「別れたら死ぬ」と言われて別れられない|自傷をほのめかす相手への対応
不貞慰謝料について調べていると、「婚姻期間が長い」「子どもがいる」「不貞の期間が長い」といった増額要素の一覧を目にすることが多いと思います。ただ、一覧を眺めるだけでは、自分の事案でその事情がどれだけ効くのかは見えてきません。この記事では、慰謝料が高くなりやすい事情を並べたうえで、それぞれがなぜ増額に働くのか、そして何によって裏づけられるのかまでを整理します。請求する側の方にも、請求を受けた側の方にも読んでいただけるよう、両方の立場から書いています。なお、離婚手続そのもの(財産分与や親権など)は扱いません。
増額事情は「加算表」ではない
不貞慰謝料は、民法709条と710条にもとづく損害賠償の一種で、不貞行為によって受けた精神的な苦痛を金銭で埋め合わせるものです。条文には金額の計算式が書かれておらず、「この事情があれば何万円加算する」という表も存在しません。
そのため、いわゆる増額要素とは、苦痛が大きかった、あるいは責任が重いと評価されやすくなる事情のことを指しています。項目を積み上げれば金額が積み上がるという性質のものではなく、事案全体を見たうえでの総合的な評価のなかで、それぞれの事情が判断材料として働くという関係です。
また、日本の損害賠償は生じた損害を埋め合わせることを目的とするもので、相手に制裁を加えるための金銭とは位置づけられていません。この点は、増額事情を考えるうえでの前提になります。
以下では、増額に働きやすい事情を4つのまとまりに分けて並べます。それぞれの表では、その事情がなぜ増額の方向に働くのかと、何によって裏づけられることが多いのかをあわせて示しました。主張だけでは動きにくく、裏づけとセットで初めて交渉の材料になる、というのが実務での感覚に近いためです。
一覧1 夫婦の側にある事情
不貞行為そのものではなく、壊された側の生活がどのようなものだったかに関わる事情です。
| 事情 | 増額に働きやすい理由 | 裏づけになりやすいもの |
|---|---|---|
| 婚姻期間が長い | 長く積み重ねてきた生活が損なわれたと評価されやすいため | 戸籍謄本 |
| 未成熟の子がいる | 夫婦関係だけでなく、子の生活や養育にも影響が及ぶため | 戸籍謄本、子の年齢が分かる資料 |
| 不貞の前の夫婦関係が円満だった | 壊れる前の状態が安定していたほど、失われたものが大きいと見られるため | 家族の写真、日常のやり取り、行事や旅行の記録 |
| 配偶者の妊娠中や出産直後だった | 相手方配偶者が支えを必要とする時期だったと評価されうるため | 母子健康手帳、出産に関する記録 |
このうち妊娠中や出産直後という事情については、それだけで金額が大きく動くとは限りません。夫婦がその時期をどのように過ごしていたかという具体的な状況とあわせて、初めて評価の対象になると考えられます。
一覧2 不貞行為の態様に関する事情
何が、どのくらい、どのように行われたのかという、行為そのものの中身に関わる事情です。
| 事情 | 増額に働きやすい理由 | 裏づけになりやすいもの |
|---|---|---|
| 関係が長期間続いた | 苦痛が一度きりではなく、繰り返し重ねられたと評価されるため | やり取りの履歴、宿泊や旅行の記録 |
| 回数や頻度が多い | 関係の深さや継続性を示す事情として見られるため | やり取りの履歴、支払や予約の記録 |
| 不貞相手の側が関係を主導した | 行為の悪質さや責任の重さに関わるため | 誘い方や関係の始まりが分かるやり取り |
| 既婚であることを知りながら関係を続けた | 故意の程度に関わるため | 職場や交友関係の状況、やり取りの履歴 |
| 夫婦の自宅など生活の場で及んだ | 生活の場そのものが侵されたと受け止められやすいため | 当時の状況が分かる記録 |
| 職場の立場や上下関係を背景にしていた | 断りにくい関係を利用したと見られるため | 組織上の関係が分かる資料 |
なお、「既婚だと知らなかった」という点は、増額ではなく責任が生じるかどうかという入口の問題にもなります。この点は別の記事で扱っています。
一覧3 不貞の結果として生じたこと
不貞行為の後に、夫婦や家庭に現実にどのような変化が生じたかという事情です。増額の方向に最も大きく働きやすいのは、このまとまりに含まれるものです。
