会計前に開封して食べた|店内飲食と窃盗の成立時期
契約書や申込書に、本人ではない人が名前を書く。高齢の親に頼まれた手続き、入院中の家族の書類、職場での顧客対応。「代筆」は日常のなかでそれほど珍しいことではありません。
ところが後になって、その一枚が「私文書偽造ではないか」と問題にされることがあります。本人から頼まれてやったことなのに、どうして罪に問われるのか。ここでは、代筆がどこまで許され、どこから私文書偽造罪の範囲に入るのかを、条文と裁判例に沿って整理します。
代筆そのものが犯罪とされているわけではない
私文書偽造罪は刑法159条に定められています。行使の目的で、他人の印章や署名を使って、権利・義務または事実証明に関する文書を偽造した場合に成立し、法定刑は3月以上5年以下の拘禁刑です(1項)。署名も押印もない文書の場合は無印私文書偽造となり、1年以下の拘禁刑または10万円以下の罰金と定められています(3項)。
ここで重要なのは、条文にいう「偽造」の意味です。最高裁は、私文書偽造とは名義人でない者が権限なくその氏名を冒用して文書を作成することであり、その本質は文書の名義人と作成者との間の人格の同一性を偽る点にあるとしています(最判昭和59年2月17日)。
つまり、問題にされているのは「本人が自分の手で書いたかどうか」ではなく、「その文書が誰の意思を表したものとして通用するか」です。文書に表れた意思の主体と、名前として書かれている人が食い違っているときに、偽造と評価されます。
この考え方からすると、名義人の承諾を得て代わりに署名した場合、原則として偽造にはあたりません。この点を正面から述べた裁判例として、東京高裁は、一般に文書の作成名義人の承諾があれば文書偽造罪の構成要件該当性は失われると解されており、通常の私文書であれば名義人の承諾によってその名義を用いて文書を作成する権限が与えられたとみてよい、と判示しています(東京高判昭和50年1月28日)。
分かりやすいのは秘書の例です。社長の指示を受けて秘書が社長名義の文書を作成しても、文書に表れた意思の主体は社長ですから、偽造にはなりません。日常の代筆の多くはこの延長線上にあります。
分かれ目は「誰の意思を書面にしたのか」
もっとも、「承諾があった」と一言で言っても、その中身は一様ではありません。実務で問題になるのは、次の二つが混同されやすいことです。
・本人がすでに内容を決めていて、書く作業だけを代わった場合
・書く側に自分の目的があり、そのために本人の名前を使わせてもらった場合
前者は、本人の意思をそのまま書面にしたものですから、文書に表れた意思の主体は本人です。後者は、名前を貸してもらったにすぎず、文書に表れているのは書いた側の意思です。同じ「承諾を得て他人の名前を書いた」でも、この二つは性質が異なります。
学説でも、承諾があった場合に偽造とならないのは、代理・代筆といえる状況で作成された文書に限られるという整理が示されています。ご自身の状況を振り返るときは、「本人が決めたことを自分が書き写したのか」「自分がしたいことのために本人の名前を借りたのか」という問いが、最初の手がかりになります。
| 区別の視点 | 代筆といえる方向 | 名義の冒用に近づく方向 |
|---|---|---|
| 内容を決めた人 | 名義人本人 | 署名した人 |
| 文書から生じる結果 | 名義人が引き受ける前提 | 署名した人の利益になる |
| 本人の関与 | 内容を把握し、了解している | 名前の使用だけを了解した |
| 承諾の範囲 | その書類に限って具体的 | 「何かあれば名前を使っていい」と包括的 |
承諾があっても偽造とされる文書がある
ここからが本題です。判例は、原則として名義人の承諾があれば偽造にあたらないとしつつ、文書の性質上、名義人以外の者が作成することが許されない文書については、あらかじめ承諾を得ていたとしても私文書偽造罪が成立するとしてきました。
