男女トラブル用語集|慰謝料・不貞・貞操権・求償権をやさしく解説
配偶者の不貞が分かってから眠れなくなった、心療内科に通うようになった、仕事を休むことになった。そうした健康面の変化があったとき、その分も相手に請求できるのかという疑問が生じます。この記事では、うつ病をはじめとする健康被害が不貞慰謝料の場面でどのように扱われるのかを、請求する側と請求を受けた側の双方の視点から整理します。
「体調を崩した」という事実は、どこで働くのか
不貞行為による損害賠償の根拠は民法709条と710条にあります。もっとも、これらの条文に金額の算定式は書かれておらず、どの事情をどのように評価するかは個別の判断に委ねられています。
健康被害についても同じで、診断名がついたこと自体が自動的に金額を押し上げるわけではありません。実務では、その健康被害を「何として」主張するのかによって、求められる説明も結論も変わってきます。まずはその整理から始めます。
健康被害はうつ病に限らない
検索では「不倫うつ」という言葉が目立ちますが、実際のご相談では、診断名がうつ病ではない場合や、そもそも診断名がついていない段階の方も少なくありません。
| よくみられる状態 | ご相談の場面で語られる形 | 注意しておきたい点 |
|---|---|---|
| うつ病・適応障害などの診断 | 通院を続けている、服薬している | 診断名だけでは程度が伝わりにくい |
| 不眠や食欲の低下 | 眠れない日が続いた、体重が落ちた | 受診していないと記録が残らない |
| 動悸やめまいなどの身体症状 | 内科を受診したが原因が分からない | 心因性かどうかの判断が難しい |
| もともとの持病の悪化 | 以前から通院していた症状が重くなった | 発覚の前後での変化を示す資料が要る |
| 診断名がつかない段階 | つらいが病院には行っていない | 後から時期をさかのぼりにくい |
この記事では、これらをまとめて「健康被害」と呼びます。以下の考え方は、うつ病に限らず共通します。
主張の入り口は2つある
健康被害を金銭に結びつける道筋は、大きく2つに分かれます。同じ診断書を出すのでも、どちらの入り口から入るかで、求められるものが違います。
| 入り口 | 主張の内容 | 示す必要があるもの |
|---|---|---|
| 慰謝料の算定要素として | 体調を崩すほど精神的苦痛が大きかった | 不貞と健康状態の悪化のつながり、症状の程度と続いた期間 |
| 独立した損害の項目として | 治療費・通院交通費・休業による減収を賠償してほしい | 不貞行為と発症との相当因果関係、支出額や減収額の裏づけ |
このうち後者のほうがハードルは高くなります。慰謝料はさまざまな事情を総合して額を決める性質のものなので、健康状態の悪化は「精神的苦痛の大きさを示す一つの事情」として位置づけられます。これに対して治療費や休業分を独立の損害として求める場合は、その支出や減収が不貞行為から生じたといえる関係を、費目ごとに示していくことになります。
裁判所の判断が分かれる理由
公表された裁判例をみると、通院を続けていた治療費の賠償を認めたものがある一方で、不貞行為と発症との相当因果関係までは認められないとしつつ、精神的苦痛が大きかったことは慰謝料の算定で考慮したものもあります。
一見すると矛盾しているようですが、判断している対象が違います。前者は「その治療費という損害が不貞行為から生じたといえるか」、後者は「慰謝料の額を決めるにあたってどこまで重くみるか」という問いです。配偶者の不貞を知って衝撃を受けたとしても、そこからうつ病に至るのが通常のことだとまではいえない、という見方が、治療費の請求を認めない側の理由として示されています。
したがって、治療費が別立てで認められなかったからといって、健康被害を主張した意味がなくなるわけではありません。慰謝料の算定の中で考慮される余地は残ります。実際の解決でも、治療費を別項目として立てず、慰謝料の中に織り込む形で処理される例がみられます。
話し合いで解決する場合はさらに事情が異なります。裁判のように費目ごとに認否が示されるわけではなく、解決金として一つの金額にまとめる形が多いためです。この場合、治療費や休業分は独立の請求というより、金額を組み立てるときの説明材料として働きます。裏づけをそろえておく意味は、どちらの進み方でも変わりません。
診断書は「あるかないか」より「何が書かれているか」
病名だけの診断書でできること
病名と作成日だけが記載された診断書は、その時点で受診したことを示す資料にはなります。ただ、うつ状態といっても程度の幅は広く、病名だけでは日常生活にどれほどの支障が生じたのかまでは読み取れません。診断書を用意したのに反応が薄かった、という声の背景には、この読み取りにくさがあります。
原因について書かれた部分の読まれ方
「配偶者の不貞により」といった記載があると心強く感じられますが、医師は診察の場で本人から聞いた説明をもとに書いています。そのため、この記載だけで発症の原因が確定するわけではなく、相手方から反論の対象になることもあります。原因についての記載は、あればプラスに働きますが、それ単独に頼らない組み立てが必要です。
生活への影響が残っている記録
評価に結びつきやすいのは、診断名そのものよりも、生活への影響が客観的な形で残っている場合です。通院の頻度と期間、処方の内容、休職や勤務の軽減があったこと、家事や育児が難しくなった時期などがこれにあたります。診断書に加えてこれらの資料をそろえられるかが、実際の分かれ目になります。
因果関係で問題になりやすい4つの点
健康被害を主張したときに、相手方や裁判所から確認されやすいのは次の4点です。請求する側にとっては準備の指針に、請求を受けた側にとっては検討の視点になります。
