被害者が複数いる|弁償の順序と原資の作り方
痴漢・盗撮の事件で、示談金としていくら支払うことになるのかは、多くの方が最初に気にされる点です。インターネット上には金額の目安が並んでいますが、同じ「痴漢 示談金 相場」という言葉で調べても、示されている数字の幅は記事ごとに異なります。
数字だけを見比べても、自分の事案がどのあたりに位置づけられるのかは見えてきません。金額に幅が出るのは、その数字が一つの計算式から出てくるものではなく、性質の異なる複数の要素が合流した結果だからです。
この記事では、具体的な金額帯を示すことではなく、示談金という一つの数字が何でできているのかを分解して整理します。痴漢・盗撮のいずれについても、また男女いずれの立場の方にも当てはまる形でまとめています。
この記事で扱うことと扱わないこと
扱うのは次の点です。
・「相場」という言葉が指しているものの違い
・裁判所が金額を決める場面での積み上げ方
・合意の価格として動く部分と、金銭以外の条件との関係
・示談が成立しなかった場合に金額が決まる場
一方、次の点はこの記事では扱いません。
・具体的な金額帯の提示
・示談交渉の手順や示談書の書式
・個別の事案における見通しの判断
「相場」という言葉は一つのものを指していない
金額の目安として語られる数字には、少なくとも三つの出どころがあります。それぞれ性質が異なるため、同じ土俵で並べて比べることができません。
| 数字の出どころ | 何を示している数字か | 読むときに注意したい点 |
|---|---|---|
| 裁判所が認めた額 | 民事の裁判で損害として認定された額 | 証拠に基づく判断であり、公表されている件数自体は多くない |
| 実際に成立した示談の額 | 当事者が合意して支払われた額 | 合意の背景にある事情が外からは分からない |
| 相手方から示された額 | 請求として提示されている額 | 検討の出発点であって、支払うべき額として確定したものではない |
自分の事案を数字と照らし合わせるときは、その数字がこのうちどれに当たるのかを確かめておくと、判断の材料として使いやすくなります。
示談金は「確定した損害額」と同じものではない
民法695条は、和解を「当事者が互いに譲歩をしてその間に存する争いをやめることを約する」契約と定めています。示談はこの和解にあたるため、金額は当事者の合意によって決まります。
つまり示談金は、誰かが計算して確定させた損害額そのものではなく、双方が「この内容で終わりにする」と受け入れられる価格です。裁判で認定される額より高くなることもあれば、低くなることもあります。
そのうえで、金額を二つの層に分けて見ていきます。一つは、裁判所が金額を決める場面での積み上げ方です。もう一つは、合意の価格として動く部分です。
層1|裁判所が金額を決める場面での積み上げ方
民事の裁判では、請求できる損害が項目ごとに積み上げられます。示談の場でそのまま使われる計算式ではありませんが、金額を考えるうえでの土台になるため、内容を確認しておきます。
精神的損害に対する賠償
民法709条は、故意または過失によって他人の権利を侵害した者の損害賠償責任を定め、710条は、財産以外の損害についても賠償の対象になると定めています。痴漢・盗撮の事案では、この精神的損害に対する賠償が中心になります。
実際に支出した費用
通院した場合の費用や、そのために要した交通費など、現実に支出が生じていればその分が損害に含まれます。この部分は、診断書や領収書といった資料の有無によって左右されます。
遅延損害金
不法行為に基づく損害賠償債務は、催告がなくても損害の発生と同時に遅滞に陥ると解されています(最高裁昭和37年9月4日判決)。法定利率は民法404条に定めがあり、令和8年4月1日から令和11年3月31日までの期間は年3%とされています(法務省の告示による)。時間が経過するほど、この部分が上乗せされていきます。
弁護士費用に相当する額
最高裁昭和44年2月27日判決は、不法行為の被害者が自己の権利擁護のため訴えを提起せざるを得ず、訴訟追行を弁護士に委任した場合について、事案の難易、請求額、認容された額その他の事情を斟酌して相当と認められる範囲内の弁護士費用は、その不法行為と相当因果関係に立つ損害にあたるとしています。
