職務質問でトラブルになった|拒否と妨害の境界

若井亮

若井亮

テーマ:刑事事件

警察官から声をかけられ、断ったところで話がこじれてしまった。腕をつかまれて思わず振り払った、その場から走り出した、声を荒らげてしまった――そうした場面のあとで「このまま逮捕されるのだろうか」と不安を抱えたままお過ごしの方は少なくありません。

職務質問に応じる法律上の義務はありません。ただし、断ること自体が問題にならないことと、その場でとった行動が別の評価を受けないこととは、同じではありません。この記事では、職務質問の場面でどのような場合に逮捕という手続へ進むのか、「拒否」と「妨害」がどこで分かれるのかを、条文と判例をもとに整理します。

断ったこと自体が逮捕の理由になるわけではない


職務質問の根拠は警察官職務執行法2条1項です。同条3項は、刑事訴訟に関する法律の規定によらない限り、身柄を拘束され、意に反して警察署等へ連行され、答弁を強要されることはないと定めています。質問に答えなかった、持ち物を見せなかった、同行に応じなかったという事実そのものについて、罰則を定めた規定はありません。

一方で、逮捕は刑事訴訟法が定める要件を満たす場合に行われる手続です。つまり「拒否したから逮捕」という筋道はなく、逮捕の理由になるのは拒否とは別の事情ということになります。実際に問題となるのは、次の三つの経路です。

・断り方が、暴行や脅迫と評価される場合
・立ち去り方が、現行犯人とみなされる要件に触れる場合
・持ち物の確認や照会から、別の罪が明らかになる場合

職務質問の場面で用いられる逮捕の種類


逮捕には複数の類型があり、職務質問の現場では令状を必要としない現行犯逮捕が中心になります。

種類根拠職務質問の場面での位置づけ
通常逮捕刑事訴訟法199条裁判官が発する逮捕状による。照会の結果、すでに逮捕状が出ていることが判明した場合など
緊急逮捕刑事訴訟法210条1項死刑又は無期若しくは長期3年以上の拘禁刑にあたる罪について、充分な理由があり急を要する場合。逮捕後、直ちに逮捕状を求める手続が必要
現行犯逮捕刑事訴訟法212条1項・213条現に罪を行い、又は現に罪を行い終わった者。令状は不要
準現行犯逮捕刑事訴訟法212条2項・213条罪を行い終わってから間がないと明らかに認められ、同項各号のいずれかに当たる者


なお、公務執行妨害罪の法定刑は3年以下の拘禁刑又は50万円以下の罰金であるため、緊急逮捕の対象となる罪にあたります。これに対し、暴行罪や脅迫罪は法定刑の上限が2年であり、緊急逮捕の対象には含まれません。

経路①|断り方が「暴行」「脅迫」と評価される場合


刑法95条1項は、公務員が職務を執行するに当たり、これに対して暴行又は脅迫を加えた者を処罰すると定めています。ここでいう暴行の範囲は、日常語の「暴力」より広く理解されています。

けがをさせなくても、妨害の結果が生じなくてもよい


最高裁昭和41年3月24日判決は、本罪の暴行について、公務員に対する不法な有形力の行使であって職務執行の妨害となるべき程度のものであることを要するとしたうえで、現実に妨害の結果が発生することは必要でなく、また、公務員に向けられていれば足り、直接その身体に加えられることを要しないとしています。

このため、相手の身体に触れていない行為でも問題になり得ます。最高裁昭和34年8月27日判決は、現行犯逮捕の現場で押収された物を足で踏みつける行為も本罪の暴行にあたるとしました。警察官が手に持っていた書類やバインダーをたたき落とす、車両を蹴るといった行為も、同じ枠組みのなかで評価されることになります。

「振り払っただけ」はどう見られるか


腕をつかまれて振りほどく行為が、常に暴行にあたるわけではありません。もっとも、どこまでが反射的な動作で、どこからが有形力の行使にあたるのかを、あらかじめ一律の線で示すことはできません。実際には、力の強さと方向、警察官が転倒したりけがをしたりしたか、その前後にどのような言動があったか、周囲の状況といった事情を総合して評価されます。

