【不貞慰謝料】『独身だと言われていた』をどう裏づけるか
「証拠を集めようと思っていた矢先に、もう見られなくなっていた」。不貞慰謝料のご相談では、こうしたお話をうかがうことが少なくありません。反対に、請求を受けた側から「手元のやり取りを消してしまってよいものか」と尋ねられることもあります。
インターネット上には「証拠は早く押さえるべき」という説明が数多く並んでいます。それ自体は誤りではありません。ただ、その説明だけでは、何がどういう理由で失われていくのか、そして間に合わせるために実際に何ができるのかまでは見えてきません。
この記事では、「消える」という一語を3つに分けたうえで、それぞれの場面で打てる手を、裁判所の手続まで含めて整理します。どの証拠にどれだけの重みがあるかという評価の話は別の記事で扱っていますので、ここでは「失われる前に何ができるか」という一点に絞ってご説明します。
「消える」といっても、消え方は3通りある
証拠が使えなくなる原因は、大きく3つに分かれます。同じ「消える」という言葉で語られますが、記録が置かれている場所が違うため、間に合わせるための行動も変わってきます。
| 消える原因 | 記録がある場所 | 主に効いてくる対応 |
|---|---|---|
| 自分の手元から失われる | 自分の端末、自宅にある紙 | 手放さずに、後から説明できる形で残す |
| 相手方が消す | 相手の端末、相手のアカウント | どの手段を、いつ使うかの判断 |
| 保存期間が過ぎる | 事業者のシステムや帳簿 | 期限が来る前に取り寄せる |
自分で決められるのは3つのうち1つだけ
この表で押さえていただきたいのは、3つのうち自分でコントロールできるのは1つ目だけだという点です。2つ目は相手方の行動に、3つ目は事業者の社内ルールと法令に左右されます。「早く動いたほうがよい」という助言が繰り返されるのは、自分の意思では止められない部分が2つもあるためです。
逆にいえば、慌てて動く前に確かめるべきことがあります。いま気にしている記録は、この3つのどれに当たるのか。1つ目であれば、今日できることがあります。2つ目であれば、動き方そのものが結果を左右します。3つ目であれば、残っている期間がどれくらいかを先に調べる必要があります。
手元にある記録は「後から説明できる形」で残す
すでに手元にある記録については、失わないことに加えて、それがどこから来たものかを後で説明できるかどうかが問われます。
元のデータを手放さない
裁判では、写真や録音、データのように文書でないものについても、書証に関する規定を準用して取り調べるものとされています(民事訴訟法231条)。そのときに問われやすいのが、元のデータがいまどこにあるかです。
特に注意したいのが端末の入れ替えです。機種変更のときに古い端末を下取りに出してしまうと、画面を写した画像だけが残り、元のデータが手元にない状態になります。相手方から「後から作ったものではないか」と指摘されたときに、示せるものがなくなるということです。画面を写した画像は、それ単体では「元がある」ことまでは示せません。
いつ手に入れたのかも一緒に残す
発覚からかなり時間が経ってから初めて出てきた記録は、どういう経緯で出てきたのかの説明を求められやすくなります。取得した時期や方法が説明できないと、内容そのものに争いがなくても、評価が下がることがあります。
記録の具体的な保存方法や、どの証拠がどの程度の重みを持つかについては、証拠の集め方と証拠力を扱った記事でご説明しています。ここでは、「消えないようにする」ことと「後で説明できるようにする」ことはひと続きの作業だという点だけ押さえてください。
事業者が持っている記録には期限がある
自分の手元にも相手の手元にもない記録があります。宿泊施設、カード会社、交通事業者、通信事業者などが、業務のために持っている記録です。
ここで見落とされやすいのは、事業者は当事者の紛争のために記録を保存しているわけではないという点です。自社の必要がなくなれば、誰の意思とも関係なく消えていきます。相手方が消したわけでも、こちらが失ったわけでもなく、ただ期間が過ぎたという理由で手が届かなくなります。
宿泊者名簿は宿泊日から3年
法令で保存期間が決まっているものもあります。旅館業法は、営業者に宿泊者名簿を備えることを義務づけており、名簿は宿泊日から3年間保存するものとされています(旅館業法6条、同法施行規則4条の2第1項)。裏を返せば、その期間を過ぎたものについて、法令上の保存義務はなくなります。