これら四つの項目が、示談の場面でそのまま請求されるとは限りません。ただ、話し合いがまとまらないまま時間が経過した場合に何が積み上がっていくのかを知っておくと、提示された金額の位置づけを考えやすくなります。
層2|合意の価格として動く部分
示談で決まる金額には、ここまでの積み上げとは別の要素が入ります。相手方が「この内容であれば終わりにしてよい」と判断できるかどうか、という要素です。
ここには、行為の内容そのものだけでなく、相手方の受け止め方、これまでのやり取りの経緯、話し合いがどの段階で行われているかといった事情が反映されます。似たような行為であっても金額が一致しないのは、この部分が事案ごとに異なるためです。
したがって、他の事案の金額をそのまま当てはめても、自分の事案にとって相当な額が導けるわけではありません。数字が近いかどうかではなく、その金額が何を反映しているのかを確かめることが検討の中心になります。
金額と、金銭以外の条件は交換関係にある
示談で取り決められるのは金額だけではありません。実際には、次のような条件が同時に検討されます。
・被害者が処罰を求めない旨(宥恕)の記載をどうするか
・被害届や告訴の取扱いをどうするか
・今後接触しないことや、特定の場所を利用しないことの約束
・事件の内容を第三者に口外しないことの約束
・撮影されたデータの取扱い
これらは金額とは別枠の付け足しではなく、金額と結びついています。相手方にとって負担の大きい条件を求めれば、その分が金額に反映されることがありますし、条件の範囲を絞ることで金額の調整につながる場合もあります。
金額の数字だけを見て高い低いを判断すると、条件との釣り合いを見落とすことになります。同じ金額でも、どの条件がついているかによって、その内容は別のものになります。
罰金の上限額は、示談金の基準ではない
金額の説明として、条例違反の罰金の上限額が引き合いに出されることがあります。ただ、罰金は国に納める刑罰であって、被害者に支払われる金銭ではありません。損害賠償の額を算定するための規定でもありません。
罰金額が語られるのは、その罪がどの程度の重さのものとして扱われているかを示す手がかりとしてであり、示談金の上限や下限を定めたものではない、という位置づけになります。この点を混同すると、金額の意味を取り違えることになります。
盗撮の事案で金額の意味を変えるもの
盗撮の事案には、痴漢とは異なる要素があります。撮影されたデータが存在するという点です。
データが手元にあるのか、機器ごと押収されているのか、すでに第三者に渡っているのかによって、相手方が求めることは変わります。金額の多寡よりも、データがどのように扱われるのかが関心の中心になることもあります。
なお、押収された物に記録された影像については、性的な姿態を撮影する行為等の処罰及び押収物に記録された性的な姿態の影像に係る電磁的記録の消去等に関する法律に、消去等の措置についての定めが置かれています。当事者間の合意で扱える範囲と、押収された物について手続の中で行われることは、別のものとして整理する必要があります。
支払いの時期と方法も金額に関わる
一括で支払えるのか、分割になるのかによって、話し合いの進み方は変わります。分割にする場合は、支払いが滞ったときの取り決めをどう置くかも検討事項になります。
また、刑事手続には判断の時期があります。刑事訴訟法248条は、犯人の性格、年齢及び境遇、犯罪の軽重及び情状並びに犯罪後の情況を考慮して、検察官が公訴を提起しないことができると定めています。示談の状況も、この判断の材料に含まれ得ます。
用意できる金額と、判断が行われる時期は切り離せません。金額の検討は、いつまでに何ができるのかという条件とあわせて進めることになります。
被害者が複数いる場合の考え方
複数の被害者がいる事案や、余罪が問題になっている事案では、1件あたりの金額を単純に足し合わせた形にはならないことがあります。
