清算条項の意味|後から追加請求されないために
クレプトマニア(窃盗症)という言葉を、事件が起きてから初めて知ったという方は少なくありません。医師から可能性を示唆された、家族から「病気なのではないか」と言われた、あるいは自分で調べていて行き当たった、という経緯で、この診断が手続にどう関わるのかを知りたいと考えている方が多いように思われます。
結論から申し上げると、診断がつけば処分が軽くなる、診断がなければ何も主張できない、という単純な仕組みにはなっていません。判断する側が見ているのは病名そのものではなく、その症状が今回の行為にどのように関わったのか、そして繰り返しを止める枠組みが実際に用意されているのか、という点です。
この記事では、窃盗症の診断が刑事手続の中でどこに置かれ、どのように読まれるのかを順に整理します。以下は一般的な説明であり、個別の事件での扱いは、事案の経過や記録の内容によって変わります。
この記事で扱うこと
- 窃盗症がどのような疾患として整理されているのか。
- 診断の当否が、捜査記録に残った事実とどう結び付くのか。
- 診断が責任能力の判断と、量刑や処分の判断とでどう扱われ方が違うのか。
- 診断を得ることと、繰り返しを止める枠組みを作ることの関係。
「クレプトマニア」と呼ばれているもの
クレプトマニアは、日本語では窃盗症、病的窃盗、窃盗癖などと訳されてきた言葉です。世界保健機関の国際疾病分類の第11回改訂版では、放火症や強迫的性行動症などとともに「衝動制御症群」に置かれ、窃盗症として整理されています。それ以前の版では「習慣および衝動の障害」の中に病的窃盗として記載されていました。アメリカ精神医学会の診断基準にも窃盗症の項目があります。
つまり、俗称ではなく、医学の分類上の位置づけを持った診断名です。ただし、その診断がつくかどうかを判断するのは医師であり、診断がついたことが刑事手続上の結論を決めるわけではありません。この二つは切り分けて考える必要があります。
診断は、行為の中身と切り離して判断できない
窃盗症の診断基準には、他の疾患と異なる特徴があります。「個人的に用いるためでもなく、その金銭的価値のためでもなく、物を盗もうとする衝動に抵抗できないことが繰り返される」というように、何のために盗んだのかという行為の中身そのものが要素になっているという点です。
このため、診断の当否は、捜査記録に残っている事実と正面から突き合わせられます。何を、いくつ盗んだのか。その後どう扱ったのか。所持金はいくらあったのか。支払った商品はあったのか。こうした事実は、いずれも取調べで確認され、調書や捜査報告書の形で残ります。診断の説明と記録上の事実がかみ合っていないと、診断そのものが採用されにくくなります。
| 診断の説明で語られること | 事件記録に現れる事実 | 食い違いが生じやすいところ |
|---|---|---|
| 盗んだ物が必要だったわけではない | 盗んだ品目、数量、その後の扱い | 自分で使った、食べた、売ったという事実 |
| 盗む行為そのものに向かった衝動 | 買い物の状況、所持金、精算した商品の有無 | 「安く済ませたかった」という説明 |
| 怒りや仕返しから出たものではない | 店員とのやり取り、直前の出来事 | 店への不満を述べた供述 |
| ほかの理由では説明しにくい繰り返し | 前の事件からの間隔、同種の経過 | 回数や時期があいまいなままの説明 |
説明の仕方が、診断の受け取られ方を左右する
取調べでは、盗んだ理由、動機、盗った物の使いみち、これまでに治療を受けたことがあるかといった点が、繰り返し尋ねられます。これらは、後になって診断の当否を検討するときの間接的な材料になります。
ここで注意したいのは、当てはまらない説明を無理に当てはめようとすると、かえって不利に働く場合があるという点です。実際には欲しかった物を盗ったのに「衝動が抑えられなかった」と述べたり、記憶していないことを推測で埋めたりすると、供述の信用性の問題として扱われ、自分の行為を振り返れていないという評価につながることがあります。分かっていることと分からないことを分けて話すほうが、結果として診断の検討にも役立ちます。
診断は、責任能力の結論に直結しない
刑法39条は、心神喪失者の行為は罰しない、心神耗弱者の行為はその刑を減軽すると定めています。もっとも、心神耗弱にあたるというためには、違法だと分かったうえで思いとどまる能力が著しく低下していたと言えることが必要とされており、この線は高いところに引かれています。
窃盗症で責任能力が争われた事件では、犯行時の行動が細かく検討されています。東京高等裁判所令和2年11月25日判決は、周囲の状況を確認して発覚しないように注意していたこと、盗む商品を選んでいたこと、商品の一部は精算して通常の買い物客を装っていたことなどを挙げ、状況によっては窃取をやめようとしていたこと、かごに入れた商品の一部については盗むのを思いとどまることができていたことを示すものだ、と評価しています。
問われるのは病名ではなく、症状が行為にどう働いたか