代表的なものが、交通違反の取締りで作成される交通事件原票中の供述書です。最高裁は、この供述書はその文書の性質上、作成名義人以外の者が作成することは法令上許されないものであり、他人の名義で作成した場合はあらかじめその他人の承諾を得ていたとしても私文書偽造罪が成立すると判断しました(最決昭和56年4月8日)。同時期の別の決定でも同じ結論が示されています(最決昭和56年4月16日)。
同じ考え方から、承諾があっても偽造とされた文書には次のようなものがあります。
・運転免許申請書(大阪地判昭和54年8月15日)
・一般旅券発給申請書(東京地判平成10年8月19日)
・私立大学の入学試験の答案。いわゆる替え玉受験の事案で、名義人に何らかの承諾があったとしても罪の成立は妨げられないとされました(東京高判平成5年4月5日)。答案が「事実証明に関する文書」にあたることは最高裁も認めています(最決平成6年11月29日)
・消費者金融の自動契約機で極度借入基本契約の締結等を申し込む際の申込書。裁判所は、この種の会社では代理や代行を含めて名義人本人以外による申込みを受け付けていないことなどを挙げ、名義人本人でなければ作成・行使することができない性質の文書だとしました(仙台高判平成18年9月12日)
・住民基本台帳カードの交付申請書と本人確認のための回答書(東京高判平成29年6月20日)
これらに共通するのは、その手続きの仕組みそのものが「本人が自分で書くこと」を前提にしている点です。誰が違反したのか、誰が受験したのか、誰が借りるのか——本人と書面上の名前が一致していることが、その書類の存在意義そのものになっています。だからこそ、当事者どうしで「名前を使っていいよ」と合意しても、その合意で作成権限が生まれるとは扱われません。
金融機関や貸金業者の申込書、資格試験の答案、公的な手続きの申請書は、家族間であっても代筆が想定されていない場合があります。「家族だから」「本人に頼まれたから」という説明が、この類型では通りにくいことは知っておいてよいところです。
承諾はあったが、その範囲を超えた場合
もう一つ、実際の相談で多いのが、承諾自体はあったものの、書いた内容が任された範囲を超えていたというケースです。
たとえば、白紙の委任状に署名押印を預かり、聞いていた用途とは別の手続きに使った場合。あるいは、金額欄が空欄の書類を任され、話していた金額と異なる数字を書き入れた場合です。
すでに本人が署名押印した文書の内容に、権限なく手を加えた場合は「変造」の問題になります(刑法159条2項)。変造も有印であれば偽造と同じ法定刑です。文書の本質的な部分に手を加えたと評価されれば、変造ではなく偽造と扱われることもあります。
また、代理人として書く場合にも注意が必要です。最高裁は、他人を代理・代表する権限のない者が、その資格を表示して作成した文書の名義人は、代理・代表された本人であるとしています(最決昭和45年9月4日)。「○○代理人△△」と正直に書いたつもりでも、実際に代理権がなければ本人名義の文書を無権限で作ったことになる、という理解です。
なお、与えられた権限の範囲内で自分の利益のために使ったにすぎない場合(権限の濫用)は、文書偽造にはあたらないとされてきました。権限を超えたのか、権限の範囲内で目的を誤ったのかは、区別が微妙になることも少なくありません。
「承諾があると思っていた」という説明は通るのか
代筆をめぐる相談で必ず出てくるのが、この点です。
本人の内心はともかく、書いた側が「頼まれている」「了解を得ている」と信じていた場合、故意が問題になります。実際に、留置施設への差入れの際に弁護人の弁護士名義で署名した事案で、裁判所は、署名した人が名義人の承諾が得られていると誤信していた可能性があること、その書類が名義人自身の記載を予定した文書であると認識していなかった可能性を否定できないことを挙げ、有印私文書偽造・同行使の故意を認めませんでした(大阪地判令和3年10月20日)。
もっとも、この説明がいつでも通るわけではありません。先に挙げた消費者金融の申込書の事案は、承諾があると誤信していたとされたケースでしたが、罪の成立は認められています。「本人はいいと言うはずだ」という思い込みと、「その書類は代筆が想定されていない」という点の認識は別の問題として扱われるためです。
