【解決事例】元交際相手からの貸金返還請求353万円を和解金100万円まで減額した事例
交際相手の配偶者から慰謝料を請求されたとき、あるいは配偶者の交際相手に請求しようと考えたとき、多くの方がまず気にされるのが「肉体関係があったかどうか」です。この点が結論を大きく左右するのは確かです。ただ、肉体関係が確認できなければ慰謝料の問題は必ず終わる、というわけでもありません。裁判例のなかには、性的な関係の存在までは認められないとしながら、夫婦の生活の平穏を害したとして賠償を命じたものがあります。この記事では、こうした責任のかたちを「平穏侵害型」と呼んで整理し、請求する側と請求された側の双方の視点から、どこで結論が分かれるのかを説明します。なお、本記事は金銭の請求の当否に絞って扱い、離婚の手続そのものには触れません。
「不貞行為ではない」ことと「慰謝料が生じない」ことは別の話
最初に、言葉の整理をしておきます。ここを混ぜたまま話が進むと、かみ合わない議論になりやすいためです。
不貞行為は性的な関係を指す言葉
最高裁判所は昭和48年11月15日の判決で、不貞な行為とは、配偶者のある者が自由な意思にもとづいて配偶者以外の者と性的関係を結ぶことをいう、という趣旨を示しています。この定義は、裁判上の離婚原因(民法770条1項1号)の場面で述べられたものです。したがって、性的な関係が認められなければ、離婚原因としての不貞行為には当たらないという整理になります。
慰謝料の根拠は民法709条・710条
一方、交際相手に対する慰謝料の請求は、不法行為(民法709条・710条)を根拠とします。条文は「不貞行為があれば慰謝料が発生する」と定めているのではなく、他人の権利または法律上保護される利益を侵害したかどうかを問題にしています。つまり、不貞行為は責任が生じる典型的な形であって、責任の入口がそこだけに限られているわけではない、という構造です。
この違いを図式的に並べると、次のようになります。本記事では便宜上、前者を不貞行為型、後者を平穏侵害型と呼びます。いずれも法律で定められた呼び名ではなく、説明のための区分です。
| 比較の軸 | 不貞行為型 | 平穏侵害型 |
|---|---|---|
| 中心になる事実 | 配偶者以外の者との性的な関係 | 夫婦の生活の平穏を害する行為 |
| 判断のしかた | 関係があったかどうか | 行為の内容・程度・継続性と家庭への影響の総合的な評価 |
| 「肉体関係はない」という反論 | 決定的に働きやすい | それだけでは議論がかみ合わない |
| 金額の傾向 | 平穏侵害型より高くなりやすい | 不貞行為型より低くとどまる傾向 |
| 離婚原因としての位置づけ | 民法770条1項1号に当たり得る | 同号には当たらない |
平穏侵害型の責任とは何を守っているのか
なぜ性的な関係がなくても責任が問われる場合があるのか。その理由は、この類型が何を保護しているかを見ると分かりやすくなります。
守られているのは「婚姻共同生活の平和」
最高裁判所は平成8年3月26日の判決で、第三者が配偶者と肉体関係を持った場合でも、その当時すでに婚姻関係が破綻していたときは、特段の事情がない限り不法行為責任を負わないとしました。破綻していれば責任を負わないのは、保護されている利益が、婚姻共同生活の平和の維持という点にあるからだと説明されています。
この理屈は、裏返しても読めます。守られているのが夫婦の生活の平穏である以上、その平穏を現実に害する行為であれば、性的な関係の有無という一点だけで線が引かれるとは限らない、ということです。
性的な関係は典型的な侵害の形の一つ
下級審にも、不貞行為を婚姻共同生活の平和の維持という権利または法的保護に値する利益を侵害するおそれのある行為ととらえ、性交そのものに限らず、これに類する行為も含まれるとした判断があります(東京地方裁判所令和3年2月16日判決)。裁判例の多くは、男女の交際として社会通念上許容される範囲を超えているかどうかという物差しを用いています。この物差しは、性的な関係の有無を出発点にしつつ、そこだけで完結しない形になっています。
