電話や対面で強い言葉を使った|害悪の告知の「具体性」はどこまで必要か
「侮辱罪が厳罰化された」という言葉は広く知られましたが、では何が変わったのかとなると、整理されていないことが少なくありません。過去の書き込みや口論を思い返し、「もう時間が経っているから大丈夫か」「侮辱罪で逮捕されるのか」とご相談に来られる方がいます。
令和四年の改正で変わったのは刑の重さと、それに連動する手続上の取扱いであり、侮辱罪が成立する範囲そのものは変わっていません。一方で、公訴時効と逮捕の取扱いは実務上はっきりと変わりました。投稿や発言をした側の立場から、動いた点と動いていない点を条文と公的資料に沿って整理します。
改正で変わったのは刑の重さで、成立する範囲ではない
侮辱罪は、事実を摘示せずに、公然と人を侮辱した場合に成立します(刑法二三一条)。「公然と」は不特定または多数の人が認識できる状態を、「侮辱」は他人に対する軽蔑の表示を指すと説明されています。
改正前の法定刑は「拘留又は科料」だけで、刑法の罪の中でいちばん軽いものと位置づけられていました。拘留は一日以上三十日未満の拘置(刑法一六条)、科料は千円以上一万円未満の支払い(刑法一七条)です。
令和四年六月に成立した刑法等の一部を改正する法律により、同年七月七日から法定刑が引き上げられました。改正当時の条文は自由刑の呼び名が現在と異なりますが、令和七年六月一日に拘禁刑へ一本化されたため、現行の内容は次のとおりです。
| 項目 | 改正前 | 改正後(現行) |
|---|---|---|
| 法定刑 | 拘留又は科料 | 一年以下の拘禁刑若しくは三十万円以下の罰金又は拘留若しくは科料 |
| 公訴時効 | 一年 | 三年 |
| 教唆・幇助 | 処罰の対象外 | 処罰の対象になり得る |
| 逮捕状による逮捕 | 住居不定などの場合に限られる | その制限がなくなる |
| 現行犯逮捕 | 住居氏名が不明などの場合に限られる | その制限がなくなる |
押さえておきたいのは、法務省のQ&Aが「今回の改正は法定刑を引き上げるのみであり、侮辱罪が成立する範囲は全く変わりません」と明記している点です。それまで処罰できなかった行為が新たに処罰できるようになったわけではなく、国会の附帯決議でも、この点の捜査機関への周知徹底が求められています。なお、施行日より前の行為には改正前の法定刑が適用されます。
引上げに伴って動いた四つの取扱い
法務省のQ&Aは、引上げに伴う変更として次の四点を挙げています。
・教唆犯と幇助犯について、これまでは刑法六四条により処罰できなかったが、その制限がなくなった
・公訴時効期間が一年から三年になった(刑事訴訟法二五〇条二項六号・七号)
・逮捕状による逮捕について、被疑者が定まった住居を持たない場合や正当な理由なく出頭の求めに応じない場合に限るという制限(刑事訴訟法一九九条一項ただし書)がなくなった
・現行犯逮捕について、犯人の住居や氏名が明らかでない場合や逃亡のおそれがある場合に限るという制限(刑事訴訟法二一七条)がなくなった
「厳罰化で何が変わったのか」への実質的な答えは、この四点です。刑の上限そのものより、時間の区切りと身柄の扱いという手続面の変化のほうが、当事者にとって影響が大きい場面があります。
公訴時効が三年になったことの実務上の意味
公訴時効は、犯罪行為が終わった時点から一定期間が過ぎると起訴ができなくなる制度です。改正前は法定刑が拘留・科料だけだったため一年でしたが、罰金と自由刑が加わって三年になりました。
この二年の差がどれほど効いているかは、法務省が令和七年に開いた検討会の資料から読み取れます。施行日以降の行為のうち侮辱罪だけで処断され、裁判が確定したものについて、犯行から事件処理までの期間が集計されています。インターネット上の事案では、一年以内に処理されたものが五十四パーセントで、残る四十六パーセントは一年を超えていました。一年六か月以内が二十五パーセント、二年以内が十五パーセント、それ以上のものもあります。
改正前の一年という期間のままであれば、実際に処理された事案の半数近くが間に合わなかった計算です。発信者を特定する手続に時間がかかるネット事案では、時効の伸長が起訴の可否そのものを左右していたことになります。対面などの非インターネット事案では、およそ八割が一年以内に処理されており、もともと時間はかかっていません。
もっとも、「三年経てば安心か」という問いには慎重にお答えする必要があります。起算点は犯罪行為が終わった時点で、書き込んだ日付とずれる場合もあります。民事上の責任は、これとは別の時間軸で動きます。
