【解決事例】職場の上司からの性被害|刑事事件化が見送られても示談交渉で解決金約160万円を受け取った事例
「不真正連帯債務」「求償権」「清算条項」。不貞慰謝料の話し合いでは、日常ではまず使わない言葉が、いきなり書面の上に並びます。意味が分からないまま読み進めると、相手の主張のどこが争点なのか、自分が何にサインしようとしているのかが見えにくくなります。
この記事では、不貞慰謝料の場面で出てくる用語を、できるだけ平易な言い換えで整理します。慰謝料を請求する側の方にも、請求を受けた側の方にも読んでいただけるよう、それぞれの語が実際の場面でどう働くのかを併せて示しました。
言葉を覚えること自体が目的ではありません。届いた書面を読み違えないための道具として使っていただければと思います。
この記事で扱う範囲
用語の意味と、誤解されやすい点に絞って解説します。次の内容には立ち入りません。
- 慰謝料の金額の相場や、増額・減額の判断要素。
- 証拠の集め方や、証拠としての評価。
- 離婚そのものの手続(財産分与や親権など)。
- 交渉の進め方や、個別の事案での見通し。
また、ここで示すのはあくまで一般的な説明です。同じ言葉でも、書面に書かれた前後の文言によって意味の範囲が変わることがあります。実際の書面については、その文言そのものを見て判断する必要があります。
用語を「話の流れ」に並べる
用語集というと五十音順に並んだものを思い浮かべる方が多いと思いますが、不貞慰謝料の用語は、話がどの段階まで進んでいるかで登場するものが変わります。まず全体の位置関係をつかんでおくと、書面を読むときに迷いにくくなります。
| 場面 | よく出てくる語 | ひとことでいうと |
|---|---|---|
| 1 責任が生じるか | 不貞行為・故意・過失・婚姻関係の破綻 | そもそも支払う義務が生じるかどうかの話。 |
| 2 誰にいくら請求できるか | 共同不法行為・不真正連帯債務 | 請求先の選び方と、総額が2倍にならない理由の話。 |
| 3 支払った後の清算 | 求償権・負担割合・求償権放棄 | 不貞をした2人の間での分担の話。 |
| 4 合意を書面にする | 示談・和解・清算条項・接触禁止条項 | 蒸し返しをどこまで止めるかの話。 |
| 5 支払が滞ったとき | 期限の利益喪失・公正証書・強制執行 | 回収の場面の話。 |
この記事のタイトルに挙げた3語のうち、不真正連帯債務と求償権は場面2と3に、清算条項は場面4に位置します。
責任のかたちを表す3語
共同不法行為
民法719条1項は、数人が共同の不法行為によって他人に損害を加えたときは、各自が連帯してその損害を賠償する責任を負う、と定めています。不貞の場面では、不貞をした配偶者と不貞相手の2人が、もう一方の配偶者に対して1つの損害を共同で与えたと整理されます。
ここで大切なのは、損害は「1つ」として数えられるという点です。加害者が2人いるから損害も2つ、という考え方はしません。この整理が、次の不真正連帯債務につながります。
不真正連帯債務
条文には出てこない言葉ですが、不貞慰謝料の書面では頻繁に登場します。平たくいえば、2人がそれぞれ全額の支払義務を負い、どちらかが支払えばその分だけもう一方の義務も減るという関係です。ここから3つの結論が出てきます。
- 請求する側は、配偶者と不貞相手のどちらに全額を請求してもかまいません。両方に請求することもできますが、それで受け取れる総額が2倍になるわけではありません。
- 一方が支払った分だけ、もう一方の義務も減ります。いわゆる二重取りにならないのはこのためです。
- 一方の義務を免除しても、もう一方の義務は当然には消えないと考えられています。配偶者を許して請求しないことにしても、不貞相手への請求が自動的になくなるわけではない、ということです。
請求を受けた側から見ると、「2人でやったことなのに、なぜ自分だけに全額の請求が来るのか」という疑問への答えがここにあります。全額の請求を受けること自体は、この仕組みの上では想定された形です。ただし、請求された金額がそのまま支払義務の額になるわけではありません。
