【不貞慰謝料】証拠がないまま請求するとどうなるのか

若井亮

若井亮

テーマ:男女トラブル

「はっきりした証拠はないけれど、このまま何もしないのは納得できない」。不貞慰謝料のご相談では、そうしたお気持ちを抱えて来られる方が少なくありません。反対に、「証拠を見せられないまま慰謝料を請求された」という側からのご相談も、同じくらい多く寄せられます。

 インターネット上には「証拠がなくても請求はできる」「相手が認めれば証拠は要らない」という説明が数多く並んでいます。どちらも誤りではありません。ただ、その説明だけでは、証拠が足りない状態で請求に踏み切ったときに実際に何が動くのかまでは見えてきません。

 この記事では、証拠がないまま慰謝料を請求した場合に、話し合いの場面と裁判の場面でそれぞれ何が起きるのかを整理します。証拠そのものの種類や評価の順位は別の記事で扱っていますので、ここでは「請求という行動が何を動かすのか」という時間の流れに絞ってご説明します。

「証拠がない」と一言でいっても中身は違う

 ご相談の場では多くの方が「証拠がありません」とおっしゃいますが、実際の状況は次の4つに分かれます。どれに当たるかによって、この先にできることが変わります。

おっしゃり方実際の状況先に確かめたいこと
何も手元にない相手の存在や関係を感じてはいるが、資料と呼べるものがないそもそも相手を特定できるか
手元にはあるが弱いやり取りや写真はあるが、親しさまでしか示していない足りていないのがどの部分か
あるはずだが手元にない相手の端末の中にある、すでに削除された、事業者側にしか残っていない取り出せる期限が残っているか
集めたが方法に不安がある無断で端末を見た、機器を取り付けたなど、集め方に問題がありうる提出したときに何を問われるか


「証拠にできない」と「足りない」は別の話

 民事裁判では、提出された資料を証拠として取り調べること自体は広く認められています。問題になりやすいのは、その資料でどこまで事実を認めてもらえるかという点です。手元の資料が使えるかどうかを気にされる方は多いのですが、本当の課題は「使えるかどうか」ではなく「何を示せているか」にあることが多いといえます。この点は証拠の評価を扱った記事でご説明しています。

請求すること自体は、証拠がなくてもできる

 話し合いの場で慰謝料の支払いを求めることに、法律上の決まった手続や要件はありません。書面を送ること自体も自由です。裁判の場面でも、訴状に記載しなければならないとされているのは、当事者と、求める内容およびその理由となる事実です(民事訴訟法134条2項)。証拠がそろっていることは、訴えを起こすための条件にはなっていません。

 もっとも、手続の作り自体は、最初から証拠が出てくることを前提としています。訴状には、証明が必要な事柄について重要な書証の写しを添付しなければならないとされており(民事訴訟規則55条2項)、請求を理由づける事実とあわせて証拠を記載することも求められています(同規則53条1項)。提出できる資料がないまま訴えを起こすと、その空白は最初の書面の段階で相手にも裁判所にも伝わります

 そして、不貞行為があったことを示す責任は、請求する側にあります。相手が事実を認めない限り、こちら側が資料で示していく必要があるという構図は、話し合いでも裁判でも変わりません。

請求した時点で動き出すもの

 証拠がないまま請求しても「何も起きない」わけではありません。むしろ、請求を切り出した時点で、いくつかのことが同時に動き出します。そして、その多くは後から元に戻せません。

相手の行動が変わる

 請求を受けた側は、自分の言動が問題になっていることをはっきり認識します。その結果、連絡手段を変える、やり取りを消す、会う場所を変える、接触自体をやめる、といった変化が起こりやすくなります。請求の前なら自然に残っていたはずの記録が、請求の後には残らなくなるということです。

やり取りの窓口が変わる

 相手に代理人がついた場合、それ以降のやり取りは代理人を通す形になるのが通常です。本人と直接話す中で事実関係が明らかになる、という展開は期待しにくくなります。

時間の管理が始まる

 不法行為に基づく損害賠償を求める権利は、損害と加害者を知った時から3年で時効にかかるとされています(民法724条1号)。請求を切り出したという事実は、いつ何をどこまで把握していたのかを、後から双方が振り返る材料になります。請求は「まだ何も決めていない状態」から「時計を意識しなければならない状態」への切り替えでもあります。時効の数え方そのものは、時効を扱った記事でご確認ください。

家庭の中の関係も動く

 配偶者の不貞を前提に請求を切り出せば、夫婦の間の話し合いも同時に始まります。関係を続けるのか、別居や離婚を考えるのかという判断を、想定より早い段階で迫られることがあります。

 これらをまとめると、証拠を集められる機会は、請求の前と後とで大きく違います。証拠が足りないと感じている段階では、「請求を急ぐこと」と「材料をそろえること」のどちらを先に置くかが、実務上いちばん大きな分かれ目になります。

