「恋愛感情ではなかった」と主張したい|目的要件を欠く場合
逮捕や事件をきっかけに、インターネット上に自分の氏名や顔写真が書き込まれ、それが次々と転載されていく。ご本人やご家族から、この段階でのご相談をいただくことがあります。
このとき最初にしていただきたいのは、「消せるかどうか」を考える前に、どこに、何が書かれているのかを分けて把握することです。書かれている内容の種類によって、使える法的な枠組みが変わり、申し出る相手も変わります。同じ「名前が出ている」状態でも、対応できる幅が広い部分と、そうでない部分があります。
この記事では、SNSや掲示板に出た投稿・転載への対応に絞って整理します。報道機関が実名で報じるかどうかの判断や、検索エンジンの検索結果そのものを消す手続については、判断の枠組みが別になるためここでは扱いません。
「特定」と「拡散」は同じ出来事ではない
「ネットで名前が出た」と一口に言っても、そこでは性質の違う二つのことが起きています。
一つは特定です。報道に出た年齢・職業・居住地といった断片が、過去のSNSアカウントや知人の投稿と照合され、氏名や顔写真に結び付けられていく動きを指します。もう一つは拡散で、いったん結び付いた情報が、引用やスクリーンショット、まとめページへの転載という形で広がっていく動きです。
特定は情報を集める側の作業であり、拡散は情報を運ぶ側の作業です。両者は連続して起きますが、止め方は同じではありません。すでに拡散した投稿を一つ消しても、転載元や転載先が残っていれば表示は続きます。
どこに何があるかを書き出す
| 残っている場所 | そこにある内容 | 申し出る相手 |
|---|---|---|
| 報道機関のサイト | 逮捕の事実を伝える記事 | その媒体を運営する会社 |
| SNSの投稿 | 記事の引用や転載、感想や推測 | 投稿者と、サービスの運営事業者 |
| まとめページ・掲示板 | 転載に書き足しが加わったもの | サイトの運営者 |
見た目が似ていても、残っている場所が違えば申し出の先が変わります。まずはURLと、そこに何が書かれているかを一覧にするところから始めると、その後の判断がしやすくなります。
名指しされているのが自分だと言えるか
削除や賠償を求める場面では、その投稿が自分について書かれたものだと言えるかどうかが前提になります。実務では同定可能性と呼ばれます。
実名が書かれていなくても、イニシャル、年齢、勤務先、地域、写真といった要素が組み合わされ、周囲の人が見れば誰のことか分かる状態であれば、自分のこととして扱われることがあります。逆に、フルネームが書かれていても、同姓同名の別人と受け取られる余地が残る場合には、自分のことだと示す材料をこちらで用意することになります。
「名前が出ている」という感覚と、法的に自分のことだと言える状態とは、重なるとは限りません。この点を先に確認しておくと、どの投稿から手を付けるかの優先順位が付けやすくなります。
書かれている中身を三つに仕分ける
一つの投稿の中には、性質の違う情報が混ざっていることがよくあります。仕分けると、対応できる幅が違うことが見えてきます。
| 中身の種類 | 具体例 | 主に問題になる枠組み |
|---|---|---|
| 被疑事実そのもの | 逮捕された日、罪名、報道記事の引用 | 名誉毀損としては争いにくい部分 |
| 事実でない部分 | 余罪や動機の断定、別の事件との結び付け | 真実かどうかが問われる部分 |
| 事件と関係のない私生活の情報 | 住所、勤務先、家族、卒業写真、過去の投稿 | プライバシーや肖像の問題になる部分 |
被疑事実そのものが争いにくい理由
刑法230条の2第1項は、名誉毀損に当たる表現でも、公共の利害に関する事実に係り、目的が専ら公益を図ることにあり、真実であることが証明されたときは処罰しないと定めています。そのうえで同条第2項は、公訴が提起されるに至っていない人の犯罪行為に関する事実は、公共の利害に関する事実とみなすとしています。
起訴前の段階の犯罪事実については、公共性の要件が満たされたものとして扱われるということです。民事の損害賠償についても、最高裁は同じ趣旨の枠組みを示しており、公共の利害に関する事実で、専ら公益を図る目的に出たものであり、真実であることが証明されれば違法性がなく、真実と信じたことに相当の理由があるときも責任は生じないとされています。