| 事情 | 増額に働きやすい理由 | 裏づけになりやすいもの |
|---|---|---|
| 別居に至った | 夫婦の共同生活が現実に失われたと評価されるため | 住民票、賃貸借契約書、転居の記録 |
| 離婚に至った | 婚姻関係そのものが解消され、影響が最も大きいと見られるため | 戸籍謄本、離婚に関する書面 |
| 相手方配偶者が体調を崩して通院した | 精神的な苦痛が具体的な形で現れたと見られるため | 診断書、通院の記録 |
| 子どもの生活に影響が生じた | 家庭全体への影響として評価されうるため | 学校や園に関する記録 |
| 不貞相手が妊娠、出産した | 家庭に与える影響が大きいと評価されやすいため | 関係する公的な書類 |
ここで注意したいのは、不貞行為との結びつきが説明できるかどうかです。たとえば体調の変化があっても、時期や経過が不貞の発覚と結びつかない場合には、増額の材料として扱いにくくなります。
一覧4 発覚した後の対応
増額事情のなかには、不貞行為そのものではなく、発覚した後の言動から生まれるものがあります。ほかの3つと違い、これから増えたり減ったりする性質を持つ点が特徴です。
| 事情 | 増額に働きやすい理由 | 裏づけになりやすいもの |
|---|---|---|
| 明らかな資料があるのに事実を認めない | 反省の姿勢が乏しいと受け取られやすいため | 提出済みの資料との食い違い |
| 別れる約束をした後も関係を続けた | 一度示した約束が守られなかった点が重く見られるため | 誓約書、示談書、その後のやり取り |
| 誓約書や示談書の条項に違反した | 違約金条項がある場合には、別途の問題にもなるため | 書面と、違反の事実が分かる記録 |
| 請求を受けた後に相手方へ直接連絡した | さらに負担を与えたと受け取られやすいため | 連絡の記録 |
この表は、請求を受けた側にとっては避けられる事情の一覧でもあります。事実関係を争うこと自体は正当な対応ですが、争い方や連絡の取り方によっては、結果として不利に働くことがあります。
同じ事情でも、誰に請求するかで効き方が変わる
不貞慰謝料は、不貞をした配偶者と不貞相手の双方に請求できる場合があります。このとき見落とされやすいのが、同じ事情でも、どちらへの請求で効きやすいかが違うという点です。
| 効きやすい相手 | 該当しやすい事情 |
|---|---|
| 主に不貞をした配偶者 | 夫婦としての立場を裏切ったこと、家庭内での説明のしかた、発覚後の不誠実な対応 |
| 主に不貞相手 | 関係を主導したこと、既婚と知りながら続けたこと、職場の立場を利用したこと |
| 双方に働きやすい | 婚姻期間、未成熟の子の存在、不貞の期間や回数、別居や離婚に至ったこと |
もっとも、両方に請求できるとしても、受け取れる総額は損害の額が上限になります。二人が連帯して責任を負う関係にあるため(民法719条)、一方から十分な支払を受けた場合、もう一方に同じ損害を重ねて請求することはできません。この点は請求先の選び方の記事で詳しく扱っています。
増額事情は足し算ではない
増額要素の一覧を見ると、該当する項目が多いほど金額が積み上がるように感じられます。ただ、実際の判断はそのようには進みません。
- 該当する項目の数と金額は、比例する関係にはありません。
- 実質的に同じことを指す事情は、重ねて評価されるわけではありません。たとえば別居に至ったことと離婚に至ったことは、別々に上乗せされるというより、婚姻関係がどこまで壊れたかという一つの評価にまとまります。
- 慰謝料は制裁のための金銭ではないため、怒りの大きさがそのまま金額に反映されるわけではありません。
- 複数の事情が重なった場合でも、実務上、金額が際限なく上がっていくとは考えられていません。
増額事情の役割は、金額を押し上げる部品というより、この事案が相場の幅のどのあたりに位置するのかを説明する材料と考えたほうが、実際の交渉の感覚に近いといえます。金額の幅そのものについては、相場を扱った記事をご覧ください。
増額に効きにくい事情
次のような事情は、増額を求める理由としてよく挙げられますが、そのままでは材料になりにくいものです。
