同意を得て撮影した画像を持ち続けている|削除する義務はあるのか
痴漢という言葉は電車内の出来事と結びつけて語られることが多いのですが、路上や店舗、エスカレーターでの接触について警察から連絡を受けたという相談も寄せられます。同じ言葉で呼ばれていても、電車内の事案とは確認される事柄の順番が違います。
この記事では、電車内以外の場面が問題になったときに、どの規定が検討され、その規定が何を求めているのかを整理します。場所ごとの結論を示すものではなく、判断の枠組みを示す見取り図として読んでいただくものです。
また、見通しを述べるものでもありません。似たような接触であっても、その場所の当時の状況や触れ方の説明によって扱いは変わります。
この記事が想定している場面
次のような相談を念頭に置いています。
- 路上ですれ違った相手から、身体に触れられたと言われた。
- 店舗の売場や通路で、他の客や従業員との接触が問題になった。
- 駅や商業施設のエスカレーター・階段で、後ろに立っていたことを指摘された。
- その場では何も言われず、後日になって警察から連絡があった。
身元がどのように特定されるのか、身柄がどうなるのか、相手方との話し合いをどう進めるのかは、それぞれ別の解説で扱っています。ここでは、どの規定で検討されるのかという入口の部分に絞ります。
電車内以外では、場所の性質が先に確認される
痴漢という名前の条文はありません。実際に検討されるのは、各都道府県の迷惑防止条例の規定と、刑法の不同意わいせつ罪(刑法176条)です。この二つは、場所の扱い方が正反対になっています。
東京都の条例(公衆に著しく迷惑をかける暴力的不良行為等の防止に関する条例)5条1項1号は、公共の場所又は公共の乗物において、衣服その他の身に着ける物の上から又は直接に人の身体に触れることを禁じています。場所が条文上の要件として書き込まれている形です。
これに対して刑法176条には、場所についての定めがありません。どこで行われたかは、成立するかどうかを直接には左右しないつくりになっています。
電車内であれば「公共の乗物」に当たることが通常は問題になりません。だからこそ電車内の事案では、触れ方の説明にはじめから話が向かいます。電車内以外では、その前に、そこが条例のいう場所に当たるのかという確認が入ります。
二つの規定の違いを整理する
| 比較の軸 | 迷惑防止条例の規定 | 刑法の不同意わいせつ罪 |
|---|---|---|
| 場所 | 「公共の場所又は公共の乗物」であることが条文上の要件 | 場所についての定めはない |
| 触れ方 | 衣服の上からでも直接でも対象になる | 「わいせつな行為」といえるかが別に問われる |
| そのほかの限定 | 「正当な理由なく」、人を著しく羞恥させ、又は人に不安を覚えさせるような行為であること | 同意しない意思の形成・表明・全うが困難な状態にさせ、又はその状態に乗じたこと |
| 定めている主体 | 都道府県ごとの条例 | 法律(全国に共通する定め) |
表のとおり、条例の側だけが場所で線を引いています。電車内以外の場面で、まずこの線がどこにあるのかを見ておく意味は、ここにあります。
「公共の場所」は施設の名前で決まるわけではない
東京都の条例は、公共の場所を、道路、公園、広場、駅、空港、ふ頭、興行場その他の公共の場所と定めています。列挙されているのはあくまで例で、末尾に「その他の」と置かれている点が重要です。列挙にない場所であっても、公共の場所に当たることがあります。
例として挙げられている場所
警視庁が編集した条例の実務解説書では、例示された場所のほか、不特定かつ多数の人が、有償か無償かを問わず自由に出入りし、又は利用することができる場所が「その他の公共の場所」に当たるとされ、開場中の競技場、遊技場、公会堂、デパートの売場、飲食店、商店の店先、ホテルのロビーなどが例に挙げられています。
原則として当たらないとされる場所
一方、同じ解説書は、特定の人しか出入りが認められていない場所は原則として公共の場所とはいえないとしており、貸し切りの飲食店、カラオケボックスや漫画喫茶の個室などが例として示されています。店舗であるかどうかではなく、そこが誰にでも開かれているかどうかが分かれ目になっています。
判断は建物単位ではなく、問題になった区画ごとに行われる
この点について、実務の議論では、公共の場所に当たるかどうかは施設の類型的な性質で決まるのではなく、その種類、性質、用途、行為当時の管理・利用の状況、構造、開放の程度を考慮し、特定の区画が問題になっている場合にはその区画について、不特定かつ多数の人が自由に出入りし又は利用できる状態にあったかどうかを個別に検討するものだと整理されています。
