強いクレームが強要罪になる線引き|要求・義務のない行為
会社のお金に手をつけてしまったと気づいたとき、多くの方が最初に調べるのが「これは横領なのか、それとも背任なのか」という点です。報道ではどちらの言葉も使われますが、両者は別の犯罪であり、成立する場面も、その後の手続で変わってくることも異なります。
この記事では、会社の金銭を私的に使ったという場面に絞って、横領と背任がどこで分かれるのか、そして罪名が変わると実際に何が変わるのかを整理します。すでに会社から指摘を受けている方や、社内で調査が始まっている方が、自分の置かれた状況を把握するための材料として読んでいただければと思います。
なお以下では、2025年6月1日に施行された改正刑法にあわせ、刑の名称を拘禁刑と表記しています。
この記事が想定している場面
- 売上金や預り金を自分の口座に移した。
- 経費を水増しして精算を受けた。
- 会社名義のカードや会社の資金を私的な支払いに充てた。
- 取引先との間で会社に不利な条件を通し、自分が利益を受けた。
- 回収した代金を会社に入れないまま手元に置いている。
いずれも「会社の金を使い込んだ」と表現される場面ですが、法律上の評価は同じではありません。
会社の金の使い込みは、まず横領にあたるかが検討される
横領罪は、自己の占有する他人の物を横領した場合に成立します(刑法252条1項)。業務としてその物を預かり管理していた場合は、業務上横領罪になります(同253条)。会社の現金や預金は会社の財産ですから、経理や営業の担当者が職務上これを管理している状態は、「自己の占有する他人の物」がある状態にあたります。
一方で背任罪は、他人のためにその事務を処理する者が、自己もしくは第三者の利益を図る目的または本人に損害を加える目的で、その任務に背く行為をし、本人に財産上の損害を加えた場合に成立します(同247条)。お金や物を自分のものにしていなくても、任された判断を誤った方向に使って会社の財産を減らせば問われうる、という構造です。
両方の要件にあてはまりそうな行為については、重いほうの横領罪だけが成立し、背任罪は成立しないと考えるのが一般的な理解です。そのため実務でも、まず横領にあたるかを検討し、あたらない場合に背任を検討するという順序をたどります。会社の金の使い込みという場面で横領の罪名が付くことが多いのは、この順序によるところがあります。
条文と手続の違いを先に押さえる
| 罪名 | 条文 | 法定刑 | 未遂の処罰 | 公訴時効 |
|---|---|---|---|---|
| 単純横領罪 | 刑法252条1項 | 5年以下の拘禁刑 | 規定なし | 5年 |
| 業務上横領罪 | 刑法253条 | 10年以下の拘禁刑 | 規定なし | 7年 |
| 背任罪 | 刑法247条 | 5年以下の拘禁刑又は50万円以下の罰金 | あり(刑法250条) | 5年 |
| 特別背任罪 | 会社法960条1項 | 10年以下の拘禁刑若しくは1000万円以下の罰金、又は併科 | あり(会社法962条) | 7年 |
公訴時効の年数は刑事訴訟法250条2項によります。表のとおり、背任罪には罰金刑が定められている一方、単純横領罪と業務上横領罪には罰金刑がありません。この違いは、後で述べるように手続の選び方に影響します。
分かれ目その1 そのお金が自分の管理下にあったか
横領罪は「自己の占有する他人の物」を対象とします。ここでの占有には、手元に置いているという事実上の支配だけでなく、預金の名義人として払戻しを求められる立場のような法律上の支配も含まれると解されています。
したがって、金庫や小口現金を任されていた、会社口座からの出金を自分の判断で行える立場だった、といった事情があれば、そのお金は自分の管理下にあったと評価されやすくなります。反対に、自分の管理下になかった会社の金を持ち出した場合には、横領ではなく窃盗の問題として扱われることがあります。
なお、お金ではなく情報を持ち出した場合は別の枠になります。データそのものは刑法にいう「物」にあたらないと解されているため、背任や不正競争防止法の問題として整理されます。
分かれ目その2 誰の名義で、誰の計算で動かしたか
占有があるとして、次に問題になるのが処分行為の外形と実質です。判例は、横領と背任の区別について、会社の名義かつ会社の計算で行われた場合は背任、行為者自身の名義または計算で行われた場合は横領という見方を重ねてきました。
ここでいう名義とは、その処分行為の当事者が誰であるという外観をとっているかということです。計算とは、その処分行為の法律上および経済上の効果が、実質的に誰に帰属するかということを指します。会社の書式と会社名で処理されていても、利益が自分に流れ込む形になっていれば、計算は自分に帰属していると評価されます。
