不貞慰謝料の全体像|発覚から解決までのロードマップ
「請求書は届いているけれど、どう返せばよいのか分からないまま日が過ぎている」。慰謝料を請求された方から、こうしたお話をうかがうことがあります。一方で請求する側の方からは「送ったのに何の返事もない」というご相談が寄せられます。同じ沈黙が、両側からまったく違うものに見えています。
無視するとどうなるのか、という問いに対しては、「訴訟を起こされ、判決が出て、給与や預金を差し押さえられる」という筋道で説明されることが多いようです。その説明自体が誤っているわけではありません。ただ、そこに至るまでには相応の時間があり、その間に何が積み上がって何が失われていくのかは、あまり語られていないように思います。
この記事では、慰謝料の請求に応じないまま時間が過ぎたときに何が起きるのかを、放置しても変わらないこと、放置しても消えないこと、放置している間に失われていくことの三つに分けて整理します。届いた書面の種類の見分け方や、返事をしない相手にどう対応するかは、それぞれ別の記事に譲ります。
この記事で扱うこと
次の四つを順にご説明します。
- 返事をしていない状態にもいくつかの種類があり、相手方からの見え方が違うこと。
- 放置しても変わらないことと、放置しても消えないことの区別。
- 放置している間に、こちらの側から静かに失われていくもの。
- 応じないこと自体に法律上の効果が結びつく場面はどこからなのか。
なお、届いた書面が手紙なのか、通知書なのか、裁判所からの書類なのかを封筒の段階で見分ける方法については、別の記事で扱っています。本記事は、書面の性質がある程度分かっている方が「それでも返事をしないまま時間が過ぎている」場面を前提としています。
「無視している」と呼ばれる状態は同じではない
当事務所にご相談にお越しになる方の状況をうかがうと、ひとくちに「無視している」といっても中身はさまざまです。郵便物を受け取っていない方もいれば、受け取って中身も読んだうえで手が止まっている方もいます。一度は返事をしたけれど、金額の話で止まったままという方もいます。どの状態にあるかによって、相手方から見えている姿と、相手方が次に選びやすい手が変わります。
| いまの状態 | 相手方から見えていること | 次に選ばれやすい手 |
|---|---|---|
| 郵便を受け取っていない | 届けたが受け取られていない | 送る先や送り方を変える |
| 受け取ったが返事をしていない | 届いたのに応答がない | 期限を区切って改めて通知する |
| 途中でやり取りが止まっている | 話し合いでは決まらないと判断される | 裁判所を使う手続に移る |
| 代理人からの連絡だけ返していない | 窓口を通す意思がないと受け取られる | 裁判所を使う手続に移る |
受け取らないことは「届いていない」とは別
郵便物を受け取らずにいると、相手方の手元に封筒が戻ります。もっとも、戻ってきた封筒がそのまま「届かなかった」という扱いになるとは限りません。戻ってきた理由によって扱いが変わる仕組みになっており、この点は請求する側から見た記事で詳しく扱っています。
実務上より重要なのは、慰謝料の請求書が自宅に届いている時点で、氏名と住所はすでに相手方に把握されているという事実です。受け取らずにいることで所在が分からなくなるわけではなく、むしろ連絡が取れないという理由づけを相手方に与えることになります。
放置しても変わらないこと
まず、時間が過ぎても変わらない部分から確認します。ここを取り違えると、必要のない不安を抱えたまま動けなくなってしまうためです。
返事をしないこと自体が、事実を認めたことにはならない
交渉の段階では、返事をしないことに法律上の効果は結びついていません。請求書に書かれた事実関係を認めたことにはなりませんし、承諾したことにもなりません。相手方が「期限までに回答がなければ認めたものとみなす」と書いていたとしても、それは差出人がそう書いたというだけで、そのとおりの効果が生じるわけではありません。
請求書の金額が、支払うべき金額になるわけでもない
請求書に記載された金額は、相手方が求めている額です。応じないまま時間が過ぎたからといって、その額が自動的に確定するわけではありません。請求額そのものの妥当性をどう考えるかは、別の記事で扱っています。
支払いが遅れていること自体は別の問題
もっとも、支払義務が認められる場合には、遅れている期間に応じて遅延損害金が加わっていくことになります。これは無視したことへの制裁ではなく、支払いが遅れている状態に対して法律上当然に生じるものです。起算日や利率の考え方は、遅延損害金を扱った記事をご覧ください。
放置しても消えないこと
次に、待っていても自然になくならない部分です。
請求権は、時間の経過だけでは消えない
慰謝料の請求権には消滅時効がありますが、時効期間が過ぎるまで返事をせずに待つという考え方は、実際にはうまくいきません。相手方が訴えを起こせば時効の進行は止まりますし、判決で確定した権利については、時効期間が十年になると定められています(民法169条1項)。黙って時間をやり過ごすことは、かえって長い期間にわたって義務が残る結果につながりやすいといえます。時効の数え方や、時効が迫っているときの扱いは、それぞれ別の記事で詳しく扱っています。
