手が当たっただけだと説明したい|接触の態様と故意の認定

若井亮

若井亮

テーマ:刑事事件

電車やバスの中で身体が触れ、相手から声をかけられた。自分としては揺れで手が当たっただけで、触るつもりはなかった。そう説明したいのに、うまく言葉にならない。この記事は、そうした場面についての解説です。

想定しているのは、接触があったこと自体は否定していないものの、意図してしたことではないと考えている方です。触れた側が男性とは限らず、相手が男性である場合も含めて書いています。

先にお伝えしておくと、ここに書けるのは、こう説明すればこうなる、という手順ではありません。「わざとではない」という説明が、法律上どの部分に向けられたものなのか、そしてそれがどのように確かめられていくのかという、仕組みの話です。

この記事が想定している場面


次のような状況を念頭に置いています。

・混雑した車内で、揺れた拍子に手や腕が相手の身体に触れた
・つり革や携帯端末を持っていた手が、そのまま相手に当たっていた
・荷物を取ろうとして伸ばした腕が、近くにいた人に当たった
・後ろから押され、身体が相手に密着した状態になった

いずれも、接触があったこと自体は争っていない場面です。そもそも触れていないという主張とは、話の進み方が変わってきます。

なお、触れた行為がどこまで「わいせつな行為」といえるのか、条例と刑法のどちらの問題として扱われるのかという点は、別の観点からの整理が必要になります。ここでは、故意という要件に絞って扱います。

「わざとではない」という説明が向かっている先


罪が成り立つかどうかは、外形としてどういう行為があったかという部分と、その行為をした人の内心という部分の、両方から確かめられます。「わざとではない」という説明は、このうち後ろのほう、内心に関わる部分に向けられたものです。法律の言葉でいえば、故意があったかどうかという要件にあたります。

言い換えると、「手が当たっただけです」という説明は、接触という外形を打ち消すものではなく、その接触に故意が伴っていなかったと述べるものです。この二つは、争っている場所が違います。

故意がなければ罰しないという原則


刑法38条1項は、罪を犯す意思がない行為は罰しない、ただし法律に特別の規定がある場合はこの限りでない、と定めています。このただし書は、過失で行った場合を処罰する規定が別に置かれているときを指しています。

不同意わいせつ罪には、過失で行った場合を処罰する規定は置かれていません。そのため、故意が認められなければ、この罪は成り立たないという関係になります。

条例違反にも同じ原則が及ぶ


痴漢として問題になる行為は、都道府県の条例違反として扱われることもあります。条例は刑法とは別の法令ですから、刑法の考え方がそのまま当てはまるのかという疑問が出てきます。

この点について、刑法8条は、総則の規定は他の法令の罪についても適用する、ただしその法令に特別の規定があるときはこの限りでない、と定めています。条例の側に別段の定めがなければ、故意に関する原則も条例違反に及びます。そして、身体に触れる行為を禁じる条例の規定に、過失で触れた場合を処罰する定めは置かれていないのが通常です。

つまり、問われる罪名が条例違反であっても刑法上の罪であっても、故意が要件になるという点は変わりません。

故意は「性的な目的」と同じではない


ここは行き違いが生じやすいところです。「そういう目的で触ったわけではない」という説明と、「わざとではない」という説明は、似ているようで、別のことを述べています。

最高裁は平成29年11月29日の判決で、それまでの判例を変更し、この種の罪の成立に性的な意図があることを一律の要件とするのは相当でないとしました。行為に性的な意味があるといえるかどうかは、社会通念に照らし、個別の事実関係にもとづいて判断されるという枠組みが示されています。

そのため、性的な目的はなかったという説明だけでは、故意がなかったという結論に直ちに結びつくわけではありません。故意として問われているのは、自分が相手の身体に触れているという事実を分かっていたかどうかのほうです。

