【不貞慰謝料】弁護士費用は相手に払わせられるのか
配偶者の不貞は分かったけれど、相手が誰なのかは分からない。下の名前とメッセージアプリの表示名の見当はついているものの、氏名の漢字も住所も分からない。このような状態から慰謝料の請求を考えるとき、多くの方が最初に立ち止まるのが「相手を特定する」という段階です。
インターネット上には「電話番号が分かれば住所も判明する」といった説明が並びます。しかし実際の手続では、何がどこまで分かれば次に進めるのかは、その先で何をしたいのかによって変わります。また、「この人らしい」と思える段階と、「この人を相手に請求できる」と言える段階との間には、思いのほか距離があります。
この記事では、相手の氏名や住所が分からない状態にある方に向けて、特定という作業の中身を分解し、どこまで分かれば何ができるのか、どこでつまずきやすいのかを整理します。個別の調べ方の一覧ではなく、動き出す前に押さえておきたい考え方を中心にお伝えします。
「特定」という言葉には三つの作業が混ざっている
相手を特定する、と一口に言いますが、その中身は次の三つに分けられます。どれか一つができていても、残りが欠けていれば手続は前に進みません。
| 作業 | そこで問われること | 欠けていると起きること |
|---|---|---|
| 見分ける | ほかの人と区別できるだけの情報があるか | 誰を相手にした請求なのかが定まらない |
| 届ける | 書面が相手に届く宛先があるか | 通知書も訴状も相手のもとに届かない |
| 裏づける | その人が不貞の当事者だと示す材料があるか | 人違いだと反論されたときに答えられない |
多くの解説記事は、このうち「見分ける」と「届ける」だけを扱っています。しかし実務でつまずきやすいのは、むしろ三つ目の「裏づける」です。氏名と住所が分かっても、その人物が配偶者と関係を持っていた本人であることを示せなければ、請求は成り立ちません。
逆に、三つがすべてそろっていなくても動ける場面はあります。だからこそ、いま自分に何が足りていないのかを、この三つに分けて把握しておくことが出発点になります。
どこまで分かれば次に進めるのかは、目的によって変わる
「特定できた」と言える水準は、一つではありません。何をしたいのかによって、必要になる情報の水準は次のように変わります。
| 進めたいこと | 必要になる情報の水準 | 補足 |
|---|---|---|
| 本人と直接話す | 連絡がつく手段(電話番号など) | 相手が応じるかどうかは別の問題 |
| 通知書・内容証明郵便を送る | 書面が届く宛先(住所または勤務先) | 勤務先宛ての送付には別の配慮が必要 |
| 訴訟を起こす | 当事者を見分けられる記載(通常は氏名と住所) | 民事訴訟法134条2項1号、民事訴訟規則2条1項1号 |
| 判決を得た後に支払わせる | 相手の財産の所在(勤務先、預金口座など) | 判決だけでは支払いが実現するとは限らない |
訴状に書く「特定」と、書類が「届く」ことは別の話
訴状には当事者を記載しなければならず(民事訴訟法134条2項1号)、実務では氏名と住所によって当事者を表示するのが通常です(民事訴訟規則2条1項1号)。もっとも、ここで求められているのはほかの人と見分けがつくことであり、記載した住所が現に生活している場所であることまでが常に必要とされるわけではありません。氏名と就業場所によって当事者の特定を認めた裁判例もあります。
一方、訴訟を進めるには、訴状などの書類が相手に届く必要があります。これが送達で、住所や居所のほか、就業場所に対してされることもあります(民事訴訟法103条)。どうしても送達先が判明しない場合の手続として公示送達(同法110条)がありますが、要件があり、認められたとしてもその後の立証が軽くなるわけではありません。
この二つを混同すると、「住所さえ分かればよい」と考えて調査に費用をかけすぎたり、逆に「住所が分からないから何もできない」と早々に諦めたりすることになります。いったん判明した相手が音信不通になった場面の手続については、別の記事で詳しく扱っています。
手元の情報は「いつの時点のものか」で意味が変わる