- 相手の収入や資産が多いこと。慰謝料は損害の大きさをもとに考えるもので、支払能力の高さがそのまま金額を押し上げるわけではありません。
- 相手の社会的地位や職業。行為の悪質さと結びつく事情として説明できなければ、それ自体では働きにくくなります。
- 請求する側の怒りや処罰感情の強さ。気持ちの大きさと、法的に評価される苦痛の大きさは別のものとして扱われます。
- 相手の態度が気に入らないという評価だけの主張。具体的な言動と結びつけて示す必要があります。
- 不貞との結びつきが説明しにくい生活上の変化。時期や経過が離れているほど、材料として扱いにくくなります。
- 調査にかかった費用。これは慰謝料の増額ではなく、別の損害として認められるかどうかという問題になります。
請求を受けた側から見た増額事情
高額の請求を受けた場合、増額事情の一覧は、そのままどこを確認すべきかのリストになります。見方はおおむね次の4つに分かれます。
- 事実そのものを確認する。主張されている期間や回数が、資料と合っているかを確かめます。
- 事実は認めたうえで、評価を争う。たとえば主導したのは自分ではない、といった点です。
- 結びつきを争う。夫婦関係の変化が本当に不貞によるものかという点です。
- 重ねて評価されていないかを確認する。同じ内容が別の言葉で二度数えられていないか、すでに支払われた分が考慮されているかを見ます。
なお、反対に減額の方向に働く事情や、そもそも請求が認められにくい場合については、別の記事で扱っています。
増額事情は金額以外にも影響する
増額事情が関わるのは、最終的な金額だけではありません。
- 交渉の最初にどの金額を提示するか。
- 分割払いを受け入れるかどうか、受け入れる場合の条件をどうするか。
- 接触禁止条項や違約金条項をどこまで盛り込むか。
- 話し合いで終えるか、裁判手続まで進むかという方針。
発覚後の対応に関する事情は、とくに条項の設計に影響しやすい部分です。約束が守られなかった経緯があれば、書面の作り方も変わってきます。
よくあるご質問
増額事情がいくつあれば相場を超えますか
項目の数で決まるものではありません。同じ「離婚に至った」でも、経過や時期によって評価は変わります。数を数えるより、中心となる事情を一つか二つ、資料とともにはっきり示せるかどうかが実際には重要になります。
相手が謝罪しないことは増額事情になりますか
謝罪がないという一点だけで金額が動くとは限りません。ただ、明らかな資料があるのに事実を認めない、あるいは約束した後も関係を続けたといった具体的な言動があれば、評価の材料として扱われることがあります。
増額事情を主張すると交渉が長引きませんか
裏づけのないまま数を並べると、争点が増えて時間がかかることがあります。一方で、資料のある事情を早い段階で示すと、相手方の見通しが変わり、話が整理されることもあります。どこまで主張するかは、資料の状況と、どのくらいの時間で解決したいかによって決まります。
まとめ
- 慰謝料に加算表はなく、増額要素とは苦痛が大きい、責任が重いと評価されやすくなる事情のことです。
- 増額事情は、夫婦の側にある事情、行為の態様、生じた結果、発覚後の対応の4つに分けて整理すると見通しが立ちます。
- なかでも別居や離婚といった結果に関わる事情が、大きく働きやすい部分です。
- 発覚後の対応に関する事情は、これから増えることも避けることもできる性質のものです。
- 同じ事情でも、配偶者への請求と不貞相手への請求とで効き方が変わります。
- 主張だけでは動きにくく、何によって裏づけるかとセットで考える必要があります。
- 該当する項目の数と金額は比例せず、重ねて評価されるわけでもありません。
不貞慰謝料についてお悩みの方へ
どの事情が自分の事案でどれだけ働くのかは、資料の内容や経過によって変わります。請求する側であれば、手元にある資料でどこまで説明できるかを整理することが出発点になりますし、請求を受けた側であれば、主張されている事情のうちどこを確認すべきかを見極めることが先になります。
当事務所では、不貞慰謝料に関するご相談を、請求する側、請求を受けた側のいずれについてもお受けしています。すでに書面が届いている場合や、話し合いが始まっている場合でも構いません。お困りの際は、お早めにご相談ください。


