事件が終わったあと|前科がついた場合の就職・住居・海外渡航
認知症と診断されている家族が、店から商品を持ち出してしまった、人にけがをさせてしまった、物を壊してしまった、線路に立ち入ってしまった。警察からの連絡に続いて、被害を受けた側や店舗、鉄道会社から、家族あてに賠償の請求が届くことがあります。
こうしたご相談は、「家族なのだから自分が払うしかないのだろう」という前提から話が始まることが少なくありません。しかし民事の賠償責任は、家族であるという事実だけから自動的に生じるものではありません。誰が、どの条文を根拠に、どこまで責任を負うのかは、いくつかの段階に分けて判断されます。段階のどこで止まるかによって、結論は変わります。
この記事では、認知症の方が第三者に損害を与えた場合に、ご家族がどのような場面で民事上の責任を問われ得るのかを、条文と最高裁の判断に沿って整理します。あわせて、刑事手続の中で求められる弁償や示談との関係にも触れます。
まず確かめたいのは「誰に、どの根拠で」請求されているか
請求書や通知が届いたとき、書かれている内容を落ち着いて分けて読むことが出発点になります。ここが整理できていないまま話し合いに入ると、本来は検討すべきだった論点が飛ばされてしまうことがあります。
- 請求の名宛人が本人になっているのか、ご家族個人になっているのか。
- 根拠として挙げられているのが民法709条なのか、714条なのか、それとも記載がないのか。
- 請求されている損害の中身は何か(修理費、治療費、休業や運行にかかった費用など)。
- 請求している相手は、被害を受けた本人なのか、店舗や事業者なのか、保険会社なのか。
名宛人と根拠条文が違えば、検討すべき事柄も変わります。記載がない場合は、どの立場に対する請求なのかを確認するところから始めることになります。
最初の分かれ目は、本人が責任を負うかどうか
民法709条は、故意または過失によって他人の権利や法律上保護される利益を侵害した者が、生じた損害を賠償する責任を負うと定めています。損害を与えた本人が責任を負うのが原則です。
これに対して民法713条は、精神上の障害により自己の行為の責任を弁識する能力を欠く状態にある間に他人に損害を加えた者は、賠償の責任を負わないと定めています。ここでいう能力は事理弁識能力と呼ばれ、自分の行為が違法で責任を問われるものだと理解する力を指します。
注意したいのは、この判断が診断名や要介護度によって一律に決まるものではないという点です。認知症と診断されていることと、その出来事の時点で事理弁識能力を欠いていたと評価されることは、同じではありません。症状の程度や進み方、行為の内容、その前後の状況などから、個別に判断されます。刑事手続で問題になる責任能力(刑法39条)とも判断の枠組みが異なり、一方の結論が他方をそのまま決めるわけではありません。
本人が責任を負う場合、家族の714条の話にはならない
民法714条1項は「前二条の規定により責任無能力者がその責任を負わない場合において」と書き出されています。つまり本人が責任を負わないと評価されて初めて出てくる、補充的な条文です。本人に責任能力があるとされる場合、賠償責任は本人が負い、本人の財産から支払うことになります。成年後見人が選任されていれば、後見人が本人の財産の中から支払いの事務を行うことになります。
この場合、ご家族が自分の財産から支払う義務が当然に生じるわけではありません。なお、本人が亡くなった場合、賠償の債務は相続の対象になり得ますので、相続をどうするかという別の判断が必要になります。
家族であることだけでは「法定の監督義務者」にならない
民法714条1項本文は、責任無能力者を監督する法定の義務を負う者が、その者が第三者に加えた損害を賠償する責任を負うと定めています。問題は、認知症の方について、誰がこの法定の監督義務者にあたるのかです。
かつては、精神保健福祉法上の保護者、夫婦の同居・協力・扶助義務を定めた民法752条、成年後見人の身上配慮義務などが、その根拠として挙げられてきました。しかし最高裁は、認知症の方が線路に立ち入って列車と衝突し、鉄道会社に損害が生じた事案について、平成28年3月1日の判決で次の判断を示しました。
- 精神障害者と同居する配偶者であるからといって、民法714条1項にいう「責任無能力者を監督する法定の義務を負う者」にあたるとすることはできない。
