「職務を執行するに当たり」とは|休憩中・移動中の公務員への暴行

若井亮

若井亮

テーマ:刑事事件

「休憩中の職員だったのだから、公務執行妨害にはならないのではないか」「移動していた警察官と口論になり、思わず押してしまった」。公務執行妨害罪の条文は「公務員が職務を執行するに当たり」と定めており、暴行や脅迫がこの範囲の中で行われたかどうかが、罪名を分ける入口になります。

 もっとも、この「職務を執行するに当たり」は、勤務時間中かどうかという時計の話ではありません。判例は、保護される職務の範囲を一定の時間の幅として切り出す考え方を示しており、休憩中や移動中であっても評価が分かれる場面があります。この記事では、休憩中・移動中の公務員への暴行という場面を手がかりに、条文の言葉が実際にどこで線を引いているのかを整理します。

条文が守っているのは公務員個人ではなく公務そのもの


 公務執行妨害罪は刑法95条1項に定められています。公務員が職務を執行するに当たり、これに対して暴行または脅迫を加えた場合に成立し、法定刑は3年以下の拘禁刑または50万円以下の罰金です。拘禁刑は2025年6月1日に施行された改正刑法で懲役と禁錮が一本化されたもので、それ以前は「3年以下の懲役若しくは禁錮又は50万円以下の罰金」と規定されていました。

 この罪が守っているのは、暴行を受けた公務員個人の身体ではなく、公務が円滑に行われること自体だと理解されています。条文が「公務員に対して」ではなく「公務員が職務を執行するに当たり」という書き方をしているのは、そのためです。暴行や脅迫がこの範囲の外で行われたときは、公務執行妨害罪ではなく、暴行罪や傷害罪といった別の罪の問題として扱われます。

判例が区切った「職務を執行するに当たり」の範囲


 最高裁は、公務員の勤務時間中の行為がすべて保護の対象になるわけではないという前提に立ち、保護される職務執行の範囲を次の二つに整理しています(最高裁判所昭和45年12月22日判決)。

・具体的・個別的に特定された職務の執行を開始してから、これを終了するまでの時間的な範囲
・まさにその職務の執行を開始しようとしている場合のように、当該職務の執行と時間的に接着し、切り離し得ない一体的な関係にあるとみることができる範囲

 出発点になるのは、「どの職務か」を具体的に特定することです。「警察官だから」「市役所の職員だから」という一般的な立場ではなく、その時点で行われていた個別の職務を取り出し、その職務がいつ始まっていつ終わったのかを見ていく、という順序で判断されます。

点呼を終えた直後の暴行が否定された事案


 この判断が示されたのは、駅の助役が点呼という職務を終えた直後に、点呼を行った場所とその出入口付近で暴行を受けた事案です。助役はその後、数十メートル離れた助役室で事務引継ぎという次の職務を行うことになっていましたが、最高裁は、この暴行は「職務を執行するに当たり」加えられたものとは認められないと判断しました。事務引継ぎの場所へ向かうこと自体は、その職務の準備にあたる段階であって、職務そのものではないと整理されたためです。

 この事案から読み取れるのは、職務と職務の間の移動は、それだけでは保護される職務執行に含まれないと評価されやすいということです。移動中の暴行であっても、それが具体的な職務の一部といえるかどうかが問われます。

手が止まっていても「終了した」とは限らない


 一方で、職務が一時的に止まっているように見えても、執行が終了したとは評価されなかった判例もあります(最高裁判所昭和53年6月29日判決)。

 この事案で最高裁は、まず刑法95条1項の職務には、公務員が取り扱う各種各様の事務のすべてが広く含まれるとしました。そのうえで、電報局長が局の事務全般を掌理し部下職員を指揮監督する職務や、次長が局長を助けて局務を整理する職務については、その性質上、内容や執行の過程を個別に分断してそれぞれの開始・終了を論じるべきではなく、一体性ないし継続性を有するものとして把握すべきだと述べています。

 さらに、会計書類の点検・決裁や報告文書の作成といった具体的な職務の執行が事実上一時的に中断したとしても、その中断した状態が、妨害する側の不法な目的をもった行動によって作り出されたものである場合には、職務の執行は終了していないと判断しました。

 押しかけて職員の手を止めさせ、その結果として作業が中断したという経過であれば、中断している時間帯を「職務が終わった後」として切り出すことは難しくなります。「自分が話しかけたときには手を止めていた」という説明が、必ずしも有利に働くとは限らないということです。

休憩中・移動中の場面をどう見るか


 二つの判例をふまえると、場面ごとの見方はおおむね次のように整理できます。ただし、これは考え方の方向を示したものであり、実際には現場のやり取りや職務の性質によって結論が変わります。