「当たるかもしれない」と分かっていた場合


故意は、こうしてやろうと積極的に考えていた場合だけを指すものではありません。このままだと当たるかもしれない、当たっても構わない、と思いながらその状態を続けた場合も、故意として扱われることがあります。未必の故意と呼ばれる考え方です。

実際に問題になりやすいのは、最初の接触が偶然だったとしても、そのあとどうしたかという部分です。当たっていることに気づき、身体を動かせる余地があったのに、そのままにしていたというときには、少なくとも途中からは分かっていたのではないか、と見られることになります。最初の一瞬と、その後に続いた時間は、切り分けて評価されます。

内心は外から見えないため、態様から読み取られる


故意は本人の内心ですから、それ自体を直接に見ることはできません。そこで、外に現れた事実を手がかりにして、そこから内心を読み取るという方法がとられます。接触の態様が細かく問われるのは、このためです。

見られている事実そこから読み取られやすいこと
触れた身体の部位偶然の接触として説明のつく場所か
接触が続いた時間一瞬で離れたか、状態が保たれたか
車両の揺れとの前後関係揺れと動きの向きが対応しているか
手や腕の形と向き姿勢を支えていた形か、動きを伴う形か
接触の回数一度きりか、繰り返されたか
周囲の混雑の程度身体を離す余地があったか
接触したあとの動きそのままか、位置を変えたか


この表は、当てはまれば故意が認められるという判定表ではありません。どの事実も、それだけで結論を決めるものではなく、他の事実と合わせて意味づけられます。

一度で終わったか、続いたか


不可抗力という説明が事実と噛み合うのは、多くの場合、接触が揺れと同じ時間の中に収まっていて、揺れが収まったあとには離れている、という形をとっているときです。反対に、揺れが収まったあとも同じ状態が続いていたとなると、その続いた時間の部分について、別の説明が求められることになります。

自分では一瞬のつもりでも、相手の体感や記憶のうえでは長く感じられていることもあります。ここは食い違いが生まれやすい部分です。

説明は、説明のまま受け取られるわけではない


警察庁は令和5年3月31日付けの通達で、痴漢の事件について、目撃者の供述を得ることや物的証拠を確保することが難しいという特徴を挙げたうえで、早い段階で証拠を保全することの重要性を示しています。そこでは、現場への臨場や実況見分の実施とあわせて、供述の裏付け捜査、防犯カメラの映像や微物などの客観的な証拠の収集と鑑定を行うことが挙げられています。

裏付け捜査という言葉が示しているのは、述べられた内容がそのまま採用されるのではなく、外形的な事実と突き合わせて確かめられる、ということです。手が当たっただけだという説明も、そのときの位置関係や混雑の状況と並べて見られることになります。

これは、説明が疑われているという意味ではありません。供述は、どちらの側のものであっても裏付けと合わせて評価されるという、手続の作りによるものです。

「当たった」と述べることで、争点が移る


言葉の選び方は、そのあとの手続に影響します。「当たっただけだ」と述べたとき、接触があったこと自体は前提として扱われます。そこから先に残る争いは、どういう態様の接触だったのか、そこに故意があったのか、という部分に絞られていきます。

これは、それだけで不利になるという意味ではありません。事実として接触があったのであれば、それを前提に置いたうえで態様と故意について述べるほうが、話の筋は通ります。ただ、自分がどの部分を認めていて、どの部分を争っているのかを、自分自身で把握しておくことには意味があります。

書面に残った言葉は、後から読み返されます。調書の内容については読み聞かせや閲読の機会があり、事実と違うと思う部分は、その場で申し立てることができます。

「わざとではない」は、三つの別の主張に分かれる


同じ言葉で語られていても、法律上の位置づけは分かれます。

主張の内容争っている部分
自分の手ではない、触れていない接触したのが自分かどうか
触れたが、意図してしたことではない故意があったかどうか
触れたが、そのような態様ではないわいせつな行為といえるかどうか