求償権
自分の負担部分を超えて支払った人が、もう一方に対して超過分の分担を求める権利です。連帯債務については民法442条1項が求償のルールを置いていますが、不貞慰謝料は不真正連帯債務と整理されるため、実務では「自己の負担部分を超えて支払った場合に、その超過分について求償できる」と説明されるのが一般的です。
ここで注意したいのが、負担割合が「半分ずつ」と決まっているわけではないという点です。用語集や解説記事の中には「支払った額の半分を請求できる」と書かれているものがありますが、実際には、どちらがより積極的だったか、既婚であることを隠していたか、立場や年齢の差があったかといった事情によって割合の判断は動きます。裁判例には、配偶者側の負担をより重く見たものもあります。
求償権の時効も、慰謝料そのものの時効とは別に進みます。慰謝料請求権は不法行為の時効(民法724条)によりますが、求償権は民法166条1項により、自分が支払をした時点を起点として進むと整理されるのが一般的です。
なお、示談書に求償権放棄条項(支払った後に相手方へ分担を求めないと約束する条項)が入ることがあります。詳しくは後述します。
書面に出てくる3語
示談・和解
民法695条は、当事者が互いに譲歩して争いをやめることを約束する契約を和解と定めています。示談は法律上の用語ではありませんが、内容としてはこの和解にあたるものとして扱われます。
民法696条は、和解によって当事者の一方が権利を持つと認められたときは、そのとおりに権利が移転するなどの効果を認めています。いったん和解が成立すると、後から「本当はもっと請求できたはずだ」と言い直すことが難しくなるのは、この確定する効果があるためです。
清算条項
「本件に関し、当事者間には本合意書に定めるもののほか、何らの債権債務が存在しないことを相互に確認する」といった形で置かれる条項です。役割は、この件はこれで終わり、と当事者の間で確認することにあります。読むときの着眼点は3つです。
- 「本件に関し」の「本件」がどこまでを指すか。範囲が広ければ守られる範囲も広くなりますが、その分、自分が主張したかった別の請求まで含まれることがあります。
- 誰と誰の間の清算か。清算条項は原則としてその合意の当事者の間の話であり、合意に加わっていない第三者との関係まで当然に片づくとは限りません。
- 求償権が含まれるか。文言次第で争点になり得るため、実務では独立した条項として明記することがあります。
なお、この条項は「精算」ではなく「清算」と書くのが通例です。書面で表記が揺れていることもあります。
付随して置かれる条項
示談書には、清算条項のほかに次のような条項が置かれることがあります。名前だけ知っておくと、書面の全体像がつかみやすくなります。
| 条項 | 定めること |
|---|---|
| 接触禁止条項 | 以後、相手方に連絡や接触をしないこと。 |
| 口外禁止条項 | 示談の内容や事実関係を第三者に話さないこと。 |
| 違約金条項 | 上記の約束に違反した場合に支払う金額。 |
| 求償権放棄条項 | 支払った側が、もう一方に分担を求めないこと。 |
| 期限の利益喪失条項 | 分割払いを一定回数滞ったときに、残額を一括で支払う扱いになること。 |
責任があるかどうかに関わる語
場面1で出てくる語をまとめます。請求を受けた側が反論を組み立てるときは、この段階の言葉が中心になります。
| 語 | 平たくいうと | 押さえどころ |
|---|---|---|
| 不貞行為 | 配偶者以外の人と性的な関係を持つこと | 最高裁は昭和48年11月15日の判決で、自由な意思に基づいて配偶者以外の者と性的関係を結ぶこととしています。慰謝料の場面では、これより広く捉えた裁判例もあります。 |
| 故意・過失 | 既婚者だと知っていたこと、または知らなかったことに落ち度があること | 既婚と知らず、知らなかったことに落ち度もないと認められれば、不貞相手の責任は問われにくくなります。 |
| 貞操義務 | 夫婦が互いに負うとされる義務 | 「貞操義務」という条文があるわけではなく、婚姻の本質から導かれると説明されるのが一般的です。 |
