その場から逃げてしまった|逃走後にできることと不利益

若井亮

若井亮

テーマ:刑事事件

電車の中や駅のホームで痴漢を疑われ、声をかけられた場面から、とっさにその場を離れてしまった。あとになって、あのとき走らなければよかったと思い返している。そうした状態でこの記事を開いている方もいるかと思います。

この記事は、その場を離れたあとに何が起きるのかを、順を追って整理したものです。次に何をすればよいかという手順書ではなく、いま自分がどのあたりに立っているのかを見るための見取り図として書いています。

痴漢を疑われた事情は人によって違い、実際に行為があった場合も、身に覚えがない場合もあります。どちらの場合にも共通して働く仕組みがあるため、以下では立場を限定せずに書いています。

この記事が想定している場面


この記事は、次のような状態を想定しています。

・電車内や駅で声をかけられ、そのまま人ごみに紛れて移動した
・腕をつかまれたが、振りほどいて走った
・駅の事務室へ来るよう求められたが、応じずに改札を出た
・ホームから線路に降りて、その場を離れた
・その日は何事もなく帰宅し、いま連絡が来るかどうかを気にしている

痴漢がどの罪名にあたるのか、どこまでが法律上のわいせつな行為にあたるのかといった点は、別の解説に譲ります。ここでは、その場を離れたという事実が、そのあとの手続の中でどのように扱われるのかに絞って整理します。

その場を離れたこと自体を処罰する条文があるのか


刑法には逃走に関する規定が置かれていますが、その主体は、法令によって身体を拘束されている人です。まだ逮捕も勾留もされていない人が、声をかけられた場面から立ち去ったこと、それ自体を取り出して処罰する条文は、用意されていません。

もっとも、これは立ち去ったことが問題にならないという意味ではありません。独立した罪にならないかわりに、その事実は、そのあとに続くいくつもの判断の材料として持ち越されていきます。以下で見ていくのは、その持ち越され方です。

「逃げた」という事実は一つの判断に使われるわけではない


その場を離れたことについて、多くの解説は「逮捕されやすくなる」という一文で説明を終えています。ただ、実際の手続では、この事実が使われる場面は一つではありません。

逮捕状を出すかどうかの判断、身柄の拘束を続けるかどうかの判断、起訴するかどうかの判断、そして刑を決めるときの判断は、それぞれ別の場面であり、そこで立てられている問いも違います。同じ「その場を離れた」という事実が、場面ごとに違う角度から見られていく、という構造になっています。

この点は、後から動く余地を考えるうえで意味を持ちます。一度不利な材料ができたらそのまま最後まで同じ重さで効き続ける、という単純な仕組みではないからです。場面ごとに問いが違うということは、場面ごとに足せる材料も違うということでもあります。

逮捕状の判断では「理由」と「必要」が分けて見られている


後日に逮捕状が出されるかどうかは、二つの層に分かれています。

一つは、その人が罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由があるかどうかという層です。刑事訴訟法第百九十九条第一項が定めています。もう一つは、身柄を確保しておく必要があるかどうかという層で、同条第二項ただし書と、刑事訴訟規則第百四十三条の三が置かれています。

ここで注目したいのは、規則の条文の作り方です。この規定は、裁判官が、被疑者の年齢や境遇、犯罪の軽重や態様その他の事情に照らして、逃亡するおそれがなく、罪証を隠滅するおそれもない等、明らかに逮捕の必要がないと認めるときは、請求を却下しなければならない、という形になっています。

つまり、逃亡のおそれがあることを積極的に示さなければ逮捕できない、という書き方ではなく、必要がないことが明らかだといえるときに却下する、という書き方です。その場を離れたという事実は、この「明らかに必要がない」とはいえない側へ寄せる材料として働きます。逃げたから逮捕されるという直線的な関係ではなく、判断の余白を狭める方向で効いている、と理解しておくと、後の章の話がつながりやすくなります。

「逃亡のおそれ」は先の予測であって過去の採点ではない


条文が使っている言葉は「逃亡する虞」です。これは、これから先どうなりそうかという見込みを問うものであって、過去の行動に点数をつけるための言葉ではありません。

過去に一度その場を離れたという事実は、この見込みを判断するうえで有力な材料になります。ただし、同じ欄には別の材料も並びます。定まった住居があるか、勤め先や学校が続いているか、同居している家族がいるか、連絡がついた場合に応じられる状態にあるか、といった事情です。

そのため、その場を離れたあとにできることは、過去の事実を消すことではなく、この欄に並ぶ材料を増やしておくことに寄ってきます。住まいや仕事を動かさないこと、連絡がとれる状態を保っておくことは、それ自体が地味に見えても、判断の材料としては同じ欄に置かれます。

