セルフレジ・試着室・買い忘れ|万引きと誤認されやすい場面での説明
電車の中や街なかで身体に触れたことをとがめられ、「服の上から触っただけなのに、どうして刑法の罪の話になっているのか」と感じている方は少なくありません。服の上からの接触なら条例違反にとどまる、という説明を目にしたことがある方も多いと思います。
ただ、この説明は実務の大まかな傾向をまとめたものであって、条文にそう書かれているわけではありません。不同意わいせつ罪の条文は、衣服を隔てたかどうかについて何も定めていません。実際に判断を分けてきたのは、その行為が「わいせつな行為」といえるかどうかという評価であり、そこでは触れた部位や触り方、続いた時間といった事情がまとめて見られています。
この記事では、疑いを向けられている側の視点から、「わいせつな行為」の範囲がどのように判断されてきたのかを整理します。事実と違う説明を組み立てるための記事ではなく、いま自分の行為がどの枠組みで見られているのかを把握するための記事です。成人同士の場面を前提としており、相手が16歳未満の場合については本文で別に触れます。
「服の上からなら条例違反」という説明はどこから来ているのか
痴漢という言葉は、法律の条文に置かれた罪名ではなく、行為を指す呼び名です。公共の場所や乗物での接触については各都道府県の迷惑防止条例が使われ、性的な侵害の程度が大きいと見られた場合には刑法の不同意わいせつ罪が使われる、という振り分けが実務では続いてきました。
「衣服の上からなら条例、下着の中に手を入れたら刑法」という説明は、この振り分けの傾向を短くまとめたものです。ただ、東京都の条例は「公共の場所又は公共の乗物において、衣服その他の身に着ける物の上から又は直接に人の身体に触れること」を対象にしており、直接触れた場合も条例の側に含めています。刑法の側にも、衣服の有無に触れた文言はありません。
衣服を隔てたかどうかは、条文が線を引いている場所ではなく、評価のなかで考慮される事情のひとつにすぎません。両方の枠組みに同じ行為が入りうるからこそ、どちらで扱われるのかが問題になります。
条文が求めているものは二つある
刑法176条1項は、暴行や脅迫を受けたこと、拒むいとまがなかったこと、睡眠その他の意識が明瞭でない状態にあることなど八つの行為・事由を挙げたうえで、それらにより同意しない意思を形成し、表明し、全うすることが困難な状態にさせ、またはその状態にあることに乗じて、わいせつな行為をした場合を対象にしています。
ここで求められているものは、二つに分けて読むことができます。ひとつは、同意しない意思を示すことが困難な状態だったかという要件です。もうひとつが、その状況で行われた行為が「わいせつな行為」といえるかという要件です。
服の上から触れたという事情が効いてくるのは、主に後者のほうです。相手が拒む余裕のない場面だったかどうかという議論と、触れ方がわいせつな行為といえるかという議論は、本来は別の話です。取調べや説明の場面では、この二つが混ざって語られやすい点に注意が必要です。
「わいせつな行為」に条文上の定義はない
刑法には、わいせつな行為とは何かを定めた規定がありません。そのため、この言葉の中身は判例と裁判例の積み重ねによって形づくられてきました。
最高裁判所大法廷は平成29年11月29日の判決で、この罪の成立に性欲を満たす意図を一律に求めることは相当でないとして、それまでの判例を変更しました。そのうえで、わいせつな行為に当たるかどうかは、社会通念に照らし、その行為に性的な意味があるといえるかや、その性的な意味合いの強さを、個別の事案ごとの具体的な事実関係に基づいて判断すべきものとしています。
この枠組みのもとでは、行為そのものが持つ性的な性質がまず見られ、それが明確でない場合に、行われた状況などの事情が併せて考慮されます。衣服の有無は、その性的な意味合いの強さを測るための材料のひとつという位置づけになります。
判断で見られている要素