三つが両立しない関係にあるわけではありませんが、同時に強く述べると、何を争っているのかが読み取りにくくなることがあります。自分が実際に体験した事実に沿って、どこを述べるのかを整理しておくことが、結果として一貫した説明につながります。

なお、三つめの、どこからが「わいせつな行為」といえるのかという線引きは、故意とは別の要件の問題です。この点は、別の解説で扱っています。

見立ては途中で変わることがある


最初に伝えられた見方が、そのまま最後まで続くとは限りません。映像が確認された、位置関係が明らかになった、周囲にいた人から話が聞けたといった事情で、扱いが動くことはあります。

ですから、ある時点で言われたことを、確定した結論として受け取る必要はありません。同時に、こちら側の説明も、途中で内容が変わると、変わったこと自体が検討の対象になります。最初の段階で、覚えていることと覚えていないことを分けて話しておくほうが、後から食い違いが生じにくくなります。

故意が認められなくても、接触の事実は残る


刑事の手続で故意が認められなかったとしても、身体が触れたという出来事そのものがなかったことになるわけではありません。相手の受け止め方や、鉄道事業者との関係、勤務先への連絡といった問題は、刑事手続とは別の流れで動くことがあります。

刑事の結論と、それ以外の場面での扱いが、同じ時期に同じ形で決まるとは限りません。この点は、あらかじめ分けて考えておくほうが、混乱が少なくなります。

相談の前に整理しておけること


次のような事柄を、覚えている範囲で書き留めておくと、話が早く進みます。

・どの路線のどの区間で、何時ごろの出来事だったか
・自分がどこに立ち、両手がそれぞれ何をしていたか
・つり革、手すり、荷物、携帯端末など、手にしていたものは何か
・声をかけられたのはどの時点で、そのとき自分は何と答えたか
・扉や座席との位置関係はどうだったか、周囲に知っている人はいたか

思い出せない部分は、思い出せないものとして残しておいて構いません。空白を埋めようとして推測を混ぜると、後から食い違いの原因になります。

弁護士に確認できること


次のような点は、状況を伝えたうえで具体的に確認できます。

・自分の説明が、どの要件に向けられたものとして受け取られているか
・接触の態様について、どこまで具体的に述べる必要があるか
・調書の記載を確認し、訂正を申し立てる場面での対応
・映像などの客観的な資料が残っている可能性と、その扱い
・刑事の手続と、それ以外の場面を、どう分けて考えるか

まとめ


・「わざとではない」という説明は故意という要件に向けられたもので、接触の外形を打ち消すものではない
・罪を犯す意思がない行為は罰しないという原則があり、条例違反にもこの原則が及ぶ
・故意は「性的な目的」と同じではなく、相手の身体に触れているという認識のほうが問われる
・当たるかもしれないと分かりながらその状態を続けた場合も、故意として扱われることがある
・内心は直接見えないため、部位、続いた時間、揺れとの前後関係、その後の動きといった態様から読み取られる
・述べた内容は、外形的な事実と突き合わせて確かめられる
・「わざとではない」という言葉は、接触したのが自分か、故意があったか、行為の態様がどうかという三つの主張に分かれる
・刑事の結論と、それ以外の場面での扱いは、別の流れで動くことがある

手が当たっただけだという説明は、それ自体としては素直な言い分です。ただ、その言い分が法律上のどの部分に向けられていて、何と突き合わされることになるのかが分かっていないと、伝えたつもりの内容が、思っていたのとは違う形で記録されてしまうことがあります。早い段階で整理しておくことには、その意味があります。

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若井亮
専門家

若井亮(弁護士)

弁護士法人若井綜合法律事務所

風俗トラブルや男女トラブル、それに伴う刑事事件まで一貫して対応。累計相談件数は男女トラブル約23,000件、風俗トラブル約8,000件。全国からの相談を24時間受け付け、迅速な対応を心がけています。

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