場面判断の手がかりになる事情
昼の休憩に入り、庁舎の外で食事をしている担当していた個別の職務からいったん離れており、職務執行の範囲外と評価されやすい
窓口対応を中断して席を立った直後同じ用件への対応が続いている場合、職務と接着し切り離せない関係と評価される余地がある
次の職務を行う場所へ庁舎内を移動している移動そのものは準備の段階と評価されやすい(昭和45年判決の事案がこの類型)
通報を受けて現場へ向かっている警察官その事案への対応という職務が既に始まっていると評価される余地がある
警ら・立番・交通整理などにあたっている待機や移動を含め、それ自体が職務の執行と評価されやすい
非番や休暇で、私服で買い物をしている職務の執行にあたらないと評価されやすい
勤務時間外でも、目の前の事態への対応を始めた対応を開始した時点から職務の執行と評価される余地がある


 注意したいのは、休憩中であっても、その休憩が担当している職務と切り離せない形で続いている場合や、こちらの行動によって職務が中断している場合には、評価が変わり得るという点です。「休憩」という言葉の見た目だけで結論が決まるわけではありません。

勤務時間を基準にすると見誤る二つの点


 この論点は、勤務時間の内か外かで整理されてしまいがちですが、次の二つの方向でずれが生じます。

・勤務時間中であっても、その時点で特定の職務の執行にあたっていなければ、保護の範囲に含まれないことがある
・勤務時間外や休憩中であっても、具体的な職務の執行が始まっていれば、保護の範囲に含まれることがある

 「勤務中の公務員に手を出せばすべて公務執行妨害になる」という説明も、「休憩中なら公務執行妨害にはならない」という説明も、いずれも判例の枠組みからは一段簡略化されたものです。実際には、その瞬間にどの職務が動いていたのかという事実の確認が先に来ます。

「執行中か」と「職務が適法か」は別の問題


 公務執行妨害が問題になる事件では、職務の適法性が争われることがあります。これは「職務を執行するに当たり」といえるかという時間の問題とは別の論点です。

 職務の適法性は、その行為が当該公務員の職務権限の範囲に属するか、法律上定められた重要な手続や方式が踏まれているかといった点から、行為の時点の事実関係をもとに客観的に判断されると理解されています。時間の問題と内容の問題は別々に検討されるため、どちらを中心に据えるかによって、集めるべき資料も主張の組み立ても変わります。

「何の職務中か知らなかった」という説明の限界


 先に触れた昭和53年の判決は、故意の内容についても判断を示しています。公務執行妨害罪が成立するために必要な認識としては、公務員が職務行為の執行にあたっていることの認識があれば足り、具体的にどのような内容の職務の執行中であるかまで認識している必要はないとされました。

 したがって、「どんな手続をしているのか分からなかった」という説明だけでは、故意がなかったという主張として通りにくい面があります。他方で、相手が公務員として職務を行っている状況だと認識できる事情そのものが乏しかった場合、たとえば私服で身分を示すものがなく、周囲の状況からも職務中だと分かる要素がなかったような場合には、別の評価の余地が残ります。ここは思い込みの説明ではなく、その場で見えていた事実を具体的に示せるかどうかが分かれ目になります。

公務執行妨害にあたらない場合に残るもの


 「職務を執行するに当たり」の範囲外だと判断されても、行為そのものがなかったことになるわけではありません。次のような罪が別途問題になり得ます。

・暴行罪(2年以下の拘禁刑もしくは30万円以下の罰金または拘留・科料)
・傷害罪(15年以下の拘禁刑または50万円以下の罰金)
・脅迫罪(2年以下の拘禁刑または30万円以下の罰金)
・器物損壊罪(庁舎の備品や書類を壊した場合。告訴がなければ起訴できない罪です)
・建造物侵入罪・不退去罪(立入りが認められていない区域に入った、退去を求められても留まった場合)

 なお、暴行や脅迫にあたらない方法で公務を妨げた場合に業務妨害罪が成立するかについては、公務の性質によって議論があり、強制力を行使する権力的な公務については適用の可否が争われています。

罪名が変わると、その後の進み方も変わる


 「公務執行妨害か、暴行罪・傷害罪か」は、条文の当てはめだけの問題ではなく、その後の手続の進み方にも影響します。

・示談の位置づけ:公務執行妨害罪が保護しているのは公務の円滑な執行であるため、暴行を受けた公務員個人と話をつけたとしても、それだけで処罰の必要性がなくなるとは限りません。これに対し、けがを負わせて傷害罪が問題になる場面では、被害を受けた本人との示談交渉が意味を持つ場面があります
・示談ができない場合の対応:相手方が公務員個人としての示談に応じにくい事案では、贖罪寄付など別の形で反省の姿勢を示す方法が検討されることがあります
・公訴時効:公務執行妨害罪は3年ですが、けがを負わせて傷害罪が成立する場合は10年になります
・複数の罪が成立する場合:1個の行為で公務執行妨害罪と傷害罪の両方が成立するときは観念的競合として扱われ、重い罪の刑で処断されます