その場を離れたことが影響し得る場面


場面そこで見られていること後から足せる材料
逮捕状を出すかどうか嫌疑のほかに、身柄を確保しておく必要があるといえるか定まった住居と勤め先があること、連絡に応じられる状態にあること
身柄の拘束を続けるかどうか逃亡や罪証隠滅を疑うに足りる相当な理由があるか身元を引き受ける人がいること、連絡の窓口が決まっていること
起訴するかどうか事件そのものの内容と、その後の事情を含めた全体事実関係についての説明、被害者への対応の状況
刑を決めるとき行為そのものと、その前後の事情その場を離れた経緯と、その後にとった行動


同じ事実でも、左の欄が変われば見られている点が変わります。表の右側は、あとから積み上げていける部分にあたります。

身柄の拘束を続けるかどうかと、起訴するかどうかの判断


仮に逮捕された場合、そのまま拘束が続くかどうかは、別の条文で判断されます。刑事訴訟法第六十条第一項は、定まった住居がないこと、罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由があること、逃亡し又は逃亡すると疑うに足りる相当な理由があることを挙げています。ここでも「逃亡」という言葉が出てきますが、問われているのは、やはりこれから先の見込みです。

起訴するかどうかは、刑事訴訟法第二百四十八条により、犯人の性格、年齢、境遇、犯罪の軽重や情状、犯罪後の情況を考慮して、検察官が判断します。その場を離れたという事情は、この「犯罪後の情況」の中に入ってきますが、その後にとった行動も同じ枠の中で見られます。

起訴されたあとに身柄をどうするかという場面でも、逃亡のおそれという言葉が繰り返し出てきます。この段階の手続については別の解説に譲りますが、同じ言葉が複数の場面で使われるという点だけ、頭に置いておくと見通しが立てやすくなります。

離れ方によって別の罪が重なることがある


ここまでは、その場を離れたこと自体の扱いを見てきました。これとは別に、離れる過程で何が起きたかによって、もとの疑いとは別の規定が問題になることがあります。

とくに、駅の係員とのやり取りについては、誤解されている点があります。駅の係員は、一般には公務員ではありません。そのため、係員を振り切ったことが直ちに公務執行妨害の問題になるわけではなく、鉄道に関する法律の側に、係員の職務の執行を妨害する行為についての規定が別に置かれています。ここは、条文の当てはめ方が変わる部分です。

逃げる過程で起きたこと問題になり得る規定
停車場その他の鉄道地内にみだりに立ち入った鉄道営業法第三十七条
列車の往来に危険を生じさせた刑法第百二十五条、過失による場合は第百二十九条
列車を止めるなどして鉄道会社の業務を妨げた刑法第二百三十四条
駅の係員に暴行や脅迫を加えて職務の執行を妨げた鉄道営業法第三十八条
人に接触して転倒させ、けがをさせた刑法の暴行や傷害に関する規定
運行の乱れによって鉄道会社に損害が生じた民法第七百九条


なお、わいせつな行為と一連のものとみられる場面で相手にけがが生じた場合には、より重い規定が問題になることがあります。この点は事案ごとの評価になるため、ここでは指摘にとどめます。

刑事の処分とは別に、民事の賠償が残る


線路に立ち入って列車を止めた場合、刑事の側で科料や罰金といった処分がなされたとしても、それは国に納めるものであって、鉄道会社に支払われるものではありません。運行の乱れによって振替輸送の費用や払戻しが生じていれば、民法第七百九条に基づく損害賠償の問題が、刑事の手続とは別に残ります。

刑事の処分が軽く済んだことと、民事の請求がなくなることは、別の話です。ここを一つのものとして考えていると、手続が終わったあとに想定していなかった通知を受け取ることになりかねません。

「やっていないなら逃げないはずだ」という言い方への向き合い方


身に覚えがない場合、この点がいちばん重く感じられるところだと思います。事実として、その場を離れたことが、犯人であることの傍証のように持ち出される場面はあります。

ただ、その場を離れたことは、行為があったことを直接示すものではありません。人が驚いたときや、大勢に囲まれたときにとる行動は一様ではなく、そこには職場や家族への影響を考えたための反応も含まれます。そうした説明が意味を持つのは、経緯を具体的に示せる場合です。

そのため、身に覚えがない場合ほど、その日の状況を早い段階で書き留めておく意味が出てきます。何時ごろのどの電車のどの車両にいたのか、手に何を持っていたのか、周囲の混雑はどの程度だったのか、といった事柄です。時間が経つと、相手側の材料だけでなく、自分の側の材料も同じように薄れていきます。

時間が経てば終わるのかという問い


いつまで待てば終わるのか、という質問はよく出ます。公訴時効の期間は罪名によって異なり、性犯罪については令和五年の法改正で期間が延長されています。まずこの点で、期間は短いものではありません。

条文の作りも見ておきます。刑事訴訟法第二百五十五条第一項は、犯人が国外にいる場合と、犯人が逃げ隠れているために起訴状の謄本の送達などができなかった場合について、時効の進行が停止すると定めています。最高裁昭和三十七年九月十八日の判断は、このうち国外にいる場合については、送達ができなかったことを前提としない、という読み方を示しています。また、起訴がされれば、刑事訴訟法第二百五十四条第一項によって進行が止まります。

