取調べの録音・録画はどこまで行われるのか
「凶器を見せただけで、殴ってもいないし、何も取っていない」。警察から連絡を受けた方や、その場に警察官が来てしまった方から、こうした説明をうかがうことがあります。手を出していない以上、大きな問題にはならないはずだ、という感覚があるのだと思います。
ところが刑事手続の側では、「見せた」という行為そのものが評価の対象になります。しかも、その評価は一つの条文で決まるわけではありません。相手に向けた働きかけとして脅迫や強盗の枠で見られる一方で、その物を持っていたこと自体が銃砲刀剣類所持等取締法や軽犯罪法の問題として、並行して扱われることがあります。
「凶器を見せた」という一つの行為は、何を見せたのか、誰にどう向けたのか、その場で何を求めたのか、という三つの軸で別々に評価されます。そして「凶器」という言葉が指す範囲は、法令ごとに違います。この記事では、その重なり方を整理します。
「見せただけ」という説明が出てくる場面
実際のご相談では、次のような場面で「見せただけ」という言葉が出てきます。
・口論の途中で台所から包丁を持ち出し、相手から見える位置に持っていた
・車内で工具を取り出し、相手の目の前に置いた
・言い争いの相手に、鞄の中の刃物をちらつかせた
・複数人で待ち合わせた場に、金属バットを持ってきた人がいた
・職務質問の際の所持品検査で、持ち歩いていた刃物が出てきた
いずれも、相手に当てていない、けがをさせていない、という点は共通しています。それでも、どの枠で見られるかは場面ごとに分かれます。
「凶器」という言葉の範囲は法令ごとに違う
日常語の「凶器」は、人を傷つけることのできる物、という程度の広い意味で使われます。ところが法令では、条文ごとに指している範囲が異なります。同じ包丁でも、ある条文の対象には入り、別の条文の対象には入りません。
| 条文・規定 | そこでいう物の範囲 |
|---|---|
| 暴力行為等処罰ニ関スル法律第一条の「兇器」 | 本来の性質上人を殺傷するのに足りる物のほか、用法によっては人の生命・身体・財産に害を加えるに足り、社会通念上人に危険感を抱かせる物も含まれると理解されています |
| 同法第一条ノ二の「銃砲又ハ刀剣類」 | 銃砲刀剣類所持等取締法の定義に沿った範囲です。家庭の包丁や金属バットは、通常ここには入りません |
| 刑法第二百八条の二の「凶器」 | 上と同様の考え方で、外観として人に危険感を抱かせるかどうかが問われます |
| 銃砲刀剣類所持等取締法第二十二条の「刃物」 | 刃体の長さが六センチメートルを超える刃物という、長さの基準があります |
| 軽犯罪法第一条第二号の「器具」 | 長さの基準はなく、刃物以外の器具も含まれます。ただし「隠して」携帯していたことが求められます |
| 刑法第二百三十六条(強盗) | 条文に「凶器」という言葉はありません。脅迫の程度の問題として扱われます |
同じ物を見せていても、どの条文の話をしているかによって、「凶器にあたるか」の答えが変わることがあります。「凶器を見せた」という一言から罪名を一つに決めることができないのは、このためです。
物についての規制と、人に向けた行為の規制は別に走る
銃砲刀剣類所持等取締法や軽犯罪法は、その物を持っていたこと自体を問題にする規定です。相手がいなくても、誰も怖がっていなくても、要件を満たせば別に成立しえます。
これに対して、脅迫罪や強盗罪、そして後に述べる暴力行為等処罰ニ関スル法律は、人に向けた働きかけを問題にします。
凶器を見せた場面では、この二つが同時に動くことがあります。相手方との話し合いが進んでも、物の規制の側は別に残るという形になる場合もあります。
「隠して」という要件と「見せた」場面
軽犯罪法第一条第二号は、人の生命を害し、または身体に重大な害を加えるのに使用されるような器具を、正当な理由なく「隠して」携帯していた場合の規定です。相手に見せた一瞬だけを取り出すと、隠していたとはいえないのではないか、という疑問が生じます。
実際に検討されるのは、その場に至るまでの持ち歩き方です。人目につかない形で身につけたまま移動していた経過があれば、その部分が対象になります。見せた瞬間と、そこに至る過程とが、別々に見られるということです。