調査によって氏名や住所にたどり着いたとしても、それは多くの場合、どこかの時点で登録された記録です。いま現在の状況をそのまま写したものとは限りません。
たとえば通信契約の登録情報は、契約したときに届け出た内容が残っているにすぎません。その後に転居していても、変更の届出がなければ古いままです。届出上の住所と、実際に生活している場所とが一致しないことも珍しくありません。
名義が本人とは限らない
登録上の名義人が、探している相手とは別の人であることもあります。家族名義の回線、法人名義の契約、他人名義の口座などがその例です。名義人が判明したこと自体は前進ですが、それだけでは請求の相手方が決まったことにはなりません。
事情によっては交付が制限される
住民票の写しや戸籍の附票は、請求できる場合が法律で限られています(住民基本台帳法12条の3、戸籍法10条の2)。さらに、配偶者からの暴力やストーカー行為の被害を理由とする支援措置がとられている場合には、これらの交付が制限されます。制度を使えば必ず現住所にたどり着けるわけではない、という前提は持っておく必要があります。
もっとも、古い情報に価値がないわけではありません。過去の一点が分かることで、そこを出発点として次の手がかりをたどれる場合があります。「古いから意味がない」と切り捨てず、いつの時点の情報なのかを意識して扱うことが大切です。
「この人らしい」と「この人だ」の間にある距離
特定の作業でもっとも慎重になるべきなのが、候補が挙がった段階と、その人が相手方だと確かめられた段階との違いです。ここを飛ばしてしまうと、取り返しのつきにくい事態を招くことがあります。
取り違えが起きやすい場面
- 同姓同名の人がいる場合や、氏名の漢字が確認できていない場合。
- 表示名やニックネームだけで判断し、実在の別人と結びつけてしまう場合。
- 配偶者の職場の同僚のうち、やり取りの多い人物を関係のある相手だと推測してしまう場合。
- 契約の名義人と、実際に使っていた人物とが異なる場合。
- 写真や後ろ姿など、印象に頼った判断をした場合。
突き合わせに使えるもの
候補が挙がったら、複数の異なる情報を照らし合わせて、同じ人物を指しているかを確かめていきます。
| 照らし合わせるもの | 確認できること | 限界 |
|---|---|---|
| 氏名の表記 | 同姓同名との区別 | 漢字が分からなければ照合できない |
| 生年月日・年齢 | 人物の同一性 | 把握できていないことが多い |
| 勤務先・所属 | 配偶者との接点の有無 | 職場が同じでも関係の有無は別 |
| 連絡先の一致 | やり取りの相手と同一かどうか | 名義が本人とは限らない |
| 行動の重なり | 日時・場所のつながり | 一致しても関係の内容までは示せない |
別の人に届いてしまったときに起きること
人違いのまま通知書を送れば、相手にとっては身に覚えのない内容の書面が届いたことになります。その書面に不貞をうかがわせる記載があれば、名誉やプライバシーを侵す行為として、こちらが損害賠償を求められるおそれもあります。
それだけではありません。誤って接触したことが本来の相手方に伝わり、警戒されて手がかりが失われることもあります。人違いの通知は、責任の問題と、その後の請求の見通しの両方に影響します。
自分で調べるときに越えやすい線
手がかりを探す段階で、ご自身で動かれる方は少なくありません。ただ、調べる行為には次の三つの跳ね返りがあります。
- 自分の側に責任が生じる。身分を偽って聞き出す、勤務先に事情を告げて問い合わせる、業務で情報を扱う知人に照会を頼むといった行為は、こちら側の責任が問われる原因になります。
- 手がかりそのものが失われる。警戒されて連絡先を変えられたり、アカウントを削除されたりすると、唯一の糸口を失うことになります。
- 得られた資料が使いにくくなる。集め方に問題があると、後に相手方からその点を突かれ、話し合いの主題がずれていくことがあります。
どこまでが許される調べ方なのかは、方法ごとに判断が分かれます。踏み込む前に確認しておいたほうが、結果として近道になることが多いといえます。
専門家に頼めることと、頼めないこと
弁護士に依頼した場合
