【解決事例】わいせつ行為の疑惑により警察介入|示談交渉により不起訴処分の獲得と社内処分の回避を実現した事例
職場で身体に触れたことについて「セクハラだ」と指摘され、そこから「これは犯罪にもなるのか」と調べ始める方がいます。反対に、触れられた側が、社内では相談窓口の案件として扱われているものの、警察に相談すべき事柄なのかどうか判断がつかない、ということもあります。
この記事では、職場での身体接触をめぐって、「セクハラ」という言葉が置かれている枠組みと、刑事責任が問われる枠組みが、それぞれ別の作りになっていることを整理します。個別の事案の結論をお示しするものではなく、どの条文のどの部分が問題になるのかという見取り図として読んでいただければと思います。
なお、職場におけるセクシュアルハラスメントは、行為をした側・受けた側の性別を問わず、同性間でも問題になるものとされています。以下の説明も、どちらの立場にも当てはまるものです。
「セクハラ」という言葉は、どこから来ているのか
職場のセクシュアルハラスメントの根拠になっている条文は、男女雇用機会均等法11条1項です。同項は、職場で行われる性的な言動に対する労働者の対応によってその労働者が労働条件について不利益を受けたり、その言動によって就業環境が害されたりすることのないよう、相談に応じ適切に対応するために必要な体制の整備その他の雇用管理上必要な措置を講じなければならない、と定めています。
この規定を受けて、厚生労働省が「事業主が職場における性的な言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針」(平成18年厚生労働省告示第615号)を定めており、そこで対価型と環境型という2つの型が示されています。
ここで注意しておきたいのが、条文の主語です。11条1項が義務を課しているのは事業主であって、性的な言動をした個人ではありません。均等法には、報告を求められて応じなかった場合などについて過料の定めがありますが(29条、33条)、これも事業主に向けられた行政上の秩序罰であり、刑罰ではありません。この枠組みは、事業主が職場で何をすべきかを定めたものであって、行為をした人の刑事責任の線を引くために作られた条文ではない、ということです。
したがって、指針を読み込んで「これはセクハラに当たるのか」を突き詰めても、それだけでは「犯罪になるのか」という問いの答えは出てきません。二つは、そもそも出発点にしている条文が違います。
指針が「セクハラ」と呼んでいるものの単位
指針は、身体接触についてかなり具体的な例を挙げています。環境型の典型例として挙げられているのは、事務所内で上司が労働者の腰や胸などに度々触ったため、その労働者が苦痛に感じて就業意欲が低下している、という例です。対価型の典型例としては、出張中の車中で上司が労働者の腰や胸などに触ったところ、抵抗されたため、その労働者について不利益な配置転換をする、という例が挙げられています。
この二つを並べて読むと、指針の組み立てが見えてきます。どちらの例も、身体に触れたという一点だけを取り出しているのではなく、その前後を含めたひとまとまりの経過として書かれています。環境型では「度々」触ったことと就業意欲の低下が、対価型では触れたことに対する相手の対応とその後の配置転換が、それぞれ組み合わされています。
これに対して、刑法は接触した行為そのものを一個の行為として切り出して評価します。同じ出来事を見ていても、何を一つの単位として取り出すのかが違うわけです。
| 比べる観点 | 指針(職場のセクシュアルハラスメント) | 刑法 |
|---|---|---|
| 評価の単位 | 言動と、その後に生じた不利益や就業環境の変化まで含んだひとまとまり | 接触した行為そのもの |
| 回数の位置づけ | 「度々」といった継続性が典型例に書き込まれている | 1回でも成否は判断される。回数は主に処分や量刑の側で考慮される |
| 出そうとしている結論 | 事業主が措置を講ずべき場面かどうか | その行為が条文の要件に当たるかどうか |
この違いは、実際のご相談の場面にも表れます。「一度だけだからセクハラとまではいえないはずだ」という受け止めは、環境型のイメージから来ていることが多いのですが、刑事の側では、回数が少ないことがそのまま成立を否定する事情になるわけではありません。
刑法の条文には「職場」も「セクハラ」も出てこない
不同意わいせつ罪を定める刑法176条1項は、条文に掲げられた行為や事由によって、同意しない意思を形成し、表明し、若しくは全うすることが困難な状態にさせ、又はその状態にあることに乗じて、わいせつな行為をした場合を対象としています。この条文には「職場」という言葉も「セクハラ」という言葉も出てきません。
つまり、職場で起きたという事情それ自体が、成立を重くしたり軽くしたりするわけではありません。職場という背景が効いてくるのは、後で触れる立場の問題や、社内処分・量刑を判断する場面であって、条文の要件そのものではない、という整理になります。
職場での身体接触が向かう先は、一つではない
| 問われうる枠組み | 主に見られること | 場所についての制限 |
