被害者が特定できない|盗撮事件で示談相手がいない場合の弁護

若井亮

若井亮

テーマ:刑事事件

盗撮事件のご相談をお受けしていると、「示談をしたいのに、相手が誰か分からない」というお話をうかがうことがあります。駅や商業施設など、多くの人が行き交う場所での事件では、被害に遭われた方がその場を離れてしまい、捜査機関も身元を把握していないという状況が起こり得ます。

このとき、「示談ができないのなら、もう打つ手がないのではないか」と受け止める方がいらっしゃいます。反対に、「相手がいないのだから軽く済むはずだ」と考える方もいらっしゃいます。実際には、そのどちらとも言い切れません。何がどこまで分かっていない状態なのかによって、取り得る対応が変わってくるからです。

この記事では、盗撮事件で被害を受けた方が特定されていない場合に、手続の上で何が起きているのか、そして弁護人として何ができるのかを整理します。

この記事で扱うこと・扱わないこと


次の点を中心にご説明します。

・「被害者が特定できない」と説明される状況の内訳
・特定されていない状態で、手続がどのように進み得るのか
・示談の代わりに検討される対応と、それぞれの前提

次の点は、この記事では扱いません。

・示談金の目安や示談書の書き方
・贖罪寄付の手続の詳細
・盗撮に関する罪名や法定刑そのものの解説

「被害者が特定できない」は一つの状態ではない


捜査機関から「被害者は特定できていない」と説明を受けたとしても、実際には情報がどこで止まっているのかが事案ごとに異なります。ここを分けて考えると、次に何をすべきかが見えやすくなります。

情報が止まっている地点典型的な場面示談の申し入れ次に検討すること
誰も被害を申告していない通行人の通報や施設側の届出だけで手続が始まった相手方が現れていないため申し入れ先がない示談以外の対応と、後日の申告に備えた準備
申告はあるが身元が分からないその場を離れ、氏名や連絡先が残っていない現時点では申し入れ先がない捜査の進み方の確認と、支払える状態の確保
捜査機関は把握しているが弁護人に伝わっていない開示の可否を検討中、または被害を受けた方が開示を望んでいない申し入れの余地は残っている開示について段階ごとに確認する
本件は特定済みで、余罪部分だけ不明押収された端末の解析で複数の記録が見つかった件ごとに分かれる件ごとに整理し、対応を分ける


このうち三つ目は、厳密にいえば「特定できない」場面ではなく、開示されていない場面です。被害を受けた方の氏名や連絡先は、ご本人の意向や安全への配慮から、被疑者本人には伝えられないのが通常です。弁護人限りという条件で伝えられることもあり、「特定できていない」という説明と「教えられない」という説明は、意味が異なります。ここを取り違えると、本来は申し入れができたはずの相手方に何もしないまま、処分の時期を迎えることがあります。

被害者が特定されていなくても、手続は進むことがある


盗撮に関する罪は、被害を受けた方の告訴がなければ処罰できない類型(親告罪)ではありません。そのため、告訴や被害届がない場合でも、捜査が行われ、起訴されることがあります。

また、起訴状に記載する事実は、できる限り日時、場所および方法をもって特定するものとされています(刑事訴訟法256条3項)。撮影した相手の氏名が分からなくても、いつ、どこで、どのような方法で撮影したかが明らかであれば、事実の特定を欠くとは限りません。実務上、被害を受けた方が「氏名不詳」として扱われることもあります。

もっとも、被害を受けた方の供述が得られないことは、立証の面で負担となる場合があります。そして、この負担の大きさは罪名によって差があります。

罪名によって、被害者の供述が持つ重みが変わる


2023年7月13日に施行された性的姿態等撮影等処罰法の撮影罪は、正当な理由がないのに、ひそかに対象となる姿態を撮影する行為などを処罰の対象としています。ここでは撮影された影像そのものが中心的な証拠になりやすく、被害を受けた方の供述がなくても、行為の内容を確かめられる場面があります。