報道された内容をそのまま書いただけの投稿について、名誉毀損を理由とする請求が通りにくいのは、この構造によります。ここを正面から争うより、次に述べる二つの部分に力を向けたほうが現実的な場面が多くあります。
「真実であれば何を書いてもよい」ではない
もっとも、真実であることだけで責任を免れるわけではありません。目的が専ら公益を図ることにあったかという要件は別に置かれており、表現の仕方や調べ方の程度から、その目的が認められないと判断されることがあります。侮辱的な言葉が付け加えられている場合や、面白がって広める意図がうかがえる場合は、同じ事実を書いていても評価が変わり得ます。
また、公共の利害に関する事実とみなされるのは、犯罪行為に直接関連する事実に限られると解されています。事件そのものと結び付かない情報まで、この規定で正当化されるわけではありません。
私生活の情報は別の物差しで見る
住所、勤務先、家族構成、卒業アルバムの写真、事件と無関係な過去の投稿。これらは事件の報道には含まれていないことが多く、特定の過程で付け足された情報です。
最高裁は、前科等にかかわる事実について、その者の名誉や信用に直接かかわる事項であるから、みだりに公表されないことについて法的保護に値する利益があるとしています。そして、この利益は公的機関による公表の場面だけでなく、私人や私的な団体による公表であっても変わらないと述べています。SNSに書き込んでいるのが報道機関ではなく一般の利用者であっても、同じ枠組みで判断されるということです。
一方で、事件そのものを公表することに社会的な意義が認められる場合や、その人の社会的な立場によっては、公表を受け入れなければならない場合もあるとされています。つまり、内容と立場と時期を並べて比べるという判断になります。
時間が経つと評価が動くことがある
最高裁は、逮捕の事実を伝える投稿の削除が争われた事件で、事実の性質や内容、その投稿によって伝わる範囲と実際に生じている不利益の程度、その人の社会的地位や影響力、投稿の目的や意義、投稿がされた当時の状況とその後の変化といった事情を比較し、公表されない利益が閲覧に供し続ける理由に優越する場合には削除を求めることができる、という考え方を示しています。
この事件では、逮捕から相当の年数が経っていたこと、刑の言渡しが効力を失っていたこと、転載元の報道記事がすでに削除されていたことなどが考慮されました。逮捕直後の段階と、手続が終わって年月が経った段階とでは、同じ投稿でも評価が変わり得るということです。
ただし、年数が経てば当然に認められるという性質のものではありません。事件の内容、その人の立場、実際に生じている不利益を示す資料が、それぞれ検討されます。
不起訴になっても投稿は自動では消えない
処分が不起訴となっても、すでに書き込まれた投稿がそれに合わせて消えたり訂正されたりすることはありません。処分の結果は、削除を求める際に示す事情の一つになります。検察庁に請求すれば不起訴処分告知書の交付を受けられる場合があり、刑事訴訟法259条がその根拠です。手元に残しておくと、後の説明で使える場面があります。
実際に働きかけるときの順序
先に記録を残す
削除を求める前に、対象の投稿を記録します。URL、投稿日時、アカウント名、投稿の全体が入った画面の保存が基本です。消えた後では、何が書かれていたかを示せなくなり、その後の手続で使えなくなります。
スクリーンショットは、投稿部分だけを切り取るのではなく、URLと日時が同時に写る形で残しておくと扱いやすくなります。
事業者の窓口に申し出る
多くのサービスには、権利侵害を理由とする申し出の窓口が用意されています。2025年に施行された情報流通プラットフォーム対処法により、一定規模のサービスを運営する事業者には、申し出を受け付ける方法の公表や、調査結果を申出者に通知することなどが義務づけられました。
ここで押さえておきたいのは、この制度が削除そのものを義務づけるものではないという点です。窓口と手順が整えられ、判断の過程が見えるようになったということであり、申し出れば消えるという仕組みではありません。各サービスの利用規約やポリシーで、どのような投稿を削除の対象としているかは異なります。
裁判所の手続を使う
任意の申し出で対応がない場合、人格権に基づく差止めとして、裁判所に削除の仮処分を申し立てる方法があります。事業者が海外法人である場合には、必要な手続や書類が国内法人の場合と異なり、時間もかかります。
