくいこと

 離婚するかどうかを、示談の場で先に決めておく必要はありません。ただし、示談の内容には、後から変えにくいものが含まれます。示談書に清算条項を入れて署名すると、その示談で確認した範囲については、後から追加の請求をすることが難しくなります(民法696条)。反対に、支払いの時期や回数のように、後から双方が合意すれば変更できる部分もあります。決めなくてよいことと、その場で確定してしまうことを、区別しておくことが大切です。

ゴールは相手ごとに分けて考える

 配偶者と不貞相手の両方に請求できる場面では、両方と同時に話をまとめるのか、片方から先に進めるのかで、交渉の形が変わります。誰に請求するかという選択そのものについては別の記事で扱いますので、ここでは、相手ごとに求めるものが違えばゴールも二つあるという点だけ押さえておきます。

要求項目は「守らせ方」で三つに分かれる

 金額以外の条件は、内容ごとに並べられることが多いのですが、設計の段階で有用なのは、それぞれの項目が実際にはどうやって実現されるのかという分け方です。この観点で見ると、要求項目は大きく三つに分かれます。

分類あてはまる項目の例実現のされ方
署名と同時に終わるもの金銭の一括払い、謝罪文の差入れ、写真やメッセージの削除と返還、本人確認合意と履行がほぼ同時に完了し、後から破られる場面が生じにくい
相手が守り続けることに委ねるもの接触禁止、口外禁止、分割払いの継続合意の後も相手の行動に依存し、守られたかどうかを知る手立てが別に必要になる
相手の行動を必要としないもの清算条項、求償権の放棄、支払期限や遅延損害金の定め書面に置いた時点で当事者間の法律関係が定まる


署名と同時に終わる項目を先に固める

 合意と同時に完了する項目は、履行されるかどうかを心配する必要がありません。謝罪文の差入れであれば、署名済みの示談書と謝罪文を先に受け取ってからこちらが署名する、という進め方をとれば、後から反故にされる余地はほとんど残りません。金銭についても、一括払いが可能であれば、支払いを確認してから示談書を取り交わす方法が考えられます。ゴールの中でここに置ける項目が多いほど、示談の後に残る不安は小さくなります。

守り続けてもらう項目は、確かめられる形にする

 接触禁止や口外禁止は、多くの方が最も強く望む条件でありながら、実現のされ方としては最も弱い分類に入ります。相手が約束を守っているかどうかは、外からは見えません。違反があったとしても、それを知る手立てがなければ、条項があること自体は現実を変えません。だからこそ、禁止の範囲を実行できる形に絞ること、違反があった場合にどう扱うかをあらかじめ決めておくことが意味を持ちます。条項の文言の組み立て方や違約金の設計については、示談書の作り方を扱った記事に譲ります。

書いた時点で決まる項目は落としやすい

 清算条項や求償権の放棄は、相手の今後の行動を必要としません。書面に置けばそれで法律関係が定まる代わりに、感情の面では手応えが乏しく、交渉の場で話題に上りにくい項目でもあります。金額と接触禁止の話に時間を取られ、この分類の項目が抜け落ちたまま署名に至る例は珍しくありません。手応えの大きさと、後々の効き方は比例しません。

金額と条件は交換の関係にある

項目が増えると金額が動く

 相手の立場からすると、金額以外の条件は、法律上当然に負っているとは限らない義務を新たに引き受けるものです。そのため、条件を追加すると、その分だけ金額を下げてほしいという反応が返ってくることがよくあります。これは相手が不誠実だから起きるのではなく、示談が互いの譲り合いで成り立つ契約である以上、自然な動きです。

 金額の欄と条件の欄は別々に決まるのではなく、一つの合意の中で釣り合いを取り合っています。接触禁止と口外禁止をどうしても入れたい場合、金額の面で一定の譲歩が必要になる場面がある、という見通しを持っておくと、交渉の途中で判断がぶれにくくなります。

相手にとって重い条件と軽い条件

 同じ一項目でも、相手が受け入れる負担には差があります。口外しないという約束は、相手にとっても自分の立場を守るものになりやすく、比較的受け入れられやすい傾向があります。他方で、職場を辞めることや転居を求める条件は、生活の基盤そのものに関わるため、強い抵抗を受けます。相手にとって軽い条件から固めていくと、話がまとまりやすくなります。

交渉の材料にしにくいもの

 勤務先や家族に知らせること、刑事の手続に持ち込むことなどを引き合いに出して条件を通そうとする進め方は、避けたほうがよい種類のものです。伝え方によっては、こちらの行為の適法性が問題にされ、請求の正当性そのものが争点にすり替わってしまうことがあります。求めたい条件は、あくまで請求の中身として正面から提示するのが安全です。

優先順位のつけ方

 項目が出そろったら、次は順位づけです。実務では、次の三つの層に分けて整理すると、交渉の途中で迷いにくくなります。

  1. これが入らないのであれば合意しない、という項目。
  2. 入れば望ましいが、なくても合意できる項目。
  3. 相手の反応を見て降ろしてよい項目。


 第一の層は、多くても二つか三つに絞ります。すべてが譲れない項目になっている状態は、優先順位がついていないのと同じで、交渉の場で降ろす順番を決められなくなります。第三の層をあらかじめ用意しておくと、譲歩の余地を確保したまま話を進められます。

