示談を申し入れたが断られた|そのあとに残る手段
「もともと二人で買った物だから」「共同名義になっているのだから」——共有している物を持ち出した後で、警察や相手方から窃盗ではないかと言われ、戸惑う方がいます。自分にも権利がある物なのに、なぜ「他人の物」を盗んだことになるのか、という疑問です。
刑法は、物について「誰が持ち主か」だけでなく「誰が現にその物を手元に置いていたか」も見ています。この二つを分けて考えると、共有物や共同名義の物であっても、条文の上では「他人の物」に当たる場面が出てきます。一方で、どの罪名で見られるか、家族の間かどうか、民事の清算がどうなるかは、事情によって分かれます。
この記事では、共有物・共同名義の物を持ち出した場合に「他人の物」といえるのかという点を、条文と判例の考え方に沿って整理します。
この記事が扱う場面
次のような場面を想定しています。
・夫婦で買った家電や車を、別居する際に一方が持ち出した
・共同名義の車を、名義人の一人が相手に断らずに乗って行った
・親が亡くなった後、相続人の一人が家財や貴金属を持ち帰った
・共同で出資して始めた店の備品や売上金を、一方が引き揚げた
・ルームシェアやシェアハウスで、共同で購入した家具や家電を持ち出した
いずれも「自分にも持分がある物」という点が共通しています。以下では、その持分が刑事の判断にどう影響するのかを見ていきます。
刑法は「所有」と「占有」を分けて見ている
窃盗罪は「他人の財物を窃取した者」を処罰する規定です(刑法235条)。ここでいう「他人の」は、持ち主が誰かという所有の問題と、現にその物を支配していたのは誰かという占有の問題の両方に関わります。
持分があるという主張は、このうち所有の側面についての主張です。ところが共有物の場合、所有の側面から見ても「他人の物」に当たると整理されてきました。さらに、所有の点で自分の物といえる場合であっても、占有の側面から「他人の財物とみなす」条文が別に置かれています。この二方向から見ておく必要があります。
共有物は、他の共有者から見れば「他人の物」でもある
大審院の判例は、共有物について、共有者の一人から見れば自己の所有に属すると同時に他の共有者の所有にも属する物であるとしたうえで、その一人が他の共有者の占有する共有物を奪えば窃盗罪を構成するという判断を示しています(大正12年6月9日)。
また、共有物は分割される前は各共有者が物の全体について持分を持つのだから、共有者の一人が不正に領得する意思で共有の状態から自分だけの占有に移せば、他の共有者の持分権を侵害したことになるという判断もあります(昭和3年6月6日)。同じ日付の判例には、共有者の同意なく山林を伐採した行為について森林窃盗の成立を認めたものもあります。
つまり「自分にも持分がある」ことは、「他人の物ではない」という結論には結び付きません。自分に持分があるということは、裏を返せば相手にも持分があるという関係だからです。
自分の名義の物でも「他人の財物」とみなされることがある
刑法242条は、自己の財物であっても、他人が占有し、または公務所の命令により他人が看守するものであるときは、この章の罪については他人の財物とみなす、と定めています。所有権が自分にあっても、現にその物を支配しているのが相手方であれば、無断で持ち出す行為は窃盗の問題になり得るという規定です。
最高裁も、自動車金融をしていた貸主が契約に基づいて所有権を取得した後、借主の事実上の支配下にある自動車を承諾なく引き揚げた事案について、刑法242条にいう他人の占有に属する物を窃取したものとして窃盗罪を構成すると判断しました(平成元年7月7日)。所有権があることは、断りなく持ち出してよい理由にはならない、という整理です。
共有物や共同名義の物では、この242条の場面が重なります。自分にも持分があり、名義も入っている物であっても、相手方が現に管理していた物であれば、持ち出す行為は「他人の財物」に対する行為として見られることになります。
窃盗になるか横領になるかは「誰が持っていたか」で分かれる
同じ持ち出しでも、その物を誰が支配していたかによって、想定される整理が変わります。
| 持ち出す前の状況 | 想定される整理 | 関係する条文 |
|---|---|---|