平穏侵害型が問題になりやすい場面
どのような事実関係で争いになりやすいのか、代表的な場面を整理します。いずれも「該当すれば必ず責任が生じる」という意味ではなく、検討の対象になりやすいという程度に読んでください。
| 問題になりやすい場面 | 着目されやすい事情 |
|---|---|
| 身体的な接触を伴う交際 | 接触の内容と反復の程度、関係が続いた期間 |
| 性的な関係が疑われるが確認できない | 深夜や長時間にわたり二人きりで過ごした状況、宿泊を伴う外出 |
| 連絡の量と内容 | 恋愛感情を示すやり取りの有無、頻度、配偶者に隠していた事情 |
| 家庭への直接の働きかけ | 配偶者に離婚を求める、自宅や職場に連絡する、関係を告げる |
| 過去に関係があった二人の再接触 | 以前の経緯を前提に評価されること |
特に注意が必要なのは、いちばん下の2つです。行為そのものは短時間でも、家庭に向けて直接働きかけた場合は、夫婦の生活への影響が説明しやすくなります。反対に、二人の間だけで完結していた関係は、影響を示す材料が乏しくなりやすい傾向があります。
逆に、責任が認められにくい場面
平穏侵害型といっても、親しく接したことが直ちに賠償の対象になるわけではありません。裁判例では、次のような場合には請求が認められにくい方向に働きます。
- 二人で食事をした、出かけたという程度にとどまる場合。
- 一方が好意を寄せていただけで、相手方が応じていない場合。
- 疑いを抱かせる事情はあるものの、行為の内容までは明らかにならない場合。
- 交際が始まった時点で、すでに夫婦関係が破綻していた場合。
- 相手が既婚者であることを知らず、知らなかったことについて不注意もなかった場合。
このうち破綻の主張と、既婚であることを知らなかったという主張は、いずれも独立した論点として厚みがあります。当事務所では別の記事で詳しく扱っていますので、そちらもあわせてご覧ください。
「肉体関係はない」という反論はどこまで効くのか
請求された側からの反論として最も多いのが、「肉体関係はありません」というものです。この反論は有効な場面もありますが、どの型の請求に向けられているのかを確かめないまま述べても、話が前に進まないことがあります。
反論がかみ合う相手を確かめる
不貞行為型の請求に対しては、性的な関係の不存在は結論に直結し得ます。立証の責任は請求する側にあるため、証拠から性的な関係があったかどうかを判断できない場合、その部分の請求は認められないことになります。
ところが、請求書面が「婚姻生活の平穏を害された」という組み立てになっている場合、性的な関係の有無は争点の中心ではありません。この場合に「肉体関係はない」とだけ回答すると、相手方はその点を争わずに、交際の態様や連絡の内容へ議論を移してくることがあります。実務では、主たる主張として不貞行為を、予備的な主張として平穏の侵害を掲げる書面も見られます。
平穏侵害型に対してかみ合う反論
平穏侵害型の請求に対しては、次のような角度からの反論が検討対象になります。
- 交際の態様が、社会通念上許容される範囲を超えていないこと。
- その行為と、夫婦関係が悪化したこととの結びつきが弱いこと。
- 行為の時点で、すでに夫婦関係が破綻していたこと。
- 相手が既婚者であることを知らず、知らなかったことに不注意もなかったこと。
- 請求できる期間がすでに経過していること(消滅時効)。
2番目の点は見落とされがちですが、重要です。もともと夫婦の間に別の事情があった場合、その行為が原因で平穏が害されたといえるのかという形で争う余地が生じます。破綻とまでは認められない場合でも、金額を抑える方向の事情として扱われることがあります。
請求する側が押さえておきたいこと
平穏侵害型で請求を組み立てる場合、集める材料の性質が変わります。
- 立証の責任は請求する側にあり、相手方が「なかったこと」を証明する必要はありません。
- 集めるべきは、関係の性質と、家庭の状況に与えた影響を示す資料です。
- やり取りは前後の文脈ごと残します。一部だけを切り出すと、意味が変わって伝わることがあります。
