その場で「示談」を持ちかけられた|連絡先と現金を渡す前に
2026年12月25日、「こども性暴力防止法」が施行されます。報道などで「日本版DBS」と呼ばれている制度です。
この制度については、「前科があるとこどもに関わる仕事に一切就けなくなる」「誰でも他人の犯罪歴を調べられるようになる」といった説明を見かけることがあります。しかし、法律とこども家庭庁が公表しているガイドライン・Q&Aを読むと、実際の仕組みはもう少し限定的で、手続も細かく決められています。
この記事では、施行によって何が変わり、何は変わらないのかを整理します。
日本版DBSとは何か
正式名称は「学校設置者等及び民間教育保育等事業者による児童対象性暴力等の防止等のための措置に関する法律」(令和6年法律第69号)です。長いため、通称として「こども性暴力防止法」、報道では「日本版DBS」と呼ばれています。DBSはイギリスの犯罪歴確認機関(Disclosure and Barring Service)の略称で、日本の法律の条文にDBSという言葉が出てくるわけではありません。
法律上の手続の名前は「犯罪事実確認」です。この記事でも、以下は法律上の呼び方に沿って説明します。
なお、この法律が事業者に求めているのは犯罪事実確認だけではありません。相談体制の整備や日常的な観察といった安全確保措置、従事者への研修、情報管理なども含まれます。ただ、「前科の照会」として関心を持たれているのは犯罪事実確認の部分ですので、この記事はそこを中心に扱います。
変わること(1)性犯罪の前科を国を通じて確認する仕組みができる
これまでは自己申告に頼らざるを得なかった
これまで、こどもと接する仕事の採用にあたって過去の性犯罪歴を確認する一般的な公的手段はありませんでした。履歴書の賞罰欄や面接での申告、前の勤務先への問い合わせに頼らざるを得なかったのが実情です。
施行後は、対象となる事業者が、こども家庭庁に対して「犯罪事実確認書」の交付を申請できるようになります。こども家庭庁が法務省に確認し、その結果を記載した書面が事業者に交付される、という流れです。
義務の事業者と、任意で認定を受ける事業者がある
対象となる事業者は、大きく2つに分かれます。
| 区分 | 主な事業 | 犯罪事実確認 |
|---|---|---|
| 学校設置者等 | 学校、認定こども園、認可保育所などの児童福祉施設、指定障害児通所支援事業、児童館など | 義務 |
| 民間教育保育等事業者 | 学習塾、スポーツクラブ、フリースクール、放課後児童クラブ、認可外保育施設など | 国の認定を受けた場合に義務(認定を受けるかどうかは任意) |
学習塾などが「民間教育事業」として認定を受けるには、児童等に対して技芸または知識の教授を行う事業であること、標準的な就業期間が6か月以上であること、対面で指導すること、事業者が用意する場所で指導すること、教授を行う者が3人以上いることの5つを満たす必要があります。
また、事業者が対象であっても、そこで働くすべての人が確認の対象になるわけではありません。その業務が支配性・継続性・閉鎖性の3つの要件をすべて満たすかどうかで判断されます。
変わること(2)照会されるのは「特定性犯罪の前科」に限られる
照会の対象になるのは「特定性犯罪」と呼ばれる罪の前科です。刑法の不同意わいせつ罪・不同意性交等罪などのほか、児童福祉法、児童ポルノ禁止法、性的姿態撮影等処罰法(いわゆる盗撮の罪)、都道府県のいわゆる迷惑防止条例や青少年健全育成条例に定められた性犯罪に関する罪が含まれます。痴漢や盗撮のように、条例違反や罰金で終わることがある類型も、罪名によっては対象になり得ます。
一方で、押さえておきたい点が3つあります。
- 被害者がこどもである場合に限られません。成人に対する性犯罪も対象に含まれます
- 窃盗や傷害、交通事故など、性犯罪以外の罪による前科は対象になりません
- 不起訴となった事件や示談で終わった事件は対象になりません。刑事裁判による事実認定を経ていないため、と説明されています
変わること(3)刑法上の「刑の消滅」より長い期間が設定された