カードの利用明細や交通系ICカードの履歴についても、それぞれ確認できる期間が決まっています。具体的な期間や取り出し方は、決済履歴を扱った記事でご説明しています。
記録があることと、記録が事実を示すことは別
もっとも、期限内であれば必ず役に立つというものでもありません。宿泊者名簿の記載は宿泊者本人の申告に基づくものですし、そもそも同行者の名前まで残っているとは限りません。決済の記録も、支払いがあったことは示しますが、誰と一緒だったかまでは残りません。期限を気にすべき記録と、期限内に手に入れても示せることが限られる記録とは、分けて考える必要があります。
自分以外の人が持つ記録を取り寄せる方法
他人が持っている記録を手に入れる方法は、いくつかの段階に分かれています。使える段階と限界を並べると、次のようになります。
| 手段 | 使える段階 | 主な限界 |
|---|---|---|
| 事業者への開示請求 | いつでも | 原則として自分名義の契約に関する記録に限られる |
| 弁護士会照会 | 弁護士に事件を依頼した後 | 照会先が回答しないこともあり、強制はできない |
| 提訴前の照会・証拠収集処分 | 訴える前に予告通知をした後 | 手続の存在が相手方に伝わる |
| 調査嘱託・文書送付嘱託・文書提出命令 | 訴訟を起こした後 | 裁判所が必要と認めることが前提となる |
強い手段ほど、相手に伝わる
この表には共通する性質があります。下に行くほど強い手段になる一方で、相手方に知られる度合いも大きくなるということです。自分名義の記録を自分で取り寄せる段階では相手方に伝わりませんが、裁判所を通す段階では、何をどこまで調べようとしているかまで伝わります。
もう一点、いずれの手段も、相手の端末の中身そのものには直接届かないという限界があります。相手の端末を無断で見ることの是非は、集め方の適法性を扱った記事で整理していますので、ここでは触れません。
裁判所の手続としての「証拠保全」
「証拠保全」という言葉には、日常的な意味での保存と、民事訴訟法上の手続という2つの意味が混ざっています。ご相談の場でも、この2つが同じ言葉で語られていることがよくあります。
どういう手続か
後者は、通常の証拠調べを待たずに、裁判所が先回りして証拠調べをしておく手続です。条文は、あらかじめ証拠調べをしておかなければその証拠を使用することが困難となる事情があると認めるときに、申立てによって行うことができると定めています(民事訴訟法234条)。
申立ては書面で行い、相手方の表示、証明すべき事実、証拠、証拠保全の事由を記載します。このうち証拠保全の事由については疎明が求められます(民事訴訟規則153条)。訴えを起こす前に申し立てる場合は、文書を所持する人の居所や検証物の所在地を管轄する地方裁判所または簡易裁判所が申立先になります(民事訴訟法235条2項)。実務では、決定が出るまで相手方には知らされず、実施の直前に決定書が送達される運用がとられることが多いとされています。
不貞の場面では使いにくいとされる理由
もっとも、この手続が不貞の事案で広く使われているわけではありません。次のような事情があるためです。
- 対象になりやすいのが相手方の私物である端末であり、提示を物理的に強制する仕組みまではないこと。
- 消されるおそれについて、漠然とした心配ではなく、この事案ではこう失われる見込みだという形で疎明する必要があること。
- 手続を実施すれば、その時点で相手方に、調査の内容と範囲がすべて伝わること。
この手続は、もともと医療記録のように、相手方が業務として保管しており、保管していること自体には争いのない文書を対象とする場面で用いられてきました。個人の端末の中身を対象にするには条件がかみ合いにくい、というのが実情です。制度としては存在しますが、まず検討されるのは前章の各手段だと理解しておくのが実際に近いといえます。
「早く動く」ことと「気づかれずに動く」ことは両立しない
保全のためにできることを並べると、そのほとんどが相手方に何らかの形で伝わります。問い詰める、請求書を送る、照会をかける、訴訟を起こす。どれも相手方の行動を変えるきっかけになります。証拠が消えるのを防ぎたいという動機で動いたことが、かえって消される引き金になる場合もあります。
そのため、順序の問題として考える必要があります。相手方に伝わらない手段から先に済ませ、伝わる手段は、そこで何を得たいのかがはっきりしてから使う、という順序です。
一方で、慰謝料を請求できる期間には別の期限があり、待てば待つほど有利になるわけでもありません。記録が消えるまでの期限と、請求できる期間の期限は、別々に進みます。この2つをどう見比べるかは事案ごとに違いますので、時効の数え方については時効を扱った記事をご確認ください。