裁判例を通してみると、性的な意味合いの強さは、いくつかの要素を組み合わせて評価されてきました。学説でも、部位、接触の有無と方法、継続性、強度、意図、その他の状況を総合して考えるべきものと整理されています。
| 見られている要素 | 具体的に問われること |
|---|---|
| 触れた部位 | 陰部・胸・臀部といった性的な部位か、腕や肩などそれ以外の部分か |
| 接触の方法 | 直接触れたのか、衣服の上からか。衣服の上からの場合、生地の厚みが問題にされることもある |
| 続いた時間 | 一瞬の接触にとどまるのか、触れ続けたのか |
| 繰り返しの有無 | 一回限りか、同じ相手に何度も及んだか |
| 手の使い方と強さ | 触れただけか、つかむ・もむ・なで回すといった動きがあったか |
| 前後の状況 | 相手に逃げ場があったか、身体を密着させたか、その場がどのような状況だったか |
これらの要素は、どれかひとつが決め手になるという形では働きません。衣服を隔てたことによって弱まった性的な意味合いが、触り方や続いた時間によって補われている、という見方をされることもあります。
服の上からでも認められてきた態様
性的な部位を衣服の上から触った場合、直接触れた場合に比べて性的な侵害の程度が低いとされ、通常は条例の側で扱われてきました。もっとも、態様が執ような場合には、旧強制わいせつ罪の成立が認められてきています。
裁判例で成立が認められたものとしては、着衣の上から胸をもんだ事案、スカートの上から臀部をなで回した事案、着衣の上から胸をわしづかみにした事案、臀部や胸部をなで回した事案などが挙げられます。いずれも、単に触れたというにとどまらず、手の動きが加わり、ある程度の時間続いたという共通点があります。
このような事案は、衣服の上からという事情がありながら、行為そのものの性的な意味合いが強いと評価された例といえます。
成立が否定された裁判例もある
一方で、衣服の上からの接触について、わいせつな行為に当たらないとされた裁判例もあります。
臀部に手を押し当てたという事案について、指を曲げて臀部をつかんだり握ったりする態様ではなく、ごく短時間のものであったとして、成立を否定した地方裁判所の判断が公表されています。ここでは、触れた部位が性的な部位であったことだけでは足りず、手の使い方と接触の長さが正面から検討されています。
同じ「服の上から触った」という説明でも、手の形と時間が違えば結論が分かれてきたということです。自分の行為がどちらに近いのかを考えるうえで、この線の両側を知っておくことには意味があります。
性的部位ではない場所に触れた場合
腕、肩、手、太ももといった部分への接触は、それ自体が持つ性的な意味合いが弱いとされ、衣服の有無を論じる以前の段階で評価が変わります。
裁判例のなかには、太ももや膝のあたりに触れた行為について成立を認めたものもありますが、これらは、より侵害の程度が高い行為と一連のものとして行われた事案であり、その部分だけを取り出して認められたものではないと分析されています。
もっとも、性的な意味合いが弱いと評価された場合でも、そこで話が終わるわけではありません。条例の対象になるかどうか、有形力の行使として別の罪が検討されるかどうかという問題が残ります。
わいせつな行為といえても、そこで結論が出るわけではない
先に述べたとおり、刑法176条1項は二つの要件を求めています。そのため、行為が性的な意味を持つと評価されたとしても、それだけで罪が成立するわけではありません。八つの行為・事由のいずれか、またはこれらに類する事由により、同意しない意思を形成し、表明し、全うすることが困難な状態になっていたことが、別に必要とされます。
逆にいえば、拒むいとまがなかったといえる場面であっても、行為の性的な意味合いが弱いと見られれば、この罪ではない枠組みで扱われることになります。どちらの要件が問題にされているのかを分けて把握しておくと、捜査機関の見立てが理解しやすくなります。
なお、八つの行為・事由の読み方や、同意しない意思をめぐる要件の細かな内容については、別のコラムで詳しく扱っています。
場所が変わると残る枠組みも変わる