同じ建物の中でも、区画によって結論が変わり得るということです。売場と従業員専用の区域、営業時間中と閉店後、通常営業と貸し切りでは、見られる事情が変わります。相談の際に「どの店か」ではなく「その店のどの部分か」「そのとき誰が入れる状態だったか」を聞かれるのは、この判断構造によるものです。
路上の場合
道路は条文に例示されています。通行が自由に開かれている道路であれば、通常は場所の要件が問題になりません。深夜で人通りがなかったという事情も、その場所が誰でも通行できる状態であったこと自体を否定するものではないと考えられます。
もっとも、路上といっても、私道、マンションの敷地内、建物の共用部分、駐車場などは、開放の程度がそれぞれ異なります。門扉や施錠の有無、居住者以外の立入りが実際にどう扱われていたかによって、検討の仕方が変わることがあります。
店舗の場合
営業時間中の売場や店先は、公共の場所として扱われやすい部類に入ります。他方で、バックヤード、事務室、従業員用の通路、閉店後の店内、個室など、出入りが限られている区画については、同じ建物の中であっても別に検討されます。
なお、条例の場所の要件を離れて考えると、店舗内の出来事は、従業員と客、あるいは客同士という関係の中で起きることが多く、接触が業務上の動作の中で生じたのか否かという説明が求められやすい場面でもあります。この点は後述します。
エスカレーター・階段の場合
駅や商業施設のエスカレーター・階段は、誰でも利用できる状態で置かれていることが通常ですから、場所の要件そのものが争いになる例は多くありません。ここで問題になりやすいのは、むしろ位置関係です。
エスカレーターや階段では、前後の人と身体が近づくこと自体が日常的に起こります。そのため、接触があったかどうかではなく、どのような態様の接触であったかの説明が中心になりやすいという特徴があります。手の位置、触れていた時間、荷物の持ち方、混雑の程度といった事情が、取調べの中で言葉にされていきます。
なお、エスカレーター・階段での撮影が問題になる場面は、性的姿態等撮影罪という別の規定の話になります。こちらは別の解説で扱っています。
場所の要件を満たさないことは、何も問われないことを意味しない
条例の場所の要件を満たさない場合でも、それは条例のその規定に当たらないというだけです。刑法176条には場所の定めがありませんから、むしろ条例が使えない場所では、刑法の要件が正面から問われることになります。
また、わいせつな行為とまでは評価されない有形力の行使が、暴行罪として検討されることもあります。場所の要件は、処罰の入口を一つ閉じるだけで、他の入口を閉じるものではありません。
「暴行や脅迫がなければ条例」という整理は改められている
インターネット上の解説には、暴行又は脅迫を用いた場合が刑法、そうでなければ条例、という整理を前提にしたものが今も残っています。これは令和5年の改正前の条文に基づく説明です。
現在の刑法176条1項は、同意しない意思を形成し、表明し又は全うすることが困難な状態の原因となり得る行為・事由を8つ挙げており、暴行・脅迫はそのうちの一つ(1号)にすぎません。電車内以外の場面と関わりが深いのは、次の二つです。
- 同意しない意思を形成し、表明し又は全うするいとまがないこと(5号)。法務省の説明では、性的行為がされようとしていることに気付いてから行われるまでの間に、自由な意思決定をする時間がない場合を指すとされています。
- 予想と異なる事態に直面させて恐怖させ、若しくは驚愕させること又はその事態に直面して恐怖し、若しくは驚愕していること(6号)。予想外の事態に直面して強く動揺し、平静を失った状態が想定されています。
路上や店舗での接触は、相手にとって不意に生じることが多い場面です。改正後は、暴行や脅迫がなかったという事情だけで刑法の適用が外れる関係にはありません。8つの類型の全体像や、どの類型で立件されているかの読み方は、別の解説で扱っています。
「わいせつな行為」といえるかは、さらに別の要件
刑法176条1項は、上記の状態にさせ、又はその状態に乗じて「わいせつな行為」をしたことを求めています。触れた部位、触れ方、続いた時間、強さといった事情がまとめて見られる部分で、条例か刑法かという話とも結び付いています。この判断で何が見られているかは、衣服の上からの接触を扱った別の解説で詳しく整理しています。
条例は都道府県ごとに定められている
迷惑防止条例は各都道府県の条例です。したがって、どの都道府県で行われたかによって、適用される条例と、その条文の書き方が変わります。
場所の要件の定め方も一様ではありません。公共の場所と公共の乗物だけを対象にしている県もあれば、学校、事務所、タクシーなど、不特定又は多数の者が利用し、又は出入りする場所を別に拾い上げている県もあります。同じような接触でも、県が違えば検討の順序が変わることがあります。