これに対し、各都道府県の迷惑防止条例による盗撮では、たとえば東京都の場合、「人を著しく羞恥させ、又は人に不安を覚えさせるような方法」であることが要件とされています。この要件の判断にあたっては、被害を受けた方の受け止めが手がかりとなることがあり、供述が得られない場合には立証の負担が増えることがあります。

行為の時期によって、撮影罪と条例のどちらが適用されるかが分かれます。被害を受けた方が特定されていないという事実が持つ意味も、それに応じて変わってきます。

示談ができないことは、一方向にだけ働くわけではない


被害を受けた方が特定されていない場合、処罰を求める気持ちが手続の上に現れにくいという面はあります。他方で、被害の回復が行われていない状態が続いている、という評価も残ります。

実際の処分は、犯人の性格、年齢および境遇、犯罪の軽重および情状、犯罪後の情況を考慮して判断されます(刑事訴訟法248条)。具体的には、行為の態様、使用した機材、回数、記録の保存や共有の有無、同種の前科前歴、その後の生活状況などが合わせて検討されます。示談の有無は考慮される事情の一つですが、それだけで結論が決まるわけではありません。

「相手がいないから軽く済む」とも、「示談ができないから重くなる」とも言い切れない、というのが実際に近いと考えられます。

示談の代わりに検討される対応


贖罪寄付は、被害を受けた方に直接償いを届けられない場合に、弁護士会などの団体へ寄付を行い、反省の姿勢を形にする方法です。被害者が特定されていない盗撮事案では、選択肢として検討されることが多い対応です。効果や手続の流れについては、当事務所の別の記事で詳しくご説明しています。

供託は、受け取ってもらえない賠償金を法務局に預ける制度です(民法494条)。ただし、手続の上では相手方を書面で表示する必要があるため、氏名も住所も分からない場面では利用しにくいのが実情です。「示談ができないのだから供託を」と考えても、被害者が特定されていない事案では選びにくい選択肢になります。

支払える状態を保っておくことも、対応の一つです。後から身元が判明したときに、その時点から資金の準備を始めるのでは間に合わないことがあります。あらかじめ資金を確保し、謝罪の内容を整理しておくことで、判明した段階ですぐに申し入れができる状態を保てます。

押収された撮影データはどのように扱われるのか


被害を受けた方が特定されない事案でも、撮影された記録そのものをどうするかという問題は残ります。

性的姿態等撮影等処罰法は、犯罪行為により生じた物やその複写物を没収できることを定めるほか(8条)、検察官が保管する押収物に記録された影像に係る電磁的記録について、消去や廃棄の措置を講じ得ることを定めています(9条以下)。押収された端末や記録媒体は、事件の処理に伴ってこうした手続の対象となり得ます。

ここで気をつけたいのは、押収より前に、自分の判断でデータを削除する対応です。これ以上広げたくないという動機であっても、捜査の場面では証拠を隠そうとしたと評価されるおそれがあり、身柄についての判断に影響することもあります。削除の要否やその時期については、弁護人と相談したうえで判断されることをおすすめします。

後から特定されることがある


特定されない状態がそのまま続くとは限りません。次のような経路で、後になって被害を受けた方が判明することがあります。

・周囲の話や報道をきっかけに、被害を受けた方が自ら申告する
・施設や店舗が、入退館の記録や防犯カメラの映像を照合する
・押収された端末の解析により、撮影された場所や状況から関係者が分かる

「特定されなかったので終わった」と受け止めて準備を解いてしまうと、判明した時点で対応が遅れることがあります。捜査が続いている間は、申し入れができる状態を保っておくことに意味があります。

「特定できない」と言われたときに確認しておきたいこと


次のような点は、状況を見極めるうえで手がかりになります。

・誰が被害を申告しているのか(ご本人か、目撃者か、施設側か)
・被害を受けた方の身元を、捜査機関が把握しているのかどうか
・把握されている場合、連絡先の取扱いについて意向の確認が行われているか
・本件と余罪とで、特定の状況が分かれていないか
・処分の時期の見通しがどのあたりにあるか