なお、刃体の長さの数え方や「正当な理由」の中身は、それだけで独立した論点になるため、ここでは立ち入りません。
凶器を示して脅した場合の加重規定
暴力行為等処罰ニ関スル法律第一条は、団体もしくは多衆の威力を示し、団体もしくは多衆を仮装して威力を示し、または兇器を示し、もしくは数人共同して、刑法の暴行罪・脅迫罪・器物損壊罪にあたる行為をした場合の規定です。法定刑は三年以下の拘禁刑または三十万円以下の罰金とされています。
脅迫罪そのものは、二年以下の拘禁刑または三十万円以下の罰金です。
凶器を示して脅した場合、脅迫罪ではなく、この加重規定の適用が検討されることになります。
対象は脅迫にとどまりません。凶器を示して暴行にあたる行為をした場合や、凶器を示して物を壊した場合も、同じ条文の枠に入ります。
「示す」とはどこからか
「示す」とは、相手方に凶器の存在を認識させる行為をいうと理解されています。手に取って相手の目の前に突きつける態様に限られるわけではなく、上着やポケットからのぞかせる、鞄を開けて見えるようにするといった形でも足りうるとされています。
反対に、身につけてはいたものの相手がその存在に気づいていなかった場合は、示したとはいいにくくなります。「持っていた」と「見せた」の分かれ目は、ここにあります。
そのため実際の評価では、そのときの言葉、距離、手の位置、相手の反応が組み合わされて見られます。
「見せた」と「振り回した」の間にある線
昭和三十九年一月二十八日の最高裁判所決定は、狭い四畳半の室内で被害者を脅かすために日本刀の抜き身を数回振り回した行為について、その人に対する暴行にあたるとした原審の判断を正当としています。相手の体に当たっていなくても、そうした動きは有形力の行使として扱われうる、ということです。
見せたところで止まっていれば脅迫の枠で見られ、相手に向けて振る、突き出すといった動きが加わると、暴行の枠に移る場合があります。
さらに、その動きによってけがが生じれば傷害の問題になります。相手が後ずさりして転倒しけがをしたような場合も、行為とけがのつながりが検討されます。
銃砲・刀剣類を用いた傷害は別の枠
暴力行為等処罰ニ関スル法律第一条ノ二は、銃砲または刀剣類を用いて人の身体を傷害した場合について、一年以上十五年以下の拘禁刑と定めています。未遂も処罰されます。
ここでいう銃砲・刀剣類は、銃砲刀剣類所持等取締法の定義に沿った範囲です。刃渡り十五センチメートル以上の刀、やり、なぎなた、刃渡り五・五センチメートル以上の剣やあいくちなどが該当し、家庭で使う包丁は通常ここには含まれません。
そのため、包丁で相手にけがをさせた場合は、この規定ではなく刑法の傷害罪の問題として扱われるのが通常です。解説記事の中には、この二つを取り違えているものも見受けられますので、条文の対象を確かめておくとよいでしょう。
本物でない物を見せた場合
物の側の規制としては、金属製でけん銃に著しく類似する形態のものは模造けん銃として所持が禁じられており、模造刀剣類の携帯も禁じられています。いずれにも罰則が置かれています。もっとも、銃口にあたる部分をふさぐなど、定められた措置がとられた製品は模造けん銃に当たらないとされています。
一方、相手への働きかけとしての評価は、これとは別に行われます。物の側で規制の対象外であっても、相手が本物として受け取るような状況で示せば、害悪の告知としての評価は別の道筋で検討されることになります。
その物が規制の対象かどうかという問いと、相手にどう受け取られる示し方だったかという問いは、切り離して考える必要があります。
その場で何を求めたかで罪名が動く
凶器を見せた場面では、そのとき何を求めていたかによって、検討される罪名が変わります。
| その場で求めたこと | 検討される主な罪名と法定刑 |
|---|---|
| 何も求めていない | 脅迫罪は二年以下の拘禁刑または三十万円以下の罰金。凶器を示していれば暴力行為等処罰ニ関スル法律第一条で三年以下の拘禁刑または三十万円以下の罰金 |
| 義務のない行為をさせた、またはさせようとした | 強要罪は三年以下の拘禁刑。未遂も処罰されます |
| 金品を求め、相手に判断の余地が残っていた | 恐喝罪は十年以下の拘禁刑 |