|---|---|---|
| 不同意わいせつ罪(刑法176条1項) | 困難な状態といえるか、わいせつな行為といえるか | 条文に場所の限定はない |
| 暴行罪(刑法208条) | 相手の身体に対する有形力の行使といえるか | 条文に場所の限定はない |
| 迷惑防止条例(東京都では5条1項1号) | 衣服その他の身に着ける物の上から又は直接に人の身体に触れたか | 公共の場所又は公共の乗物に限られる |
「セクハラが重くなると犯罪になる」という一本の階段を思い浮かべる方が多いのですが、実際には、行為の内容と起きた場所によって入口が分かれます。以下、この三つを順に見ていきます。
最初の分かれ目は「わいせつな行為」といえるかどうか
刑法176条1項は、同意に関する要件とは別に、その行為が「わいせつな行為」といえることを求めています。条文には定義が置かれていないため、社会通念に照らして性的な意味があるといえるか、その意味合いがどの程度強いかを、具体的な事実関係に基づいて判断するという考え方が示されています。
実際の判断では、触れた部位、触り方、続いた時間、力の強さといった要素がまとめて見られます。服の上からだったかどうかは、その要素の一つではあっても、それだけで結論が決まるものではありません。この点は、痴漢事件と同じように問題になる部分です。
わいせつな行為とまでいえない接触は、そこで終わりなのか
肩や背中、腕に触れるといった接触は、性的な意味合いという点で「わいせつな行為」とは評価されないことがあります。ただ、そこで刑法上の問題がすべてなくなるわけではなく、相手の身体に対する有形力の行使として、暴行罪(刑法208条)という別の入口が残ります。
もっとも、これは接触があれば直ちに立件されるという意味ではありません。暴行罪は、触れたという事実だけでなく、その態様や経過を含めて判断されますし、軽微な事案では、警察限りで処理される扱いや、起訴されない処分もあります。ここで押さえておきたいのは、「不同意わいせつ罪に当たらない」ことと「刑事の問題にならない」ことは、同じではないという点です。
なお、不同意わいせつ罪には罰金刑の定めがなく、暴行罪や条例違反には罰金刑があります。どの枠組みで扱われるかによって、手続の進み方や終わり方も変わってきます。
職場では、電車内の痴漢事件と同じ道具立てにならない
痴漢事件でよく登場する迷惑防止条例は、身体に触れる行為について場所の制限を置いています。東京都の条例では、5条1項1号が「公共の場所又は公共の乗物において、衣服その他の身に着ける物の上から又は直接に人の身体に触れること」を対象としており、「公共の場所」は道路、公園、広場、駅、空港、ふ頭、興行場などを、「公共の乗物」は汽車、電車、乗合自動車、船舶、航空機などを指すものとされています(同条例2条)。
この定義に照らすと、社内の執務室や会議室、社用車の中といった場所は、通常この規定の対象には入りません。同じ条例の中でも、撮影に関する規定には「事務所」という言葉が挙げられているのに対し、身体に触れる行為に関する規定にはその言葉がありません。触れる行為については、公共の場所と公共の乗物に絞られた作りのままになっている、ということです。
条例が使えない場面では、刑法の不同意わいせつ罪に当たるかどうかが正面から問われ、そこに当たらないときには暴行罪の該当性が残ります。「条例違反にならないから軽い」という話ではなく、通る道筋が違う、という理解のほうが実際に近いといえます。
同じ会社の出来事でも、起きた場所で当たる法律が変わる
指針は「職場」を広く捉えています。労働者が業務を遂行する場所であれば、通常勤務している場所以外でも「職場」に含まれるとされ、取引先の事務所、取引先と打合せをするための飲食店、顧客の自宅などが例として挙げられています。勤務時間外の懇親の場であっても、実質的に職務の延長といえる場合には「職場」に当たると考えられています。
一方、条例の「公共の場所」は、業務との関係ではなく、物理的にどこかで決まります。そのため、指針の「職場」に当たる範囲と、条例が使える場所の範囲は、同じ広がりではありません。
たとえば、社内の会議室で起きた出来事と、懇親会の帰りの路上や電車内で起きた出来事とでは、同じ職場の人間関係を背景にしていても、検討される条文の並びが変わってきます。相談を受ける側にとっては、「いつ、どこで」の確認が、単なる事実整理以上の意味を持つ場面です。
上下関係があったことは、どこに効いてくるのか
刑法176条1項には、経済的又は社会的関係上の地位に基づく影響力によって受ける不利益を憂慮させること、又はそれを憂慮していることを掲げた号があります。職場の事案では、この部分が問題になることがあります。
ただし、条文が見ているのは、行為をした人が立場を使ったかどうかではなく、相手の側に不利益への不安があり、それによって困難な状態になっていたかどうかです。役職があることは、この号の入口の一つにすぎず、それだけで要件が満たされるわけではありません。逆に、役職がないからといって、この号がおよそ問題にならないというものでもありません。
