退職届と懲戒解雇|刑事と労務が同時に動くときの順序
店員とのやり取りで感情的になり、思わず声を荒げてしまった。その場は収まったものの、後になって「あれは威力業務妨害にあたるのではないか」と気になっている。そうしたご相談は少なくありません。
もっとも、声を荒げたことがそのまま罪名に結びつくわけではありません。刑法が問題にしているのは、声の大きさそのものではなく、その言動が店の業務にどのように作用したかです。
この記事では、威力業務妨害罪がどこまでの行為を対象にしているのかを、成立が認められた場面と否定された場面を対比しながら整理します。
条文が求めているのは三つの要素
威力業務妨害罪は刑法234条に置かれ、威力を用いて人の業務を妨害した者は、前条すなわち233条の例によると定められています。罰則は3年以下の拘禁刑または50万円以下の罰金です。
成立が問題になるときは、次の三つが順に検討されます。
・威力を用いたといえるか
・相手方の行為が保護される「業務」にあたるか
・「妨害した」といえる行為があったか
前提として、商品やサービスについて苦情を述べること、返品や説明を求めること自体は、本来正当な行為です。刑事事件として問題になるのは、要求の中身ではなく、それを伝える手段の態様のほうです。
「威力」は声の大きさで測られるわけではない
判例は「威力」を、人の自由意思を制圧するに足りる勢力と説明しています。そのうえで最高裁は、犯行の日時や場所、動機や目的、人数、勢力の態様、業務の種類、被害者の地位など諸般の事情を考慮し、客観的にみて人の自由意思を制圧するに足りるものかどうかで判断すべきであり、現実に相手が自由意思を制圧されたことまでは必要ないとしています(最高裁昭和28年1月30日)。
ここで押さえておきたいのは、判断が相手の受け取り方だけで決まるものではないという点です。対応した店員が気にしていなかったから成立しない、逆に強い衝撃を受けたと述べているから成立する、という単純な結び付き方はしません。基準になるのは、その立場に置かれた普通の人であればどうか、という見方です。
裁判例が「威力」を認めてきた四つの手がかり
言葉によるやり取りが問題になった裁判例を並べると、成立が認められた場面には、おおよそ次のような特徴があります。
| 手がかり | 裁判例に現れた内容 | 店舗で問題になりやすい形 |
|---|---|---|
| 加害を告げる言葉が含まれる | 危害が及ぶことを告げて相手に業務を中止させた | 「店をつぶす」「外で待っている」といった言葉 |
| 多数の勢力を背景にしている | 多数の者が取り囲む、組織的な制裁を背景に要求する | 連れを呼んで複数人で店員を囲む |
| その場を混乱させた | 多くの客がいる食堂で大声で叱責し、店内を騒然とさせた | レジ前や客席で、他の客に聞こえる声で言い続ける |
| 本来の業務以外の対応を強いた | 制止や退去要求を無視して怒号し、担当者が対応を続けざるを得なくなった | 複数の店員が長時間対応に回り、他の業務が止まる |
四つ目は、卒業式で大声や怒号を発した行為について、学校側が本来の業務とは別の対応を続けざるを得なくなった点を重くみた最高裁の判断(平成23年7月7日)に対応するものです。学説には、この考え方は威力として認められるものの下限を示したにすぎないという評価もあり、これだけを取り出して広く適用することには慎重な見方があります。
成立が否定された裁判例もある
一般向けの解説では成立した例ばかりが並びますが、裁判例の中には否定したものもあります。
ある裁判例は、威力を用いて業務を妨害する行為とは、行為の態様、当時の状況、業務の種類・性質などからして、普通の人であれば心理的な圧迫感を覚え、円滑な業務の遂行が困難になるような行為をいうと述べました。そのうえで、担当者に顔を近づけて大声で抗議し、短時間言い争ったという行為については、その立場にある普通の人が心理的な圧迫感を覚え、円滑な業務の遂行が困難になるとまではいえないとして、成立を認めませんでした。現場が人通りのある屋外であったこと、対応にあたる従業員が多数いたこと、担当者自身も強い調子で言い返していたこと、ほかの従業員の業務が困難になった事実がないことなどが考慮されています。
古い裁判例にも、詰め寄ったり相手を困惑させるようなことを言ったとは認められるものの、威力を用いたと認めるには足りないとしたものがあります。
これらが示しているのは、大声を出したという事実だけを取り出して結論が決まるわけではなく、その場の状況、相手の業務の性質、実際に生じた支障を合わせて評価されるということです。
「営業は止まっていない」だけでは決まらない
判例は「妨害した」を、現に業務を止めた場合に限らず、業務の遂行を阻害するに足りる行為があれば足りると解しています。そのため、店が閉まらなかった、レジは動いていた、という事情だけで問題がないと言い切ることはできません。
一方で、業務に支障が生じるおそれのある状態が生じたことは必要とされます。実際の捜査では、次のような具体的な事情が確認されることになります。
・声が届いた範囲(レジ前か、客席全体か、事務所の中か)
・やり取りが続いた時間
・対応にあたった従業員の人数と、その間止まっていた業務
・ほかの客の様子(会計待ちの停滞、退店の有無)
・警察への通報や、売場の一時的な閉鎖があったかどうか
自分の記憶の中でこれらを整理しておくと、後から説明を求められたときに話がぶれにくくなります。
守られているのは店員個人ではなく店の業務
ここでいう業務とは、社会生活上の地位に基づいて反復継続して行う事務や事業を指します。会社が営む店舗はもちろん、個人商店の営業も含まれます。被害を受けたのは業務の主体である店舗側という整理になるため、被害届を出すのも、示談の相手方になるのも、原則として店側です。