- 夫婦の同居・協力・扶助の義務は、夫婦が互いに相手方に対して負う義務であって、第三者との関係で一方に作為義務を課すものではない。
- 成年後見人であることから、直ちに法定の監督義務者にあたるとすることもできない。
この判決では、同居して介護にあたっていた妻と、20年以上別居し月に3回程度訪ねていた長男のいずれについても、賠償責任は認められませんでした。
| 問われ得る立場 | 主な根拠 | 判断されること |
|---|---|---|
| 本人 | 民法709条 | 行為の時点で事理弁識能力があったか |
| 法定の監督義務者 | 民法714条1項本文 | 法律上の監督義務の根拠があるか |
| 法定の監督義務者に準ずべき者 | 民法714条1項の類推適用 | 監督義務を引き受けたといえる事情があるか |
| 家族自身 | 民法709条 | 家族自身に注意義務違反があったか |
例外として「準ずべき者」にあたる場合がある
もっとも同じ判決は、法定の監督義務者にあたらない場合でも、責任無能力者との身分関係や日常生活における接触状況に照らし、第三者に対する加害行為の防止に向けてその方の監督を現に行い、その態様が単なる事実上の監督を超えているなど、監督義務を引き受けたとみるべき特段の事情が認められる場合には、法定の監督義務者に準ずべき者として714条1項が類推適用されるとしています。
この「準ずべき者」にあたるかどうかは、次のような事情を総合して判断するものとされています。
- 介護にあたる方自身の生活状況や心身の状況。
- 本人との親族関係の有無や濃さ。
- 同居しているかどうか、その他の日常的な接触の程度。
- 本人の財産管理への関与の状況など、関わりの実情。
- 本人の心身の状況や、日常生活における問題となる行動の有無と内容。
- これらに対応して行われている監護や介護の実態。
列挙されている事情から分かるとおり、同居していれば責任あり、別居なら責任なしという単純な線引きではありません。介護の関わり方が実際にどうであったかが問われます。
「準ずべき者」にあたっても、なお免責の余地がある
714条1項にはただし書があり、監督義務者がその義務を怠らなかったとき、またはその義務を怠らなくても損害が生ずべきであったときは、責任を負わないとされています。準ずべき者にあたるとされたことが、そのまま支払義務の確定を意味するわけではありません。
ただしこの点は、責任を問われた側が説明していく立場に立ちます。そのため、どのような見守りや対応をしてきたのかを示す資料が、実際の争いでは大きな意味を持ちます。ケアプラン、サービスの利用記録、診療の記録、鍵や動線の工夫、行方が分からなくなったときの対応の履歴などが、その材料になります。
714条とは別の経路で責任が問われることもある
見落とされやすいのが、714条とは別に、ご家族自身の過失を理由として民法709条の責任が問われる経路です。判例は、責任能力のある未成年者の事案について、監督義務者の義務違反と生じた結果との間に相当因果関係が認められるときは、監督義務者に709条の責任が成立するとしています(最高裁昭和49年3月22日判決)。同じ考え方は、認知症の方が関わる場面にも及び得ます。
つまり、本人に責任能力があるとされて714条が使えない場合でも、ご家族が別の根拠で責任を問われる可能性は残ります。
自動車が関係する場合
自動車の事故では、自動車損害賠償保障法3条の運行供用者責任という別の根拠が問題になります。車の名義や管理の状況によっては、714条の議論とは別に、ご家族が責任を負うことがあります。運転をやめてもらう働きかけや鍵の管理の経過が、事実関係として問われる場面です。
火災の場合
火災については、失火の責任に関する法律により、失火者に重大な過失がなければ709条の責任は生じないとされています。最高裁は平成7年1月24日の判決で、責任を弁識する能力のない者の行為により火災が発生した場合、この重大な過失の有無は監督義務者の監督について考慮され、監督について重大な過失がなかったときは責任を免れると判断しています。
| 場面 | 主に問題となる規定 | 押さえどころ |
|---|---|---|
| 外出中の接触や物の損壊 | 民法709条・714条 | 本人の責任能力と、監督義務者にあたるか |
| 自動車の事故 | 自動車損害賠償保障法3条 | 運行を支配し利益を得ていたといえるか |
| 火災 | 失火の責任に関する法律 | 監督について重大な過失があったか |