さらに、侮辱罪は親告罪であり(刑法二三二条一項)、告訴には犯人を知った日から六か月という別の制限があります(刑事訴訟法二三五条一項)。誤解が生じやすいのですが、告訴は起訴の条件であって、捜査を始めるための条件ではありません。告訴が出されていない段階でも、捜査機関が事情を確認すること自体は可能です。逆に、告訴が取り消されれば起訴はできなくなります。話し合いが処分に直結するのは、この構造があるためです。
逮捕の制限は外れたが、逮捕の要件は変わっていない
改正により、住居不定などの事情がなくても逮捕状を請求できるようになりました。ここだけを取り出すと、逮捕されやすくなったように見えます。ただし、外れたのは上乗せされていた制限であって、逮捕そのものの要件は変わっていません。逮捕状による逮捕には、正当行為などの違法性を阻却する事由がないことを含めて罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由があり、かつ逮捕の必要性があることが求められ、これを裁判官があらかじめ判断します。
現行犯逮捕については、法務省のQ&Aがさらに踏み込んでいます。現行犯逮捕は犯罪であることが明白で犯人も明白な場合にしか行えないところ、侮辱は表現行為であるため、正当行為に当たらないことがその場の状況だけで明白といえる場面は実際上想定されない、というのが政府の見解です。
数字もこの説明と整合しています。改正法の施行後、令和七年六月三十日までに検挙された事件について警察庁が集計したところ、検挙人員五百三十八人のうち身柄を拘束されなかった方が九十七パーセント、通常逮捕が三パーセントで、現行犯逮捕はゼロでした。検討会でも、警察において侮辱罪で現行犯逮捕した事例はないとの説明がなされています。なお現行犯逮捕は警察官でなくても行えますが(刑事訴訟法二一三条)、要件は同じで、満たさないまま取り押さえればその方自身が民事上・刑事上の責任を問われる可能性があります。もっとも、逮捕がまれであることと、事件として扱われないこととは別で、多くは在宅のまま手続が進みます。
実際の処分はどうなっているのか
法務省が公表した事件処理状況によると、施行日以降の行為のうち侮辱罪だけで処理されたものは、インターネット上の事案で不起訴が五十四パーセント、略式命令請求が三十四パーセント、家庭裁判所送致が十パーセント、公判請求が二パーセント。非インターネット事案では不起訴が七十九パーセント、略式命令請求が十九パーセントとなっています。
言い渡された刑の内訳は次のようになっています。
| 刑の内容 | インターネット事案 | 非インターネット事案 |
|---|---|---|
| 科料 | 十八パーセント | 五十三パーセント |
| 罰金十万円未満 | 三パーセント | 三パーセント |
| 罰金十万円以上二十万円未満 | 七十一パーセント | 四十三パーセント |
| 罰金二十万円以上三十万円未満 | 三パーセント | 一パーセント |
| 罰金三十万円以上 | 五パーセント | 計上なし |
この集計では、自由刑を言い渡された方は計上されていません。検討会の報告書も、自由刑はほとんど利用されておらず、科料となった事案も相当数あって一律に重い処罰がされているわけではない、と整理しています。ネット事案では罰金十万円台が七割を占めるのに対し、対面などの事案では科料が半数を超えており、伝播性の高い行為ほど重く扱われる傾向が読み取れます。ただし罰金も科料も刑罰であり、略式命令で終わった場合でも前科として記録に残ります。
なお、侮辱罪はネット上の行為だけを対象とする罪ではありません。法制審議会の部会に提出された事例集には、掲示板やSNSへの書き込みのほか、集合住宅の郵便受けへの文書の投函、駅や商業施設への貼り紙、路上や店内での発言といった事案が並びます。検挙された事件では、被害者が公務員以外だったものが九十六パーセントでした。
侮辱罪には名誉毀損罪のような免責の条文がない
名誉毀損罪には、公共の利害に関する事実で、専ら公益を図る目的があり、真実であることが証明されれば処罰しないという規定があります(刑法二三〇条の二)。しかし侮辱罪に、これに対応する条文はありません。事実の摘示を伴わない罪なので、真実かどうかを証明する枠組みがなじまないためです。