相手方の手元にある材料は減らない
こちらが動かずにいる間、相手方の手元にある写真や通信の記録が減っていくわけではありません。むしろ、この期間に相手方は資料を整理し、主張を組み立てていくことになります。時間は双方に等しく流れているように見えて、準備を進めている側にだけ働いています。
放置している間に失われていくもの
ここからが本題です。無視の帰結として語られることの多い差押えは、時間軸の一番最後にあります。その手前で、こちらが持っていたはずの選択肢が段階的に減っていくことのほうが、実際にはご相談者に影響しています。
| 失われていくもの | 失われる理由 | その後に起きること |
|---|---|---|
| 支払いの条件を決める余地 | 話し合いの場が閉じるため | 金額と支払時期が手続の中で定まる |
| 金額に働く事情を伝える機会 | 述べられない事情は判断の材料にならないため | 相手方の見立てだけを前提に判断が進む |
| お金以外の取り決めを置く余地 | 判決で定められる事項には限りがあるため | 接触や口外に関する取り決めが残らない |
| 手元の記録を取り出す時間 | 記録の保存期間には限りがあるため | 反論の裏づけを後から用意しにくくなる |
条件を決める側に回る機会
話し合いの段階では、金額のほかに、分割にするのか、いつまでに払うのか、支払い後にお互いどう振る舞うのか、といった点を取り決める余地があります。分割や、相手方との接触を控える約束、第三者に口外しない約束は、合意によってはじめて書面に置けるものです。判決はお金の支払いを命じるものですから、こうした取り決めが判決の中に入ることは通常ありません。返事をしないまま手続が進むと、こちらから条件を出す場面そのものがなくなります。
金額に働く事情を伝える機会
慰謝料の額を考えるにあたっては、関係の期間、双方の関わり方、婚姻関係がどのような状態にあったかなど、さまざまな事情が働きます。ただし、これらの事情は「存在すること」ではなく「述べて裏づけること」ではじめて判断の材料になります。民事の裁判では、裁判所が当事者の持ち出さない事実を判決の基礎にすることはできないと考えられているためです。
欠席したまま判決に至った場合、請求どおりの内容で判断されることもあれば、裁判所が相当と考える額が定められることもあります。いずれにしても、こちらの側の事情はどこにも現れません。減額に働きうる事情がどれほどあっても、誰も持ち出さない限り、なかったものとして進みます。減額に働く事情の中身については、別の記事で整理しています。
後から出せば足りる、とは限らない
「裁判になってから反論すればよい」とお考えになる方もいらっしゃいます。ただ、民事訴訟では、主張や証拠は訴訟の進行状況に応じて適切な時期に出さなければならないとされています(民事訴訟法156条)。故意または重大な過失によって遅れて出された主張や証拠は、審理を長引かせることになると認められるときに、裁判所が却下することができるとも定められています(同法157条1項)。
実際にこの規定によって却下される場面はそれほど多くはなく、遅れたことに理由があれば認められることもあります。それでも、遅い時期に出す主張ほど、なぜその時期になったのかを説明する負担が伴うことに変わりはありません。
手元の記録を取り出す時間
反論の材料が必要になるのは、請求された側も同じです。その日どこにいたのか、いつまで連絡を取っていたのか、どのような経緯だったのか。こうした点を裏づける記録は、事業者が保存している期間を過ぎると取り出せなくなります。関係者の記憶も、協力してもらえるかどうかも、時間とともに動きます。放置している期間は、相手方の準備期間であると同時に、こちらの材料が失われていく期間でもあります。
応じないこと自体に効果が結びつくのはどこからか
交渉の段階と、裁判所の手続に入った後とでは、応じないことの意味がはっきりと変わります。裁判所から届いた書類に応答しない場合には、応答しなかったこと自体に手続上の効果が結びつきます。期日に出頭せず、答弁書も提出しないままでいると、相手方の主張した事実を争わなかったものとして扱われる仕組みになっています。
どの書類にどのような応答期限があるのかは、書面の種類ごとに異なります。この点は、届いた書面ごとの応答方法を扱った記事をご覧ください。ここでお伝えしたいのは、返事をしないことが「何も起きない状態」でいられるのは、交渉の段階までであるという一点です。
判決が確定するまでは何も起きない、とは限らない
もう一つ、あまり知られていない点があります。金銭の支払いを命じる判決には、裁判所の判断で仮執行の宣言が付けられることがあります(民事訴訟法259条1項)。この宣言が付いた判決は、確定を待たずに強制執行の手続に使うことができます。控訴すれば判決は確定しませんが、それだけで差押えの手続が止まるわけではないということです。
