【不貞慰謝料・請求された側】請求された金額=支払うべき金額ではない理由

若井亮

若井亮

テーマ:男女トラブル

「弁護士名で通知書が届き、そこに想像もしていなかった金額が書かれていた。この額を支払わなければならないのだろうか」。「こちらから請求書を送ったが、相手方から返ってきた提示額は求めた数字とかけ離れている。自分の請求は高すぎたのだろうか」。不貞慰謝料のご相談では、請求する側からも請求を受けた側からも、金額が妥当なのかどうかという問いが早い段階で出てきます。

 「請求された金額をそのまま支払う必要はない」という説明は、多くの記事で目にします。この説明自体は誤りではありません。ただ、そこで話が終わってしまうと、では何を手がかりに妥当かどうかを考えればよいのかという肝心の部分が残されたままになります。相場として紹介されている数字と見比べても、多くの場合は幅の中に収まってしまい、答えが出ないまま時間だけが過ぎていきます。

 この記事では、請求された金額がそのまま支払うべき金額にならない理由を整理したうえで、「妥当かどうか」という問いを答えの出る形に分けていきます。金額の目安や、増額・減額に働く事情の一覧、請求額と最終的な着地額がずれる仕組みについては別の記事で扱っていますので、ここでは立ち入りません。

請求書に書かれた金額は、支払義務の額を決めた数字ではない

 請求書や通知書に記載された金額は、差出人が「この額を支払ってほしい」と伝えた意思表示です。相手方の考えが数字の形で示されたものであって、それ自体が支払義務の中身を決めるわけではありません。

 不貞慰謝料の根拠となる民法709条・710条には、金額の算定式は置かれていません。条文が定めているのは、故意または過失によって他人の権利や法律上保護される利益を侵害した者が損害を賠償する責任を負うこと、そしてその賠償が財産以外の損害にも及ぶことだけです。いくら支払うのかを確定させるのは、当事者の合意か、裁判所の判断のどちらかになります。請求を受けた時点では、支払義務の額はまだどこにも確定していません

請求する側が書く数字そのものに制限はない

 いくらと書くかについて、法律上の制限は設けられていません。相手方が高い数字を書いてきたこと自体が違法になるわけではなく、逆に、高い数字が書かれているからといって、その額に根拠があることを意味するわけでもありません。ただし、請求の伝え方が度を越すと、金額とは別の問題として扱われる場面があります。この点は請求方法を扱った記事をご参照ください。

請求額は、上限としては意味を持つ

 一方で、請求額がまったく意味を持たない数字かというと、そうではありません。訴訟になった場合、裁判所は当事者が申し立てていない事項について判決をすることができないとされています(民事訴訟法246条)。請求された額を超える支払いが命じられることは、原則としてありません。請求額は、支払うべき額を決める数字ではありませんが、その事件で命じられうる額の上限としては働きます。この点は、請求する側が金額を決めるときの実務的な意味にもつながります。

「妥当かどうか」は、何と比べるかで答えが変わる

 妥当性を考えようとするとき、多くの方は無意識のうちに何かと比較しています。ところが、その比較の相手は一つではありません。比べる相手が違えば、問いの中身も、答えの出方も変わります。

比べる相手問いの中身答えの出方
世間で紹介されている相場ほかの事案の集計と比べて高いか低いか幅で示され、個別の事情は映らない
裁判所が認める可能性のある額この事案が判決に至った場合にどのあたりに落ち着きそうか幅で示され、残っている争点によって動く
自分が受け入れられる額納得して区切りをつけられるか人によって異なり、共通の正解がない
現実に用意できる額期限までに支払えるか法的な評価とは別の物差しになる


 この四つは、それぞれ別の問いです。「相場より高い」ということと「支払う義務がない」ということは、まったく違う話です。同じように、「支払えない」ということと「請求が過大である」ということも別の事柄です。話し合いの場でこの四つが混ざったまま議論されると、双方が別々の物差しで数字を語ることになり、話が噛み合わなくなります。

相場との比較だけでは答えが出にくい理由

 相場として紹介されている数字は、過去の事案を集めた結果の傾向であって、個々の事案の妥当性を判定するための基準として作られたものではありません。集計の母集団や場面の切り分け方によって示される数字も変わります。相場の中身をどう読むかについては、相場を分解して解説した記事で詳しく扱っています。

金額を値踏みする前に、前提の点検から始まる

 請求書を受け取ると、どうしても数字だけに目が行きます。しかし妥当性の検討は、提示された数字を値引きする作業ではなく、その数字が乗っている前提を一つずつ確かめる作業から始まります。前提が崩れれば、金額の議論に入る前に結論が変わることもあるからです。