刑法には、有罪判決を受けた人が一定期間を無事に経過すれば刑の言渡しの効力が失われるという規定があります(刑法34条の2)。しかし犯罪事実確認では、これとは別に、独自の期間が定められました。
| 処分の内容 | 刑法上の刑の消滅 | 犯罪事実確認の対象となる期間 |
|---|---|---|
| 拘禁刑(実刑) | 執行終了等から10年 | 執行終了等から20年 |
| 拘禁刑(執行猶予) | 猶予期間の経過 | 裁判が確定した日から10年 |
| 罰金 | 執行終了等から5年 | 執行終了等から10年 |
つまり、刑法上は前科としての効力が消えていても、この期間内であれば確認の対象になります。「前科はもう消えているから関係ない」とは言えない仕組みになっている点が、制度上の大きな変更点です。
もっとも、この期間は無期限ではありません。期間を過ぎた人については、犯罪事実確認書に「該当者ではない」旨が記載され、過去に該当者であったことも事業者には分からない扱いになるとされています。
変わること(4)本人の側にも手続がある
内定前に照会されることはない
犯罪歴は極めて機微性の高い情報であるため、対象業務に従事することが決まっていない段階では犯罪事実確認を行うことができないとされています。本人が承諾していても同じです。応募や選考の段階でいきなり照会されるわけではなく、内定後の手続だという点は押さえておくとよいでしょう。
また、確認に必要な戸籍などの情報は、本人が専用のシステムを通じてこども家庭庁に直接提出する仕組みになっており、その内容が勤務先の担当者に知られることはないとされています。
該当する場合は、事業者より先に本人へ通知される
確認の結果、特定性犯罪事実該当者に当たるという結果が出た場合、こども家庭庁は、事業者に犯罪事実確認書を交付する前に、本人へ通知を行います(事前通知)。本人は、通知を受けた日から2週間以内に、次のいずれかの対応をとることになります。
- 内容に誤りがなければ、確認した旨を連絡する
- 内容に誤りがあると思われる場合は、訂正を請求する
- 内定辞退などにより対象業務に従事しないこととなった場合は、手続の中止を要請する
2週間以内にいずれの手続もとられなかった場合は、事前通知の内容を記載した犯罪事実確認書が事業者に交付されます。また、中止を要請しただけでは事業者からの交付申請そのものがなくなるわけではないため、本人から事業者に対して従事しない旨を伝え、申請を取り下げてもらう必要があります。
なお、該当しない場合には事前通知は行われず、「該当しない」旨の確認書が事業者に交付されます。
変わらないこと
制度の輪郭をつかむうえでは、変わらない部分を確認しておくことも同じくらい大切です。
誰でも他人の犯罪歴を調べられる制度ではない
確認できるのは対象事業者に限られ、保護者や一般の企業が特定の人物の犯罪歴を照会できる制度ではありません。事業者の側も、犯罪事実確認と防止措置という目的以外で結果を利用したり第三者に提供したりすることは原則として禁止されています。記録についても、確認日から5年を経過した年度の末日や離職の日などから30日以内に廃棄・消去する義務があり、違反には50万円以下の罰金が定められています。
前科があれば自動的に排除される、という仕組みではない
該当者であることが分かった場合、事業者は、その人を対象業務に従事させないための措置(防止措置)をとることになります。内定者であれば内定取消し、試用期間中であれば本採用拒否、現職者であれば配置転換などが挙げられています。ただし、これらは労働関係法令を守って行う必要があるとされており、確認結果だけを理由に直ちにどのような処分でもできる、という制度ではありません。
特に現職者については、採用選考の過程で前科の有無を確認していたかどうかによって評価が変わり得ます。募集要項での明示や誓約書による確認をしていた場合には「重要な経歴の詐称」の問題になり得る一方、すでに働いている人から後から誓約書を取ったとしても「経歴を詐称して雇用されたとき」には当たらない、という整理も示されています。
教員・保育士のデータベースは併存する
