放置自転車に乗って帰った|「借りただけ」は通用するか
店の商品をかばんに入れてしまったが、レジを通る前に棚へ戻した。持ち出した物を、後日そっと元の場所に置いてきた。持ち主から指摘を受けて、その場で返した。いずれの場合も頭に浮かぶのは、「返したのだから、もう問題にはならないのではないか」という疑問だと思います。
先に結論を申し上げると、返したという事実は、犯罪が成立するかどうかの判断と、どのような処分になるかの判断とで、働き方が大きく異なります。成立の場面ではほとんど動かず、処分の場面では意味を持ちます。そして、返し方によっては、返す行為そのものが新たな問題を生むこともあります。
この記事では、返還が窃盗罪の成否に与える影響と、処分の見通しに与える影響を分けて整理したうえで、返した後に何が残るのかを説明します。
この記事が想定している場面
次のような場面を想定しています。
・店の商品をかばんやポケットに入れたが、レジを通らずに店内で棚へ戻した
・持ち出してから気が変わり、店や持ち主のもとに返した
・持ち主に気づかれた後、指摘を受けて返した
・警察や店舗から連絡が来たので、その前後に返した
いずれも、他人の物をいったん自分の側に移したという点では共通しています。一方で、最初から借りるつもりだった場合や、自分の物と取り違えた場合は、後で述べるとおり別の問題として扱われます。
「返すつもりだった」と「返した」は別の話
この二つは日常の言葉としては近いのですが、法律上の位置づけが違います。ここを混ぜてしまうと、取調べでの説明も、見通しの立て方も、ずれていきます。
返すつもりだったという説明は、成立の入口の話
窃盗罪が成立するには、他人の財物を窃取したことに加えて、不法領得の意思が必要と解されています。判例は、これを権利者を排除して他人の物を自己の所有物としてその経済的用法に従い利用し、または処分する意思と説明しています(大審院大正4年5月21日判決)。
持ち出した時点で返すつもりしかなかったという説明は、この意思のうち、権利者を排除する部分がなかったという主張になります。一時的な使用にとどまるとして窃盗罪の成立が否定される余地があるのは、この筋道です。ただし、対象となった物の性質、使っていた時間、置かれていた状況によって判断は変わります。
返したという事実は、成立した後の話
これに対して、持ち出した時点では自分の物にするつもりだったが、後になって気が変わり返した、という場合は、意思がなかったという話ではありません。要件を満たした後に、事後の行動として返還があったという整理になります。
検索で見つかる記事の多くは、この二つを同じ章の中で扱っています。しかし、前者は成立するかどうかを争う話、後者は成立を前提に処分を軽くする方向で評価される話であり、準備すべき材料も異なります。
窃盗罪はどの時点で完成するのか
返還の影響を考えるには、犯罪がいつ完成するのかを押さえておく必要があります。
窃盗罪は他人の財物を窃取した場合に成立し、法定刑は10年以下の拘禁刑または50万円以下の罰金です(刑法235条)。なお、2025年6月1日に施行された改正により、それまでの懲役と禁錮は拘禁刑に一本化されています。改正前の表記が残っている解説も見かけますが、現在の条文は拘禁刑です。
完成の時期について、判例は、不法に領得する意思をもって、事実上他人の支配内にある物を自己の支配内に移したときに窃盗罪は既遂に達するとしており、犯人がそれを自由に処分できる安全な場所まで持ち去ることまでは求めていません(最高裁判所昭和23年10月23日判決)。
つまり、占有が移った時点で完成します。その後に返しても、いったん満たされた要件が消えるわけではありません。
店の中で棚に戻した場合
実務では、店舗内で商品を自分のかばんやポケットに入れた時点、遅くともレジを通らずに店外へ出た時点をとらえて既遂と扱う運用が広く見られます。
もっとも、店内にとどまっている段階では、まだ店の管理が及んでいるとみる余地もあり、どの時点で占有が移ったといえるかは、商品の大きさ、隠した方法、店内での動き方などによって判断が分かれることがあります。この点は、防犯カメラの映像や保安担当者の記録がどこまで残っているかとも関わってきます。
返したことで未遂や中止になるのか