本人の感覚として「軽く払っただけ」であっても、警察官が受けた衝撃の受け止め方や、周囲から見えた外形が異なることは珍しくありません。この食い違いが、その後の手続で最初の争点になります。

強い言葉と脅迫の違い


脅迫は、生命・身体・自由・名誉・財産に対して害を加える旨を告げる行為を指します。抗議や不満の表明、声が大きくなったこと自体と、具体的な害悪の告知とは区別して考えられます。ただし、その場のやり取りは記録がなければ双方の記憶に頼ることになり、後から言葉を正確に再現することは容易ではありません。

経路②|立ち去り方が「準現行犯」の要件に触れる場合


刑事訴訟法212条2項は、罪を行い終わってから間がないと明らかに認められる者のうち、次のいずれかに当たる者を現行犯人とみなすと定めています。

・犯人として追呼されているとき
・贓物(ぞうぶつ。盗品等をいいます)又は明らかに犯罪の用に供したと思われる兇器その他の物を所持しているとき
・身体又は被服に犯罪の顕著な証跡があるとき
・誰何(すいか。呼び止められることをいいます)されて逃走しようとするとき

「呼び止められて逃げ出した」は四号にあたり得る


最高裁平成8年1月29日決定(刑集50巻1号1頁)は、警察官の停止の求めに応じずに逃げ出した点を四号に当たるとしたうえ、他の号への該当や犯行終了からの時間の近さなども踏まえて、準現行犯逮捕を適法としました。

ここで押さえておきたいのは、四号に当たることだけで逮捕ができるわけではないという点です。「罪を行い終わってから間がないと明らかに認められる」ことが前提であり、何の犯罪の嫌疑もない場面でこの条文が働くわけではありません。逃げたこと自体を処罰する規定があるわけでもありません。

ただし、近くで事件が発生していた、手配の情報が出ていた、身体や衣服に痕跡があったといった事情が重なると、走り出したという事実が要件の一つとして結びついていきます。立ち去る自由があることと、走って離れることが同じ評価を受けることとは、分けて考えておく必要があります。

経路③|持ち物や照会から別の罪が出てくる場合


職務質問をきっかけに、その場で確認された物や照会の結果から逮捕に至る例もあります。所持品の確認に応じた結果、規制薬物や刃物が見つかればその罪の現行犯逮捕となり、照会によって逮捕状がすでに発付されていることが分かれば通常逮捕となります。この場合、逮捕の理由は職務質問への対応そのものではなく、明らかになった罪です。

法定刑の軽い罪には現行犯逮捕の制限がある


あまり知られていませんが、刑事訴訟法217条は、30万円(刑法などの罪以外については当分の間2万円)以下の罰金、拘留又は科料に当たる罪の現行犯については、犯人の住居若しくは氏名が明らかでない場合、又は犯人が逃亡するおそれがある場合に限り現行犯逮捕の規定を適用すると定めています。

裏返せば、法定刑の軽い罪であっても、氏名や住居が明らかでなければ現行犯逮捕があり得るということです。身分を明らかにするかどうかは任意ですが、この条文の存在は、その判断がどのような意味を持つのかを考えるうえで一つの材料になります。なお、窃盗罪や傷害罪、薬物事犯などはこの制限の対象外であり、身元が明らかであっても逮捕の可能性は残ります。

「妨害」といえるには職務が適法である必要がある


公務執行妨害罪が守っているのは適法な公務です。そのため、職務執行そのものが違法であった場合には、これに対する行為があっても同罪は成立しないと解されています。停止させるための有形力の行使が必要かつ相当な範囲を超えていた場合や、任意の範囲を超える引き留めが行われていた場合には、この点が争点になります。