これらは、ご本人が直接尋ねても答えが得られないことがあります。弁護人が就いている場合には、捜査の段階に応じて確認できることがあります。

控えたほうがよい対応


次のような行動は、被害を受けた方の負担を増やすほか、手続の上でも不利に評価されるおそれがあります。

・現場に戻って、被害を受けた方を探そうとすること
・施設や店舗に自分で問い合わせ、相手方の情報を得ようとすること
・SNSなどで呼びかけ、連絡を取ろうとすること
・押収より前に、自分の判断で記録を消去すること
・「被害者がいないのだから事件にはならない」と考えて、連絡や呼出しに応じないこと

民事の請求は別の時計で動く


刑事の処分が終わっても、損害賠償の問題まで同時に終わるわけではありません。

不法行為に基づく損害賠償の請求権は、被害を受けた方が損害および加害者を知った時から3年、行為の時から20年で消滅時効にかかるものとされています(民法724条)。被害を受けた方が加害者を知らない状態では、3年の期間の起算点がまだ来ていないことになります。

そのため、後日になって請求を受ける可能性は残ります。刑事手続が一区切りついた段階で資金をすべて手放してしまうと、対応の幅が狭くなることがあります。

ご相談の前に整理しておくと、話が早く進むこと


・いつ、どこで、どのような行為があったか(分かる範囲で構いません)
・警察や検察から受けている説明の内容と、次に予定されていること
・押収されている物と、押収された時期
・過去に同種の事案で処分を受けたことがあるかどうか
・勤務先や学校への影響について、心配されている点

記憶があいまいな部分は、無理に補わず、そのままお伝えいただいて差し支えありません。分からないことが分からないままである、という状態も含めて整理の対象になります。

よくあるご質問


Q1. 被害者が特定されなければ、起訴されることはありませんか。

そうとは限りません。処罰を求める気持ちが手続に現れにくいという面はありますが、行為の態様や回数、記録の状況などから起訴されることもあります。特定されているかどうかだけで結論が決まるわけではありません。

Q2. 贖罪寄付をすれば、示談をしたのと同じことになりますか。

同じ意味を持つものではありません。示談は被害を受けた方との間で成立する解決であり、寄付がそれに代わるわけではありません。反省の姿勢を示す方法の一つとして考慮され得る、という位置づけになります。

Q3. 後から被害者が判明した場合、その時点で示談を申し入れられますか。

申し入れ自体は可能です。起訴された後や、判決の後であっても、話し合いの機会が残る場合があります。もっとも、時間が経つほど条件の調整に時間がかかることもありますので、判明した段階で早めに検討されることをおすすめします。

まとめ


・「被害者が特定できない」は一つの状態ではなく、情報がどこで止まっているかによって取り得る対応が変わる
・捜査機関が身元を把握していて開示されていないだけの場合には、申し入れの余地が残っている
・盗撮に関する罪は親告罪ではなく、被害を受けた方が特定されないままでも手続が進むことがある
・撮影罪と迷惑防止条例とでは、被害を受けた方の供述が持つ意味が異なる
・示談ができないという事情は、有利にも不利にも一方向には働かない
・押収されたデータの取扱いには法律上の枠組みがあり、自分の判断で消去することは避けたほうがよい
・後から特定される可能性があり、民事の請求は刑事とは別の時計で動く

盗撮事件のご相談について


被害を受けた方が特定されていない事案では、「何もできない」と受け止めてしまいがちです。しかし実際には、どの段階で情報が止まっているのかを確かめ、その段階に応じてできることを積み重ねていくことになります。捜査の進み方によって取り得る対応は変わりますので、早い段階でご相談いただくほど、選べる幅が広がります。

弁護士法人若井綜合法律事務所では、盗撮事件についてのご相談をお受けしています。すでに警察から連絡が来ている方、押収を受けている方、今後の見通しに不安のある方は、お一人で判断される前にご相談ください。

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若井亮
専門家

若井亮(弁護士)

弁護士法人若井綜合法律事務所

風俗トラブルや男女トラブル、それに伴う刑事事件まで一貫して対応。累計相談件数は男女トラブル約23,000件、風俗トラブル約8,000件。全国からの相談を24時間受け付け、迅速な対応を心がけています。

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