退職届と懲戒解雇|刑事と労務が同時に動くときの順序
ご家族が勤務先のお金を使い込んだとして、会社から「身元保証人として支払ってください」という通知が届くことがあります。金額が数百万円、ときにそれ以上に及ぶこともあり、身に覚えのない大きな数字を前に、何をどう答えればよいのか分からなくなる方は少なくありません。
ここでは、家族や身元保証人に請求が来たときに、どこまで支払う義務が生じ得るのか、そして支払いの可否を決める前に何を確認しておくべきかを整理します。本人の立場から「家族に迷惑がかかるのか」を知りたい場合にも、同じ枠組みで考えることができます。
家族であることだけを理由に支払義務が生じるわけではない
出発点として、成人した家族が負った債務を、親・配偶者・きょうだいが当然に引き継ぐという規定は民法にありません。夫婦については日常の家事に関する債務の連帯責任が定められていますが(民法761条)、これは生活費や光熱費といった日常生活の範囲を想定したもので、勤務先での使い込みによる損害賠償がここに含まれると考えるのは自然ではありません。
本人が未成年であった場合も、自分の行為の責任を理解できる能力があると判断される年齢であれば、監督義務者の責任を定めた民法714条がそのまま適用されるわけではありません。別途、親の監督に落ち度があったかどうかが問われる余地は残りますが、いずれにしても「親だから当然に払う」という構造ではありません。
それでも請求が届くのは、家族という関係そのものではなく、別の根拠があるためです。
請求が届く三つの経路
| 経路 | 根拠となるもの | 検討の枠組み |
|---|---|---|
| 入社時に提出した書面 | 身元保証契約 | 身元保証法と民法の根保証の規定 |
| 発覚後に署名した書面 | 連帯保証・念書・誓約書 | 保証契約一般の規定と、内容次第で身元保証法 |
| 何も署名していない | 契約上の根拠がない | 事実上の要請にとどまる |
どの経路で請求が来ているのかを取り違えると、確認すべき点も、伝えるべき内容も変わってしまいます。まずは手元に書面が残っていないかを探し、会社にも写しの交付を求めるところから始めます。
入社時の身元保証書が、そのまま全額の根拠になるとは限らない
身元保証書には「本人と連帯して損害を賠償する」といった文言が入っているのが通常です。しかしこの契約には、身元保証ニ関スル法律(身元保証法)と、2020年4月1日施行の改正民法による制限がかかります。
契約そのものの有効性を確認する五つの点
- 書面が作られているか(保証契約は書面でしなければ効力を生じません。民法446条2項)
- その署名や押印が、名義人自身の意思に基づくものか(本人が家族に無断で署名して提出した場合、その家族は保証人にならないのが原則です)
- 2020年4月1日以降に締結または更新された契約であれば、極度額(上限額)が定められているか(民法465条の2第2項。定めがなければ契約は効力を生じません)
- 保証期間が満了していないか(期間の定めがなければ成立から3年、期間を定めても最長5年。身元保証法1条・2条)
- 問題とされている損害が、その期間内に生じたものか
自動更新の約定は、身元保証人に不利益な特約として効力を認められないと解されています(同法6条)。入社時に一度提出したきりの書面が、10年後20年後もそのまま生きているとは限りません。
会社の側にも通知義務がある
会社は、本人に業務上不適任または不誠実な事跡があって身元保証人の責任が生じるおそれを知ったとき、また本人の任務や勤務地を変更して保証人の責任が重くなるときには、遅滞なく身元保証人に通知しなければなりません(身元保証法3条)。通知を受けた身元保証人は、将来に向けて契約を解除することができます(同法4条)。
この通知が行われないまま損害が拡大した場合、その事情は次に述べる責任額の判断で考慮されます(ユオ時計事件・最二小判昭和51年11月26日)。過去に会社から何の連絡もなかったのであれば、その経緯も確認しておく価値があります。
身元保証人が亡くなっている場合
身元保証人としての地位は、本人との個人的な信頼関係を基礎とするものとして、原則として相続されないと解されています。もっとも、亡くなる前にすでに具体的な金額として発生していた賠償債務は、通常の金銭債務として相続の対象になります。
裁判所は「一切の事情」を考慮して金額を定める
身元保証法5条は、裁判所が身元保証人の責任の有無と金額を定めるにあたって、次の事情を考慮するとしています。
- 本人の監督についての使用者側の過失の有無
- 身元保証をするに至った事由と、その際に用いた注意の程度
- 本人の任務または身上の変化その他一切の事情
長期間にわたる使い込みが見過ごされていた事案では、会社の管理体制がこの判断で正面から問題になります。裁判では身元保証人の責任を限定的にとらえる例が多いとされ、実務でも交渉の重要な材料になっています。
ただし、「必ずこの割合まで下がる」という決まった数字があるわけではありません。事案の内容や保証人と本人との関係によって幅があります。なお、出向先での行為について身元保証人の責任を否定した裁判例(浦和地判昭和58年4月26日)もあり、勤務の実態がどうであったかも検討材料になります。
発覚後に署名を求められる書面は、入社時のものとは別物
被害額がある程度固まった段階で、会社が家族に「返済の連帯保証人になってほしい」と求めてくることがあります。これは金額の確定した債務についての保証であり、根保証の極度額の規制や、身元保証法の期間の制限が、そのままの形では働きません。結果として、入社時の身元保証書より重い負担になることがあります。
