痴漢・盗撮で後日逮捕されるのはなぜか|防犯カメラとICカード履歴
「あの人には前科がある」「本当は借金を抱えている」。人の私生活に関する事実を口にしたり、インターネットに書き込んだりしたあとで、本人から抗議を受けたり、弁護士名の書面が届いたりすることがあります。そのときにまず気になるのが、「プライバシーの侵害は犯罪になるのか」「警察が動くのか」という点ではないでしょうか。
調べてみると、「プライバシー侵害は犯罪ではない」という説明が数多く見つかります。この説明自体は誤りではありませんが、そこで止めてしまうと判断を誤ることがあります。暴露した内容や場面によっては別の条文が動きますし、刑事の問題にならない場合でも、民事の責任はまったく別の物差しで判断されるからです。
この記事では、私生活を暴露してしまった側の立場から、どこで刑事と民事が分かれるのかを整理します。
「プライバシー侵害罪」という条文は置かれていない
刑法には、プライバシーの侵害それ自体を処罰する規定がありません。犯罪と刑罰はあらかじめ法律で定めておかなければならないという考え方(罪刑法定主義)がとられているため、「プライバシーを侵害した」という理由だけで刑事責任が問われることはありません。
ただし、これは「刑事の問題は起きない」という意味ではありません。暴露した内容そのものが別の犯罪の要件を満たすことがありますし、その情報をどのような立場で知ったのか、どのように伝えたのかによって、動く条文が変わります。次の表は、その分かれ方を大まかに整理したものです。
| 暴露した内容・場面 | 刑事で問題になり得るもの | 民事上の責任 |
|---|---|---|
| 社会的評価を下げる事実を不特定多数に伝えた | 名誉毀損罪 | 問題になり得る |
| 評価は下げないが知られたくない事実を伝えた | 直接あてはまる条文が見当たらないことが多い | 問題になり得る |
| 仕事上の立場で知った事実を漏らした | 秘密漏示罪、職種ごとの守秘義務違反 | 問題になり得る |
| 暴露に要求や脅し文句が伴った | 脅迫罪、強要罪など | 問題になり得る |
| 同じ相手に向けて繰り返された | ストーカー規制法違反など | 問題になり得る |
評価を下げる事実を公然と伝えた場合
前科、借金、解雇された経緯、異性関係といった事柄を、不特定または多数の人が知り得る状態で伝えると、名誉毀損罪(3年以下の拘禁刑または50万円以下の罰金)が問題になり得ます。ここで押さえておきたいのが、内容が真実であっても成立し得るという点です。条文は「その事実の有無にかかわらず」と定めており、嘘を広めた場合だけを想定していません。
公共の利害に関する事実で、公益を図る目的があり、内容が真実であると証明されたときには処罰されないという例外はあります。もっとも、この例外は、私的な人間関係の中で相手の過去や家庭の事情を広める場面には当てはまりにくいのが実際のところです。
名誉毀損罪と侮辱罪は親告罪で、告訴がなければ起訴されません。告訴ができる期間は、犯人を知った日から6か月とされています。
評価を下げない私生活を伝えた場合
病気やけがの経過、家族の事情、住んでいる場所、交際関係、勤務先での出来事。こうした事柄は、知られたくない情報であっても、それを知らせること自体が相手の社会的評価を下げるとは限りません。この場合、名誉毀損罪の要件を満たさず、ほかにあてはまる条文も見当たらないことがあります。
ここで「では問題ない」と考えてしまうと、話が食い違います。刑事の条文が動かないことと、民事で責任を問われないことは別だからです。裁判所は古くから、私生活に関する事実をみだりに公表されない利益を法的な保護の対象として扱ってきました。たとえば最高裁昭和56年4月14日判決は、前科や犯罪経歴について、それがある人も「みだりに公開されないという法律上の保護に値する利益」を有すると述べています。
また、実名で過去の刑事事件が書かれたことが争われた最高裁平成6年2月8日判決は、公表されない利益と公表する理由とを比べ、前者が上回るときには賠償を求めることができるという枠組みを示しました。刑事の条文の有無とは別に、この比較の中で違法かどうかが判断されます。
仕事上の立場で知った私生活を漏らした場合
同じ内容でも、それを職務や業務の中で知ったのであれば、扱いが変わります。医師、薬剤師、助産師、弁護士、公証人などが、正当な理由なく業務上知り得た人の秘密を漏らした場合には、秘密漏示罪(6か月以下の拘禁刑または10万円以下の罰金)が定められています。この罪は職種が限定列挙されており、退職後であっても在職中に知った秘密であれば対象になります。
列挙されていない職種についても、看護師のように個別の法律で守秘義務と罰則が置かれている場合があります。公務員が職務上知り得た秘密を漏らしたときは、国家公務員法や地方公務員法の問題になります。
職場で同僚の私生活を話した場合
職場での暴露は、刑事の問題になる前に、社内の問題として扱われることが多い場面です。厚生労働省のパワーハラスメントに関する指針は、労働者の性的指向・性自認や病歴、不妊治療などの機微な個人情報を、本人の了解を得ずに他の労働者に暴露することを、「個の侵害」に該当すると考えられる例として挙げています。