教員については教員性暴力等防止法に基づくデータベース、保育士については児童福祉法に基づくデータベースが、すでに運用されています。これらの照会は、こども性暴力防止法の施行後も引き続き必要とされています。犯罪事実確認が確認するのは性犯罪の前科であるのに対し、これらのデータベースが確認するのはこどもへの性暴力等による行政処分歴であり、両者は必ずしも重なるとは限らないためです。
「日本版DBSができたので確認の仕組みが1本に統一される」というものではない、ということです。
不起訴や前歴は対象外のまま――ただし
前述のとおり、不起訴で終わった事件や、逮捕されたものの起訴されなかった経歴(前歴)は、犯罪事実確認の対象ではありません。
ただし、「対象外だから採用や職場で一切問題にならない」という意味ではない点には注意が必要です。採用選考では面接や誓約書による確認が行われますし、懲戒処分歴という別の経路もあります。制度の対象になるかどうかと、実際の職場で何が起きるかは、必ずしも一致しません。
いつ、誰に対して確認が行われるのか
確認の時期は、立場によって異なります。
- 施行日以降に新たに対象業務に就く人は、業務の開始日までに確認を終えることとされています
- 施行日の時点ですでに従事している人(施行時現職者)は、2029年12月24日までです。申請が集中しないよう、2027年度以降、事業者ごとに割り当てられた時期に分散して申請する運用が予定されています
- 認定を受けた事業者で、認定の時点から従事している人は、認定の日から1年以内です
- その後も、5年ごとに改めて確認が行われます
申請から確認書が交付されるまでの標準処理期間は、日本国籍の方で2週間から1か月程度、外国籍の方で1か月から2か月程度とされています。急な欠員など、やむを得ない事情がある場合に限って、従事を開始した後に確認を行う例外(いとま特例)も設けられていますが、その場合はこどもと一対一にさせないなどの措置が求められます。
よくある誤解
- 逮捕されると記録に載る……対象は有罪判決が確定した前科です。逮捕や捜査を受けたこと自体は対象になりません
- 略式命令の罰金なら前科ではない……略式命令も有罪判決であり、前科にあたります。罰金の場合、執行終了等から10年が対象期間です
- 刑が消えていればもう対象外……刑法上の刑の消滅とは別に期間が定められており、消滅後も対象となる期間があります
- 保護者が検索して確認できる……確認できるのは対象事業者に限られます
- 該当したら必ず解雇される……法律が求めているのは対象業務に従事させないことであり、労働関係法令に沿った対応が前提とされています
不安がある場合に考えられること
立場によって、確認しておきたいことは異なります。
- こどもに関わる仕事をしていて過去の処分が気にかかる方は、まず自分の処分の種類(不起訴か、罰金か、執行猶予か、実刑か)と、確定や執行終了の時期をはっきりさせることです。期間の起算点は処分の種類によって異なります
- 現在、性犯罪に関する事件の当事者になっている方にとっては、処分が決まる前の段階が、その後に何が残るかを分ける場面になります。捜査の段階で事実と異なる内容が記録に残らないようにすることも含め、早い段階で弁護士に相談する意味があります
- 事業者の立場の方は、対象となる従事者の範囲の特定、就業規則や募集要項の見直し、情報管理の体制づくりが、施行前の課題になります
もっとも、弁護士に相談したからといって処分の見通しが約束されるわけではありません。ただ、自分の記録がどう扱われるのか分からないまま不安を抱え続けるより、事実関係と手続上の位置を整理しておいたほうが、その後の判断はしやすくなります。
まとめ
こども性暴力防止法(日本版DBS)は、2026年12月25日に施行されます。変わるのは、こどもと接する業務について性犯罪の前科を国を通じて確認する仕組みができること、その対象期間が刑法上の刑の消滅より長く設定されたこと、そして本人の側にも事前通知や訂正請求といった手続が用意されたことです。
一方で、確認できる主体は限られており、対象は特定性犯罪の前科に限られ、該当したからといって自動的に職を失う制度でもありません。断片的な情報だけで判断せず、ご自身の立場に引きつけて条件を確認していただければと思います。