そのため、言葉を向けた相手が特定の店員一人であっても、評価されるのは店の業務にどう作用したかという点になります。反対に、店員の身体に手が触れた、物を投げた、その人を貶める言葉を浴びせたという場合には、暴行罪や器物損壊罪、侮辱罪などが別に検討されることがあります。
電話やメールでのやり取りが続いた場合
問題になる場面は店頭に限りません。電話が繰り返された事案では、回数、時間帯、応対者を拘束した時間の長さが評価の対象になります。深夜を含めて短時間に多数回の電話をかけた行為で立件された例も報じられています。
なお、事実と異なる内容を告げて店に対応させた場合は、威力ではなく偽計業務妨害(233条)の問題として扱われることがあります。おおまかにいえば、公然と勢いを示す形であれば威力、相手の誤信や不知を利用する形であれば偽計と整理されることが多く、どちらで構成するかは捜査機関の判断によります。
「妨害するつもりはなかった」という言い分の扱い
多くの方が口にされるのが、店を困らせるつもりはなく、納得のいく説明がほしかっただけだという説明です。
裁判例は、この罪の故意について、威力を用いる認識と、その結果として業務を妨害するおそれのある状態が生じることの認識があれば足りるとしています。つまり、営業を止めてやろうという積極的な目的までは求められていません。目的が苦情の申立てや返金の要求であったことは、故意そのものを打ち消す事情というより、処分や量刑を考えるときに考慮される事情として位置づけられます。
退店を求められた後の言動は別の問題になる
一つの出来事が、複数の罪名で検討されることは珍しくありません。
・帰るよう求められた後も店内や事務所にとどまり続けた場合は、不退去罪
・商品や什器を壊した場合は、器物損壊罪
・相手の身体に手が出た場合は、暴行罪や傷害罪
・義務のないことを求めて謝罪や念書を迫った場合は、強要罪
どこまでが一連の行為として評価されるかは、時間の連続性や場所の同一性によって変わります。ご自身では一つの出来事と考えていても、手続の上では複数の事実として整理されることがあります。
その場で終わらなかった場合の流れ
通報を受けて警察官が臨場した場合、その場で現行犯として扱われることもあれば、氏名や連絡先の確認だけで一旦帰宅となることもあります。後者でも、それで終わりとは限りません。
店側が被害届を出した場合には、防犯カメラの映像、会員情報やポイントカードの記録、レシート、電話の発信履歴などから、後日連絡が入ることがあります。呼び出しの連絡を受けた段階で、記憶が新しいうちに、日時、居合わせた人、やり取りの順番を書き出しておくと、説明が整理しやすくなります。
示談の相手方は「店」になる
被害者が法人である場合、窓口が店舗ではなく本社の担当部署や顧問弁護士になることがあります。話を早く進めたいという気持ちから、その日に対応した店員に直接連絡を取ろうとする方がいらっしゃいますが、かえって話が進みにくくなることがあります。
話し合いの内容としては、謝罪、その店舗への出入りを控えること、実際に生じた損害の負担(対応にあたった時間の人件費や、売場を閉めた時間帯の損失など)が中心になります。
この罪は、告訴がなくても起訴することのできる犯罪です。したがって、店が処罰を求めていないという一事で手続が当然に終わるわけではありませんが、話し合いがついていることは、処分を判断するうえで考慮される事情の一つになります。
連絡が来る前に控えたほうがよいこと
不安なときほど、その場をおさめようとして動いてしまいがちです。次のような行動は、結果として立場を悪くすることがあります。
・店舗に出向いて直接謝罪しようとする
・当日対応した店員個人に連絡を取ろうとする
・SNSや口コミサイトに経緯を書き込む
・録音や動画の一部だけを切り出して相手に送る
・大したことはしていないと考えて、警察からの連絡を放置する
店側の対応が以前より早くなっている背景
東京都では2025年4月にカスタマーハラスメント防止条例が施行され、2026年10月からは、労働者を雇用する事業主に、こうした行為から従業員を守るための措置を講じる義務が生じます。
これらは行為をした人に直接罰則を科す仕組みではありません。ただ、やり取りを記録し、対応を上位者に引き継ぎ、必要に応じて警察に通報するという流れが整えられつつあり、以前であればその場で終わっていた出来事が、記録として残りやすくなっている面があります。
よくあるご質問
一度声を荒げただけでも問題になりますか。
回数だけで決まるものではありません。ただし一度であっても、その場が騒然となった、担当者が本来の業務とは別の対応を続けざるを得なかったという事情があれば、検討の対象になります。
こちらの言い分は事実に沿ったものでしたが、それでも罪になりますか。
苦情の内容に理由があるかどうかと、伝え方が相当であったかどうかは、別に判断されます。内容が正しいことは、伝え方が相当であったことを当然に意味するものではありません。
被害届が出ていなければ、そのまま終わりますか。
この罪は告訴を必要としないため、被害届が出ていないことが手続の終了を保証するものではありません。もっとも、店側が処罰を求めていない場合、その点は処分の判断において考慮されます。
まとめ
・威力業務妨害罪は、威力、人の業務、妨害という三つの要素で検討される
・「威力」は声の大きさではなく、その場の状況を含めて客観的に判断される
・裁判例には成立を否定したものもあり、当時の状況を具体的に説明することには意味がある
・営業が止まらなかったという一事で結論が決まるわけではない
・退店を求められた後の言動や、店員個人に向けた行為は、別の罪名で検討されることがある
・示談の相手方は店側になり、窓口を誤ると話が進みにくくなることがある
すでに警察から連絡が来ている場合も、まだ何の連絡もなく不安を抱えている場合も、事実関係を整理する段階から弁護士に相談することができます。当事務所では無料でご相談をお受けしています。