| 金品を求め、相手の反抗を抑圧する程度に至っていた | 強盗罪は五年以上の有期拘禁刑。物を得られなくても未遂として扱われます |
| 窃盗の後に、取り返されまいとして示した | 事後強盗として検討されることがあります |
見せた動作が同じでも、その場で求めたことによって、想定される刑の幅は大きく変わります。
なお、恐喝と強盗の分かれ目は、暴行や脅迫が相手の反抗を抑圧する程度に達していたかどうかで判断されます。凶器を示したという事実だけで、どちらかに自動的に決まるわけではありません。
示した相手によっても変わる
誰に対して、どのような場所で示したかによって、重なる罪名が増えることがあります。
・警察官などの職務執行に対して示した場合は、公務執行妨害罪が問題になります
・店舗や事業所で示し、その場の業務が止まった場合は、威力業務妨害罪が問題になります
・二人以上で害を加える目的をもって集まり、凶器を準備して、またはその準備があることを知って集合した場合は、凶器準備集合罪が問題になります
・同居する家族に対して示した場合は、刑事手続とは別に、配偶者からの暴力に関する保護の手続が動くことがあります
手続の側で起きること
凶器が関係する事案では、手続の進み方にも特徴があります。
・警察官が現場に来た場合、その物は多くの場面でその場で押収されます
・通報から時間が空かないため、現場での逮捕につながることがあります
・押収された物そのものが、事案の中で重い意味を持つ証拠として扱われます
・その物をどこから持ち出したか、いつから持っていたかという経路も調べられます
・防犯カメラの映像、通報時の記録、相手方の供述と突き合わせられます
つまり、物があったこと自体は動かしにくい前提になり、議論は「どのように見せたのか」へ移っていきます。
取調べで聞かれること
実際の取調べでは、次のような点が細かく聞かれます。
・その物をいつどこで手に入れ、その日はなぜ持っていたのか
・持ち出したのは口論が始まる前か、始まった後か
・相手との距離、体の向き、手に持っていた時間
・そのとき口にした言葉
・相手がどのような反応をしたか
・その後どうしたか。置いたのか、しまったのか、持ったまま話し続けたのか
「見せただけです」という言い方は、動きと時間の情報が抜け落ちた説明になりがちです。実際に動きが少なかったのであれば、その少なさが伝わる形で説明したほうが、後の判断材料になります。
なお、供述調書については、閲覧や読み聞かせを求めることができ、内容に誤りがあれば増減変更の申立てができるとされています。署名する前に、動きの順序と時間の記載を確かめておくとよいでしょう。
弁護士に相談する意味
凶器を見せた場面は、適用される条文の見立てが幅を持ちやすい類型です。弁護士に相談する意味としては、次のような点が挙げられます。
・脅迫罪の枠なのか、加重規定の枠なのか、物についての規制が別に立つのかという見立て
・相手方への謝罪や話し合いを進めるかどうか、進めるとして誰を通じて行うか
・押収された物の扱いと、その後の手続の見通し
・身柄の判断が問題になる場面での働きかけ
早い段階で見立てが立つと、取調べでどこを丁寧に説明すべきかも整理しやすくなります。
まとめ
・「凶器」という言葉の指す範囲は、法令ごとに違う
・物を持っていたことの規制と、人に向けた行為の規制は、別に走る
・凶器を示して脅迫・暴行・器物損壊にあたる行為をすると、暴力行為等処罰ニ関スル法律第一条の適用が検討される
・「示す」とは相手に存在を認識させることであり、突きつけまでは求められない
・振る、突き出すといった動きが加わると、暴行の枠に移る場合がある
・銃砲・刀剣類を用いた傷害には別の重い規定があり、包丁は通常そこには入らない
・その場で何を求めたかによって、強要・恐喝・強盗へ広がる
・示した相手が公務員や事業者であれば、さらに別の罪名が重なる
・押収された物は動かしにくい前提になり、説明の中心は見せ方に移る
「見せただけ」という言葉には、そこで止めたという意味が込められていることが多いものです。ただ、その止め方が伝わるかどうかは、説明の仕方によって変わります。どの条文の枠で見られているのかを早い段階で把握し、そのうえで、当日の動きを順序どおりに整理しておくことが、その後の見通しを立てるための出発点になります。