もっとも、責任制限の規定が及ぶかどうかは書面の表題では決まらず、その内容によって判断されます。最高裁は、横領による損害の全額が明らかでない段階で親族から損害賠償の責任を負う旨の念書を得た事案について、身元保証法5条の適用があるとしました(最一小判昭和57年12月2日)。金額が確定していない包括的な引き受けであれば、名称が念書や誓約書であっても、同法の枠組みが働く余地があるということです。
署名を求められたときに読むべきなのは、保証する金額が確定しているのか、そして今後発覚するかもしれない分まで含む書き方になっていないかという点です。「その他一切の不正行為についても弁済する」といった一文が入っていれば、その意味を確認しないまま署名しない方が安全です。
何も署名していないのに請求が来ている場合
身元保証書にも返済に関する書面にも名前がないのであれば、その家族に契約上の支払義務は生じていません。会社から「ご家族として責任を持ってほしい」と言われたとしても、それは道義的な要請であって、法的な請求権に基づくものではありません。
注意したいのは、その場のやり取りです。保証契約は書面でしなければ効力を生じませんから(民法446条2項)、口頭で「私が払います」と述べただけで保証人になるわけではありません。もっとも、後日それが独立の支払合意だったと主張される余地までなくなるわけではなく、話し合いの経緯として持ち出されることもあります。
その場で否定も約束もする必要はありません。「本人と内容を確認したうえで回答します」と伝え、請求の根拠となる書面の写しを送ってもらうよう求めるのが、後の選択肢を狭めない対応です。
会社にできること、できないこと
会社が家族の預金口座を直接凍結することはできません。差押えや仮差押えには裁判所の手続が必要で、仮差押命令を得るには、その家族に対する債権の存在と保全の必要性を疎明したうえで担保を立てることが求められます(民事保全法13条・14条・20条)。口座を止めると告げられたとしても、その言葉だけで手続が進むわけではありません。
一方、会社が本人を刑事告訴すること自体は権利の行使であり、その方針をあらかじめ伝えることが直ちに違法になるとは限りません。ただし、深夜早朝の繰り返しの連絡、勤務先や近隣への告知、長時間にわたる面談の拘束といった態様は別の問題を生じさせます。やり取りの日時と内容は、その都度記録に残しておきます。
家族が本人に代わって支払うとき
家族が本人の債務を弁済すること自体は可能です(民法474条)。ただし親族が当然に「正当な利益を有する者」として扱われるわけではないため、本人から依頼を受けて支払うという形を整えておくのが実務上は無難です。支払ったお金を本人への贈与とするのか貸付とするのかは、後日の税務上の扱いにも関わるため、金額が大きい場合は税理士に確認することも考えられます。
身元保証人や連帯保証人として支払った場合、本人に対して求償することができます(民法459条以下)。実際に回収できるかは別として、家族の中でどう清算するのかは、支払う前に話しておいた方が後の争いを減らせます。
支払いを決める前に確認しておきたいこと
- 会社が主張する金額の内訳と、その計算根拠となる資料
- 手元にある身元保証書の写し(提出日、保証期間、極度額の記載の有無)
- 過去に会社から身元保証人あてに通知が届いていたかどうか
- 署名を求められている書面が、確定額の保証か、将来分を含む包括的なものか
- 支払った場合に、自分自身の生活と家計をどこまで続けられるか
最後の点は見落とされがちです。自宅を手放す、老後の資金を全額充てるといった選択は、いったん実行すると戻すことができません。会社との合意は、金額だけでなく分割の期間や条件も交渉の対象になり得ます。金額そのものと同じくらい、支払い方を検討する価値があります。
本人の刑事手続との関係
身元保証人が本人の刑事責任まで負うことはありません。共同して使い込んでいたといった事情がない限り、保証人が業務上横領で捜査の対象になることは想定されません。負うのは、あくまで民事上の賠償責任です。
他方で、被害の回復が進んでいることは、検察官が起訴・不起訴を判断する際の事情の一つとして考慮され得ます(刑事訴訟法248条)。会社が早期の支払いを求めてくる背景には、この点を踏まえた交渉という側面もあります。
もっとも、支払えば必ず処分が軽くなるという関係ではありません。また、家族が返済の見通しの立たない金額を引き受け、生活が立ち行かなくなれば、本人がやり直していくうえでも支障になります。急ぐ理由があること自体は事実ですが、それは書面の内容を確認する時間を取ることと、必ずしも両立しないものではありません。
相談を考えるタイミング
- 会社から身元保証人あてに通知や請求書が届いたとき(返答や署名をする前)
- 金額と支払方法の話し合いが始まったとき(連帯保証や公正証書を求められた段階)
- すでに署名してしまったあと(内容によっては、その後の交渉で調整する余地が残っていることがあります)
身元保証人への請求は、書面が有効かどうか、期間内の損害かどうか、責任額をどう見るかという複数の論点が重なります。会社が示した金額がそのまま支払うべき金額とは限らない一方で、確認しないまま長く放置すれば、選べる対応が減っていくのも事実です。手元の書面と会社からの連絡を揃えたうえで、早い段階で法律の専門家に相談されることをおすすめします。