| 確認される点 | 問題になりやすい状況 |
|---|---|
| 発症の時期と発覚の時期の前後 | 発覚よりかなり前から症状があった、発覚から受診まで間隔が空いている |
| 以前からの通院歴や既往 | 同じ症状で過去にも通院していた |
| ほかにも原因が考えられるか | 同じ時期に転職、家族の病気、経済的な問題などが重なっていた |
| 症状の程度と続いた期間 | 受診が1回か2回にとどまる、短期間で通院が終わっている |
これらは相手を追い詰めるための材料ではなく、どの事情をどこまで説明できるかを整理するための項目です。当てはまるものがあっても主張が成り立たなくなるとは限らず、ほかの事情との組み合わせで判断されます。
治療費や休業分を別に求める場合にそろえるもの
独立の損害として求める場合は、金額の裏づけと時期の裏づけの両方が必要になります。
- 診療明細書と領収書。実際に負担した額が分かる形で保管します。
- 通院にかかった交通費の記録。日付と経路が分かるものが望ましいです。
- 給与明細や休職の期間が分かる書類。減収の有無と幅を確認するために使います。
- 通院の経過が分かる資料。診療録の開示を求める方法もあります。
- 支出や休職の時期が分かる資料。発覚の時期との前後関係を示すために使います。
なお、治療費として求められるのは、健康保険を使った場合には自己負担した部分が中心になります。ほかの制度から給付を受けた分がある場合の扱いは、個別に検討することになります。
請求を受けた側からはどう見えるか
診断書を添えた請求書が届くと、金額の重さに驚かれる方が多いのですが、書面が届いた段階でできる確認があります。
- 診断書に書かれているのは病名だけか、通院の経過まで含まれているか。
- 発症したとされる時期が、指摘されている関係の時期とどのように並ぶか。
- 請求されている費目が、慰謝料なのか治療費などの実費なのか、あるいは区別されていないか。
- 同じ内容が慰謝料と実費の両方に重ねて含まれていないか。
- 確認したい点について、どこまで尋ねてよいか。
もっとも、相手の健康状態そのものを否定するような伝え方は、交渉の場では逆に働くことが多いといえます。確認は、体調を疑う形ではなく、費目と裏づけの対応関係を確かめる形で行うほうが穏当です。
不貞をした側が体調を崩した場合
関係が発覚した後、請求を受けた側が眠れなくなったり、通院を始めたりすることもあります。この場合、その体調不良を理由に相手へ賠償を求められる関係にはならないのが原則です。責任を負う側に生じた事情だからです。
支払能力との関係でも、体調不良や休職があることだけで支払義務がなくなるわけではありません。ただ、分割の期間や毎月の額を決める話し合いの中で、現在の収入状況として説明する場面はあります。判断能力そのものが失われていたという主張が通る場面は、極めて限られます。
金額以外にも影響する場面がある
健康被害は、金額の話だけでなく、進め方そのものにも関わってきます。
- 手続の進み方。体調が優れない時期に、書面のやり取りや面談の負担をどう配分するかを決める必要があります。
- 期限との関係。体調不良を理由に消滅時効の進行が止まるわけではないため、時期の管理は別に考えることになります。
- 話し合いの場の選び方。直接のやり取りが負担になる場合、代理人を立てて窓口を分ける方法があります。
- 示談書での扱い。今後の治療費など、これから発生しうる費目を清算の対象に含めるかどうかは、あらかじめ確認しておく点です。
よくある質問
診断書がなければ、体調の悪化は主張できませんか
診断書がなくても、体調の変化を伝えること自体はできます。ただ、裏づけがない状態では評価に結びつきにくいのが実情です。受診が遅くなるほど発覚の時期との関連を説明しにくくなりますので、気になる症状がある場合は、賠償のためというよりご自身の体調のために、早めの受診をおすすめします。
配偶者と不貞相手の両方に治療費を請求できますか
いずれに対しても請求できる場合がありますが、同じ損害について二重に受け取れるわけではありません。受け取れる総額は、生じた損害の範囲にとどまります。
相手も「うつ病になった」と言ってきました
相手方の体調不良は、支払義務の有無を左右するものではありません。支払方法を相談する中で、事情として出てくることはあります。
まとめ
- 健康被害は、診断名がついたこと自体ではなく、生活への影響を示せるかどうかで評価が変わります。
- 主張の入り口は、慰謝料の算定要素として述べる場合と、治療費などを独立の損害として求める場合の2つに分かれます。
- 裁判例には、治療費の請求を認めたものと、相当因果関係までは認めずに慰謝料の算定で考慮したものの双方があります。
- 診断書は、病名だけの記載か、経過や生活への影響まで含む記載かで意味合いが変わります。
- 発症の時期、既往、ほかの原因、症状の程度と期間は、双方から確認されやすい点です。
- 請求を受けた側は、費目と裏づけの対応関係を確かめることから始められます。
- 体調不良によって期限の進行が止まるわけではないため、時期の管理は別に必要です。
体調が優れない状態で、資料をそろえ、相手方とやり取りを重ねることは、大きな負担になります。弁護士に依頼した場合、窓口を代理人に移すことができるため、直接の連絡を避けながら手続を進めることが可能です。
当事務所では、不貞慰謝料を請求する方からのご相談も、請求を受けた方からのご相談もお受けしています。診断書や通院の記録をどう位置づけるか、どの費目をどこまで求めるかは、事案によって組み立てが変わります。ご自身の状況でどのような選択肢があるのか、まずはお気軽にご相談ください。