請求を受けた側から見た「消す」ことの意味
ここからは、請求を受けた側の視点です。自分に不利に見える記録を手元から消したくなる場面がありますが、消すという行動には、いくつかの意味がついてきます。
民事訴訟法は、文書提出命令が出たのに従わないときや、相手方が使えないようにする目的で提出義務のある文書を滅失させたときについて、裁判所がその文書の記載に関する相手方の主張を真実と認めることができると定めています(民事訴訟法224条1項、2項)。さらに、他の証拠で証明することが著しく困難であるときは、その文書によって証明しようとした事実についての主張まで、真実と認めることができるとされています(同条3項)。
もっとも、この条文がそのまま働く場面は限られます。私的なやり取りの記録については、そもそも提出義務が認められないことがありますし、「使用を妨げる目的」があったといえるかどうかも争いになるためです。実務でより意識されるのは、条文そのものよりも、消したという事実が説明の不自然さとして受け止められ、事実認定の場面で考慮されうるという点です。
あわせて、次の点も押さえておいてください。
- 消した記録が、自分に不利なものだけとは限りません。関係の性質や期間について自分の言い分を裏づける材料が、同じやり取りの中に含まれていることがあります。
- 一方が消しても、相手方の端末やサービス側に同じやり取りが残っていることがあります。消したこと自体が後から明らかになる場合もあります。
- 請求を受けた段階では、何が争点になるのかがまだ定まっていません。いま不利に見えるものが、争点が固まった後には意味を持たないこともあります。
よくあるご質問
相手に気づかれずに証拠を保全する方法はありますか
自分の手元にある記録を残しておくことと、自分名義の契約に関する記録を事業者から取り寄せることは、相手方に伝わりません。一方で、弁護士会照会から先の手段は、程度の差はあれ相手方に伝わることを前提に考える必要があります。どこまでを先に済ませるかは、残っている期限との兼ね合いで決まります。
相手がすでに消してしまったようです。もう手はないのでしょうか
やり取りの相手方の端末に残っていることがありますし、決済や移動の記録のように、当事者以外のところに残っている記録もあります。ただし、それらには保存期間があります。何が消えたかを確かめることよりも、まだ残っている可能性があるものの期限を確かめることを先にしていただくほうが、実際には効きます。
証拠保全の申立てを検討したほうがよい場合はありますか
可能性が完全にないわけではありませんが、不貞の事案では条件がかみ合いにくく、実際に選択されることは多くありません。同じ労力をかけるのであれば、期限のある記録を先に押さえるほうが結果につながりやすい場面が大半です。個別の事情によりますので、迷われた段階でご相談ください。
まとめ
- 証拠が消える原因は、自分の手元から失われる、相手方が消す、事業者の保存期間が過ぎる、の3つに分かれ、自分でコントロールできるのは1つ目だけです。
- 手元の記録は、失わないことに加えて、どこから来たものかを後で説明できる形で残しておく必要があります(民事訴訟法231条)。
- 事業者が持つ記録には保存期間があり、宿泊者名簿のように法令で期間が定められているものもあります(旅館業法6条、同法施行規則4条の2第1項)。
- 他人が持つ記録を取り寄せる手段は段階に分かれ、強い手段ほど相手方に伝わる度合いも大きくなります。
- 民事訴訟法には証拠保全という手続がありますが(同法234条)、不貞の事案では条件がかみ合いにくいとされています。
- 「早く動く」ことと「気づかれずに動く」ことは両立しないため、順序をどう置くかが実務上の分かれ目になります。
- 請求を受けた側にとっても、記録を消す行動は、事実認定の場面で意味を持つことがあります(同法224条)。
不貞慰謝料についてお悩みの方へ
証拠の保全は、何を残すかという作業であると同時に、いつ、どの順番で動くかという判断でもあります。手元にある材料が何を示せるのか、どの記録に期限が迫っているのか、相手方に伝わる手段をいつ使うのかは、事案の内容によって答えが変わります。
弁護士法人若井綜合法律事務所では、男女間のトラブルに関するご相談を池袋と新橋の事務所でお受けしています。これから請求を考えている方も、すでに請求書を受け取っている方も、判断に迷われた段階でご相談いただければ、取りうる選択肢とその見通しを一緒に整理いたします。