それぞれ別の相手方との別々の話し合いになるため、進み方も結果も一様ではありません。どの範囲にどう配分し、どの順序で進めるかという、総額の設計の問題として考えることになります。
示談が成立しなかった場合、金額はどこで決まるのか
示談は合意による解決である以上、成立しないこともあります。その場合でも損害賠償の問題が消えるわけではなく、金額が決まる場が変わります。
一つは、通常の民事訴訟です。もう一つは、刑事裁判に付随して損害賠償を求める損害賠償命令制度です。法務省が公表している対象罪名の一覧では、不同意性交等・不同意わいせつなどの性犯罪が損害賠償命令制度の対象として挙げられている一方、地方公共団体の条例違反はこの一覧に挙げられていません。同じ痴漢という言葉で語られる事案でも、適用される罪名によって、その後に金額が争われる場が変わり得ます。
時間の面では、不法行為による損害賠償請求権について、民法724条が、被害者が損害及び加害者を知った時から3年、不法行為の時から20年という期間を定めています。刑事手続が終わったからといって、民事の問題も同時に終わるとは限りません。
提示された金額を検討するときに確認したいこと
金額の数字そのものより先に、次の点を整理しておくと検討しやすくなります。
・その金額が、何に対するものとして示されているのか
・宥恕、被害届の取扱い、接触に関する約束など、金銭以外の条件がどうなっているか
・清算条項が置かれているか、置かれている場合その範囲はどこまでか
・支払いの時期と方法がどのように定められているか
・話し合いの相手が本人なのか、代理人なのか、保護者なのか
避けたい進め方
次のような対応は、その後の話し合いを難しくすることがあります。
・相手方に直接連絡を取ろうとすること
・その場で示された書面に、内容を確認しないまま署名すること
・金額の点だけを見て、条件を確認しないまま合意すること
・支払いの見込みが立たない条件を受け入れること
・数字だけを他の事案と比べて、自分の事案の相当性を判断すること
よくあるご質問
Q1.金額の目安を先に知っておくことはできますか。
事案の内容、相手方の意向、話し合いが行われる段階によって幅が出るため、目安の数字だけで見通しを立てることは難しいのが実情です。その事案では何が金額に影響しているのかを整理するほうが、判断の助けになります。
Q2.提示された額が高いと感じた場合、そのまま応じなければならないのですか。
示談は合意によるものですので、提示された額をそのまま受け入れなければならないわけではありません。金額の根拠と条件の内容を確認したうえで、支払える範囲と条件との釣り合いを検討することになります。
Q3.一度合意した内容を、後から変更することはできますか。
和解として成立した内容は、原則として当事者を拘束します(民法696条)。合意の前に、その範囲と条件を確認しておくことが大切です。
まとめ
・示談金は確定した損害額ではなく、和解として合意された価格である
・「相場」として語られる数字には、裁判所が認めた額、成立した示談の額、請求として示された額が混在している
・民事の裁判では、精神的損害、実費、遅延損害金、弁護士費用相当額が項目ごとに積み上がる
・示談で決まる金額には、相手方が終わりにできるかどうかという要素が加わる
・金額と金銭以外の条件は結びついており、切り離して評価することはできない
・罰金は国に納める刑罰であり、示談金の算定基準ではない
・示談が成立しない場合、民事訴訟や損害賠償命令制度で金額が争われることがあり、対象となる罪名には違いがある
痴漢・盗撮の示談金についてのご相談
示談金の金額は、一つの数字として示されますが、その中身は、損害の内容、合意の価格としての要素、金銭以外の条件、支払いの時期といった別々のものが合わさったものです。分解して見ることで、何を検討すべきかがはっきりしてきます。
当事務所では、痴漢・盗撮の事案について、提示された金額の位置づけの整理や、条件を含めた示談内容の検討に関するご相談をお受けしています。金額の妥当性の判断に迷われている方、すでに書面を示されている方は、署名や支払いの前にご相談ください。