止めるためには、控訴とあわせて執行停止の申立てをし、裁判所の判断を得る必要があります(同法403条1項3号)。この申立てには担保を求められるのが通常で、手続にも時間がかかります。
なお、後の判決で内容が変更された場合には、仮執行の宣言はその限度で効力を失い、支払ったものの返還などが命じられることになっています(同法260条1項2項)。制度としての手当てはありますが、いったん預金や給与に手続が及んだ後で元に戻す作業になります。
返事をしないという判断が成り立つ場面
どのような場合でも返事をすべきだ、と申し上げるつもりはありません。次のような場合には、慎重に検討する余地があります。
- 請求の内容がまったく特定されておらず、誰が何を理由に請求しているのか読み取れない場合。
- 差出人が法律上その交渉をすることのできる立場か疑わしい場合。
- 身に覚えのない請求で、送付先を間違えている可能性がある場合。
ただし、こうした場合であっても、裁判所から届いた書類だけは別に扱う必要があります。請求に根拠がないと考えているときこそ、その旨を述べておかなければ、争っていないものとして進んでしまうためです。
無視でも承認でもない返し方
「返事をすれば認めたことになるのではないか」という不安から手が止まっている方もいらっしゃいます。返事の仕方は、認めることと無視することの二択ではありません。期限までに次の三点を伝えるだけでも、状況は変わります。
- 書面を受け取ったこと。
- 内容を確認していること。
- 回答までに時間が必要であること。
この段階で、金額に応じるかどうかや、事実関係を認めるかどうかを述べる必要はありません。一方で、支払う意思を示す言い方や、一部でも支払ってしまうことは、後の主張に影響することがあります。書き方に迷う場合は、返事を出す前にご相談ください。
請求した側から見ると
請求する側にとって、相手の沈黙は判断の材料が乏しい状態です。届いていないのか、届いたうえで応じていないのかが分からないまま、次の手を選ぶことになります。その結果として、実際には支払う意思があった相手に対しても、手続に移る判断がされてしまうことがあります。
この点は、請求する側から見た記事で詳しく扱っています。いずれの立場であっても、沈黙は相手に判断材料を与えず、相手の見立てだけで次の手が選ばれるという構造は共通しています。
よくあるご質問
しばらく返事をしていませんが、いまから連絡しても遅いでしょうか
交渉の段階であれば、時間が経っていることを理由に話し合いができなくなるわけではありません。すでに訴訟が始まっている場合でも、手続の中で和解の話し合いが行われることは少なくありません。ただし、進んでいる段階によってできることが変わりますので、いまどの段階にあるのかを確認することが先になります。
支払う資力がない場合でも、返事をする意味はありますか
あります。支払える見込みがないことと、話し合いの余地がないことは別です。分割や金額の調整は、話し合いの場でなければ扱えません。判決が出た後に支払いの方法を調整することは、相手方の同意がない限り難しくなります。
相手方の代理人弁護士に、直接連絡してもよいのでしょうか
差出人として代理人が記載されている場合は、その代理人が窓口になっています。電話での即答は避け、まずは書面やメールで受領した旨を伝える方法をおすすめしています。やり取りの記録が残る形にしておくと、後から経緯を確認しやすくなります。
まとめ
- 「無視している」状態にはいくつかの種類があり、相手方から見えている姿と次に選ばれる手が変わる。
- 交渉の段階では、返事をしないこと自体に法律上の効果は結びつかず、請求額が確定するわけでもない。
- 一方で、請求権が時間の経過だけで消えることはなく、判決で確定した権利の時効期間は十年とされている(民法169条1項)。
- 放置している間に失われるのは、条件を決める余地、金額に働く事情を述べる機会、お金以外の取り決めを置く余地、記録を取り出す時間である。
- 主張や証拠は適切な時期に出すこととされ、遅れたものは却下されうる(民事訴訟法156条、157条1項)。
- 裁判所からの書類に応答しないと、争わなかったものとして扱われる。
- 金銭の支払いを命じる判決には仮執行の宣言が付くことがあり、確定前でも執行の手続に使われうる(同法259条1項、403条1項3号、260条1項2項)。
- 返事の仕方は、認めることと無視することの二択ではない。
慰謝料請求への対応をご検討中の方へ
弁護士法人若井綜合法律事務所では、男女間のトラブルに関するご相談を池袋と新橋の事務所でお受けしています。慰謝料を請求されて手が止まっている方からのご相談も、請求したのに応答がなくお困りの方からのご相談も、いずれもお受けしています。
返事をしないまま時間が過ぎている状況は、それ自体で取り返しがつかなくなるものではありません。ただ、どの段階にいるかによって取りうる手は変わります。書面が届いている方は、封筒と同封物をお手元にご用意のうえ、早めにご相談ください。


