同棲解消の敷金・原状回復・退去費用は誰が払う?
配偶者の不倫相手に慰謝料を請求しようとしたところ、「お金がない」「貯金も収入もない」と言われる。あるいは、請求を検討する前の段階で「相手は非正規で収入も少なそうだが、そもそも取れるのだろうか」と迷う。こうしたご相談は少なくありません。
慰謝料の問題は、「請求できるか」と「実際に回収できるか」が別の話です。この記事では、相手に十分な資力がないと見込まれる場合に、どこまで回収を期待でき、どこに限界があるのかを整理します。男女いずれの立場でも考え方は同じです。
1. 支払能力がなくても、請求する権利がなくなるわけではない
不貞行為は不法行為にあたり、被害を受けた配偶者は慰謝料を請求できます(民法709条、710条)。相手が無職であっても、貯金がなくても、この請求権そのものが消えることはありません。「お金がないから払わない」という言い分は、支払義務を免れる理由にはならないのが原則です。
ただし、実務では次の2点を分けて考える必要があります。
- 支払義務を確定させること(示談を成立させる、判決を得る)
- 確定した金額を現実に受け取ること(任意の支払い、または強制執行)
前者ができても、後者が伴うとは限りません。判決は「支払え」と命じる紙であって、裁判所がお金を取り立てて届けてくれる仕組みではないからです。資力の乏しい相手を想定するときは、この二段構えを最初に意識しておくと判断を誤りにくくなります。
なお、相手の経済状況は、慰謝料額を算定する際の事情の一つとして考慮されることがあります。資力がないことが常に減額につながるわけではありませんが、交渉の場では現実的な着地点を探る材料になります。
2. 請求を始める前に確認しておきたい4つの点
回収手段のうち、実務でもっとも使われるのは給与の差押えです。そのため、次の4点をどこまで把握できているかが、その後の見通しを大きく左右します。
- 働いているか、雇用形態はどうか — 給与所得者であれば継続的な回収を見込みやすい一方、日雇い・短期の転職を繰り返す働き方では追いかけ続ける負担が大きくなります。
- 勤務先を把握しているか — 後述のとおり、不貞慰謝料では勤務先を裁判所経由で調べる制度が使いにくいため、ここが実務上の分かれ目になります。
- 持ち家か賃貸か — 不動産があれば差押えの対象になり得ますが、住宅ローンの残債が多い物件は換価しても手元に残らないことがあります。
- 住所・連絡先を把握しているか — 転居されて連絡が取れなくなると、手続きは事実上振り出しに戻ります。
これらが不確かなまま高額の分割を組むと、あとで回収に苦労することがあります。
3. 債務名義を取った後、使える制度と使いにくい制度
強制執行をするには「債務名義」が必要です。確定判決、裁判上の和解調書、調停調書、仮執行宣言付支払督促、そして強制執行認諾文言付きの公正証書(執行証書)などがこれにあたります。私文書の示談書だけでは差押えはできず、別途手続きが必要になります。
債務名義を得たうえで、相手の財産を調べる制度としては次のものがあります。
使えるもの
- 財産開示手続(民事執行法196条以下)…相手を裁判所に呼び出し、自分の財産を陳述させる手続きです。2020年4月施行の改正で制裁が強化され、正当な理由なく出頭しない、宣誓を拒む、虚偽の陳述をするといった場合には、6月以下の拘禁刑または50万円以下の罰金の対象とされています(同法213条1項5号・6号)。
- 登記所からの情報取得(同法205条)…相手名義の土地・建物の情報を取得できます。
- 金融機関からの情報取得(同法207条)…預貯金や上場株式などの情報を取得できます。
使いにくいもの
- 勤務先(給与債権)の情報取得(同法206条)…市区町村や日本年金機構などから勤務先を照会できる制度ですが、申立てができる債権者は、養育費等の扶養義務に係る請求権を持つ人と、人の生命・身体の侵害による損害賠償請求権を持つ人に限られています。不貞慰謝料は精神的損害の賠償であり、原則としてこの枠には入りません。
つまり、給与差押えという最も現実的な手段を使いたいのに、勤務先を公的に調べるルートは基本的に開かれていない、という構造があります。だからこそ、示談の段階で勤務先や住所を書面に残しておくこと、転居・転職時の通知を条項に入れておくことに実務上の意味が出てきます。
なお給与を差し押さえられる範囲にも上限があります。原則として手取り額の4分の1までで、手取りが44万円を超える場合は33万円を超える部分が対象となります(同法152条1項、同法施行令2条)。相手の収入が低ければ、毎月入ってくる額もそれに応じて小さくなります。
4. 判決と公正証書の違い——見落とされやすい「時効」
分割払いで合意する場合、公正証書にしておけば裁判をしなくても差押えができるため、実務では有力な選択肢です。一方で、判決と公正証書には見落とされやすい違いがあります。
民法169条1項は、確定判決または確定判決と同一の効力を有するものによって確定した権利について、時効期間を10年とすると定めています。「確定判決と同一の効力を有するもの」には、訴訟上の和解調書や調停調書、異議のない仮執行宣言付支払督促などが含まれます。
これに対して、執行認諾文言付きの公正証書は、これに含まれないと解するのが従前の裁判例・多数説とされています。最高裁の明確な判断があるわけではありませんが、公正証書を作れば時効期間まで10年に延びる、とは考えないほうが安全です。