| 婚姻関係の破綻 | 不貞の前から夫婦関係が実質的に壊れていた状態 | 最高裁は平成8年3月26日の判決で、すでに破綻していた場合について特段の事情のない限り責任を負わないとしています。 |
| 保護される利益 | 婚姻共同生活の平和や、配偶者としての権利 | 不貞慰謝料は、この利益が侵害されたことを理由とする損害賠償です(民法709条・710条)。 |
| 慰謝料 | 精神的な苦痛を金銭に置き換えたもの | 治療費のような実費とは異なり、金額そのものが評価の対象になります。 |
お金と手続に関わる語
場面4・5で出てくる語です。書面のやり取りが始まってから初めて目にするものが多い部分です。
| 語 | 平たくいうと | 押さえどころ |
|---|---|---|
| 内容証明郵便 | いつ誰がどんな文面を送ったかを郵便局が証明する郵便 | 証明されるのは差出しの事実と文面であって、書かれている内容が正しいことまで証明するものではありません。 |
| 受任通知 | 弁護士が代理人に就いたことを知らせる書面 | 以後は代理人が窓口になり、直接のやり取りは行わない扱いになるのが通常です。 |
| 債務不存在確認 | 支払う義務がないことの確認を求めること | 請求を受けた側が正面から争う場面で出てきます。 |
| 遅延損害金 | 支払が遅れた場合に加算される損害金 | 利率を定めていない場合の法定利率は年3パーセントです(民法404条)。 |
| 執行証書 | 強制執行に応じる旨の文言が入った公正証書 | 対象は金銭の支払などに限られます(民事執行法22条5号)。接触禁止のような「しない」約束は、公正証書にしても直接の強制執行にはなじみません。 |
| 差押え | 債務名義に基づいて財産を強制的に回収する手続 | 給与は原則として手取りの4分の1までなど、範囲に制限があります。 |
| 訴訟告知 | 訴訟が起きていることを、後で求償する可能性のある相手に知らせる手続 | 後の分担の話し合いに備える方法の1つとして使われることがあります。 |
| 共同被告 | 配偶者と不貞相手を1つの訴訟の被告にすること | 民事訴訟法38条により、まとめて訴えることが可能とされています。 |
日常の語感とずれやすい5つの言葉
用語の意味を調べても誤解が残りやすいのは、日常語としても使う言葉です。ここが実際のトラブルにつながりやすいところでもあります。
1 「連帯」=半分ずつ、ではない
連帯という言葉から「2人で分け合う」という印象を受けますが、被害を受けた側との関係では、2人ともが全額の義務を負います。半分ずつという発想が出てくるのは、支払った後に2人の間で清算する求償の場面です。請求の場面と清算の場面を分けて考えると混乱しにくくなります。
2 「時効」=放っておけば自動的に消えるわけではない
期間が過ぎても、権利が自動的に消えるのではありません。時効の利益を受ける側が「時効を援用する」という意思表示をして初めて効果が生じるとされています。
また、時効は請求先ごとに別々に進みます。配偶者に対する権利と不貞相手に対する権利は別々の債権として扱われるためです。夫婦の間の権利については、婚姻が解消してから一定期間が経過するまで時効が完成しないという規定(民法159条)もあります。
3 「示談」=誰との間の示談か
示談が成立したと聞くと、その問題全体が終わったように感じられます。しかし示談は当事者間の合意です。配偶者との間で示談をしても、不貞相手との関係が当然に終わるわけではありませんし、その逆もあります。書面を読むときは、まず署名欄に誰の名前があるかを確認することになります。
4 「相場」=請求額でも支払義務額でもない
インターネットで目にする金額の目安は、多くが裁判で判断された場合の水準を整理したものです。当事者間の交渉で提示される金額はそれより高いことも低いこともあり、提示された金額がそのまま支払義務の額を意味するものではありません。逆に、目安の範囲であれば当然に認められるというものでもありません。