 確かめる順序は、おおむね次のようになります。

  1. そもそも支払う立場にあるのか。不貞行為とされる事実があったのか、既婚者だと知っていたか、そのとき夫婦関係がどのような状態にあったか。
  2. 誰に対する、何についての請求なのか。配偶者と不貞相手のどちらに、どの範囲の損害について求められているのか。すでに受け取られた分があるか。
  3. いつの話なのか。請求できる期間の制限にかかっていないか。


 これらは金額の高低とは別の次元の問いですが、答え次第で支払うべき額が大きく変わったり、そもそも義務が生じなかったりします。それぞれの詳しい判断枠組みは、慰謝料が認められない場合を整理した記事や、時効を扱った記事をご参照ください。

請求額は一つの塊ではない

 請求書に総額だけが書かれていると、一つのまとまった数字に見えます。しかし中身をたどると、性質の異なるものが重なっていることがあります。

  • 不貞行為そのものに対する慰謝料に当たる部分。
  • 調査にかかった費用や、支払いが遅れた期間に生じる分など、慰謝料とは別の名目として立てられている部分。
  • 金銭以外の約束と引き換えに置かれた部分。話し合いでの合意があってはじめて成り立つもので、判決では出てこない性質のものです。


 名目が違えば、それが認められる根拠も、必要になる説明も違います。総額に対して「高い」とだけ伝えても議論が進みにくいのは、どの部分について、どういう理由で高いと考えているのかが示されていないからです。個別の名目がどこまで認められるのかは、それぞれを扱った記事で解説しています。

妥当な金額は、一つの数字としては出てこない

 弁護士に相談しても、「この事案は◯◯万円が妥当です」という形の答えが返ってこないことがあります。答えを避けているわけではなく、性質上、一点の数字としては出てこないためです。

  1. 慰謝料の額は、個別の事情を総合的に評価して決められるものであって、項目ごとの加算と減算で計算されるわけではありません。判決文でも「妥当」ではなく「相当」という言葉で、諸般の事情を考慮した結果として示されます。
  2. 判断に必要な材料が、双方の手元に分かれています。相談の時点では、相手方がどこまでの事実を主張し、どこまでの裏づけを持っているかが見えていません。
  3. 相手方がどう出るか、話し合いで終えるか手続に進むかによっても、落ち着く場所が動きます。


 そのため見通しは、おおよその幅と、その幅を上下に動かしうる材料という形で示されるのが通常です。一点の数字が出てこないことは、判断ができないという意味ではありません。幅のどのあたりを目指せるのか、そのために何が必要なのかを確かめていくことが、実際の検討作業になります。

妥当性を確かめられる時間には終わりがある

 見落とされやすいのが、妥当性を検討できる期間には区切りがあるという点です。

 示談書や合意書に署名して合意が成立すると、その合意の内容がそのまま当事者の間の権利義務になります。民法は、当事者が互いに譲歩して争いをやめる合意を和解と定め(民法695条)、和解によって認められた内容は、後から異なる事実の確証が得られた場合であっても、その合意のとおりに扱われるとしています(同法696条)。つまり、いったん合意した後で「あの金額は相場より高かった」と述べても、そのことを理由に金額をさかのぼって見直すことは原則としてできません。妥当性という物差しは、合意した時点で役割を終えます。

支払いを始めることにも意味がある

 合意書を交わしていなくても、請求された金額の一部を支払うと、その支払いが債務を認めた行為として受け取られることがあります。金額に納得できていない段階で、誠意を示すつもりで一部を渡す対応は、後の主張と食い違いを生みやすい行動です。この点は、念書や謝罪文の扱いを解説した記事でも触れています。

請求する側にとっての妥当性は、数字より示し方に表れる

 請求する立場から見ると、妥当性は「いくらにするか」だけの問題ではありません。同じ金額でも、何も添えられていない数字と、根拠が示された数字とでは、相手方の受け止め方も、その後の手続での説得力も変わります。

  • どの事実に基づく請求なのかが示されているか。
  • 慰謝料のほかに含めている名目があるなら、それが区別して書かれているか。
  • 配偶者と不貞相手のどちらに、どの範囲で求めているのかが分かるようになっているか。
  • 応じられない場合にどうするつもりなのかが、実際に取りうる対応の範囲で書かれているか。


 高い数字を置くこと自体は許されていますが、根拠の見えない数字は、相手方に「まずは高く言っているだけだろう」と受け取られ、交渉の出発点としての機能を果たしにくくなります。上限として働くという意味では請求額の設定に実務的な意味がある一方で、数字だけを大きくすることには限界があります。