窃盗罪には未遂を罰する規定があります(刑法243条)。未遂には、外部の事情によって遂げられなかった場合と、自分の意思で中止した場合があり、後者については刑を減軽するか免除することとされています(刑法43条ただし書)。
ここで注意が必要なのは、これらはいずれも、実行に着手したものの遂げていない段階についての規定だという点です。占有がすでに移った後に返す行為は、この条文が予定している中止にはあたらないと考えられています。
「返したのだから未遂で済むのではないか」という理解は、この点で実際とずれていることが多く、そのまま取調べで主張しても受け入れられにくい部分です。
返したことが意味を持つのは処分の場面
では、返還にはまったく意味がないのかというと、そうではありません。むしろ、実際の見通しを左右するのはこちらの側です。
検察官は、犯人の性格、年齢及び境遇、犯罪の軽重及び情状並びに犯罪後の情況を考慮し、訴追を必要としないときは公訴を提起しないことができるとされています(刑事訴訟法248条)。返還は、この犯罪後の情況にあたる事情です。起訴された場合の量刑でも、同じように考慮されます。
ただし、返還だけで被害の回復が終わるわけではありません。被害回復には段階があり、どこまで進んでいるかで見られ方が変わります。
| 段階 | 内容 | 残っている問題 |
|---|---|---|
| 現物の返還 | 持ち出した物そのものを戻す | 価値が落ちた分や、対応に要した負担は埋まらない |
| 被害弁償 | 金銭で損害を埋める | 相手が受け取るかどうかは相手の判断による |
| 示談 | 賠償に加え、解決の内容を当事者間で書面にする | 成立には相手の同意が要る |
現物を返した段階でとどまっている事案と、示談まで進んだ事案とでは、処分の判断における位置づけが変わります。返したこと自体は出発点にあたる、と考えておくのが実際に近いといえます。
いつ返したかで意味が変わる
同じ返還でも、どの時点で行われたかによって受け止められ方は異なります。
| 返した時点 | 成否への影響 | 処分の場面での位置づけ |
|---|---|---|
| 店内で棚に戻した | 占有が移ったといえるかが争点になり得る | 事件として扱われないまま終わることがある |
| 持ち出した後、気づかれる前 | 成立した後の事情にとどまる | 自発的な行動として評価されやすい |
| 指摘を受けた後 | 同上 | 求められて応じたという位置づけになる |
| 被害届が出された後 | 同上 | 返還だけでは足りず、示談の有無が見られる |
| 捜査が始まった後 | 同上 | 返し方によっては別の見方をされることがある |
早い段階での自発的な返還ほど、事情として受け止められやすい傾向があります。逆に、捜査が進んでから返した場合は、返したこと自体よりも、その後にどう対応したかが見られます。
返し方が新たな問題を生むことがある
返すこと自体は望ましい行動ですが、方法によっては、かえって説明が難しくなる場面があります。
黙って戻すと、返した事実が残らない
誰にも告げずに元の場所へ置いてきた場合、持ち主の側では、返ってきたのか、そもそも無くなっていなかったのかが分かりません。後から返したと説明しようとしても、それを裏づける材料がないことになります。
被害弁償として評価してもらうには、いつ、誰が、何を返したのかが分かる形にしておく必要があります。
返すために立ち入ると、別の罪が問題になる
人の住居や、管理されている建物に正当な理由なく立ち入る行為は、住居侵入罪や建造物侵入罪の対象となり、法定刑は3年以下の拘禁刑または10万円以下の罰金です(刑法130条)。返すためであっても、無断で他人の住居や事務所に入れば、この問題が生じます。
店舗の場合、通常の入店であれば問題になりませんが、以後の来店を断られている状況で立ち入ったときは、扱いが変わることがあります。
捜査が始まった後の直接の接触
被害届が出された後や、警察から連絡が来た後に、本人が直接持ち主のところへ出向くと、返すつもりの行動であっても、証拠に働きかけたと受け取られることがあります。身柄を拘束するかどうかを判断する場面では、罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由があるかどうかが考慮されます(刑事訴訟法60条1項2号)。