適法性は、その職務の権限や手続の要件に照らして客観的に判断されるものとされています(最高裁昭和41年4月14日決定)。

その場では決着しない


問題は、適法かどうかを判断するのは現場の当事者ではなく、後に手続を審査する裁判所であるという点です。納得できないと感じたとしても、その場で実力によって押し返せば、今度はその行為が別に評価されることになります。違法性の主張は、後の手続のなかで証拠に基づいて行うことになります。

先行する手続に令状主義の精神を没却するような重大な違法があり、これを証拠として認めることが将来における違法な捜査の抑制の見地から相当でないと認められる場合には、そこで得られた証拠の証拠能力が否定されることがあります(最高裁昭和53年9月7日判決)。このほか、国家賠償法1条1項に基づく請求や、警察法79条1項に基づく公安委員会への苦情の申出という手段もあります。

その場で避けておきたいこと


どの経路をたどるにせよ、現場での行動は後の判断材料として残ります。次のような行動は、事態を長引かせたり、不利に働いたりしやすいものです。

・つかまれた手を強く振りほどく、押し返す、走り出す
・持ち物を投げる、壊す、その場に捨てる
・事実と違う説明をする、氏名や住所を偽る
・内容を確かめないまま書面に署名する
・その場の口論を長引かせる

やり取りの経緯を後から説明できるようにしておくことは、職務執行の適法性を争う場面でも、逆にご自身の行為の程度を説明する場面でも意味を持ちます。日時と場所、警察官の人数、何を求められ何に答えたか、身体に触れられた場面があったかといった点を、記憶が新しいうちに書き留めておくことが考えられます。

逮捕されなかった場合も、それで終わりとは限らない


その場で逮捕されなかったとしても、捜査が続くことはあります。身柄を拘束しないまま捜査が進み、後日あらためて呼び出しを受け、書類が検察官に送られるという流れです。時間が空くため「終わった」と受け止めてしまいやすい局面ですが、この間にどのような説明をしたかが、後の判断に影響します。

また、公務執行妨害罪は国や地方公共団体の作用を守る規定であり、個人の被害者がいる犯罪とは構造が異なります。そのため、被害者との示談によって解決を図るという通常の方法を、そのまま用いることはできません。けがをさせた場合に傷害罪が併せて問題になるかどうかによっても、見通しは変わってきます。

早い段階で弁護士に相談する意味


この種の事案では、その場の数秒間の動作をどう評価するかが結論を左右します。時間が経つほど、防犯カメラの映像や現場に残された記録は確認しにくくなります。取調べでどこまで説明するのか、どの部分については事実と異なると述べるのかについても、早い段階で方針を定めておく意味があります。

弁護士法人若井綜合法律事務所では、初回のご相談を無料でお受けしており、ご相談の受付は24時間行っています。身柄を拘束されている場合の接見にも対応しています。ご本人が連絡を取れない状況であれば、ご家族からのご相談も承ります。

まとめ


職務質問に応じる法律上の義務はなく、断ったこと自体を処罰する規定もありません。逮捕という手続に進むのは、断り方が暴行や脅迫と評価された場合、立ち去り方が現行犯人とみなされる要件に触れた場合、そして持ち物や照会から別の罪が明らかになった場合です。

公務執行妨害罪の暴行は、けがや現実の妨害の結果を必要とせず、直接身体に加えられることも求められていません。他方で、職務執行が適法であることは同罪の前提であり、そこに問題があれば争う余地が残ります。ただし、その判断が行われるのは現場ではなく、後の手続のなかです。だからこそ、その場では行動を重ねず、経緯を説明できる形で残しておくことが、後の選択肢を広げることにつながります。

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若井亮
専門家

若井亮(弁護士)

弁護士法人若井綜合法律事務所

風俗トラブルや男女トラブル、それに伴う刑事事件まで一貫して対応。累計相談件数は男女トラブル約23,000件、風俗トラブル約8,000件。全国からの相談を24時間受け付け、迅速な対応を心がけています。

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