この点は論点が多いため、別稿で詳しく取り上げています。ここでは、上司であることが要件を緩めるわけではなく、同僚同士の関係でも問題になり得る、という整理にとどめます。
「必要のない接触」と「犯罪になる接触」は同じ言葉ではない
指針は「性的な言動」の説明の中で、性的な行動の例として「必要なく身体に触ること」を挙げています。ここでは、業務上の必要性の有無が一つの視点になっています。
これに対して、刑法176条1項も208条も、業務上の必要性を要件にしていません。業務上の必要がない接触がすべて犯罪になるわけではありませんし、業務上の必要があったという説明が、そのまま刑事の問題を解消するわけでもありません。
実務では、「肩を叩いて指示しただけ」「体調を心配して背中に触れただけ」といった説明が出てくることがあります。こうした説明は、指針の枠組みでは意味を持ち得ますが、刑法の枠組みでは、触れた部位や触り方、続いた時間といった事実のほうが正面から問われます。説明の焦点がずれると、かえって食い違いが大きくなることがあります。
「その場で嫌がられなかった」は何を意味するのか
職場では、その場ではっきり拒否しにくい事情があります。相手がその場で明確な言葉を発しなかったこと、その後も通常どおり業務のやり取りが続いていたことは、それだけで同意があったことを示すものとは扱われません。
他方で、拒否の言葉がなかったという一事から、直ちに「困難な状態にあった」と評価されるわけでもありません。条文は、掲げられた行為や事由によって困難な状態になっていたことを求めており、そこは個別に検討されます。この点は双方向に理解しておく必要があります。
いずれにしても、その場のやり取りや前後の連絡は、後から事実を確認する際の材料になります。記憶があいまいな部分を推測で埋めないことが、結果として双方にとって重要になります。
社内の手続と刑事の手続は、別々に動く
職場での身体接触が問題になった場合、社内の相談窓口による調査、懲戒処分の検討、労働局への相談、刑事手続、民事上の請求といった動きが、それぞれ別の主体によって進むことがあります。どれが先に動くかは決まっていません。
実務上、意識しておきたいのは、社内調査のヒアリングで述べた内容が記録として残り、後の手続で参照される場面があることです。また、社内で懲戒処分が行われたことと、刑事手続の結論とは連動しません。処分がなされたから刑事の問題が終わるわけでも、不起訴になったから社内の処分が当然に取り消されるわけでもありません。
指摘を受けた側が、最初に整理しておきたいこと
説明を求められる前に、次のような点を時系列で書き出しておくと、話が整理しやすくなります。
- いつ、どこで起きたことなのか(社内か、取引先か、移動中か、懇親の場か)。
- どの部位に、どのように触れたのか。触れていた時間はどの程度か。
- その前後にどのようなやり取りがあったのか。
- その場に他に誰がいたのか。
- 相手や周囲とのメッセージのやり取りが残っていないか。
- 会社からどのような形で(誰から、どの手続で)指摘を受けたのか。
記憶が定かでない部分は、無理に補わず「覚えていない」と区別しておくことをおすすめします。取調べでも社内調査でも、後から説明が変わることは避けたいところです。
弁護士に確認できること
- その事案でどの枠組み(刑法か条例か、社内手続か民事か)が問題になり得るか。
- 社内調査のヒアリングにどう対応するか、書面をどう扱うか。
- 会社への説明と、捜査機関への説明で食い違いが生じないための整理の仕方。
- 相手方との連絡を取るべきか、取るとすればどのような形が適切か。
- 懲戒処分や配置転換への対応と、刑事手続への対応をどう並行させるか。
相手の立場から相談される場合も、被害の申告をどの窓口に行うか、社内手続と刑事手続をどう組み立てるかについて、同じように整理することができます。
まとめ
- 「セクハラ」は男女雇用機会均等法11条1項と指針に基づく枠組みで、事業主に措置を求めるものであり、行為者の刑事責任の線を引く条文ではない。
- 指針は、触れた行為に加えて、その後の不利益や就業環境の変化まで含めた経過をひとまとまりで捉えている。刑法は接触した行為そのものを取り出して評価する。
- 刑法176条1項には「職場」という言葉がなく、職場で起きたこと自体が成立を左右するわけではない。
- 職場での身体接触は、不同意わいせつ罪、暴行罪、迷惑防止条例という別々の枠組みに分かれ得る。
- 東京都の条例で身体に触れる行為が対象になるのは公共の場所と公共の乗物に限られ、社内の執務室や会議室は通常含まれない。
- 指針の「職場」と条例の「公共の場所」は別のものさしであり、同じ会社の出来事でも起きた場所で検討される条文が変わる。
- 上下関係は入口の一つにすぎず、業務上の必要性の有無も刑法の要件ではない。
職場での身体接触をめぐる問題は、社内の手続と刑事手続、民事上の請求が同時に動くことがあり、それぞれで求められる対応が異なります。どの立場であっても、事実関係を整理したうえで、早い段階で見通しを確認しておくことが大切です。弁護士法人若井綜合法律事務所では、こうしたご相談を池袋・新橋の各事務所でお受けしています。お一人で抱え込まず、まずはご相談ください。