| 相手方が単独で管理していた | 相手方の占有を奪ったと見られやすい | 刑法235条(窃盗) |
| 二人で共同して管理していた | 共同の占有を自分だけの占有に移したと見られやすい | 刑法235条(窃盗) |
| 自分が預かって単独で管理していた | 預かっていた物を自分の物として処分したと見られやすい | 刑法252条1項(横領) |
共同で管理していた物を自分だけの支配に移した場合について、判例は窃盗の側で整理してきました。一方、自分が保管を任されていた共有物を勝手に処分した場合は、横領の問題になります。共有物も横領罪でいう「他人の物」に含まれると解されています。
どちらに当たるかは、鍵をどちらが持っていたか、どこに置かれていたか、日常的に誰が使っていたか、費用を誰が出していたかといった事情から判断されます。持ち出した本人の感覚と、捜査機関の見立てがずれることは珍しくありません。
持分の割合は、刑事の成否を直接には左右しない
持分が2分の1でも、3分の2でも、共有物である以上、他の共有者の持分は残ります。持分が大きいことは、単独で処分してよいという結論には直ちに結び付きません。
民法でも、各共有者は共有物の全部についてその持分に応じた使用をすることができるとされているだけで(民法249条1項)、他の共有者を排除して自分だけで使ってよいとまではされていません。持分の割合は、後で触れる民事の清算の場面で意味を持つことが多く、刑事の場面とは別の問題として扱われます。
名義と実際の権利関係は一致しないことがある
「共同名義だから」「自分の名義だから」という説明は、実際の権利関係とずれていることがあります。
・車検証の所有者欄が、販売会社やローン会社のままになっていることがある
・預金は名義人の物として扱われるのが原則で、出したお金の割合とは別に考えられる
・不動産の登記名義と、実際の負担割合が一致していないことがある
・購入時に一方が全額を支払い、名義だけを二人にしている場合がある
・名義に入っていなくても、資金の負担などから共有と評価される場合がある
名義は権利関係を知る手がかりの一つですが、それだけで決まるわけではありません。「名義があるから問題ない」と考えていた場合には、その前提自体を確認しておく必要があります。
夫婦の間で持ち出した場合
配偶者、直系血族、同居の親族との間で窃盗罪に当たる行為があった場合、その刑は免除されると定められています(刑法244条1項)。別居していても、婚姻関係が続いていれば配偶者に当たります。
ただし、これは犯罪が成立しないという規定ではなく、刑を免除するという規定です。捜査が行われることもありますし、次に述べる民事上の責任は別に残ります。
離婚が成立した後は扱いが変わる
離婚が成立すれば、元配偶者は配偶者ではなくなります。同居もしていなければ、刑法244条1項が想定する関係から外れることになります。同じ物をめぐる話でも、離婚の前後どちらの時点の行為かによって扱いが変わり得るという点は、見落とされやすい部分です。
共有ではない物が混ざっていることがある
結婚前から一方が持っていた物や、一方が相続した物は、夫婦の共有ではなく一方の物として扱われるのが原則です。家財をまとめて運び出した場合、その中に相手の単独所有の物が含まれていることがあります。何を持ち出したのかを品目ごとに確認しておくと、話の整理がしやすくなります。
相続財産を持ち出した場合
相続人が複数いる場合、相続財産は共同相続人の共有に属するとされています(民法898条1項)。遺産分割が終わるまでは、家財や貴金属も共有物です。相続人の一人が他の相続人に断らずに持ち帰れば、共有物を持ち出した場面と同じ構造になります。
この場面でも、相続人同士が配偶者・直系血族・同居の親族の関係にあれば刑法244条1項が関わり、同居していない兄弟姉妹などとの間では、告訴がなければ起訴することができないという扱いになります(刑法244条2項)。誰と誰の間の話なのかによって結論が変わるため、そこを整理することが出発点になります。
なお、遺産分割の前に遺産に属する財産が処分された場合でも、共同相続人の同意により、その財産を遺産分割の対象に含めて扱うことができるという規定が置かれています(民法906条の2)。処分をした相続人本人の同意は求められません。刑事の話とは別に、分割の手続の中で清算する道があるということです。