「そのとき何の職務中だったのか」は何によって認定されるか


 この論点は結局のところ、事件当時の事実をどこまで具体的に確認できるかにかかっています。実務で手がかりになるのは、次のような資料や供述です。

・勤務割や当直表など、その日の担当と時間帯を示す記録
・活動記録、無線の指令記録、110番の受理記録など、対応の開始時刻が残る資料
・現場や庁舎の防犯カメラ、車両に搭載された記録
・その場にいた同僚や他の来庁者の説明
・本人の記憶(何時ごろ、どのようなやり取りの後の出来事だったか)

 映像の記録は保存期間が限られていることが多く、時間が経つほど確認が難しくなります。逮捕された場合はもちろん、在宅で捜査が進む場合であっても、覚えている範囲で早めに時系列を書き留めておくことが、後の主張の土台になります。

取調べで気をつけたいこと


 公務執行妨害の事案では、その場の動きが短時間に凝縮されているため、供述が大まかにまとめられやすい傾向があります。

・「押した」の一語にまとめず、どの時点で、どのように体が触れたのかを分けて説明する
・「休憩中だと思った」は感想ではなく、そう見えた具体的な事情として述べる
・記憶がはっきりしない部分を、断定的な表現のまま調書に残さない
・調書を読み、事実と違う箇所があれば増減変更の申立てができることを知っておく

 なお、その場から立ち去る、腕を振りほどく、物を叩くといった行動は、状況をさらに複雑にすることがあります。納得できない点があっても、その場での実力での対応は避け、記録と説明で争う方向に切り替えることをおすすめします。

よくある質問


制服姿の警察官が休憩していた場合はどうなりますか


 制服を着ているかどうかは、それだけで結論を決める事情ではありません。判断されるのは、その時点で具体的な職務の執行が始まっていたか、あるいは職務の執行と切り離せない状態にあったかです。休憩に入っていたとしても、目の前の事態への対応を始めた時点からは職務の執行と評価される余地があります。

大声で怒鳴っただけでも公務執行妨害になりますか


 公務執行妨害罪の成立には、暴行または脅迫が必要です。声を荒らげただけでは直ちに該当するとは限りませんが、相手を畏怖させるに足りる害悪を告げた場合は脅迫にあたり得ます。また、暴行は身体に直接触れるものに限られず、公務員に向けられた有形力の行使であれば含まれると理解されています。

相手が公務員だと気づいていなかった場合はどうなりますか


 公務員が職務を執行していることの認識が欠けていた場合には、故意の有無が問題になります。もっとも、判例上、必要なのは職務の執行にあたっているという認識であり、職務の具体的な中身までは求められていません。認識がなかったと主張するのであれば、そう考えるに至った当時の状況を具体的に示す必要があります。

早い段階で弁護士に相談する意味


 公務執行妨害の事案は、職務執行中の公務員の面前で起きるという性質上、その場で現行犯逮捕されることが少なくありません。逮捕後は48時間・72時間という区切りの中で勾留の判断が進むため、動ける時間は限られています。

 「職務を執行するに当たり」といえるかどうかは、当時の記録と供述の積み重ねで判断される部分が大きく、後から補うことが難しい資料もあります。当事務所では初回無料の相談を24時間受け付けており、逮捕された方への接見にも対応しています。ご本人からの相談だけでなく、ご家族からの相談も可能です。

まとめ


 公務執行妨害罪の「職務を執行するに当たり」は、勤務時間の内か外かではなく、具体的に特定された職務がいつ始まりいつ終わったのか、そしてその職務と切り離せない範囲にあるかどうかで判断されます。判例は、職務と職務の間の移動について職務執行性を否定した一方で、職務の性質によっては一体的・継続的に捉えるべき場合があること、妨害する側の行動で中断が生じた場合には執行が終了したとはいえないことも示しています。

 休憩中や移動中という言葉だけで結論が決まるわけではなく、その瞬間に何が行われていたのかという事実の確認が先に立ちます。公務執行妨害にあたらないと判断された場合でも暴行罪や傷害罪の問題は残り、示談の進め方や見通しはそこから変わっていきます。心当たりのある方は、記憶が新しいうちに事実関係を整理し、早い段階で弁護士に相談されることをおすすめします。

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若井亮
専門家

若井亮(弁護士)

弁護士法人若井綜合法律事務所

風俗トラブルや男女トラブル、それに伴う刑事事件まで一貫して対応。累計相談件数は男女トラブル約23,000件、風俗トラブル約8,000件。全国からの相談を24時間受け付け、迅速な対応を心がけています。

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