この段階では、代理人を通じて連絡を取る形にしたほうが、余計な誤解を避けやすくなります。
返しても残るもの
返還が済んでも、次の点は変わりません。
・窃盗罪は原則として親告罪ではないため、持ち主が処罰を求めていなくても手続が進むことがある
・公訴時効の期間は返還によって変わらず、窃盗罪は7年です(刑事訴訟法250条2項4号)
・物が戻っても、価値が落ちた分や、探すために要した負担についての賠償の問題は残る(民法709条)
・同じような行為を繰り返している事案では、返還よりも繰り返しの事実のほうが重く見られることがある
返しに行くことは自首になるのか
罪を犯した者が捜査機関に発覚する前に自首したときは、刑を減軽することができるとされています(刑法42条1項)。
ここでいう自首は、捜査機関に対して自分の犯行を申告することを指します。持ち主に物を返す行為そのものは、これにあたりません。また、持ち主が既に被害届を出しているなど、捜査機関が事件と犯人を把握している段階では、後から出頭しても自首としては扱われないことになります。
もっとも、自首にあたらない出頭であっても、事件後の行動として考慮されることはあります。返しに行くかどうかと、捜査機関に申告するかどうかは、別々に判断する問題だと整理しておくとよいでしょう。
現金や、使ってしまった物の場合
現金を持ち出した場合、同じ紙幣や硬貨を返すことは通常できません。同額を渡しても、それは現物の返還というより被害弁償に近い位置づけになります。
食品や消耗品のように使ってしまった物、包装を開けてしまった物も同じです。同じ商品を買って返す方法をとることがありますが、店舗によっては受け取りを断ることもあります。
返せる形が残っていないときは、金銭で埋めるほかありません。その場合、金額をいくらとするかで話がまとまらず、当事者だけで進めると行き違いが起きやすい部分です。
取調べで「返した」と説明するとき
返したことは、自分に有利な事情として述べたくなる内容です。ただし、返したという説明は、持ち出したことを前提としています。
身に覚えのある部分と、覚えのない部分が混ざっている事案では、返したと述べることによって、覚えのない部分まで一緒に認めた形になってしまうことがあります。とくに余罪の有無を聞かれている場面では、どこまでを述べるかが後の処分に影響します。
また、調書は自分が話したとおりに書かれているとは限りません。読み聞かせを受けた段階で違う部分があれば、訂正を申し立てることができます。署名を求められたときに、その場で読み返す時間をとることは差し支えありません。
いま整理しておくとよいこと
次の点を書き出しておくと、相談の際に話が早く進みます。
1 持ち出した物の内容と、おおよその価格
2 持ち出した日時と場所
3 返した日時、返した方法、返した相手
4 返したことを裏づける材料(防犯カメラに映る時間帯、メッセージのやり取り、郵送の記録など)
5 持ち主から何か言われているか、書面に署名していないか
6 警察や店舗から連絡が来ているか、来ているならいつ、どこからか
まとめ
・窃盗罪は、他人の支配内にある物を自分の支配内に移した時点で完成する
・返した事実によって、いったん満たされた要件が消えるわけではない
・占有が移った後の返還は、中止未遂として扱われるものではない
・返還が意味を持つのは、起訴するかどうかや量刑を判断する場面である
・被害回復には現物の返還、被害弁償、示談という段階があり、返しただけでは終わらないことが多い
・早い段階での自発的な返還ほど、事情として受け止められやすい
・黙って戻すと、返した事実を裏づける材料が残らない
・返すために無断で立ち入ると、別の罪が問題になることがある
・捜査が始まった後の直接の接触は、誤解を招くことがある
・最初から返すつもりだったという説明と、後から返したという事実は、別の話として扱う必要がある
返したという事実は、その時点と伝え方によって受け止められ方が変わります。何をどこまで説明するのが適切かは事案ごとに異なりますので、返した後の対応に迷っている段階で、早めに弁護士へご相談ください。