相手の出方は3通りで、その先の道が変わる

 請求書を受け取った相手の反応は、大きく3通りに分かれます。それぞれで、その後に必要になるものが変わります。

相手の出方その場で起きることその後に必要になるもの
事実を認める証拠の有無にかかわらず、話が金額や条件の段階に進む認めた内容を書面の形で残しておくこと
事実を否定する不貞行為があったかどうかが争点として固まる請求する側が示せる材料
反応がない話し合いが始まらないまま時間だけが経つ次の手続に進むかどうかの判断


 実務では、相手が事実を認めて解決に至る事案が一定数あります。ただし、それは「請求すれば認めてもらえる」という意味ではありません。相手が認めるかどうかは、心当たりの程度、早く終わらせたいという気持ちの強さ、すでに弁護士に相談しているかといった事情に左右されます。認めてもらえるかどうかは、こちらが選べる事柄ではありません

「認めれば証拠は要らない」という説明の読み方

 「相手が認めれば厳密な証拠は不要」という説明は、それ自体は正しいものです。ただ、実際の場面では次の3点に注意が必要です。

口頭で認めた事実は、後から争われることがある

 その場では認めていても、後日「言わされただけだ」「そういう趣旨ではなかった」と主張が変わることがあります。何をどこまで認めたのかがはっきり残っていなければ、話し合いは振り出しに戻りかねません。認めた内容を書面にする場合の書き方は、示談書や念書を扱った記事でご説明しています。

迫り方によっては、認めた言葉がそのまま読まれないことがある

 長時間の追及の末に出た発言や、強く誘導された末の発言については、裁判所がその言葉どおりの事実を認定しなかった例もあります。認めさせること自体を目的にすると、かえって使いにくい材料が残ることがあるという点は、知っておいていただきたいところです。

迫り方が強くなると、別の問題に移る

 支払わなければ職場や家族に知らせる、といった伝え方をすると、請求そのものの当否とは別に、こちら側の行為が問題として取り上げられることがあります。この線引きは、請求が恐喝と評価される場面を扱った記事で詳しく整理しています。

訴訟まで進んだ場合に起きること

 話し合いがまとまらず訴訟に進んだ場合、証拠が足りない状態は次のような形で表れます。

請求が認められない形で終わる

 不貞行為があったことを示せなければ、請求は認められません。相手が具体的な反論を用意している場合、こちらの主張だけでは判断が動きにくくなります。

費用の負担が残る

 訴訟費用は、原則として敗訴した当事者が負担するものとされています(民事訴訟法61条)。ここでいう訴訟費用に自分の弁護士費用は含まれませんが、いずれにしても、かけた時間と費用は戻ってきません。弁護士費用の扱いについては、相手方負担を扱った記事をご参照ください。

同じ請求をやり直せなくなる

 見落とされやすいのがこの点です。確定した判決は、主文に包含するものについて既判力を持つとされています(民事訴訟法114条1項)。請求を退ける判決が確定すると、その請求権が存在しないという判断が固まりますので、後から証拠を集め直して同じ不貞行為を理由に同じ請求をもう一度起こすことは、原則としてできなくなります。証拠が足りない段階で訴訟に踏み切ることの負担は、費用や時間よりもむしろこの点にあります。

相手が何もしなければ結論が変わることもある

 もっとも、「証拠がなければ請求が通ることはない」と言い切れるわけでもありません。訴えられた側が答弁書も出さず期日にも出頭しない場合には、相手が争っていないものとして扱われ、請求が認められることがあります(民事訴訟法159条1項、3項)。請求を受けた側にとっては、これが放置のいちばん大きな危険です。

請求した側が責任を問われる場合と、そうでない場合

 「証拠がないのに請求すると、逆に訴えられる」という説明を目にすることがあります。ただ、慰謝料を請求すること自体は権利の行使であり、それだけで違法になるわけではありません。結果として請求が認められなかったとしても、そのことから直ちに責任が生じるものでもありません。

 問題になりやすいのは、請求したことではなく、その伝え方です。分かれ目は次の3点にあります。

  1. 誰に向かって伝えたか。本人に伝えるのと、職場や共通の知人、SNSに広げるのとでは意味が異なります。
  2. どのような手段で伝えたか。時間帯や回数、押しかけの有無、告げた内容が問われます。
  3. 何を求めたか。金銭の支払いなのか、退職や転居のように支払い以外の行為なのかで、評価の枠組みが変わります。


 言い換えれば、責任が生じるかどうかを分けているのは証拠の有無ではなく、請求の仕方です。証拠が乏しい場面ほど感情が先に立ちやすく、この線を越えやすいという関係にあります。

