会社の主張する被害額に納得できない|金額を詰める作業
眠れないと相談されて、自分に処方されている睡眠薬を何錠か分けた。家族が寝つけないというので、余っていた分を渡した。こうした場面は、本人にとっては薬をあげただけという感覚に近く、法律の問題として意識されないまま過ぎていくことが少なくありません。
しかし、処方薬のうち一定のものは、手元に持っていること自体は問題にならない一方で、他人に渡す行為だけが取り出して禁じられています。ここでは、処方された睡眠薬を人に渡した場面について、どの法律のどの部分が問題になるのか、渡した薬の種類によって何が変わるのか、余った薬をどう始末すればよいのかを整理します。
手元に持っていること自体は禁じられていない
睡眠薬の多くは、麻薬及び向精神薬取締法(以下「麻向法」といいます)で「向精神薬」に指定されています。この法律は、向精神薬について、覚醒剤や麻薬とは異なる立て付けをとっています。
麻向法は、向精神薬を単に持っていることや、自分で服用することを処罰する規定を置いていません。医師の診察を受け、処方箋にもとづいて薬局で調剤された薬を自分の分として保管し、指示どおりに服用することは、そもそも規制の対象になっていないからです。
禁じられているのは「渡す」という一点
麻向法50条の16第1項は、向精神薬を扱う免許を受けた事業者でなければ、向精神薬を譲り渡したり、譲り渡す目的で所持したりしてはならないと定めています。そして66条の4第1項が、向精神薬をみだりに譲り渡し、または譲り渡す目的で所持した者を3年以下の拘禁刑と定めています。利益を得る目的があった場合は、同条2項により5年以下の拘禁刑、情状により5年以下の拘禁刑と100万円以下の罰金を併せて科されることがあります。
つまり、持っていることでも、飲むことでもなく、他人に渡すという行為だけが処罰の対象として切り出されている構造です。自分のために出された薬であることは、この規定の適用を当然に外すものではありません。
受け取った側を処罰する規定は置かれていない
66条の4は、譲り渡した側と、譲り渡す目的で持っていた側だけを対象としています。譲り受けた側を処罰する規定は置かれていません。覚醒剤や麻薬では譲受けも処罰の対象とされているのに対し、向精神薬ではこの点が非対称になっています。
もっとも、処罰されないことと、捜査に関わらないことは別です。受け取った側は、いつ・誰から・どのような経緯で渡されたのかを確かめるため、参考人として事情を聴かれることがあります。渡した側の説明と食い違えば、その点があらためて問われることにもなります。
その睡眠薬が向精神薬にあたるかどうか
向精神薬は、麻向法の別表第三と、これを受けた政令で個別に指定された物質をいいます。乱用のおそれと医療上の有用性の程度に応じて第一種・第二種・第三種に分けられ、種類ごとに規制の内容が異なります。睡眠薬として使われている成分には、第二種・第三種に指定されているものが多く含まれます。
自分が処方されている薬が向精神薬にあたるかどうかは、外形からある程度確認できます。向精神薬の容器や直接の包装には、麻向法50条の19により「向」の記号を表示することが義務づけられているからです。薬局から渡される薬剤情報提供書の記載や、調剤を受けた薬局への問い合わせでも確認できます。
向精神薬に指定されていない睡眠薬の場合
睡眠薬がすべて向精神薬に指定されているわけではありません。指定されていない薬を渡した場合、麻向法66条の4の対象からは外れ、医薬品医療機器等法(薬機法)の側で検討することになります。
薬機法24条1項は、薬局開設者や医薬品の販売業の許可を受けた者でなければ、業として医薬品を販売し、または授与してはならないと定めています。ここでいう「業として」は、反復継続して行われ、社会通念上、事業の遂行とみることができる程度のものを指すと理解されています。したがって、一度きりの無償の受け渡しが直ちにこの要件を満たすとは限りません。
ただし、これは処罰規定の適用の話にとどまります。渡した薬をどう使うかを自分で管理できない以上、相手の体質や併用している薬との関係で健康上の問題が生じれば、そこから別の責任が問われる余地は残ります。回数を重ねたり、代金を受け取ったりすれば、評価も変わってきます。
| 渡した内容と態様 | 主に問題となる規定 | 定められた刑 |
|---|---|---|
| 向精神薬を無償で渡した | 麻向法66条の4第1項 | 3年以下の拘禁刑 |
| 向精神薬を利益を得る目的で渡した | 麻向法66条の4第2項 | 5年以下の拘禁刑(情状により5年以下の拘禁刑及び100万円以下の罰金) |
| 向精神薬以外の医薬品を業として販売・授与した | 薬機法24条1項・84条 | 3年以下の拘禁刑もしくは300万円以下の罰金(併科あり) |
「みだりに」の外にある場面は限られている
66条の4は「みだりに」譲り渡した場合を対象としています。これは、法令が認めた場合を除いて、という意味です。そして、法令が認めている場面は50条の16第1項のただし書と、これを受けた麻向法施行規則36条で個別に定められており、その多くは病院や薬局、試験研究施設といった立場の者どうしのやり取りです。