会社の名義でも横領とされた例
組合の名義で貸付けが行われた事案について、組合本来の目的に反し、役員会の決議を無視して正当な権限に基づかず、行為者個人の計算において個人の利益を図って行われたものと認められる以上、業務上横領罪が成立するとした判例があります(最高裁判所昭和33年10月10日判決)。会社の名義を使っていても、実質が自分の計算であれば横領と評価されうる、ということです。
会社の名義と計算にとどまり背任とされた例
組合長が組合名義の約束手形を振り出して交付し、その手形を取得した相手から支払を求められて組合の当座預金から支払った事案について、手形の振出しと交付は組合の名義・計算で行われたものとして背任罪を構成し、その支払行為も背任罪の一部であって、別に業務上横領罪を構成するものではないとした判例があります(最高裁判所昭和40年5月27日判決)。会社の帳簿と決裁の流れの中で処理され、効果も会社に帰属している場合には、背任の枠で捉えられることがあります。
分かれ目その3 会社に損害が出たかどうか
背任罪は、会社に財産上の損害が生じてはじめて成立します。ここでの損害は、個々の財産ではなく会社の全体としての財産が減ったかどうかで見られ、その評価は経済的な観点から行われます。たとえば回収の見込みが乏しい相手に十分な担保を取らずに貸し付けた場合、帳簿の上では同額の債権が残っていても、回収可能性を踏まえれば財産が減っていると評価されることがあります。
これに対して横領罪は、領得の意思が外に現れた行為があった時点で成立するとされ、損害の発生を別の要件としていません。この違いが、未遂の扱いの差につながります。背任罪には未遂を罰する規定があり(刑法250条)、任務に背く行為をしたものの損害が生じなかった場合は未遂にとどまります。横領罪には、未遂を罰する規定が置かれていません。
分かれ目その4 どのような考えで行ったか
横領罪では不法領得の意思が、背任罪では図利加害目的が求められます。図利加害目的は、自分または第三者の利益を図る目的か、会社に損害を加える目的のいずれかがあれば足りるとされています。
ここで争点になりやすいのが、会社のためという動機がどこまであったかです。自分の利益を図る動機と会社の利益を図る動機が併存する場合には、どちらが主なものであったかで判断され、会社の利益を図ることが主であったといえるときは、背任の目的を欠くという整理になります。
「後で戻すつもりだった」という説明については、それだけで横領罪の成立が妨げられるわけではないと解されています。もっとも、後日精算する意図のもとで、経理上の手続を経て会社の計算で金銭を取得したという事案について、領得行為とまでは認め難いとして、横領罪ではなく背任罪にとどまるとされた例もあります。会社の手続を通していたのか、記録に残らない形で抜いていたのかは、罪名の見立てに影響する事情です。
場面ごとの当てはまり方
| 想定される場面 | 問題になりやすい罪名 |
|---|---|
| レジや金庫の現金を抜いて私的に使った | 業務上横領罪または単純横領罪 |
| 回収した売掛金を会社に入れずに費消した | 業務上横領罪 |
| 会社の口座から自分の口座へ送金した | 業務上横領罪 |
| 経費を水増しして精算金を受け取った | 詐欺罪または業務上横領罪 |
| 会社名義のカードで私的な買い物をした | 業務上横領罪または背任罪 |
| 取引先から金銭を受け取り、会社に不利な契約を結んだ | 背任罪 |
| 回収の見込みが乏しい相手に会社の資金を無担保で貸し付けた | 背任罪または特別背任罪 |
| 会社の資産を不当に安い価格で第三者に売却した | 背任罪または業務上横領罪 |
この表は目安にすぎません。同じ「会社名義のカードの私的利用」でも、決裁と精算の実態によって評価は変わります。
罪名が変わると、実際に何が変わるのか
被害額の数え方
横領では、領得したお金そのものの額が問題になります。背任では、会社の全体としての財産がどれだけ減ったかを経済的に評価することになるため、動かした額がそのまま損害額になるとは限らず、担保の価値や回収の見込みを踏まえた検討が必要になります。会社が示す金額と、刑事手続で問題になる金額が一致しないことがあるのは、こうした事情によります。
罰金で終える道があるかどうか
背任罪には50万円以下の罰金が定められているため、事案によっては略式手続によって罰金で終わる余地があります。これに対して、単純横領罪と業務上横領罪には罰金刑の定めがなく、起訴されれば公判が開かれることになります。金額が小さくても罰金で終える選択肢が制度上ない、という点は押さえておきたいところです。