親族でない共有者との間では、免除の規定は働かない
共同経営者、元交際相手、ルームシェアの同居人、サークルや同好会の仲間との共有物では、刑法244条が定める親族関係がありません。「二人でお金を出して買った物だから」という事情があっても、刑の免除や告訴の要件といった特例は及びません。
家族間の持ち出しについての情報を読み、自分の場合も同じだと考えてしまう方がいます。共有であることと、親族であることは別の問題です。
持ち出しに伴う行為が別に問題になることがある
持ち出しそのものだけでなく、その過程での行為が別に取り上げられることがあります。
・相手が住んでいる住居に無断で立ち入った
・鍵や扉、家財を壊した
・書類に相手の名前を書いて名義を書き換えた
・相手を押しのけたり、つかんだりして持ち出した
これらは、対象が共有物であるかどうかにかかわらず、別の条文の問題として扱われます。相談の場面では、持ち出した物そのものよりも、こうした周辺の行為の方が問題になっていることもあります。
刑事の扱いとは別に、民事の清算が残る
刑が免除される場合でも、民事上の責任は残ります。共有物を使用する共有者は、別段の合意がある場合を除き、他の共有者に対して自己の持分を超える使用の対価を償還する義務を負うとされ(民法249条2項)、共有物の使用にあたっては善良な管理者の注意が求められます(民法249条3項)。いずれも令和3年の民法改正で加わり、令和5年4月1日から施行されている規定です。
持ち出した物を壊したり手放したりした場合には、損害賠償や不当利得の返還が問題になります(民法709条、703条)。離婚であれば財産分与、相続であれば遺産分割の中で清算されることもあります。刑事の手続が終わっても、この部分は別に残ると考えておく方がよいでしょう。
自分の手で取り返す方法は勧められない
相手が共有物を独占している場合でも、実力で取り戻す行為は新たな問題を生みます。共有物を占有している共有者に対して、他の共有者が当然にはその明渡しを求められるわけではないとした判例もあり(最高裁昭和41年5月19日)、権利があることと、自分の手でそれを実現してよいことは別に考えられています。
いま整理しておくとよいこと
説明を求められている段階では、次のような事実を時系列で整理しておくと、話が食い違いにくくなります。
1 その物をいつ、誰のお金で、どのような経緯で手に入れたか
2 購入時や取得時の領収書、明細、契約書、名義に関する書類
3 持ち出す前、その物がどこに置かれ、誰が日常的に使っていたか
4 持ち出しについて、事前に相手の了解を得ていたか、どのように伝えたか
5 いま、その物がどこにあり、使える状態か、それとも処分してしまったか
6 相手方から届いた通知や、やり取りの記録
特に、持ち出した物を今も保管しているかどうかは、その後の話し合いの幅に影響します。処分してしまった場合も、その事実を含めて早めに伝えておく方が、後から出てくるより整理しやすくなります。
まとめ
共有物・共同名義の物の持ち出しについて、押さえておきたい点を整理します。
・共有物は、他の共有者から見れば「他人の物」でもあると整理されてきた
・所有権が自分にあっても、他人が占有していれば「他人の財物」とみなされる(刑法242条)
・持分の割合の大小は、刑事の成否を直接には左右しない
・共同で管理していた物を自分だけの支配に移せば窃盗、預かっていた物を処分すれば横領の問題になりやすい
・名義と実際の権利関係は一致しないことがある
・配偶者や同居の親族との間では刑が免除されるが、犯罪が成立しないという意味ではない
・離婚後の元配偶者や、親族でない共有者との間では、その特例は及ばない
・相続財産は遺産分割まで共同相続人の共有であり、同じ構造で問題になる
・刑事の扱いとは別に、使用の対価や損害賠償といった民事の清算が残る
「自分の物でもある」という感覚は、日常の感覚としては自然なものです。ただ、刑事の場面では、その物を誰が現に持っていたか、相手の了解があったかという点が重ねて見られます。事実関係を整理したうえで、どの段階で誰に何を伝えるかを考えることが、その後の見通しにつながります。