不要になった薬を病院・薬局に返すことは認められている
このうち、患者本人に直接関わるものが施行規則36条1項10号です。病院等から施用のために交付された向精神薬、または薬局で処方箋により調剤された向精神薬の交付を受けた人が、その薬を服用する必要がなくなった場合に、その薬を病院等または薬局に譲り渡すことは、例外として認められています。同項11号では、その人が亡くなった場合に、相続人などが病院や薬局に譲り渡す場合も同様に扱われています。
余った向精神薬の行き先として法律が想定しているのは、身近な人ではなく、処方や調剤を行った医療機関・薬局だということです。飲み切れずに残った分の扱いに困ったときは、まず調剤を受けた薬局や主治医に相談するのが、法律の枠組みに沿った方法になります。
無償・少量・家族の間という事情
66条の4の条文は、対価の有無、渡した数量、相手との関係によって区別を設けていません。お金を受け取っていない、数錠だけだった、相手は同居する家族だった、といった事情があっても、譲り渡しにあたるかどうかの判断がそれだけで変わるわけではありません。
もっとも、これらの事情がまったく意味を持たないわけでもありません。どのような経緯で渡すことになったのか、継続的なものだったのか、金銭のやり取りがあったのかといった点は、捜査機関や検察官が事件の重さをみるうえで確認する事柄です。だからこそ、経緯を正確に説明できるかどうかが重要になります。
相手に知らせずに飲ませた場合は別の問題になる
ここまでは、相手が薬であると分かったうえで受け取った場面を前提としています。相手に知らせないまま飲ませた場合は、麻向法の枠を離れ、傷害罪など別の犯罪が問題となり、事案によってはさらに重い罪の成否が検討されます。同じ「薬を渡した」という言葉でも、法律上の評価はまったく異なります。
どこから発覚するのか
この種の事案は、本人の行為が直接目撃されて始まることは多くありません。次のような経路から表面化することがあります。
・渡した相手が別の事件で捜査の対象となり、薬の入手先を尋ねられた
・メッセージアプリやSNSのやり取りの履歴が確認された
・相手の手元にあった薬の記載と、処方を受けた人の記録が照合された
・家族や周囲の人から医療機関や警察に相談があった
・フリマサイトやオークションへの出品が確認された
時間が経ってから連絡が来ることもある
66条の4第1項の罪は、定められた刑が3年以下の拘禁刑であることから、公訴時効は3年とされています。利益を得る目的があったとされる場合は5年です。もっとも、いつの時点から数えるのか、複数回のやり取りをどう区切ってみるのかは事案ごとの判断になります。数年前のことだから当然に終わっている、と自己判断するのは避けたほうがよい部分です。
聞かれる前に整理しておきたいこと
警察や検察から連絡を受けた段階では、記憶があいまいなまま説明してしまい、後から訂正が必要になることがあります。次の点は、早い段階で自分なりに整理しておくと、説明が安定します。
・いつ、誰に、どの薬を、どのくらい渡したのか
・どのような経緯で渡すことになったのか
・金銭や品物のやり取り、お礼の受け渡しがあったかどうか
・そのときのやり取りが残っている記録(メッセージ、通話履歴など)
・自分がその薬を処方されていた時期と、現在の通院状況
思い出せない部分を無理に埋める必要はありません。分からないことは分からないまま整理しておくほうが、後の説明との食い違いを防げます。
弁護士に相談する意味
この分野は、渡した薬の指定の有無、渡し方、回数といった要素で、適用される法律も見通しも変わります。自分の行為がどの規定に触れうるのかを正確に把握しないまま説明を重ねると、実際よりも重い枠組みで事件が組み立てられてしまうことがあります。弁護士に依頼すれば、事実関係の整理、取調べに向けた準備、捜査機関との窓口の一本化までを含めて対応を進めることができます。
弁護士法人若井綜合法律事務所は、池袋と新橋に事務所を構え、刑事事件のご相談を承っています。初回のご相談は無料でお受けしており、お問い合わせは24時間受け付けています。逮捕された方への即日の接見、出頭や自首への同行にも全国対応しております(移動費用は別途申し受けます)。深夜・早朝であっても、状況により対応が可能です。まだ捜査機関から連絡が来ていない段階であっても、ご相談いただけます。
まとめ
・向精神薬は、単純な所持や服用を処罰する規定が置かれておらず、他人に譲り渡す行為だけが切り出して禁じられている
・向精神薬をみだりに譲り渡した場合の刑は麻向法66条の4で定められ、利益を得る目的があれば加重される
・譲り受けた側を処罰する規定はないが、参考人として事情を聴かれることはある
・自分の薬が向精神薬かどうかは、容器の「向」の表示や薬剤情報提供書、薬局への確認で調べられる
・向精神薬に指定されていない薬の場合は、薬機法の「業として」にあたるかどうかで検討される
・不要になった向精神薬は、施行規則で病院や薬局に返すことが認められている
・無償か、少量か、家族かという事情だけで結論が決まるものではなく、経緯を正確に説明できることが重要になる