未遂で止まる場面があるかどうか
前に述べたとおり、背任には未遂の処罰規定があり、横領にはありません。任務に背く行為はしたものの損害は生じていない、という主張が意味を持つのは、背任として扱われている場合です。
公訴時効の長さ
業務上横領罪と特別背任罪は7年、単純横領罪と背任罪は5年です。過去にさかのぼってどこまでが刑事の対象になるかは、この年数と、いつの行為かによって変わります。
軽いほうの罪名になれば済む、という話ではない
法定刑だけを比べれば、業務上横領罪よりも背任罪のほうが軽く定められています。そのため「背任として扱ってもらえないか」と考える方もいます。もっとも罪名は当事者の希望で決まるものではなく、事実の評価によって決まります。
また、背任として扱われる事案は、決裁の流れや取引の経緯まで立証の対象が広がりやすく、関係者への事情聴取が続くことで手続が長くなる場合もあります。罪名の軽重だけで有利か不利かを判断できるものではありません。捜査の途中で見立てが変わることもあり、送致の段階と起訴の段階で罪名が異なることも珍しくありません。
役員や管理職の場合は特別背任が問題になることがある
会社の取締役や監査役などが任務に背いて会社に財産上の損害を与えた場合には、刑法の背任罪ではなく、会社法960条1項の特別背任罪が適用されます。法定刑は10年以下の拘禁刑もしくは1000万円以下の罰金、またはこれらの併科です。
押さえておきたいのは、対象が役員に限られないことです。同項は、支配人(6号)のほか、事業に関するある種類または特定の事項の委任を受けた使用人(7号)も挙げています。融資や仕入れなど特定の事項について包括的に委ねられている立場であれば、役員でなくても対象になりうるということです。
もっとも、会社の財物を自分の名義や計算で領得したと評価される場合には、特別背任ではなく業務上横領罪の問題になります。ここでも、先ほどの分かれ目が効いてきます。
罪名にかかわらず共通して効いてくること
横領でも背任でも、会社に生じた損害が回復されているかどうかは、処分を決めるうえで重く見られます。弁償や示談が進んでいれば、事件化を避けられる場合や、不起訴・執行猶予に向けた材料になる場合があります。
また、社内の調査や懲戒処分、会社からの損害賠償請求は、刑事手続とは別に進みます。刑事の罪名が固まっていない段階でも会社側の手続は動きますので、両方を見ながら順序を考える必要があります。
いま整理しておくとよいこと
- お金がいつ、どの口座や金庫から、どこへ動いたかという流れ。
- 自分がどの範囲の決裁や管理を任されていたかがわかる資料。職務分掌や権限規程、稟議書などが手がかりになります。
- 会社の帳簿や精算の手続を通していたかどうか。
- すでに返した分がある場合は、その時期と方法がわかる記録。
- 会社から示されている金額と、自分の認識との差がどこにあるか。
- 会社から求められている書面の内容と、署名する前に確認しておきたい点。
記憶だけで数字を答えると、後から訂正することが難しくなる場合があります。手元の資料で確認できる範囲と、記憶に頼っている範囲を分けておくとよいでしょう。
まとめ
- 会社の金の使い込みは、まず横領にあたるかが検討され、あたらない場合に背任が検討される。
- 横領は自己の占有する他人の物を対象とし、背任は物に限らず会社の財産を広く対象とする。
- 判例は、会社の名義かつ計算で行われたか、行為者の名義または計算で行われたかを区別の手がかりとしてきた。
- 背任は会社に財産上の損害が生じてはじめて成立し、未遂を罰する規定がある。
- 横領には未遂を罰する規定がなく、罰金刑の定めもない。
- 罪名によって、被害額の考え方、手続の進み方、公訴時効の年数が変わる。
- 役員のほか、支配人や特定の事項の委任を受けた使用人も特別背任の対象になりうる。
- 罪名にかかわらず、損害の回復が進んでいるかどうかは処分の判断で重く見られる。
会社の金銭をめぐる事件は、帳簿や決裁の記録が残っている分、事実関係を順に確認していけば見立てを立てやすい類型でもあります。反対に、会社から示された金額や説明をそのまま前提にしてしまうと、本来は検討できたはずの点まで固まってしまうことがあります。弁護士法人若井綜合法律事務所は、刑事事件の弁護に注力し、池袋と新橋に事務所を構えてご相談をお受けしています。会社から説明を求められている段階でも、警察から連絡が来た段階でも、早い時期にご相談いただければ、取り得る選択肢を一緒に整理できます。


