会社の内部調査(ヒアリング)に呼ばれた|話す前に整理すべきこと
商品やサービスの代金、貸し借りしたお金、個人どうしの取引。あとになって相手から「これは詐欺だ」「返金してほしい」と言われ、対応に迷っている方は少なくありません。「警察に行く」「被害届を出す」という言葉が続くと、事実関係を落ち着いて確かめる前に、その場で返金を約束してしまうこともあります。
もっとも、「詐欺だ」という言葉は、相手方がそう評価しているという主張であって、それだけで返金の義務が生じたり、刑事事件になることが決まったりするわけではありません。他方で、「詐欺ではない」と言えたとしても、返金の義務がないことにはなりません。この二つは、混同されやすいところです。
この記事では、「詐欺だ」と言われて返金を求められている方に向けて、民事の紛争と刑事の境界がどこにあるのか、何をどの順番で確かめればよいのかを整理します。
「詐欺だ」という言葉には、性質の違う3つの問題が混ざっている
相手が「詐欺だ」と言うとき、そこには次の3つが混ざっていることがほとんどです。混ざったまま考えると、話がかみ合わなくなります。
| 問題 | 中身 | 最終的に判断するのは |
|---|---|---|
| ①刑事の問題 | 刑法の詐欺罪が成立するか | 捜査機関と裁判所 |
| ②民事の問題 | 返金や賠償の義務があるか | 当事者の協議、最終的には裁判所 |
| ③要求の仕方の問題 | 求め方が違法な域に入っていないか | 同上 |
押さえておきたいのは、①と②が連動しないことです。刑事の詐欺罪にあたらなくても、民事の返金義務が残る場面はありますし、返金の義務があるからといって、それが直ちに犯罪になるわけでもありません。まずはこの3つを分けるところから始めます。
刑事の詐欺罪は、どこで線が引かれるのか
条文と成立の枠組み
詐欺罪は刑法246条1項に定められており、人を欺いて財物を交付させた場合に成立します。法定刑は10年以下の拘禁刑です(2025年6月1日施行の改正で、懲役と禁錮は拘禁刑に一本化されました)。罰金刑の定めがなく、未遂も処罰されます(同法250条)。親告罪ではないため、告訴がなくても捜査の対象になり得ます。公訴時効は7年です。
成立には、①相手を欺く行為、②それによる相手の勘違い、③財産の交付、④財産の移転という連鎖と、受け取った時点での故意が必要とされています。
判断される時点は「結果が違ったとき」ではない
実務でよく問題になるのは、この故意をいつの時点で見るかです。判断されるのは、お金や物を受け取ったその時点で、相手を欺く認識があったかどうかです。
約束したとおりに返せなかった、想定した成果が出なかった、事業が続かなかったという事後の事情は、それ自体としては民法上の債務不履行(民法415条)の問題であり、直ちに犯罪になるわけではありません。取引や貸し借りの結果が相手の期待と違ったことと、最初から欺いていたこととは、別の話です。
ただし「そんなつもりはなかった」だけでは足りない
内心は直接見えないため、実際には次のような客観的な事情から推し量られます。
- 同じ時期に、複数の相手から似た説明で金銭を受け取っている
- 返済や履行に充てる原資が、当初から存在していなかった
- 説明していた使途と、実際の使い道が大きく食い違っている
- 受け取った直後に連絡先を変えている、応答をやめている
- 収入、勤務先、取引の実績などについて、事実と異なる説明をしていた
これらが重なるほど、「最初から欺いていたのではないか」と評価されやすくなります。逆に、履行に向けて実際に動いた形跡や、途中で事情が変わったことを示す資料が残っていれば、それが説明を支える材料になります。だからこそ、この段階で記録を消さないことが重要になります。
刑事にならなくても、返金の義務が残ることがある
ここが本記事のもっとも大切なところです。「詐欺ではない」と言えたとしても、返金を求める側には、詐欺罪とは別の根拠がいくつも用意されています。
| 相手が使いうる根拠 | どのような場合か | 返る範囲の考え方 |
|---|---|---|
| 詐欺・強迫による取消し(民法96条) | 欺かれて契約をした場合 | 契約がなかったことになり、受け取った物を返す |