この指針は事業主に対する措置義務を定めたもので、話した本人に刑罰を科す規定は置かれていません。ただし、就業規則に基づく処分や、本人からの損害賠償請求という形で責任を問われることはあります。
伝え方によって別の条文が動く
暴露の内容ではなく、その伝え方が問題になることもあります。
- 「言いふらされたくなければ応じてほしい」といった要求を伴う場合は、脅迫罪や強要罪が問題になり得ます。
- 恋愛感情やその不満から、同じ相手に向けて名誉を害する事項を繰り返し告げた場合は、ストーカー規制法上のつきまとい等にあたることがあります。
- 店舗や会社の業務に支障が生じるような形で広めた場合は、業務妨害の問題として扱われることがあります。
民事で裁判所が見ている点
慰謝料や削除が争われた場合、おおむね次のような点が総合的に見られます。
- その情報が、通常は他人に知られたくない性質のものかどうか。
- どの範囲の人が知り得る状態になったか。
- 公表する必要性や目的がどの程度あったか。
- 本人の立場や、その事柄が公の関心事といえるかどうか。
名誉毀損では真実であることが反論の手がかりになる場合がありますが、私生活の公表が争われる場面では、真実であることはそのまま反論にはなりにくいという違いがあります。知られたくない事柄が事実だからこそ、公表されない利益が問題になるという構造だからです。
よくある行き違い
- 本人が一部の人に話していた事柄でも、知らない人にまで広げれば評価が変わることがあります。
- 名前を伏せても、周囲の人から誰のことか分かる程度に特定できれば、責任を問われることがあります。
- 自分もその出来事の当事者だからといって、相手の私生活を公表してよいことにはなりません。
- 投稿をあとから削除しても、すでに生じた責任がなくなるわけではありません。
- 個人情報保護法は主に事業者を対象とした法律で、個人の私的な発信を直接の対象とはしていません。
連絡が来たときに起きること
- 相手方の代理人から、削除と損害賠償を求める書面が届くことがあります。
- 匿名の書き込みであれば、契約先の通信事業者から、発信者情報の開示について意見を求める書面が届くことがあります。
- 名誉毀損など親告罪にあたる場合には、告訴を経て捜査機関から連絡が来ることがあります。
整理しておきたいこと
- いつ、どこで、誰に対して伝えたのか。
- どのような表現で伝えたのか(投稿文やメッセージの原文)。
- その情報を、どの立場で、どのような経緯で知ったのか。
- その場に何人いたのか、閲覧できる範囲はどの程度だったのか。
- 本人から削除や訂正を求められた時期と、それに対してとった対応。
- 相手方から届いた書面やメッセージ。
控えたほうがよい対応
- 相手本人に直接連絡し、その場で説明や謝罪を試みること。
- 投稿やメッセージの記録を消してしまうこと。
- 「事実だから問題ない」と応じて、やり取りを続けること。
- 届いた請求書面を放置したまま様子を見ること。
- 同じ話題について、説明のつもりで新たな投稿を重ねること。
よくあるご質問
本人が過去にSNSで公開していた内容です
本人が自ら公開していた事柄であれば、すでに知られている情報として、責任が認められにくくなる場合があります。もっとも、公開されていた範囲が限られていた場合や、時間が経って事情が変わっている場合には、同じ評価にはなりません。公開されていた当時の範囲がどの程度だったかが手がかりになります。
家族や親しい友人にしか話していません
伝えた相手が限られていれば、名誉毀損罪の「公然と」という要件を満たさないと判断されることがあります。ただし、そこから広がることが想定できる状況であれば、評価が変わり得ます。また、民事上の責任は、伝わった範囲の広さだけで決まるわけではありません。
相手が先に私のことを言いふらしてきました
先に何かをされたという事情は、それ自体で責任をなくすものではありません。ただし、経緯として説明できることは、示談交渉や処分の判断の場面で意味を持ちます。やり取りの記録を残したうえで、対応の順序を検討することになります。
まとめ
- 刑法にプライバシー侵害それ自体を処罰する規定は置かれていません。
- ただし、暴露した内容や伝え方によっては、別の条文が問題になります。
- 社会的評価を下げる事実を公然と伝えた場合は、名誉毀損罪が問題になり得ます。
- 名誉毀損罪は、内容が真実であっても成立し得ます。
- 評価を下げない私生活の暴露は、刑事の条文が見当たらないことがあります。
- その場合でも、公表されない利益と公表する理由を比べる形で、民事上の責任が判断されます。
- 業務上知った秘密を漏らした場合には、秘密漏示罪や個別法の守秘義務が問題になります。
- 職場での暴露は、社内の処分や民事上の請求という形で責任を問われることがあります。
私生活に関する発言や書き込みをめぐるトラブルは、事実関係を早い段階で整理しておくほど、選べる対応が広がります。書面が届いた、あるいは相手から抗議を受けたという段階でも、当事務所の無料相談をご利用いただけます。