書けても実現しにくい項目を見分ける

 示談書に書くこと自体はできても、実現が見込みにくい項目があります。相手に退職を求めるもの、住まいを移すことを求めるもの、期間の定めなく行動を縛るものなどが典型です。書面に残っていても、その後に効力が争われたり、そもそも相手が合意しないために交渉全体が止まったりします。第一の層にこの種の項目を置くと、まとまるはずの話が長期化します。

伝える順序を決めておく

 最初の通知の段階で条件をすべて並べるか、金額の話から入って合意の見通しが立ってから付随する条件を出すかで、相手の受け取り方は変わります。どちらが正しいということはありませんが、後から条件を追加していく進め方は、相手に不信感を与えて交渉が止まる要因になりがちです。少なくとも第一の層の項目は、早い段階で示しておくほうが無難です。

請求を受けた側から見たゴール設計

下げるべきものは金額だけとは限らない

 請求を受けた方の関心は、まず金額に向かいます。ただ、示談の後に生活へ影響が残るのは、むしろ金額以外の条件であることが少なくありません。勤務先が同じである場合の接触禁止の範囲、支払いの時期と方法、この件が終わったという確認が入っているかどうか。金額の交渉に集中するあまり、生活に直結する条件を確認しないまま署名してしまう例が見られます。

こちらから出せる条件もある

 請求を受けた側は条件を飲むだけの立場だと思われがちですが、そうではありません。口外禁止を双方向の約束にすること、業務上どうしても必要な連絡は例外とすること、支払いの時期を給与の支給日に合わせること、この件について今後の請求がないことを明確に確認しておくこと。いずれも、こちらから提案してよい条件です。相手にとって受け入れやすい条件を差し出すことで、金額の面での歩み寄りにつながる場面もあります。

応じる前に確かめること

 守り続けることを求められる条件については、実際に守れる内容になっているかを確認してください。職場が同じであるのに接触の例外がまったく設けられていない、期間の定めがない、といった条項は、後日それ自体が新たな紛争の火種になります。合意の内容を後から変えることは容易ではありませんので、署名の前の確認が要になります。

よくあるご質問

謝罪文を求めることに意味はありますか

 求めること自体はできますし、示談書と引き換えに差し入れてもらう形をとれば、後から反故にされる余地はほとんどありません。ただし、謝罪の気持ちの深さまで担保するものではありません。書面に何を書いてもらうかによって、後々の記録としての意味合いも変わってきます。

接触禁止を入れると慰謝料は下がりますか

 下がると決まっているわけではありませんが、条件を追加した分の譲歩を求められることは実際に起こります。示談は互いの譲り合いで成立する契約ですので、条件と金額は連動しやすいという前提で臨むほうが、交渉の見通しを立てやすくなります。

決めた条件を後から追加できますか

 相手が応じれば追加できますが、清算条項を含む示談が成立した後は、その示談で確認した範囲について改めて請求することは難しくなります(民法696条)。項目の洗い出しは、署名の前に済ませておく必要があります。

まとめ


  1. 示談は和解契約であり(民法695条)、その内容は法令の制限内で当事者が自由に決められる(民法521条2項)。
  2. 不法行為の損害賠償は金銭が原則であり(民法722条1項・417条)、裁判所は申し立てられていない事項について判決できない(民事訴訟法246条)。相手の行動を縛る条件は、合意によってしか置けない。
  3. 先に決めるのは項目ではなく、合意の後にどういう状態になっていたいかという到達点である。
  4. 要求項目は、署名と同時に終わるもの、相手が守り続けることに委ねるもの、相手の行動を必要としないものの三つに分かれる。
  5. 接触禁止や口外禁止は望まれやすい反面、守られたかを知る手立てを別に考える必要がある。
  6. 清算条項を含む示談が成立すると、その範囲について後から請求することは難しくなる(民法696条)。
  7. 条件と金額は連動する。譲れない項目は二つか三つに絞り、降ろす順番を先に決めておく。


不貞の示談条件でお悩みの方へ

 弁護士法人若井綜合法律事務所では、男女間のトラブルに関するご相談を池袋と新橋の事務所でお受けしています。何をどこまで求めるべきか、その条件が実際に守られる見込みがあるか、金額との釣り合いをどう取るかは、ご事情によって答えが変わります。

 請求をお考えの方には、望む結果から逆算した条件の組み立てを、請求を受けて対応にお困りの方には、金額と条件の双方を見渡したうえでの検討を、それぞれご一緒に進めてまいります。示談書に署名する前の段階で一度ご相談いただくことで、選べる選択肢が広がる場面は少なくありません。

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若井亮
専門家

若井亮(弁護士)

弁護士法人若井綜合法律事務所

風俗トラブルや男女トラブル、それに伴う刑事事件まで一貫して対応。累計相談件数は男女トラブル約23,000件、風俗トラブル約8,000件。全国からの相談を24時間受け付け、迅速な対応を心がけています。

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