| 施設や事業所の利用中 | 民法714条2項 | 監督義務者に代わって監督する者にあたるか |
刑事事件になった場合の弁償は、賠償義務とは別に考える
万引きや器物の損壊、けがを負わせた出来事などで警察が関わった場合、捜査の段階で被害を受けた側や店舗から弁償や示談を求められることがあります。ご家族が実際に支払うこともありますが、その支払いは、714条の監督義務者としての義務を認めたから行うものとは限りません。
考えられる位置づけは複数あります。本人が負う債務について第三者として支払うのか、ご家族自身の責任を認めて支払うのか、法的な義務とは切り離して見舞いとして支払うのか。書面にどう書くかによって、後日の意味づけが変わってきます。支払いの範囲、他に請求しないという確認の有無、被害を受けた側の受け取り方をどう記載するかは、その場で決めずに整理してから臨むことをお勧めします。
なお、賠償を請求できる期間には制限があります。民法724条は、損害と加害者を知った時から3年、不法行為の時から20年としており、人の生命または身体を害する不法行為については、724条の2により前者が5年とされています。
請求書や訴状が届いたときにすること
- その場で支払いを約束したり、責任を認める内容の書面に署名したりしない。
- 請求の根拠となる条文と、損害の内訳の説明を求める。
- 出来事の前後の経過を、分かる範囲で時系列に書き出しておく。
- 介護の実態が分かる資料を集めておく(ケアプラン、利用記録、診療の記録、見守りの工夫)。
- 加入している保険の内容を確認する。
- 訴状や支払督促には対応の期限があるため、期日の記載を先に確認する。
特に3番目と4番目は、時間が経つほど思い出しにくくなります。請求が届いた段階で書き留めておくと、後の説明に役立ちます。
保険と自治体の制度も確認したい
日常生活の中で他人にけがをさせたり物を壊したりして法律上の賠償責任を負った場合に備える保険として、個人賠償責任保険があります。単独で契約するほか、火災保険、自動車保険、傷害保険、クレジットカードの特約として付いていることがあり、加入していることに気づいていない例も見られます。
商品によっては、本人が責任無能力とされた場合に監督義務者を補償の対象とするもの、線路への立入りによって運行に生じた損害を対象とするものもあります。補償の範囲や条件は商品ごとに異なりますので、証券や約款で確認することになります。
また、認知症と診断された方を対象に、自治体が保険料を負担して賠償責任保険に加入する制度を設けている例があります。賠償責任の有無にかかわらず被害を受けた方に給付を行う仕組みを組み合わせている自治体もあります。事前の登録が必要なこと、自動車事故が対象外とされていることが多いことなど、要件は地域によって異なりますので、お住まいの自治体の高齢者福祉の窓口や地域包括支援センターで確認するとよいでしょう。
誤解されやすい点
- 成年後見人になると当然に賠償責任を負う、というものではありません。
- 刑事手続で責任能力が問題になったことと、民事の責任無能力が認められることは、同じではありません。
- 扶養義務があることと、第三者に対して賠償する義務があることは、別の問題です。
- 熱心に介護してきた事実は、免責を検討する場面での説明材料にもなり得ます。
- 請求が届いたことと、支払義務が確定したことは、同じではありません。
まとめ
- 民事の賠償責任は、家族であるという事実だけから生じるものではありません。
- まず本人に責任能力があったかが分かれ目となり、責任能力があれば714条の問題にはなりません。
- 最高裁は、同居する配偶者や成年後見人であることだけでは法定の監督義務者にあたらないとしています。
- 例外として準ずべき者にあたる場合がありますが、介護の実態を含む個別の事情から判断されます。
- 714条とは別に、家族自身の過失、自動車、火災といった別の経路もあるため、場面ごとの整理が必要です。
ご家族が事件や事故に関わってしまったとき、刑事手続への対応と、民事の請求への対応は、同時に進むことがあります。どちらも初期の対応が後に影響しますので、請求の内容や書面への署名を求められている段階で、一度ご相談いただければと思います。
当事務所では、刑事事件と、それに伴う賠償や示談の対応をあわせてお受けしています。ご本人ではなくご家族からのご相談も承っていますので、状況を整理するところからご一緒させてください。