迷惑防止条例で身体に触れる行為が対象とされているのは、公共の場所または公共の乗物での行為です。職場や住居のように、この場所要件を満たさない場面では、条例の適用が問題にならないことがあります。
| 場面 | 主に検討される枠組み |
|---|---|
| 駅・路上・電車内など | 条例と刑法の双方が視野に入る |
| 職場・住居など | 条例の場所要件を満たさないことがあり、刑法の罪に当たるかがまず問われる |
| 性的な意味合いが弱いとされた場合 | 有形力の行使として別の罪が検討されることがある |
同じ触り方でも、どこで起きたかによって検討される枠組みの数が変わります。条例で扱われるか刑法で扱われるかによって、その後の手続の進み方にも違いが生じます。
相手が16歳未満の場合は前提が変わる
相手が16歳未満である場合、刑法は別の規定を置いており、同意しない意思を示すことが困難な状態だったかどうかを問わずに成立する仕組みになっています。この場合には、衣服の上からの接触かどうかという議論とは別の枠組みで検討が進みます。
年齢に関する要件や、年齢を知らなかったという説明の扱いについては、別のコラムで整理しています。
取調べでは触り方そのものを言葉にすることになる
捜査の場面では、触れたかどうかだけでなく、どのように触れたのかが細かく確認されます。次のような点が調書の言葉として残っていきます。
・触れた部位がどこだったか
・相手が着ていた衣服の種類
・手のひらで触れたのか、指を曲げて動かしたのか
・触れていた時間はどのくらいだったか
・同じ相手に繰り返したかどうか
・そのときの相手の様子や自分の立ち位置
記憶があいまいな部分について、示された言葉にうなずく形で答えが固まってしまうと、後から違う説明をすることが難しくなります。分からない部分は分からないまま伝えておくほうが、後の検討の幅が残ります。
見立ては途中で変わることがある
最初に条例違反として扱われていた事件が、その後の捜査で刑法の罪として整理し直されることもあれば、その逆の経過をたどることもあります。触れた部位や時間についての説明が積み重なるなかで、評価が動くためです。
現在どの罪名で扱われているのかは、逮捕状や勾留状に記された事実の要旨、取調べの冒頭で告げられる内容などから確かめられます。書面を受け取ったときには、罪名だけでなく、そこに書かれた行為の書きぶりを読んでおくとよいでしょう。
相談の前に整理しておくとよいこと
弁護士に相談する際、次の点を思い出せる範囲で整理しておくと、状況の見立てが早くなります。
・いつ、どこで起きたことか
・自分が触れたと認識している部位と、その触れ方
・接触していた時間の感覚
・そのときの周囲の混雑や明るさ
・警察からどのような説明を受けたか
・すでに話した内容と、書面に署名したかどうか
弁護士に確認できること
・現在の見立てが条例と刑法のどちらに寄っているのか
・自分の説明のうち、どの部分が評価を左右しうるのか
・取調べで確認されている事実の意味
・記憶があいまいな部分をどのように伝えるか
・今後の手続がどのような順序で進むのか
まとめ
・条文は衣服を隔てたかどうかについて何も定めていない
・「服の上からなら条例違反」という説明は、実務の傾向をまとめたものにとどまる
・刑法176条1項は、同意に関する要件と「わいせつな行為」といえるかという二つを別に求めている
・わいせつな行為に当たるかは、社会通念に照らして性的な意味とその強さを個別に判断するという枠組みで検討される
・衣服の上からでも、もむ・なで回すといった態様では成立が認められてきた
・押し当てただけで短時間だったとして、成立が否定された裁判例もある
・場所や相手の年齢によって、検討される枠組みそのものが変わる
服の上から触れたという一言のなかには、部位、手の動き、時間、場所といった複数の要素が含まれています。どの要素がどう評価されているのかは、書面や取調べの内容を見て初めて分かる部分も多くあります。説明の仕方に迷いがある段階で弁護士に相談しておくと、事実を正確に伝えながら手続を進めやすくなります。


