恋人に行動を監視される・スマホを覗かれる|プライバシー侵害と安全な別れ方
交際中は、車を「しばらく使っていいよ」と預けたり、時計やバッグを「今度のイベントで使ったら」と貸したりすることがあります。書面を交わすことはまずありません。
問題が表面化するのは、関係が終わったときです。「あれは、もらったつもりだった」と言われる。連絡が途絶える。すでに手元にない、と告げられる。金額が大きいだけに、感情の問題では済まなくなります。
ここでは、恋人・元恋人に貸した高額品の返還を求めるときに、どこから整理し、どう進めればよいのかを解説します。男女どちらの立場でも考え方は同じです。
1. 出発点は「貸したのか、あげたのか」
法的な結論を分けるのは、渡したときの合意の中身です。
贈与(民法549条)だった場合、原則として返還を求めることはできません。書面によらない贈与は各当事者が解除できますが、民法550条ただし書により、すでに履行が終わった部分については解除できないとされています。現物を渡し終えている以上、「書面がないから取り消せる」という説明は正確ではありません。
使用貸借(民法593条)だった場合、借りた側は契約が終了したときに返す義務を負います。無償で貸しただけですから、所有権は移っていません。
やっかいなのは、どちらだったかを示す資料が乏しいことです。しかも、「貸した」という事実を主張・立証する責任は、返還を求める側にあります。「返してほしい」と言うだけでは足りず、貸したことをうかがわせる事情を積み上げていく作業になります。
判断材料になりやすいのは、次のようなものです。
- 誰が代金を負担したか(購入時の明細、カード履歴、振込記録)
- 保証書・ギャランティカード・購入時の書類を誰が持っているか
- 名義がどちらになっているか(自動車の場合はとくに重要です)
- 渡したきっかけ(誕生日・記念日に手渡した経緯があるかどうか)
- 「貸して」「返すね」「借りてる」といったメッセージのやり取り
- 使用の期間や範囲が限定されていたか
なお、費用を出し合って購入したものは、そもそも共有物として扱われる可能性があります。この場合は単純な返還請求という組み立てにはならず、共有関係をどう解消するかという別の問題になります。
2. 請求の組み立て方は一つではない
見落とされがちですが、返還を求める法的な根拠には二通りあり、どちらを使うかで見通しが変わります。
(1)所有権に基づく返還請求
自分がその物の所有者であることを前提に、占有している相手へ引渡しを求めるものです。契約の内容を細かく立証しなくても、所有者であることと相手が持っていることを示せれば請求の形になります。
(2)使用貸借契約に基づく返還請求
貸した契約が終わったことを理由に返還を求めるものです。返す時期を決めていなかった場合、貸主は次のように扱われます。
- 使用の目的も期間も定めなかったとき:貸主はいつでも解除できます(民法598条2項)
- 使用の目的を定めていたとき:その目的に従って使用するのに足りる期間が経過すれば解除できます(同条1項)
- 期間を定めていたとき:期間の満了によって終了します(民法597条1項)
「返す時期を決めていなかったから請求できない」ということにはなりません。
時効の扱いが大きく違う
この二つは、時間が経ったときの扱いが異なります。
契約に基づく返還請求権は債権ですので、消滅時効(民法166条1項。権利を行使できると知った時から5年、行使できる時から10年)の対象になります。
これに対し、所有権は消滅時効にかかりません。所有権に基づく物権的請求権も同様に時効で消滅しないと解されています(最高裁昭和51年11月5日判決ほか)。つまり、貸してから何年も経っていることだけを理由に、返還を求める余地が完全になくなるわけではありません。
もっとも、これは「急がなくてよい」という意味ではありません。相手が長期間これを自分の物として占有し続けた場合には取得時効(民法162条)が問題になり得ますし、何より、時間の経過とともにやり取りの記録は消え、現物は所在不明になります。実務上は早く動くほうが有利です。
3. 車とブランド品では、見通しが変わる
同じ「高額品」でも、車とブランド品では法的な扱いに違いがあります。
車の場合
自動車は登録制度があり、登録を受けた自動車の所有権の得喪は、登録を受けなければ第三者に対抗できません(道路運送車両法5条1項)。名義が自分のままか、相手に移っているかは、実際の交渉でも訴訟でも大きな意味を持ちます。
名義が相手になっていても、それだけで所有権が相手に移ったと決まるわけではありませんが、こちらの主張の負担は重くなります。
ローンが残っていて信販会社やディーラーの所有権留保が付いている車を第三者に使わせていた場合は、契約上の問題も生じ得ますので、契約書の確認が必要です。
ブランド品の場合
時計やバッグなどの動産は、無権利者から取引によって取得した人が善意・無過失であれば、即時取得(民法192条)が成立し得ます。買取店やフリマアプリを通じて第三者に渡ってしまうと、その相手から取り戻すことは現実的にきわめて難しくなります。