| 錯誤による取消し(民法95条) | 重要な点に勘違いがあり、それが前提として示されていた場合 | 同上 |
| 契約不適合(民法562条〜564条) | 引き渡した物や役務が契約の内容に合っていない | やり直し・修補、代金の減額、解除 |
| 債務不履行による解除(民法541条・542条) | 約束した内容が果たされていない | 解除して原状回復(民法545条1項) |
| 不当利得(民法703条・704条) | 法律上の原因なく利益を得ている | 受けた利益の返還 |
| 不法行為(民法709条) | 違法な行為で損害を与えた | 生じた損害の賠償 |
| 消費者契約法4条 | 事業者が消費者に、事実と異なる説明、断定的判断の提供、不利益な事実の不告知などをした場合 | 契約の取消し |
| 特定商取引法のクーリング・オフ | 訪問販売、電話勧誘販売、特定継続的役務提供などの契約 | 期間内なら無条件で解除 |
実務では、「詐欺」よりも、消費者契約法や契約不適合の問題として決着する事案のほうが多いといえます。事業として消費者に商品や役務を提供している方は、この点の確認が欠かせません。
クーリング・オフは、訪問販売、電話勧誘販売、特定継続的役務提供(エステ、美容医療、語学教室、家庭教師、学習塾、パソコン教室、結婚相手紹介サービス)、訪問購入で法定書面を受け取った日から起算して8日間、連鎖販売取引や業務提供誘引販売取引では20日間とされています。インターネット通販にはこの制度がありませんが、広告に返品の可否や条件の表示がない場合には、商品を受け取った日から8日間の返品が認められます(返送費用は購入者の負担です)。
したがって、「詐欺ではないのだから一円も返さない」という構えは、必ずしも安全ではありません。「詐欺」という名目を離れて、相手の言い分が上の表のどれに対応するのかを見ていくほうが、結果として負担が小さくなることがあります。逆に、根拠が上のどれにも当たらないのであれば、その点を落ち着いて説明することができます。
相手の求め方が線を越える場合
返金を求めること自体は、正当な権利の行使であり得ます。判例は、権利を持つ者がそれを実行することは、権利の範囲内であり、かつその方法が社会通念上一般に忍容すべきものと認められる程度を超えない限り違法とならないが、その範囲や程度を逸脱すれば違法となり、恐喝罪が成立することがあるとしています(最高裁昭和30年10月14日判決)。そして、逸脱した場合には、実際の債権額のいかんにかかわらず、交付を受けた金額の全部について恐喝罪が成立し得るとされています。
恐喝罪の法定刑は10年以下の拘禁刑で、未遂も処罰されます(刑法249条、250条)。義務のないことを行わせようとする場合には、強要罪(同法223条)が問題になることもあります。
線が動きやすいのは、次のような場面です。
- 返金額の根拠が示されないまま、金額だけが提示されている
- 「今日中に」「今ここで現金で」など、確認する時間を与えない期限が切られている
- 返金と関係のない条件(SNSでの公表、勤務先や取引先への連絡、謝罪文の掲示など)が持ち出されている
- 深夜や早朝の連絡、長時間の電話、自宅や店舗への繰り返しの来訪が続いている
もっとも、「返金がなければ法的手続をとる」「被害届を出す」と予告すること自体は、直ちに違法とはいえません。相手が正当な不満を持っている可能性もあります。相手の言い方が強いことと、要求の中身に根拠があるかどうかは、切り離して考える必要があります。
「警察に行く」「被害届を出す」と言われたとき
被害届や告訴は、原則として誰でも申し出ることができ、警察は犯罪による被害の届出を受けたときはこれを受理する取扱いとされています(犯罪捜査規範61条)。ただし、受理されることと、事件として立件され、起訴されることとは別です。契約や貸し借りをめぐる争いの色が濃い事案では、当事者間の民事の問題として慎重に扱われることも少なくありません。
他方で、「民事の話だから警察は動かない」と決めつけるのも危険です。前章までに挙げたような事情が重なっていれば、事情を聴かれる可能性はあります。任意の聴取であっても、いったん作成された供述調書は、後から覆すことが容易ではありません。呼び出しの連絡があった段階で、事実関係を時系列で整理しておくこと、記憶が曖昧な部分は曖昧なままにしておくこと、必要に応じて事前に弁護士に相談することをおすすめします。