表現の自由との調整は、刑法三五条の正当行為で行われます。法務省のQ&Aも、侮辱罪の要件に当たったとしても、公正な論評といった正当な表現行為は処罰されないと説明しています。明文の規定を設けるべきかは検討会でも議論されましたが、同条が適用されて無罪とされた事案があることなども踏まえ、引き続き同条による解決に委ねるという整理になりました。
「批判のつもりだった」という説明が通るかどうかは、対象が公共的な事柄だったか、表現が人格そのものを否定する方向に向かっていないか、繰り返しの程度はどうかといった事情の積み重ねで判断されます。
令和八年二月の検討会報告書が示したこと
改正法の附則には、施行後三年を経過したときに外部の有識者を交えて施行状況を検証する旨が定められていました。これを受けて法務省は令和七年九月に「侮辱罪の施行状況に関する刑事検討会」を設置し、七回の会議を経て令和八年二月に取りまとめ報告書を公表しています。
検討されたのは、法定刑をさらに引き上げるべきか、ネット上の誹謗中傷に加重処罰の規定を設けるべきか、公然性のないやり取りも処罰対象とすべきか、表現の自由との調整規定や死者に対する侮辱罪を設けるべきか、といった論点です。報告書は、いずれについても、現時点で直ちにさらなる措置を講じるべきであるとの結論には至らなかったとしています。
一方で、ネット上の誹謗中傷をめぐる現状は依然として憂慮すべき状況にあり、運用状況を注視する必要があるとも述べられています。当面は現在の枠組みが続くと考えられる一方、見直しの議論が再び動く余地は残されている、という状況です。なお、ダイレクトメッセージのような公然性のないやり取りは現行法では侮辱罪の対象になりませんが、内容によっては別の責任が問題になり得ます。
心当たりがある段階で整理しておきたいこと
・いつ、どこで、どのような文言を用いたのか(日付が時効の起算点に関わります)
・不特定または多数の人が見られる状態だったのか、個別のやり取りだったのか
・具体的な事実を挙げたのか、評価や感想を述べたにとどまるのか
・相手とのそれまでの経緯や、相手側の言動があったかどうか
・同じ相手に対して繰り返していないか、他にも同種の投稿がないか
これらは、罪名が侮辱罪と名誉毀損罪のどちらになるか、正当行為の主張が成り立つか、処分がどこに落ち着くかを見立てる材料になります。
控えたほうがよい対応
・相手に直接連絡を取って、投稿の削除や取り下げを求めること
・アカウントごと削除してしまうこと(経緯を説明する材料まで失われることがあります)
・第三者に依頼して相手の周辺に働きかけること
・呼び出しの連絡を放置すること
・記憶があいまいなまま、聞かれた内容にその場で合わせて答えること
とくに相手への直接の連絡は、事態を落ち着かせるつもりでも別の問題を生じさせることがあります。話し合いが必要な場面では、代理人を介する形が無難です。
よくあるご質問
【三年以上前の書き込みでも問題になりますか】
侮辱罪としての起訴は、犯罪行為が終わってから三年を過ぎるとできなくなります。ただし、民事上の損害賠償請求は時間の区切りが異なります。
【相手が先に自分を中傷していた場合はどうなりますか】
先に受けた言動は、動機や経緯として考慮される事情になり得ます。検討会でも、裁判所は動機や経緯、相手方の言動等も認定した上で判断しているとの整理がされています。ただし、それだけで成立が否定されるとは限りません。
【会社や店舗に対する書き込みでも侮辱罪になりますか】
「人」には法人も含まれると解されており、内容によっては信用毀損罪や業務妨害罪が問題になる場面もあります。
まとめ
・改正で変わったのは刑の重さであり、侮辱罪が成立する範囲そのものは変わっていない
・引上げに伴い、教唆・幇助の処罰、公訴時効、逮捕状による逮捕、現行犯逮捕の四点で取扱いが動いた
・公訴時効は一年から三年になり、ネット事案では処理までに一年を超えたものが四割半を占める
・親告罪であり、告訴期間は犯人を知った日から六か月。告訴は起訴の条件であって捜査の条件ではない
・逮捕の上乗せ制限は外れたが要件自体は変わらず、身柄不拘束が九十七パーセント、現行犯逮捕はゼロだった
・処分は不起訴が半数以上を占め、刑もネット事案は罰金十万円台、対面事案は科料が中心である
・表現の自由との調整は、免責規定ではなく刑法三五条の正当行為に委ねられている
・令和八年二月の検討会報告書は、直ちにさらなる措置を講じる結論には至らなかったとしている
過去の投稿や発言に心当たりがあり、連絡が来るかどうかで落ち着かないという段階でも、事実関係の整理は早いほど選択肢が残ります。当事務所では初回無料でご相談を承っています。