請求を受けた側が「高すぎる」と伝えるとき

 請求を受けた側が最初に口にしやすいのが「相場より高い」という言い方です。ただ、相場は判定の基準ではないため、この言葉だけでは議論が前に進みにくくなります。噛み合わせるには、一般論ではなく、この事案の事情に引き付けて述べる必要があります。

  1. 支払義務そのものに関わる事情があるなら、金額の話より先にそこを述べます。義務の有無と金額の多寡は別の問題だからです。
  2. 金額に関わる事情としては、関係の経緯や期間、発覚後の状況など、この事案に固有の事実を挙げます。
  3. 支払える範囲の事情は、法的な評価とは別の話として、条件面の相談という形で分けて伝えます。


 この三つを分けずにまとめて述べると、支払義務を争っているのか、金額の調整を求めているのか、支払い方法の相談をしているのかが相手方に伝わらず、かえって話が長引くことがあります。

よくあるご質問

相場の範囲内であれば、その金額は妥当ということになりますか

 相場の範囲内かどうかは、一つの目安にはなりますが、それだけで妥当性が決まるわけではありません。相場として示されている数字は幅が広く、その幅のどこに位置するかは個別の事情によって変わります。また、そもそも支払義務が生じるかどうかという問題は、相場との比較とは別の次元にあります。範囲内であっても支払う義務がない場合はありますし、範囲を超えていても事情によっては説明がつく場合もあります。

弁護士に相談すれば、妥当な金額を教えてもらえますか

 一点の数字ではなく、見通しの幅とその根拠という形でお伝えするのが通常です。慰謝料の額は個別の事情の総合評価で決まるうえ、相談の時点では相手方が持っている材料が見えていないためです。そのうえで、幅のどのあたりを目指せそうか、そのためにどの事情を裏づける必要があるかを一緒に整理していくことになります。

提示された金額に納得できないまま、期限が来てしまいそうです

 請求書に書かれた期限は、多くの場合、差出人が希望として設定したものです。その日を過ぎたからといって、直ちに支払義務が確定したり、金額が増えたりするわけではありません。ただし、裁判所から届く書面のように、法律で応答期限が定められているものもあります。書面の種類によって扱いが異なりますので、まず何が届いているのかを確かめることが先になります。詳しくは、請求の書面が届いたときの対応を扱った記事をご参照ください。

まとめ


  1. 請求書に書かれた金額は、差出人の意思表示であって、支払義務の額を確定させたものではありません。民法709条・710条にも算定式は置かれていません。
  2. 一方で、訴訟では申し立てられていない事項について判決をすることができないため(民事訴訟法246条)、請求額は命じられうる額の上限としては働きます。
  3. 「妥当かどうか」は、相場・裁判所が認める可能性のある額・自分が受け入れられる額・現実に用意できる額のどれと比べるかで、問いの中身も答えも変わります。
  4. 妥当性の検討は、数字の値引きではなく、支払う立場にあるのか、誰に対する何の請求か、いつの話かという前提の点検から始まります。
  5. 請求額には性質の異なる名目が重なっていることがあり、総額に対して「高い」とだけ伝えても議論が進みにくくなります。
  6. 妥当な金額は一点の数字ではなく、見通しの幅とそれを動かす材料という形で示されるのが通常です。
  7. 合意が成立すると、その内容がそのまま権利義務になります(民法695条・696条)。後から金額の妥当性を理由にさかのぼって見直すことは、原則としてできません。


不貞慰謝料の金額でお悩みの方へ

 弁護士法人若井綜合法律事務所では、男女間のトラブルに関するご相談を池袋と新橋の事務所でお受けしています。請求された金額が妥当なのかどうかは、数字だけを見比べても判断がつきにくく、その数字が何を前提に置かれているかを一つずつ確かめる作業が必要になります。

 請求を検討されている方には、金額の根拠をどのように組み立て、どの範囲を求めるかの整理を。請求を受けた方には、支払義務そのものに関わる事情があるかどうかの確認と、金額や支払い方法についての伝え方の整理を、それぞれの状況に応じてご一緒に進めます。合意の内容は後から見直すことが難しくなりますので、署名の前の段階でご相談いただければと思います。

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若井亮
専門家

若井亮(弁護士)

弁護士法人若井綜合法律事務所

風俗トラブルや男女トラブル、それに伴う刑事事件まで一貫して対応。累計相談件数は男女トラブル約23,000件、風俗トラブル約8,000件。全国からの相談を24時間受け付け、迅速な対応を心がけています。

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