返金に応じるかどうかは、二段階で考える
第一段階=法的な義務があるか
まず、前掲の表に照らして、返す義務があるのか、あるとして全部なのか一部なのかを確かめます。契約書、見積書、やり取りの記録、入出金の記録を並べる、地道な作業です。事実関係を確かめる前に「責任はない」と言い切ってしまうと、後で法的責任があると分かったときに、かえって話がこじれることがあります。
第二段階=義務がなくても応じるか
義務がないと考えられる場合でも、争いを長引かせない選択として、一部の返金に応じることはあり得ます。これは経営上・生活上の判断であって、責任を認めたことを意味するものではありません。ただし、あとで蒸し返されないよう、条件を書面にしておくことが大切です。
- 返金額、支払方法、支払期日を明記する
- 本件に関して当事者間に他に債権債務がないことを確認する条項(清算条項)を入れる
- 返金が責任を認めるものではない旨を確認する文言を入れるかどうかを検討する
- 今後同じ件で請求や公表をしない旨を、範囲を限定して定める
先に一部だけ払う・分割を約束するときの注意
内容を詰める前に一部だけ支払ったり、分割払いを約束したりすると、支払義務を認めたものと評価されるおそれがあります。民法では、債務の承認があれば時効の進行が更新されますし(民法152条1項)、取り消すことができる行為について異議をとどめずに一部を履行すると、追認したものとみなされる場合があります(同法125条)。争う余地を残しておきたいのであれば、支払いの趣旨と、争う意思を留保していることを書面に残しておくことです。
今しておきたいこと・避けたいこと
しておきたいこと
- やり取り(メール、メッセージ、通話履歴、録音)を、自分に不利な部分も含めて保存する
- 契約書、見積書、納品や施術の記録、領収書、入出金の記録をそろえる
- いつ、何を、どのように説明したのかを時系列にまとめる
- 連絡の窓口を一つにし、対応した日時と内容を記録する
- 相手が求めている金額とその根拠、期限を、書面かメッセージで示してもらう
避けたいこと
- その場で全額の返金を約束したり、念書や誓約書に署名したりする
- 連絡を断って音信不通になる(欺いていたと評価される方向の事情になり得ます)
- 最初の説明とつじつまを合わせるために、後から話を変える
- SNSや口コミサイトで相手を名指しして反論する(名誉毀損の問題が生じ得ます)
時間の制約
請求できる期間にも限りがあります。おおよその目安は次のとおりです。
- 契約に基づく請求の消滅時効=権利を行使できることを知った時から5年、行使できる時から10年(民法166条1項)
- 不法行為に基づく損害賠償の請求=損害と加害者を知った時から3年、行為の時から20年(民法724条)
- 詐欺・強迫を理由とする取消権=追認をすることができる時から5年、行為の時から20年(民法126条)
- 消費者契約法4条による取消権=追認をすることができる時から1年、契約締結時から5年(同法7条1項)
- 詐欺罪の公訴時効=7年
ただし、時効は放っておけば自動的に完成するものではなく、途中の請求や債務の承認によって進行が変わります。「時間が経てば消える」という見込みだけで対応を先送りするのは、おすすめできません。
まとめ
「詐欺だ」と言われたときに最初にすべきなのは、強く否定することでも、その場で謝って返金することでもありません。相手の言い分を、刑事の問題・民事の問題・要求の仕方の問題の3つに分けることです。
刑事の詐欺罪は、受け取った時点の認識で判断される、限られた範囲の犯罪です。他方で、返金の義務は、詐欺罪とは別の根拠から生じ得ます。そして、相手の求め方が度を越えていれば、それはまた別に評価されます。この3つを分けて見ると、どこに争いがあり、何を確かめれば話が前に進むのかが見えてきます。
請求額が大きい場合、相手からの連絡が繰り返される場合、警察や裁判所からの書面が届いた場合には、返答をする前の早い段階でご相談ください。事実関係を整理したうえで、どこまでが応じるべき筋のもので、どこからが応じる必要のないものかを切り分けていくことができます。