- 問い詰めた後は記録が消されることが多いため、順序に注意が必要です。
- 金額は、性的な関係が認められた場合と同水準にはなりにくい傾向があります。
- 請求できる期間には制限があります(民法724条。損害と加害者を知った時から3年、行為の時から20年)。
また、相手の勤務先や親族に事実を伝える、必要以上に強い言い方で支払いを迫るといった行為は、請求する側が別の責任を問われるきっかけになり得ます。感情の整理と手続の進め方は、切り離して考えたほうが安全です。
請求された側が押さえておきたいこと
請求を受けた側は、まず請求の中身を分解するところから始めます。
- 誰が、何を理由に、いくらを、いつまでに求めているのかを書き出します。
- その場で認めない、その場で払わないことを基本にします。
- 事実と異なる部分は、どこがどう違うのかを整理しておきます。
- やり取りの記録は自分から消しません。有利に働く材料が含まれていることがあります。
- 書面へ署名を求められても、内容を確認しないまま応じないようにします。
請求額は、そのまま支払義務の額を意味するものではありません。金額の妥当性、期間の経過、相手方が持っている資料の内容など、検討すべき点はいくつも残っています。
書面での「認め方」に注意する
平穏侵害型が絡む事案で特に気をつけたいのが、示談書や念書の文言です。
たとえば「不貞行為があったことを認める」と書かれた書面に署名すると、性的な関係があったことを自ら認めた記録が残ります。実際には性的な関係がなかったのであれば、事実に沿った表現に整えたうえで合意することを検討したほうがよい場面です。「婚姻生活の平穏を害したことを認める」という表現は、認めている内容が異なります。
一度署名した書面を後から覆すことは、簡単ではありません。清算条項の書き方や、接触を控える旨の条項の設計については、別の記事で詳しく扱っています。
よくあるご質問
キスやハグだけでも請求されることがありますか
請求されること自体はあり得ます。認められるかどうかは、接触の内容や反復の程度、関係が続いた期間、夫婦の生活にどう影響したかによって分かれます。1回限りの出来事で、その後の交際もない場合には、認められにくい方向に働くと考えられます。
相手が既婚者だと知りませんでした
知らなかったことに不注意もなかったといえる場合には、責任が生じないことがあります。ただし、「なんとなく独身だと思っていた」という程度では足りないと判断されやすいのが実情です。この論点は独立した検討が必要です。
未婚でも同じ請求ができますか
婚姻していない交際関係については、婚姻共同生活という保護の対象がないため、同じ枠組みでは考えません。別の法律構成を検討することになります。
会社や家族に知らせると言われました
支払いを促す目的でそうした発言がされることがありますが、内容や態様によっては、発言した側の責任が問題になる場合があります。その場で応じるのではなく、やり取りを記録したうえで相談することをおすすめします。
まとめ
- 不貞行為は性的な関係を指す言葉であり、離婚原因の場面で用いられる定義です。
- 慰謝料の根拠は不法行為であり、保護されているのは婚姻共同生活の平和の維持という利益です。
- そのため、性的な関係が認められない場合でも、夫婦の生活の平穏を害したとして責任が問われることがあります。
- ただし、親しく接したという程度で直ちに賠償の対象になるわけではなく、社会通念上許容される範囲を超えたかどうかが問われます。
- 「肉体関係はない」という反論は、どの型の請求に向けられているかによって効き方が変わります。
- 書面の文言は後から効いてきます。事実と異なる認め方をしないことが大切です。
肉体関係の有無だけで結論が決まらない事案は、事実の評価が細かく分かれます。請求する側も請求された側も、早い段階で状況を整理しておくことが、結果的に負担を小さくすることにつながります。弁護士法人若井綜合法律事務所では、男女間のトラブルに関するご相談をお受けしています。請求書面が届いた段階でも、これから請求を検討する段階でも、まずはお気軽にご相談ください。