同じ事件のその後の審理では、診断基準に挙げられているのは、どのような心理的な特徴を伴う窃盗を繰り返すのかという項目であって、「窃盗症だから盗んだ」という説明では循環になってしまい、症状が犯行にどう働いたのかの説明にはならない、という指摘がされました(東京高等裁判所令和4年12月13日判決)。
責任能力の判断で問われているのは、病名がつくかどうかではなく、その人に現れていた症状が今回の行為にどのように関わったのかです。そして、その判断を行うのは医師ではなく裁判所です。診断書や鑑定の意見は、そこで用いられる材料の一つという位置づけになります。
診断が実際に効いてくるのは、多くの場合は情状の側
以上のとおり、窃盗症の診断が責任能力の結論を動かす場面は限られています。他方で、量刑や、起訴するかどうかの判断の場面では、繰り返しの背景をどう理解するかという形で考慮されることがあります。裁判例の中にも、責任能力そのものには問題がないとしながら、疾患の影響で衝動を抑えることが難しい状態にあったことや、治療と再発防止の取組みが続いていることを、被告人に有利な事情として挙げたものがあります。
ただし、同じ事実が反対の方向に読まれる場面もあります。この両面を知らずに診断だけを持ち出すと、思っていたのと違う受け取られ方をすることがあります。
| 有利な方向で受け止められる読み方 | 同じ事実が不利な方向で読まれる読み方 |
|---|---|
| 利得を目的とした犯行とは背景が異なる | 生活の困窮では説明できない行為である |
| 治療の対象があり、対処の方法がある | 治療をしなければ同じことが起きる見込みがある |
| 本人の努力だけでは止めにくい状態にある | 自分では止められないという説明が、再発の見込みの説明にもなる |
| 受診と通院がすでに始まっている | 受診を始めた時期が処分の直前である |
繰り返しの積み重ねは、診断とは別の軸で枠を変える
窃盗を繰り返している場合、診断とは別の問題として、適用される罪名や刑の枠そのものが変わることがあります。盗犯等ノ防止及処分ニ関スル法律3条は、常習として窃盗などを犯した者で、その行為前10年内にこれらの罪について3回以上6月の拘禁刑以上の刑の執行を受けた者などについて、常習累犯窃盗として重く処断すると定めています。この場合、下限が3年以上の有期拘禁刑となるため、罰金を選ぶことができません。
また、執行猶予の期間中の事件であれば、猶予の取消しや、再度の猶予が付けられるかという別の検討が必要になります。これらは診断の有無で左右される部分ではないため、分けて考えておく必要があります。
受診と診断には時間がかかる
窃盗症を専門的に扱う医療機関は多くはなく、初診の予約が数週間先になることも珍しくありません。他方で、刑事手続は待ってくれません。身体を拘束されている間は通院そのものが難しいため、釈放や保釈の見通しと、受診をいつ始められるかは連動します。
本人が動けない段階では、家族が先に医療機関や相談窓口に足を運ぶことができる場合もあります。受診の順序や、どの段階で何を用意しておくかについては、弁護人と医療機関の両方に確認しながら決めていくことになります。
診断がつかなかった場合に残るもの
受診しても、窃盗症の診断には至らないことがあります。摂食障害やうつ状態、加齢に伴う変化など、別の背景が指摘されることもあります。
その場合でも、受診したこと自体が無駄になるわけではありません。どのような状況で繰り返しているのか、どこで止められる可能性があるのかを医師と一緒に整理した内容は、再発防止の説明として使えます。診断名を得ることが目的ではなく、繰り返しを止める枠組みを作ることが目的である、という順序を見失わないことが大切です。
被害弁償と示談は、診断とは別に進む
窃盗症の可能性があるからといって、店舗に生じた被害がなくなるわけではありません。被害品の弁償や店舗との示談は、診断の検討とは別に、それぞれの期限を意識しながら進めることになります。店舗の方針によっては示談に応じない場合もあり、その場合の対応は別に検討することになります。
誤解されやすい点
- 診断書があれば責任能力が問題になる、というものではありません。
- 診断がついたことと、その症状が今回の行為に影響したと認められることは別です。
- 「病気だから止められない」という説明は、再び起きる見込みの説明としても読まれます。
- 通院を始めた事実そのものより、続けられる形になっているかが見られます。
- 繰り返しの回数が増えると、診断とは別に罪名や刑の枠が変わることがあります。
まとめ
- 窃盗症は国際的な疾病分類にも置かれた診断名ですが、診断がついたことが手続上の結論を決めるわけではありません。
- 診断基準は行為の中身を要素にしているため、捜査記録に残った事実と突き合わせて検討されます。
- 責任能力の判断では、病名ではなく、症状が今回の行為にどう働いたのかが問われます。
- 診断が働くのは多くの場合は情状の側であり、同じ事実が不利にも読まれる両面があります。
- 繰り返しの積み重ねは、診断とは別の軸で罪名や刑の枠を変えることがあります。
万引きを繰り返してしまうことでお悩みの方へ
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