5 「認める」=書面上の一言が記録として残る
「不貞行為があったことを認めます」という一文は、日常会話では謝罪の言葉に近い響きがあります。しかし書面に残ると、事実関係を自認した記録として扱われることがあります。事実に争いがある場合、この一文の有無で後の議論の出発点が変わることがあります。
書面にサインする前に確認したいこと
用語の意味が分かっても、書面の読み方が定まっていなければ意味がありません。立場を問わず共通して確認しておきたい点を挙げます。
- 署名欄に誰の名前があるか。当事者が誰と誰なのかを最初に確認します。
- 何について、いくらを、いつまでに、どういう根拠で支払うのかが特定されているか。
- 清算条項の「本件」がどの範囲を指しているか。
- 求償権について何か書かれているか。書かれていない場合、それが意図的なのかどうか。
- 分からない語が1つでもあれば、その場では署名しない。持ち帰って確認する時間を求めることは、不自然なことではありません。
あわせて、やり取りの記録は消さないでおくことをおすすめします。メッセージや書面は、後から事実関係を確認する材料になります。自分に不利に見える記録も、全体の経緯を説明するうえで意味を持つことがあります。
よくある質問
用語が分からないまま署名してしまいました
いったん成立した合意を後から覆すのは容易ではありませんが、合意の前提に重大な思い違いがあった場合や、強く迫られて署名した場合など、効力が問題になる場面はあります(民法95条、96条)。また、内容が著しく偏っている場合には公序良俗(民法90条)が問題になることもあります。まずは署名した書面の全文を手元に用意したうえで、早めに相談されることをおすすめします。
求償権を放棄すると損をするのでしょうか
一概には言えません。放棄と引き換えに支払額を抑える、という形で条件を組み立てることもあり、放棄すること自体が不利だとは限りません。一方で、いったん放棄した後にこれを覆すのは難しいのが通常です。放棄の有無だけを見るのではなく、金額とのバランスで判断するという見方になります。
清算条項があれば、もう請求されませんか
清算条項は、その合意の当事者の間で、条項が定めた範囲について確認するものです。範囲の外にある事柄や、合意に加わっていない第三者からの請求まで、当然に止まるとは限りません。また、分割払いの残額のように合意で残された義務は、清算条項があっても履行を求められます。
書面に「不真正連帯債務」とは書かれていません
書面に語が出てこなくても、支払義務の関係は変わりません。この言葉は、なぜ全額の請求が届くのか、なぜ二重取りにならないのか、なぜ求償という話が出てくるのかを説明するための整理の仕方だと考えていただければ十分です。
まとめ
- 不貞慰謝料の用語は、責任の有無・請求先・清算・書面・回収という話の流れに沿って登場します。
- 共同不法行為では、損害は1つとして数えられます。
- 不真正連帯債務とは、2人がそれぞれ全額の義務を負い、一方が支払えばその分だけ他方の義務も減る関係です。
- 一方への免除は、他方の義務を当然には消しません。
- 求償権は、自分の負担部分を超えて支払った分について分担を求める権利で、割合が半分と決まっているわけではありません。
- 求償権の時効は、慰謝料そのものの時効とは別に進みます。
- 清算条項は、当事者・範囲・求償権の扱いという3点から読みます。
- 提示された金額がそのまま支払義務の額を意味するものではなく、書面の一文が後の議論の出発点を左右することがあります。
用語が分からないまま話が進んでしまうと、本来であれば争えたはずの点を確認しないまま合意してしまうことがあります。反対に、意味を取り違えて過度に身構えてしまい、解決が長引くこともあります。
弁護士法人若井綜合法律事務所では、不貞慰謝料に関するご相談を、請求する側の方からも、請求を受けた側の方からもお受けしています。届いた書面や作成中の示談書について、どの語がどう働くのかを一緒に確認したいという段階でもかまいません。判断に迷われている場合は、署名や送付の前にご相談ください。