一方、道路運送車両法による登録を受けている自動車については、民法192条の適用はないとされています(最高裁昭和62年4月24日判決)。勝手に売却された場合でも、第三者に対して所有権を主張する余地が残るという点で、ブランド品とは事情が異なります。
車を貸したままにすること自体のリスク
車には、返してもらう前の段階で別のリスクもあります。自動車損害賠償保障法3条は、自己のために自動車を運行の用に供する者に責任を負わせており、貸した側の所有者が運行供用者として賠償責任を問われる可能性があります。免責が認められる要件は限定的です。
このほか、駐車違反や税金、任意保険の運転者限定の問題もあります。返還を求める理由は、感情の整理だけではないということです。
4. 返還を求めるまでの流れ
① 事実と証拠を整理する
何を、いつ、どういう経緯で渡したのかを時系列で書き出します。購入時の資料、写真、シリアル番号、メッセージのやり取りは、この段階で保存しておきます。相手とのやり取りは自分から削除しないでください。
② 記録に残る形で返還を求める
口頭やアプリのやり取りだけでは、後から「言われていない」と争われます。期限を示したうえで書面にしておくと、後の手続きで役立ちます。
内容証明郵便がよく使われますが、これは差し出した事実と文面を郵便局が証明する制度であり、それ自体に相手を強制する力はありません。過度な期待はせず、記録化の手段として位置づけるのが実際的です。
③ 話し合い・弁護士名義の通知
当事者同士だと感情的なやり取りになりやすい場面です。窓口を代理人に一本化することで、連絡の負担を減らしつつ、内容を整理して伝えられます。
④ 裁判手続きを検討する
ここで注意したいのが、少額訴訟は使えないという点です。少額訴訟は60万円以下の「金銭の支払」を求める場合の手続きであり(民事訴訟法368条1項)、物の引渡しを求める請求には利用できません。物を取り戻したい場合は、民事調停や通常の訴訟(動産引渡請求)を検討することになります。
⑤ 判決が出た後
判決を得ても相手が応じない場合は、強制執行に進みます。動産の引渡しの強制執行は、執行官が相手からその物を取り上げて債権者に引き渡す方法で行われます(民事執行法169条1項)。
ただし、執行の現場に現物がなければ実現しません。そのため実務では、引渡しを求めると同時に、引渡しができない場合に備えて金銭の支払いを求める形をとることがあります。すでに売却・処分されている場合には、損害賠償(民法709条)や不当利得の返還といった金銭請求に切り替えることになります。
5. やってはいけない対応
取り戻したい気持ちが強いほど、行動が先に出てしまいがちです。しかし、次のような対応は立場を悪くします。
合鍵やスペアキーを使って勝手に持ち出す
自分が所有者であっても、相手が占有している物を無断で持ち去れば、刑法242条により他人の物とみなされ、窃盗罪(刑法235条)が問題になり得ます。合鍵で室内に入れば住居侵入罪(刑法130条)にも触れかねません。権利があっても実力で回復することは認められていない、というのが原則です。
職場や実家へ押しかける、周囲に言いふらす
返還の実現には結びつかず、こちらが責任を問われる側になり得ます。
強い言葉で圧力をかける
害を加えることを告げれば脅迫罪(刑法222条)、それによって金品を要求すれば恐喝罪(刑法249条)が問題になります。正当な請求であっても、伝え方によっては別の評価を受けます。
返却を口実に接触を繰り返す
好意や怨恨の感情が背景にあると評価されると、ストーカー規制法上の問題として扱われることがあります。
6. 「横領で被害届を出せますか」という相談について
売却された、質に入れられたという場合、横領罪(刑法252条)が問題になり得ます。他人から預かった物を自分の物として処分する行為だからです。
一方で、単に返してもらえていないという状態だけでは、刑事事件として取り上げられにくいのが実情です。相談に行った警察から、換金などの処分行為がなければ横領とはいえないという説明を受けたという例も見られます。
また、刑事手続きは処罰のための手続きであり、物を取り戻すための手続きではありません。返還そのものを目指すのであれば、民事の手続きを軸に考えることになります。
7. 早めに整理しておきたいこと
高額品の返還請求は、「返して」と伝えるだけで解決することもあれば、所有権の帰属、名義、処分の有無といった複数の論点が絡むこともあります。とくに車は、返還を求めるかどうかを決めかねている間にも、事故や違反のリスクが所有者側に残り続けます。
- 貸したのか贈ったのかを示す資料を、まず手元に集める
- 返還を求めた事実を記録に残る形にする
- 実力での回収は避ける
- 現物が処分されている可能性があるなら、金銭請求への切り替えも視野に入れる
この4点を押さえたうえで、どの根拠でどの手続きを使うのかを決めていくのが、遠回りに見えて確実な進め方です。判断に迷う段階でご相談いただければ、証拠の残し方を含めて、取り得る選択肢を整理することができます。