したがって、実際の判断は次のような具体的な事情の積み重ねになります。
・依頼の内容がどこまで具体的だったか(この書類、この金額、この日という特定があったか)
・依頼のやり取りが形に残っているか
・本人がその後、内容を知って異議を述べていないか
・その書類が、そもそも本人の自署を前提とする種類のものだったか
「口頭で頼まれた」だけの状態は、後から本人が態度を変えたときに立証が難しくなります。すでに代筆をしてしまった書類について不安がある場合は、当時のやり取りが残っている連絡手段を確認しておくことが、初期対応として意味を持ちます。
提出していなければ問題にならないのか
私文書偽造罪は「行使の目的で」偽造した場合に成立します。そのため、実際に相手方へ提出したかどうかにかかわらず、行使する目的をもって作成した時点で成立し得る構造になっています。
作成した文書を実際に提出・提示した場合は、別に偽造私文書等行使罪が成立し、法定刑は偽造した者と同じです(刑法161条1項)。行使については未遂も処罰の対象とされています(同2項)。
なお、文書の作成には至らず、他人の印章や署名を不正に使った段階でとどまる場合には、私印偽造及び不正使用等の罪(刑法167条)が問題になることがあります。こちらは3年以下の拘禁刑と定められています。
場面ごとに気をつけたい点
| 場面 | 検討されやすい点 |
|---|---|
| 高齢の親の金融手続きを代わりに行う | 金融機関の書類は本人の申込みを前提としているものが多く、代筆が想定されていない場合がある。任意後見・代理人届出など、制度上の手当てがあるかを先に確認する |
| 職場で上司の指示により顧客の署名を代筆する | 指示した側も共犯として検討される。社内の慣行であっても、顧客本人の具体的な了解がなければ後日争いになりやすい |
| 入院・けがで書けない本人に代わって書く | 本人が内容を理解し、その場で意思を示していることが分かる状況を残す。立会人や日付入りの記録が手がかりになる |
| 自筆証書遺言を代わりに書く | 自筆証書遺言は全文・日付・氏名の自書が要件とされ(民法968条1項)、代筆は方式を欠いて無効となる。刑事上の評価については学説上の議論があり、事案ごとの検討が必要 |
いずれの場面にも共通するのは、本人の了解があったという事実を、後から第三者に説明できる形で残しておけるかという問題です。代筆の当否は、書いた瞬間ではなく、多くの場合トラブルが起きた後から振り返って判断されます。
問題になってしまったときに整理しておきたいこと
すでに指摘を受けている、あるいは警察から連絡があったという段階では、次の三つを分けて考えると状況が整理しやすくなります。
一つめは、承諾の有無と範囲に関する裏付けです。依頼のやり取り、通話の記録、当時同席していた人、本人がその後に内容を了承していた形跡。これらは時間の経過とともに失われやすく、早い段階で保全しておく価値があります。
二つめは、契約そのものの効力です。権限なく他人名義で結ばれた契約は、原則として本人に効力が及びません(民法113条)。本人が追認すれば契約は当初にさかのぼって有効となります(同116条)。名義人となった方に不利益が残っている場合、その解消をどう進めるかは刑事の見通しにも影響します。
三つめは、対応すべき相手が二方向にいることです。名前を使われた名義人と、その書類を受け取った提出先。どちらへの対応が必要なのかは事案によって異なり、片方だけを見ていると解決が中途半端になることがあります。
なお、有印私文書偽造罪およびその行使罪の公訴時効は5年です。時間が経っているから終わった話だとは限らない一方、事案の内容によって処分の見通しは大きく変わります。
代筆は、悪意なく行われたものと、名義を借りる目的で行われたものが、外形上は同じ一枚の書類として残ります。だからこそ、当時の経緯を筋道立てて説明できるかどうかが結論を分けます。心当たりのある書類について不安がある場合は、事実関係が新しいうちに弁護士へ相談し、どの点を裏付けておくべきかを確認しておくことをお勧めします。