こうした規定があること自体より重いのは、その期間のあいだ、状況が固定されないという点です。連絡が来るかどうか分からない状態が続くことは、生活の側にも負担として残ります。時間の経過を方針として選ぶことは、現実的な選択肢とは言いにくいのが実際のところです。

出頭が自首として扱われるかは、自分では決められない


刑法第四十二条第一項は、罪を犯した者が捜査機関に発覚する前に自首したときは、その刑を減軽することができると定めています。ここで押さえておきたい点が二つあります。

一つは、「発覚する前」という条件です。痴漢として問題になる場面は、被害を申告した方がその場にいることが多く、犯罪事実そのものはすでに把握されていることが少なくありません。そのため、自ら出向いたとしても、条文上の自首として扱われるかどうかは、自分の側では決められません。

もう一つは、条文が「減軽することができる」という書き方をしている点です。自首が認められた場合でも、刑を軽くするかどうかは判断に委ねられています。

とはいえ、自首にあたらない場合でも、自ら出向いたという事情は、前に見た「逃亡のおそれ」の欄や、犯罪後の情況の欄に置かれます。出向くかどうか、いつ出向くかは、こうした複数の欄への影響を見比べて決める話であり、その日の気持ちだけで決めると後から動きにくくなります。なお、逮捕も勾留もされていない段階では、出頭の求めに応じない自由が刑事訴訟法第百九十八条第一項ただし書によって認められていますが、その自由の使い方もまた、別の欄に記録されていきます。

その場を離れたあとに、自分でできる整理


弁護士に相談するかどうかにかかわらず、先に手をつけておけることがあります。

・その日の時間、路線、乗車した駅と降りた駅、車両のおおよその位置を書き出す
・手に持っていたもの、着ていたもの、かばんの持ち方を思い出せる範囲で記録する
・周囲の混雑の程度と、近くにいた人の様子を書き添える
・声をかけられてから離れるまでの流れを、時間の順に並べる
・線路に降りた、人に触れたなど、離れる過程で起きたことを省かずに書く
・交通系ICカードの履歴や決済の記録など、自分で確認できる資料を残しておく

この記録は、行為があった場合には経緯を説明する材料になり、身に覚えがない場合には反論の手がかりになります。都合の悪い部分を省くと、後から出てきたときに全体の説明が信用されにくくなるため、そのまま書いておくほうが結果として役に立ちます。

弁護士に確認できること


相談の段階で確認しておけることを挙げます。

・その場を離れた経緯を、どの場面でどう説明するのが筋が通るか
・出向く場合の時期と、その前に整えておく事柄
・自分の状況で、住居や勤め先に関するどの事情が材料になるか
・離れる過程で起きたことについて、別の規定が問題になる範囲
・民事の請求が想定される場合の見通しと、刑事の手続との関係
・被害を申告した方への対応を検討する場合の進め方と、その限界

弁護士に依頼しても、逮捕されないことが保証されるわけではありません。できるのは、判断の材料となる事情を整理して、伝わる形にしておくことです。それでも、材料が整理されているかどうかで結論が変わる場面はあります。

まとめ


この記事の要点を整理します。

・声をかけられた場面から立ち去ったこと、それ自体を処罰する条文は用意されていない
・ただし、その事実は逮捕状、身柄、起訴、量刑と、複数の場面に材料として持ち越される
・逮捕状の判断は、嫌疑の層と、身柄を確保する必要があるかどうかの層に分かれている
・条文が問うているのは「逃亡する虞」という先の見込みであって、過去の採点ではない
・そのため、住居や勤め先を保ち、連絡がとれる状態にしておくことが同じ欄に並ぶ
・離れる過程で線路に入る、人に触れるといったことがあれば、別の規定が重なる
・刑事の処分と民事の賠償は別に進み、一方が終わっても他方が消えるわけではない
・出向いた場合に自首として扱われるかは自分では決められないが、事情としては残る
・その日の状況を早めに書き留めておくことは、どちらの立場でも意味を持つ

その場を離れてしまったこと自体は、あとから取り消せません。ただ、そのあとに何をどう整理しておくかは、まだ自分の側に残っています。早く動いたからといって望ましい結果が約束されるわけではありませんが、動ける範囲が広いのは、連絡が来る前の段階です。一人で抱えたまま時間だけが過ぎている場合は、まず状況を言葉にするところから始めてみてください。

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若井亮
専門家

若井亮(弁護士)

弁護士法人若井綜合法律事務所

風俗トラブルや男女トラブル、それに伴う刑事事件まで一貫して対応。累計相談件数は男女トラブル約23,000件、風俗トラブル約8,000件。全国からの相談を24時間受け付け、迅速な対応を心がけています。

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