証拠を示されないまま請求を受けた側の読み方

 ここからは、請求を受けた側の視点です。「証拠が示されていない」ことをどう受け止めるかについて、押さえておきたい点を挙げます。

  • 証拠が示されていないことは、相手が持っていないことを意味しません。交渉の初期に手持ちの資料をすべて示さないという進め方は、珍しいものではありません。
  • 資料の開示を求めること自体はできますが、相手に応じる義務があるわけではありません。応じてもらえないこと自体を、こちらに有利な事情と考えるのは早計です。
  • 書面を無視することと、事実を争うことは別です。訴状が届いた場合には、答弁書を出さないまま期日を欠席すると、争っていないものとして扱われることがあります。
  • 答弁書にも、証明が必要な事柄について重要な書証の写しを添付することが求められています(民事訴訟規則80条2項)。反論する側にも、示せる材料の整理が必要になります。
  • 「記憶にない」と「そのような事実はない」は、書面の上では別の意味を持ちます。曖昧な返答を重ねると、後から主張を組み立て直しにくくなります。
  • その場での一言や、話をおさめるための一部の支払いが、後で不利に働くことがあります。特に支払いは、債務を承認したものと受け取られる場合があります(民法152条1項)。


証拠が足りない段階でできること

 最後に、請求に踏み切る前の段階でできることを整理します。

  1. 手元にある材料を洗い出し、それぞれが何を示しているのかを書き出す。
  2. 分かっている出来事を日付順に並べ、説明が通る流れになっているかを確かめる。
  3. 自分に不利に見える記録も含め、消したり作り直したりしない。
  4. 事業者側にしか残っていない記録には保存期間があるため、期限が近いものから確認する。
  5. 相手を特定できているか、氏名や連絡先の裏づけがあるかを確認する。
  6. 新たに集める場合は、集め方そのものが問題にならないかを先に確かめる。


 どれも地味な作業ですが、請求は一度切り出すと引き返しにくい行動です。順序を入れ替えるだけで結果が変わることは、実務上少なくありません。

よくあるご質問

証拠がないまま内容証明を送るのは避けたほうがよいのでしょうか

 一律に避けるべきとはいえません。相手に心当たりがあり早期の解決を望んでいる場合には、書面を送ることで話が進むこともあります。判断の材料は、相手の状況、追加で集められる見込みの有無、時効までの残り時間といった点です。

相手に「証拠を出せ」と言われました。示す必要はありますか

 話し合いの段階で、手元の資料をすべて示さなければならない決まりはありません。ただ、まったく何も示さないままでは、相手が支払いに応じる理由も生まれにくくなります。どこまで示すかは、交渉の進め方として個別に考える部分です。

配偶者は認めているのに、相手方が否定しています

 配偶者が認めていることは重要な材料になりますが、その内容がそのまま相手方に対して通るとは限りません。夫婦の間の話であることから、内容の信用性を争われることがあるためです。誰に対して何を示すのかを分けて考える必要があります。

まとめ


  1. 「証拠がない」といっても、何もない場合、弱い場合、手元にない場合、集め方に不安がある場合では、取れる手が変わります。
  2. 請求すること自体は証拠がなくてもできますが、不貞行為があったことを示す責任は請求する側にあります。
  3. 請求を切り出すと、相手の行動、やり取りの窓口、時間の管理、家庭の中の関係が同時に動き出します。
  4. 相手が事実を認めれば解決に進むこともありますが、認めるかどうかはこちらが選べる事柄ではありません。
  5. 訴訟で請求を退ける判決が確定すると、同じ請求をやり直すことは原則としてできなくなります(民事訴訟法114条1項)。
  6. 責任が生じるかどうかを分けるのは証拠の有無ではなく、誰に、どのような手段で、何を求めたかという請求の仕方です。
  7. 請求を受けた側にとっては、証拠が示されていないことよりも、書面を放置することのほうが大きな危険です。


不貞慰謝料についてお悩みの方へ

 証拠が足りない状態でどう動くかは、請求する側にとっても請求を受けた側にとっても、判断の難しい場面です。手元の材料が何を示しているのか、いま請求に進むべきか、先に整理すべきことがあるのかは、事案ごとに答えが変わります。

 弁護士法人若井綜合法律事務所では、男女間のトラブルに関するご相談を池袋と新橋の事務所でお受けしています。すでに請求書が届いている方も、これから請求を考えている方も、判断に迷われた段階でご相談いただければ、取りうる選択肢とその見通しを一緒に整理いたします。

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若井亮
専門家

若井亮(弁護士)

弁護士法人若井綜合法律事務所

風俗トラブルや男女トラブル、それに伴う刑事事件まで一貫して対応。累計相談件数は男女トラブル約23,000件、風俗トラブル約8,000件。全国からの相談を24時間受け付け、迅速な対応を心がけています。

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