支払いが長期にわたるほど、この差は効いてきます。途中で支払いが止まったとき、「そのうち払ってくるだろう」と長く放置せず、督促や差押えなどで時効の完成猶予・更新(民法147条以下)を意識した対応をとることが、結果的に回収の可否を分けることがあります。
5. 相手が自己破産したらどうなるか
資力の乏しい相手を想定するとき、避けて通れないのが破産の可能性です。
破産法253条1項2号は、「破産者が悪意で加えた不法行為に基づく損害賠償請求権」を非免責債権としています。ここでいう「悪意」について、裁判例・実務は単なる故意では足りず、他人を害する積極的な意欲(害意)を指すと解しています。
不貞行為については、「婚姻共同生活の平和を侵害する」という認識があるだけでは故意にとどまり、害意を認めるには、その婚姻関係に対して社会生活上の実質的基礎を失わせるべく不当に干渉する意図まで必要だとした裁判例があります。この考え方に立つと、不貞慰謝料は自己破産によって免責される可能性が相応にあるということになります。
もっとも、常に免責されるわけではありません。破産者が債権の存在を知りながら債権者名簿に記載しなかった場合の請求権は、別途非免責債権とされています(同項6号)。請求の事実や連絡先を書面で残しておくことには、この点でも意味があります。
回収の観点からは、次のように整理できます。
- 長期の分割を組むほど、途中で破産される可能性を織り込む必要がある
- そのため、頭金をある程度まとまった額にする、支払期間を短めに設計するといった発想が現実的になる
- 相手が実際に破産手続に入った場合、対応は個別性が強く、早めに弁護士に確認したほうがよい場面です
6. 分割にするときの現実的な設計
一括払いが原則とされるのは、受け取る側にとって分割が確実性を欠くからです。それでも相手に一括の資力がなければ、分割を選ばざるを得ない場面はあります。その場合に検討される主な条件は次のとおりです。
- 頭金の有無と金額
- 支払回数・毎月の額・完済時期
- 一定回数の滞納で残額を一括請求できる条項(期限の利益喪失条項)
- 遅延損害金(法定利率は年3%。民法404条)
- 連帯保証人を立てられるか
- 公正証書にするか
なお、養育費などにある「将来分もまとめて差し押さえられる特例」(民事執行法151条の2)は、不貞慰謝料の分割払いには使えません。期限が来た分ごとに執行するのが原則であるため、期限の利益喪失条項を入れておく実務上の意味があります。
条項の具体的な書き方や公正証書の作成手続きについては、別のコラムで詳しく取り上げています。
見落とされがちなのは、金銭以外のコストです。分割は、相手との関係が完済まで続くことを意味します。毎月の入金確認、滞納時の連絡、転居・転職の追跡といった負担が数年にわたって続くことをどう評価するかは、金額と同じくらい大切な判断材料です。
7. 「誰に請求するか」も回収可能性を左右する
不貞慰謝料は、不倫をした配偶者と不倫相手の双方が負う債務であり、実務上は不真正連帯債務として扱われます。請求する側は、どちらに全額を請求してもかまいません。
そのため、不倫相手に資力がない場合に、資力のある配偶者本人に請求するという選択もあり得ます。ただし婚姻を続けるのであれば家計が同一で実益が乏しくなること、支払った配偶者から不倫相手への求償の問題が残ることには注意が必要です。求償の考え方については、別のコラムで解説しています。
一方で、不倫相手の親や、不倫相手の配偶者に法的な支払義務はありません。不法行為の責任は行為者本人が負うものだからです。連帯保証人になってもらった場合は別ですが、本人の同意なく親族へ請求を向けると、別のトラブルにつながるおそれがあります。
8. 回収しきれないときの着地点
現実には、請求額の全額を回収できないまま終える事案もあります。その場合の選択肢としては、次のようなものが考えられます。
- 金額を下げて、その代わりに一括で受け取る
- 一部を受け取り、残額を免除する代わりに、接触禁止や口外禁止といった条項を確実に入れる
- 弁護士費用・執行費用・所要期間を見積もり、費用対効果から請求の範囲を決める
慰謝料請求の目的が金銭の回収だけとは限りません。関係を終わらせること、事実を認めさせて区切りをつけることに重きを置くのであれば、回収額にこだわらない着地のほうが結果的に納得できることもあります。
9. まとめ
- 相手に資力がなくても、慰謝料を請求する権利自体は失われません
- ただし、支払義務を確定させることと、現実に回収することは別の工程です
- 給与差押えが現実的な手段である一方、不貞慰謝料では勤務先を裁判所経由で調べる制度が使いにくく、勤務先の把握が分かれ目になります
- 公正証書は便利ですが、時効期間が10年に延びるとは限らないと解されています
- 自己破産で免責される可能性があるため、長期分割にはその前提でリスクを織り込む必要があります
- 全額回収にこだわらない着地が、結果的に納得につながる場合もあります
回収の見通しは、相手の職業や生活状況、手元の証拠、こちらが把握している情報によって大きく変わります。「取れないかもしれない」と感じている段階でも、どこまで現実的に見込めるのかを早い段階で整理しておくことをおすすめします。