投稿者を特定する手続は別の話
誰が書いたのかを知るための発信者情報開示は、削除とは別の手続です。開示が認められるには、権利が侵害されたことが明らかであることが求められており、削除を求める場面より要件が絞られています。手続には費用と時間がかかり、通信記録の保存期間の制約もあります。
また、投稿者が分かったとしても、それだけで投稿が消えるわけではありません。何のために特定するのか、消すことなのか、賠償を求めることなのか、再発を止めることなのかを先に決めておくと、判断がぶれにくくなります。
刑事手続が進んでいる間に気をつけたいこと
捜査や公判が続いている間は、ネット上の対応にも制約がかかります。ご本人が直接動いたことが、事件そのものの評価に影響することがあるためです。
- 投稿者に直接連絡し、強い調子で削除を求める。相手の受け取り方によっては、別の問題として扱われることがあります。
- 投稿者が被害者や事件の関係者である場合に、こちらから接触する。示談や供述への働きかけと見られる可能性があります。
- 投稿に反論する形で、事件の内容をこちらから書き込む。新たな引用の材料になり、供述との食い違いが指摘されることもあります。
- 支援を申し出てきた業者に、内容を確かめないまま費用を先に支払う。
- 弁護士でない事業者に、投稿者との交渉そのものを任せる。法律事務として認められない範囲があります。
なお、自分自身のアカウントや過去の投稿をどう扱うかは、他人の投稿への対応とは別の問題です。消す時期によって見え方が変わる場面があるため、動かす前に確認しておくことをおすすめします。
家族の情報は、家族自身の問題として扱う
特定の過程では、配偶者の勤務先や子の通う学校など、事件と関係のない家族の情報まで書き込まれることがあります。
この部分について、削除や賠償を求める立場にあるのはご家族自身です。ご本人のプライバシーとは別の権利として整理されるため、誰が申し出るのかを最初に決めておく必要があります。未成年のお子さんについては、親権者が代わって手続を進めることになります。
学校や勤務先に問い合わせが来ている場合には、投稿への対応と並行して、そちらへの説明をどうするかも検討することになります。
よくあるご質問
通報機能を使えば消えますか
各サービスの通報機能は、そのサービスの規約に照らして判断する仕組みです。住所や電話番号といった情報は規約上の削除対象とされていることが多い一方、報道記事の引用は対象とならない扱いになることもあります。通報で対応がなかった場合に、権利侵害を理由とする申し出や裁判所の手続へ進むという順序になります。
投稿者にお願いするだけでもよいのでしょうか
相手が知人であれば、話をして削除に応じてもらえる場合もあります。ただ、事件の当事者が誰と連絡を取ったかは、後から確認されることがあります。刑事手続が進んでいる間は、連絡を取る前に、その相手が事件とどう関わっているかを確認しておくほうが安全です。
書き込みを全部消すことはできますか
転載やスクリーンショットが繰り返されている場合、すべてを把握して同時に消すことは想定しにくい状況です。実務では、影響の大きいものから順に対応し、私生活の情報や事実でない記述を優先することが多くなります。何をどこまで目指すかを最初に決めておくと、対応の見通しが立ちます。
整理
- 「消せるか」を考える前に、どこに何が書かれているかを一覧にする。
- 名指しされているのが自分だと言えるか、同定可能性を先に確認する。
- 投稿の中身を、被疑事実そのもの・事実でない部分・事件と関係のない私生活の情報に仕分ける。
- 起訴前の犯罪事実は公共の利害に関する事実とみなされるため、報道どおりの記述を名誉毀損として争うのは容易ではない。
- 私生活の情報や事実でない記述には、別の枠組みで対応する余地がある。
- 時間の経過や処分の結果は考慮される事情になるが、それだけで結論が決まるわけではない。
- 削除を求める前に記録を残し、刑事手続が進んでいる間は接触の相手と方法を確認する。
ネット上に情報が出た後の対応は、消すことだけが目的になりがちですが、実際には何を優先するかの判断がそのまま結果に表れます。刑事手続と並行して進める場面では、どちらの動きも相手に見えているという前提で組み立てることになります。判断に迷う段階でご相談いただければ、順序の整理からお手伝いできます。