路上や商業施設での出来事は、移動の途中で生じることも少なくありません。行為があった地点がどの都道府県に属するかは、後から確認されることのある事項です。
立件の場面で場所がどのように扱われるか
電車内の事案では、路線と時刻によって場面がかなりの程度まで特定されます。電車内以外では、この特定が独立した作業になります。捜査の中では、おおむね次のような形で確認が進みます。
| 確認されようとすること | 具体的に問われる形 |
|---|---|
| 行為があったとされる地点 | 建物や施設の名前だけでなく、そのどの区画・どの部分か |
| その場所の当時の状況 | 営業時間中であったか、誰でも立ち入れる状態であったか |
| 接触の態様 | どの部位に、どのくらいの時間、どのような手の形で触れたか |
| 行われた都道府県 | どの都道府県の条例を検討することになるか |
条例の場所の要件は、当てはめの前提になる事実がはっきりしなければ判断できません。曖昧なまま話が進むと、後になって前提の食い違いが表面化することがあります。
この段階で行き違いが生じやすいところ
電車内以外の事案では、次のような点で説明がかみ合わなくなることがあります。
- 施設の名前だけを述べて、どの区画かを伝えていない。
- 記憶が曖昧な部分を、そうだったかもしれないという形で埋めてしまう。
- 混雑の程度や当時の立ち位置について、後から思い出した内容と最初の説明が食い違う。
- 触れたつもりはないという趣旨と、触れていないという趣旨が、同じ言葉で記録される。
- 自分が触れた側なのか、たまたま近くにいただけなのかという前提が共有されないまま質問が続く。
条文は、触れる行為のすべてを対象にしているわけではありません。正当な理由がないこと、人を著しく羞恥させ、又は人に不安を覚えさせるような行為であることが求められており、実務の解説でも、救護のための行為などは正当な理由がある例として挙げられています。呼び止めるために肩に手をかけるといった動作が当然に対象になるわけではない、という説明もされています。だからこそ、どのような動作であったかを具体的に言葉にしておくことに意味があります。
相談の前に整理しておけること
次の点は、記憶が新しいうちに書き留めておくと、話が早く進みます。
- 日時と、行為があったとされる場所の具体的な地点。
- その場所が、当時どのような状態であったか(営業中か、立入りが制限されていたか)。
- 自分がその場にいた理由と、その前後の行動。
- 所持していた荷物、手の位置、周囲の人の多さなど、接触に関係し得る事情。
- 警察から渡された書面や、伝えられた罪名の呼び方。
思い出せない部分は、無理に埋めずに、思い出せないままにしておいて構いません。
弁護士に確認できること
次のような点は、個別の事情を前提にした確認になります。
- その場所が条例のいう公共の場所に当たると見られているのか。
- 条例と刑法のどちらの枠組みで検討が進んでいるのか。
- どの都道府県の条例が問題になっているのか。
- 自分の説明が、記録の上でどのような形になっているのか。
- 今後の手続の中で、どの段階でどのような判断が行われるのか。
まとめ
この記事の内容を整理します。
- 痴漢という名前の条文はなく、迷惑防止条例の規定と刑法の不同意わいせつ罪が検討される。
- 条例の規定は「公共の場所又は公共の乗物」という場所の要件を置いているが、刑法176条には場所の定めがない。
- 公共の場所は施設の名前で決まるのではなく、行為当時の管理・利用の状況や開放の程度から、問題になった区画ごとに判断される。
- 路上は通常この要件を満たすが、私道や敷地内などは開放の程度が異なる。
- 店舗は、営業時間中の売場や店先と、出入りが限られた区画とで扱いが分かれ得る。
- エスカレーター・階段では、場所よりも接触の態様の説明が中心になりやすい。
- 場所の要件を満たさないことは、何も問われないことを意味しない。
- 令和5年の改正により、暴行や脅迫がないことだけを理由に刑法の適用が外れる関係ではなくなっている。
電車内以外の事案では、罪名が決まる前の段階で、場所と態様という二つの事実の整理が進みます。ここで残る記録は、後の手続でも参照されます。
当事務所では、刑事事件に関するご相談をお受けしています。何をどこまで話すべきか迷う段階でも、事実関係の整理からご一緒に検討できます。なお、早い段階で相談したからといって望ましい結果が約束されるものではありません。その点も含めて、見通しをお伝えしたうえで進め方をご相談します。