弁護士は、受任した事件の処理に必要な場合に、所属する弁護士会を通じて団体などに照会を行うことができます(弁護士法23条の2)。また、受任事件に必要な範囲で、住民票の写しなどの交付を請求できる制度もあります。
ただし、次の点は押さえておく必要があります。
- いずれも受任した事件があることが前提で、特定だけを依頼することはできません。
- 照会先が回答しないことがあり、その場合に無理に開示させる手立てはありません。
- 得られるのは登録されている情報であり、現在の状況と一致するとは限りません。
調査会社に依頼した場合
調査会社は、事実行為としての調査を業として行います。行動の確認と併せて不貞の証拠が得られることもある一方、費用がかかり、結果が保証されるものでもありません。
なお、調査会社が住民票などを代わりに取得できるかのような説明を見かけることがありますが、これらの交付請求は請求できる者が法律で限られています。誰でも取り寄せられるものではない、という点は誤解のないようにしてください。調査費用を相手に負担させられるかという問題については、別の記事で詳しく扱っています。
特定に時間と費用をかける前に確かめておきたいこと
特定は、あくまで請求の入口です。たどり着いた後で「請求そのものが難しかった」と分かる事態を避けるため、動き出す前に次の点を確かめておくことをおすすめします。
- 不貞の事実を示す材料が手元にあるか。特定できても、関係の存在を示せなければ請求は通りません。
- 相手が配偶者を既婚者だと知っていたか、知らなかったことに落ち度があったといえるか。
- 時間の制約。損害と加害者を知った時から3年、行為の時から20年という期間の定めがあります(民法724条)。相手が分からない間の扱いには議論があり、時間が無制限に猶予されると考えるのは危険です。
- 費用と回収の見通し。調査にかけた費用が、受け取れる金額を上回ることもあります。
- 配偶者本人にも請求できるという別の道があること。相手方が判明しなくても、配偶者への請求は妨げられません。
よくあるご質問
下の名前と表示名しか分かりません。もう請求はできませんか
その情報だけで直ちに請求できるとは言いにくいものの、そこで終わりとも限りません。配偶者の端末に残る記録、支払いの記録、行動の記録など、周辺に手がかりが残っていることがあります。まずは手元にあるものを整理し、どの段階が欠けているのかを確かめることから始めるのが現実的です。
配偶者が相手の情報を教えてくれません
教えるよう強く迫ることは、こちらの立場を悪くする原因になります。また、情報を求めた事実そのものが、こちらの手の内を伝えることにもなります。ほかに確認できることを先に整理したうえで、伝え方も含めて検討したほうがよいでしょう。
特定さえできれば、慰謝料は受け取れますか
特定は請求を始めるための条件であって、金額や支払いを約束するものではありません。関係の存在をどこまで示せるか、相手にどのような言い分があるか、支払う資力があるかによって結論は変わります。
まとめ
- 「特定」には、見分ける・届ける・裏づけるという三つの作業が含まれています。
- どこまで分かれば進めるのかは、話し合い、通知、訴訟、回収のどれを目指すかで変わります。
- 訴状で当事者を表示することと、書類が相手に届くこととは別の問題です。
- たどり着いた情報は、ある時点の記録にすぎません。名義が本人とは限らず、交付が制限される場合もあります。
- 候補が挙がった段階で動くと、人違いによって責任を問われるおそれがあります。
- 自分で調べる行為には、責任・手がかりの喪失・資料の使いにくさという跳ね返りがあります。
- 制度を使っても必ず判明するとは限らず、特定だけを依頼することはできません。
- 特定の前に、証拠、相手の認識、時間の制約、費用の見通しを確かめておくことが大切です。
相手の氏名や住所が分からずお困りの方へ
相手が誰なのか分からない状態は、何から手をつければよいのかが見えにくく、時間だけが過ぎていきやすい場面です。一方で、手元にある情報の意味は、整理してみると本人が思っているより大きいことがあります。
当事務所では、いまある手がかりでどの段階まで進めそうか、費用をかけて調べる価値があるか、先に確かめておくべきことは何かを含めて、見通しをお伝えしています。ご自身で動く前に、一度ご相談ください。


